コンビニエンス・エンカウント
対戦よろしくお願いします。
彼女が我がクラスに転入してきて十日ばかり。イヴリア=ローゼンベルグと名乗る美少女は、それはそれはクラスによく馴染んでいた。
その容姿はさることながら人当たりもよく日本という国に対しての理解も深い。そんな彼女がクラスの連中と仲良くすることなんてきっと造作もないことだったのだろう。
俺はそんな彼女を僅かながらに羨ましく思いながら、今日も今日とて視界の端に映りこむ彼女のことをぼんやりと見つめているのだった。
「で、だ。やっぱり俺はクラスで一番の美少女は須藤だと思うわけよ」
昼休み。
購買で必死に勝ち取ったコロッケパンを齧りながら、俺は目の前でにやにやと女子グループに視線を向ける倉橋の戯言を聞き流していた。
「分かってねぇ。暦先生こそ至高だ」
そう言いながらルベルはイチゴミルクの紙パックにストローを差し込む。が、こいつが毎度のようにストローを一発で飲み口に差し込めないのは既におなじみの光景となっている。
そのことにわずかにイラつきながら、ルベルは遠く向かいの棟の職員室の入り口で生徒と何やら話をしている現代文の暦先生へと熱い視線を送っている。
「はっ、これだから年上好きは話にならねぇんだ。あの人44歳だろ」
「あ?何だって!?」
直後、ルベルの指先からするすると細い木の根が飛び出し、倉橋の右手を締め上げる。
「てめ、魔法はずりぃ!」
「先に喧嘩吹っ掛けてきたのはそっちだろうが!」
「やめろルベル!倉橋も言い過ぎだ」
そんな二人を宥めながら相も変わらず俺は教室の端に座るイヴリアへと視線を送る。それに、年齢のことを言うんだったらフィオナ先生は一体いくつになるのやら。……いや、この話はやめておこう。
「だってよ聖、元はといえばルベルが話題をそらしたのがわりぃんだろ?」
「そ、それは……」
ルベルもそのことは自覚しているのか、バツが悪そうに紙パックの中身を飲み干していく。
「話題はこのクラスで一番の美少女はだれか、だろ」
倉橋が先ほど提案した話題を改めて復唱しつつ、俺はコロッケパンの最後の一口を胃へと流し込む。
「そういうこと。そりゃ西連寺だってアナスタシアだって可愛いぜ?でもやっぱ俺は須藤のあの笑顔に心射貫かれてしまったわけよ」
倉橋とルベルは、俺がこの学園に入学してからの級友である。
去年一年間同じクラスで学問を学び、そしてこんな風に今どきの男子高校生なりの会話を楽しんできた訳だ。
ちなみにルベルは同じ学生寮に住んでおり、先日も隣のクラスの内山とテレビのリモコン戦争の果てに寮母の曜子さんに絞られていた。
そんなこんなで俺の二年生新学期は、去年と変わらず仲のいい連中と適度につるむだけのものとなっており、漫画やアニメに出てくるような華やかな青春時代がスタートするなんてことは特になかった。
ただ少しだけ違うことといえば、飛び切りの美少女が転入してきてうちのクラスの連中とそこそこ仲良くやっている。その一点に尽きるだろう。
俺なんかと接点も生まれなければ、そこから物語よろしくラブコメがスタートする展開なんてないのだ。……いや、なかったはずなのだ。
事の始まりはその日の放課後。
部活動に勤しんでいない俺は適当にクラスメートとの会話を切り上げ一人で学生寮に向かう道を歩いていた。
国内外問わずあちらこちらを飛び回ることで忙しい両親に帰る家なんてものは存在しないに等しく、天堂学園男子学生寮、通称青雲寮こそが俺の第二の実家ともいえる場所になっていた。
学園内の敷地から2キロばかり離れた寮に向けて歩を進めていた俺は、その帰宅途中に幹線道路沿いのコンビニに、その場所にあまりにも不似合いな人物を見かけていた。
「ん、あれは……」
コンビニ入り口脇の車両止めに、ちょこんと美少女が腰を下ろしていた。
整った顔立ち、そよ風になびく銀髪、そしてすらりと伸びた手足。
レジ袋片手にコンビニから出てきたスーツ姿の男性が、視界に映った彼女に対してまるで幽霊でも見かけたのかというほどに驚いていた。
いや、俺もコンビニから出てきたら見知らぬ美少女がいたら同じリアクションをとるだろう。誰だってそうする。俺だってそうする。
ただ一つ違う点があるとすれば、俺はそこにいる彼女のことを知っている。だからこそこうして平静を保てているのだろう。
コンビニに銀髪美少女。ここが現代日本で、なおかつ異世界と繋がっているなんて歪な世界観じゃなかったらバトル漫画の冒頭にでもなりそうな雰囲気だろう。
そんな銀髪美少女改めイヴリア=ローゼンベルグは、先ほどの驚いた表情を浮かべていたサラリーマンに小さく会釈をすると再びぼんやりとどこかを見つめていた。
あのサラリーマンはきっと今夜はいい夢を見るに違いない。
さて、その時の俺はというとどうしてそんなことをしたのか分からないが、なぜかそんな彼女に向けて足を向けていた。
どこか途方に暮れている表情をした彼女に向けて何らかの親切心があったのか、それとも美少女とお近づきになりたいという下心があったのか。とかく気づいた時には彼女の目の前にいて、俺はそんなイヴリアに向けて声をかけていたのだった。
「こんなところでどうしたんだ?」
突如かけられた声に、彼女はその小さな肩をピクリと震わせた。
「え、えっと、あなたは……」
こうして近くで聞くのは初めてだが、相変わらず鈴を転がすようなきれいな声だった。
「俺は城ケ崎|聖≪ひじり≫。一応同じクラスなんだけど……」
まぁ、覚えている訳ないよな。なんたって一度もまともに口をきいたことがないんだから。
「ご、ごめんなさい。同じクラスの方だったんですね。イヴリア=ローゼンベルグと申します」
「あぁ、知ってる。異交生なんだって?」
俺は彼女の隣に同じように腰を下ろすと、車通り忙しない幹線道路へと視線を向けた。なんとなく隣の美少女をこの距離で視界に入れることが憚られたからだ。まぁ、これは悪く言い換えるならば俺が女の子に慣れていないということなのだが。
「はい。家の都合でこちらに参りました。まぁ、半分私が希望したようなものなのですが……」
「なんか重要そうな話だけど、俺が聞いてもよかったのか?」
「ん~どうなんでしょう?」
そういうと隣のイヴリアは小さく笑った。
直接その表情を伺えたわけじゃなかったけど、きっとその笑顔は人を殺すには十分なほど殺傷能力に溢れた笑顔だったんだろう。
ここにいたのが俺じゃなくて倉橋だったら、ここに死体が出来上がっているところだった。
「で、こんなところで一体どうしたんだよ」
「人を待っていたのですが……」
「人?」
そういうと彼女はポケットから何かを取り出し、こちらへと差し向けてくる。
見ればそれはスマートフォンで、その画面は真っ暗で今は何も映し出されていない。
「充電が切れてしまって、待ち人と連絡が取れなくなってしまいました」
なんともベタな展開だ。
「まぁ、アリステラの探知魔法は優秀ですから、こうして見晴らしの良いところにいればすぐに見つけてくれるかと」
彼女の言うアリステラというのがおそらく先ほど口にした待ち人なのだろう。そしてその口ぶりからきっと彼女もアースレイン人。
それにしても探知魔法……そんな便利なものが存在するのか。無くしたもの探し放題じゃないか。財布を紛失する心配がなくて安心だ。
「残念ながら無機物には使えませんよ?」
俺のしょうもない感想を知ってか知らずか、イヴリアはそう俺に笑いかける。
「で、どれくらい待つことになりそうなんだ?」
「そうですね……」
彼女は左手に付けた腕時計に視線をやった。
俺もポケットからスマホを取り出すとそちらのほうで時間を確認する。見れば時刻は17時を少し回ったところ。春先の日はそこそこ長いとはいえ、僅かにあたりは薄暗くなっている。
「お肉屋さんのお仕事が17時に終わると口にしていたので、遅くともあと30分ほどでしょうか……」
エリステラさん、まさかまさかのお肉屋さん勤めですか……。この辺の肉屋っていうと商店街のあそこか?
「という訳で、あと30分は待ちぼうけです」
そういってこちらに苦笑いして見せる彼女。気づけば俺はいつの間にか彼女の方を見て会話ができるようになっていた。
「そっか、なら付き合うよ」
「えっと……それはいったい」
あたりは薄暗く、車通りはあれど人通りはまばらだ。
「可愛い女の子をこんなところに一人にはできないだろう?」
「か……かわっ、かわわわ……っ!」
見れば薄暗い景色の中でも一目で分かるほどに彼女の頬が真っ赤になっているのがわかる。そしてそれゆえ俺は先ほどの自らの発言に気づくのだ。
「あ、いや、今のはそのっ!ちがっ……わなくはないんだけどっ、なんというかっ!」
慌てふためく俺を見たせいか、いつの間にかイヴリアは俺のほうを楽しげに見つめていた。相変わらず、顔はわずかに赤らんでいるけれども。
「と、とにかく……その、迎えが来るまでは付き合うぞ」
「つ、付き合う!?」
「いや、今のはそういう意味じゃなくてっ、一緒にいるって意味で……」
「一緒にいるっ!?それってつまり……将来の伴侶として人生を共にするという……はわわっ」
「違うんだってっ!だから今のはその……」
俺はイヴリアに向けて先ほどの言葉の意味を改めて説明する。ようやく理解し終えたのか、その後彼女は小さく「……日本語って難しいです」とだけ呟いた。
というかなんで俺の言葉をそっち方面にしか曲解できないのだろうか、この美少女は。
とにかく、そんなこんなでこうして俺は異世界からやってきた美少女転入生としばし放課後デートと洒落込むことになったのである。
いや、コンビニの前でくっちゃべってるだけなんだけどね。
たいありです。
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それでは次話でお会いしましょう