誰が為に鐘は鳴る
新しいお話です。よろしくお願いします
春先の朝というのは、世界が例えどんな形をしていようとも若者には否応なしに眠気を運んでくるものだ。ましてやそれが朝のホームルーム直前となれば猶更である。
まぁ、大概の理由が先ほど俺の暮らす学生寮での血で血を洗う宗教戦争なのだが、仮にそれを抜きにしても今頃俺は机に膝をつき大あくびを浮かべていることだろう。
教室の中を見渡せば、新学期も三日目となったこの二年C組も既に生徒の大半が姿を見せており、すっかり見知った顔が半分程と、もう半分がまだ名前も覚えられない生徒たちで埋まっている。その中にぽつりぽつりとこの世界では見かけぬ容姿をしている生徒たちの姿も目に入ってきた。
あまり交友関係が広いとは言えない俺としては、新学期初日に見知った顔が大勢いる場面を見て随分と安心してしまったことをよく覚えている。
「こういう場面でも、親父ならどんどん交友を広げていくんだろうな」
仕事の都合でしばらく顔すら見ていない父親のことを思い、ついつい口元が緩んでしまうのが分かった。アースレインの英雄。そう呼ばれた彼の凄さを、俺は実はよく分かっていない。いろんな人がこれまで父親の英雄譚をこちらに向けて語って聞かせてはきたものの、その実この目で俺自身がその凄さを目の当たりにしていないのだから当然だ。
「なーにかんがえてんの?」
ふと、廊下のほうへと視線を向けていた俺のもとに前方から声がかけられた。
「あぁ須藤さん、おはよう」
「おはよっ!そういえば改めてだけど今年もよろしくね!」
声のほうへと顔を向けると、そこには見慣れた笑顔がこちらを見つめていた。
「あぁ、よろしく」
僅かに明るい色の肩まで伸びたセミロング、すらりと伸びた健康的な手足が特徴的な彼女は須藤里香さん。去年、同じクラスで一年間を共にしたクラスメートだ。
誰にでも分け隔てなく声をかけ、容姿端麗で明るく運動神経もいい故かクラス内外問わず多くの男女に人気の存在だ。
気の利いて、それでいて交友関係の広い彼女には今年も助けられることになりそうだ。
「で、結局何考えてたのさ」
廊下に見かけたのであろう知り合いに小さく手を振りながら、彼女はこちらに再び問いかけてくる。
「あーいや、クラスに知り合いが多くて助かったなって」
見ればサッカー部の倉橋、新体操部の西連寺さん、白魔術研究会のアナスタシアさんの姿も見える。それ以外にも去年の交友の密度を問わず、知った顔がいくつも教室の中には見受けられた。
「異交生も何人か居るねぇ」
そう言いながら須藤さんも教室へと視線を移す。
『異世界間交換留学生』通称「異交生」
アースレインと日本の友好を高めるために設けられた制度の一つで、二国間の文化的、技術的交流を図るために意欲ある学生を交換留学生として両国の学校へと編入することができる制度が存在する。そしてその対象としてこちらの世界に来たアースレインの学生をこちらの世界では異世界間交換留学生と呼ぶのだった。
「俺には大変そうだ」
文化の壁は当然ながら言葉も文字も常識だって違う、そんな異交生と親しくなるのは俺にとっては日本人と仲良くなるのとは超えるべきハードルの数が違う。
「じゃあアナシーは?」
そう言いながら須藤さんは教室の端っこで友人と親しげに会話に花を咲かせているアナスタシアさんのほうへと視線を向けた。
「アナスタシアさんはどちらかというと生粋の日本人だろう?」
「あーそだっけ」
日本とアースレインが国交を結んで以降、互いの行き来が自由となった現在では多くのアースレインからの移住者が日本で生活を行っている。当然ながら幼いころにこちらに来てその後日本でずっと生活を続けているアースレイン人もいる訳で。
アナスタシアさんはそんな異世界人の一人である。物心ついたころからこちらの生活しか記憶にないらしく、彼女はアースレイン人でありながらあっちの世界の言葉も文字も全くと言っていいほど理解できない、とはまごうことなき本人の言である。
ちなみに今朝寮で騒いでいたルベルは父親がアースレインの外交職員で幼い時分に家族みんなでこちらの世界に移住してきたらしい。
「そういえば、城ケ崎君ってそういうの苦手なタイプだったっけ?」
「対人関係を新しく構築することを”そういうこと”なんて簡単な言葉で済ませられるのは須藤さんだけだろ」
別に苦手というわけではないが、0から誰かと仲良くなるのは、これが案外労力を使うものだ。それに加えて俺は他人に自分を簡単に売り込めるほどのアピールポイントを持ち合わせていない。
現に俺は新しくクラスメートになった連中とは一言二言ほどしか言葉を交わしていないのだ。
昔はずいぶんといろんな人が声をかけてきたものだが、俺の中身を知ってか知らずか次第に興味本位で声をかけてくる人物も減ってきたのもその要因の一つだろう。なかなか自分から話題を見つけて会話に広げるのは難しい。
「それ、私褒められてる?」
そんなしょうもない苦悩の末に吐かれた俺の言葉がイマイチおさまりが悪かったのか、須藤さんは僅かに困った顔を浮かべた。
「褒めてる。ちょー褒めてる」
「まじか!サンクスっ!」
俺の言葉に機嫌をよくしたのか、須藤さんはケラケラと嬉しそうに笑った。
「ほら、お前ら席に付けー」
聞き慣れた声とともに教室の戸がカラカラと開いたのは、俺が須藤さんの凄さを改めて本人に向けて語りだした直後のことだった。
「あー、まぁ、見たところ欠席者もいないようだしサクサクと連絡事項進めていくぞー」
すいと伸びた特徴的な両耳をわずかに動かしながら、透き通るような白い肌の我が担任は、教壇へと登るや否やクラス中に響くように声を上げた。
我が担任、フィオナ先生はいわゆるエルフ族だ。こちらの世界の科学技術に興味があってこの世界にやってきたらしいが、それが転じてかこっちの大学を出て教員資格まで取って、挙句の果てに高校で化学を教えてるっていうんだからそのバイタリティは計り知れない。
ちなみに口癖は「魔法で火なんて起こせるのにアルコールランプなんて非効率だ」らしい。いや、こちらの世界の住人は魔法なんて使えないのでその点は勘弁していただけないでしょうか。
まぁ、とてつもない才能と努力さえ行えば地球人でもごく稀に魔法が使えるようになるらしいのだが、根本的に魔力を精製する器官を持ち合わせていないこちらの人間では仮に扱えても本当に初歩的な魔法しか使えないらしいのだけれども。例外は……、まぁ、その話は今は置いておくことにしよう。
「んじゃ、今日は異交生の紹介をするぞー」
血筋だけなら選りすぐりの競走馬たちとも肉薄できる俺が魔法の一つも使えないというあまりにも皮肉の利いた現実から目を逸らそうとしていた俺が現実に引き戻されたのは、直後に扉を開いて現れた彼女があまりにも現実離れして見えたからだろう。
腰まで伸びた銀髪、緊張で僅かに紅潮しているのだろう白い肌、そしてまるで吸い込まれてしまいそうな錯覚さえ覚える蒼い瞳。
そこには、おとぎ話の中から飛び出してきたかのような美少女が立っていた。
「イヴリア、挨拶を」
フィオナ先生に手を引かれるように教壇に立つと、彼女は教室中の生徒に向けて小さく頭を下げた。
「はじめまして、異世界間交換留学生制度でやって参りました、イヴリア=ローゼンベルグと申します。こちらの世界には不慣れですが、何卒宜しくお願い致します」
鈴を転がすような声、という言葉が正しいかどうかは分からないが、その時俺は確かに何かの始まりを告げる鐘の音を聞いた気がした。
ということで新しいお話でした。
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それでは次回、お会いしましょう