最終話 それぞれの道
出会ったその瞬間から、電撃的な恋に発展した二人。
熱く燃えた恋は誰よりも幸せだった。だが
二人で東京に出ようとしたが、若い二人には生活力もなく
親にその恋は引き裂かれた、そして・・・・・・
それから毎日のように電話と全て速達の手紙が俺に届いた。俺も陽子が恋しくて仕事が手につかない。
もう完全に太陽は消えた。ついに俺は仕事を辞めた。陽子に会いたい!
でも会ったら別れが余計に辛くなる。陽子の居ない世界はまるで闇夜のようだ。
何をやっても浮かぶのは陽子の姿だけ、糸の切れた凧のように仕事を転々と変えた。
それから月日が経ち内に陽子との、電話と手紙の回数が除々に減って行く。
俺は完全に、だらしない男に成り下がっていた。恋と云う麻薬が切れた患者のようだ。
陽子を忘れようと努力する日々が続くなか、俺はトラックの運転手となった。
太陽の下で働けば少しは忘れられる。それでも逢いたい誘惑に駆られるバカな俺。
そして三年が過ぎた。久し振りに陽子から速達が来た。陽子はいつも手紙を速達で出す
その手紙を読んで完全に終わった事を知らされた。結婚すると書いてあった。
封筒の中には手紙と数枚の、桜の花びらが入っていた。
どんな意味があるのだろう。花(恋)が散った事を意味するのか?
結局、俺達の恋はキス以外の事は何も無かった。本当に純粋な恋だった。
陽子は親の進められるままに結婚するそうだ。分かってはいたけれど現実を目の前にして
俺は声を出して泣いた。俺の人生最高の恋が終わった。
そんな時に限って悪い事が続く、会社に帰ったら事件が起きた。
会社のロッカーから同僚の金が無くなったらしい。俺に疑いが掛かかった。
俺は気持ちがムシャクシャしていた。だが俺じゃない。俺はついに怒りが頂点に達した。
こんな冤罪を掛けられて黙っていられなかった。散った恋の苛立ちが怒りとなって表れた。
ボコボコにしてやった。同僚から羽交い絞めにされ、やっと俺は殴るのを止めた。
冷静になって、俺ってこんな凶暴じゃなかった筈だ。まるで自分じゃなくなっている。
やり過ぎだと俺は首になったが、覚悟のことだ。俺はヤケになった。
俺はいたたまれなくなり宛てもなく翌日、俺は山に登った。
ツキが無い時は続くもので雨が降って来た。
俺はズブ濡れになり山道を歩いた。暗くなり道に迷い、もうどうでもいい感じた。
このまま死んでも構わない気分だ。そんな時、遠くで梟の鳴き声が不気味に聴こえてくる。
木陰で雨宿りした。夜は迷って動いては危ないと思ったからだ。まだ俺は生きようとするのか?
この世になんの未練があると云うのだ。知らないうちに俺は眠ってしまったようだ。
まだ運が良かったのか4月にしては暖かい。胸ポケットから煙草を取り出した。
湿っていたがなんとか吸える。そしてライターを取り出した。
あのオパールのライターだ。嫌でも陽子の顔が浮かんでくる。陽子の手紙にはこう綴ってあった。
(貴方と出会えた事は私の青春の宝物です。あの日の楽しかった日々は生涯忘れません。
次世で出会ったら必ず健と結婚しましょうね。私の願いはただ一つ、健の幸せを心より祈ります)
俺も同じだよ陽子。最高の青春の恋だった。俺達以上の恋愛は誰も出来ないだろうと信じてる。
陽子は本当に俺を好きになってくれた。おれはそれで充分だ。
俺は陽子との恋を、生涯の宝物として胸に閉まって生きて行ける。
陽子、幸せになってくれ。そして・・・さようなら陽子。
朝日が山の頂から射してくる。晴渡った空気は気持ちがいい。
良く見ると二つの虹が出ている。まさに虹の架け橋だ。ただ交わる事のない虹・・・。
久し振りの快感だ。気持ちが吹っ切れた俺は、大きく背伸びをしてから山を降りた。
それからの俺は全てを忘れガムシャラに仕事をした。それしか道がないのだ。
仕事以外に興味もなく休日さえ返上して働いた。それが認められてか薬問屋の主任になった。
そして俺は27歳になっていた。それから何度か女の子と付き合った。でも深入りが出来ない。
恋人と別れるとはこんな辛いもなのか? もう俺は人を心底好きになれないだろう。
女の子と交際しても、長続きしないなと思うと自分から身を引いた。別れる辛さが蘇るからだ。
振ったり振られたりの繰り返し、そして二人の女性と付き合ってしまった。
一人は美人だ。一人は美人ではないが可愛いくて誠実そうだ。
自分の部屋で鏡を見て語りかけた。陽子と同じ事をやっている自分がそこに居た。
今更ながらだが人の事は言えない。結局、美人は敬遠し普通の子と結婚した。
俺は結婚式の時に泣いた。自然と涙が出てくる。だがこの涙は陽子の未練の涙だったような気がする。
妻には申し訳ないが、俺は妻を好きになろうと努力しての結婚だった。
式の直前に最後の手紙を陽子に書いた。結婚すると。それが最後だった。
だがもう陽子からは返事は無かった。そして音信不通となった。陽子には二人の子供が
居ると言う。あの陽子の先輩からは今でも俺に年賀が届く。それに書いてあった。
それはそうだろう。陽子はもう母親なのだから、俺も約束通りきっと幸せを掴むよ。
俺は29歳で独立した。薬のノウハウを学び小さいながらもドラッグストアを開いた。
仕事と家庭は充実した毎日が続いていった。
更に月日は流れて夏のある日、俺は家の縁側に座った。そこに中学になったばかりの
娘が隣に座って、俺に語りかける。あどけない顔で娘が言った。
「お父さん。花火を買って来たよ。やろうよ。ね、ね!」
そう云う娘は英語塾に通っている。眼に入れても痛くないほど可愛い娘だ。
そんな俺は、今は妻と子供達を心から愛している。ある意味、妻の愛情を踏みにじった俺。
罪の償いは、裕福な家庭と愛に溢れた家庭を築くことだ。
この庭に植えた向日葵の種が、今では花を開き太陽に向かって微笑んでいる。
俺も当時は陽子と言う太陽を、いつも向いていたような気がする。
花火と聞いて遠い渚で、あの陽子と線香花火を眺めていた日が蘇る。
(陽子・・・君も四十路も中場を過ぎているだろうね。二人とも、もう若くないけれど、
君の事を思うと、青春のままで居られるような気がするよ。陽子、俺は約束通り幸せに
なれたよ。青春をありがとう。そして素晴らしい恋を、ありがとう。陽子)
物思いに更けている俺に、娘が声を掛けた。
「お父さん! 何をボーと考えているのよ。 まったく! 早くやろうよ」
「ああ、わるいわるい陽子。じゃあ花火を一緒にやろうか」
了
恋って辛いものですね。
燃え尽きた恋は、生涯もう恋をする事はないでしょう。




