中篇 別れ
電撃的な出会いをした健と陽子
太陽のように明るい陽子に、いささか翻弄される健だが。
「遠い渚」 中編 別れ
俺は22なって初めてのキスだった。でも以前にも数人かの女性とデートした事がある。
ただ特別好きだった訳でもないし、なんとなくと云う感覚だった。それと少し俺は女性に
初心だったのかも知れない。
一つ年下の陽子は、少なくても初めてじゃないようだ。
それから半月が経った頃、街の祭りが行われ当然のように陽子に誘われた。
陽子は意外と職場ではツンとしている。それがまた魅力的でもあり凛々しい。
その制服に包まれた陽子と、俺に見せる態度はまったく違うものだ。そして祭りの夜。
初めて見る浴衣姿の陽子は眩しい、俺達は手を繋ぎ観衆の中に溶け込んでいった。
祭りのメーンは山車だ。飾られた山車には王子と姫に扮した人が観客に手を振っている。
俺達もそれに手を振った。祭りも終わりに近づいた頃、綿飴を買って公園のベンチに座った。
以前から気になっていた事を、陽子に俺は尋ねた。
「その指輪はどうしたの? 以前から付けてるけど」
陽子はそれに返事をしなかった。俺は余計に気になり更に聴いた。すると陽子は。
「ごめんなさい。私ね、付き合ってる人が居るの・・・その人から貰ったの。でも、でもね。
今はずっと逢ってないけど」
「どういう事だい。俺と付き合っているのじゃないのか? 俺とは気まぐれなのか?」
なんて事はない。陽子は二股を掛けていたのだ。俺は強い嫉妬心に駆られ怒った。
俺は純粋な恋を弄ばれたと思ったからだ。奈落の底に突き落とされたような気分ただ。
「そうか・・・そう云うことか・・・。馬鹿にするなよ!! さいなら」
俺は急に冷めていった。ベンチから立って公園の出口に向かおうとした。
「ごめんなさい。悪気はなかったの。私は健が一番好きよ、お願い行かないで!」
陽子はその指輪を抜いて、前を流れている小川にその指輪を投げ捨てた。
一瞬俺は躊躇したが、しかし俺の怒りは収まらず陽子を置き去りにして帰ってしまった。
翌日、俺はいつも通り出勤していた。しかし陽子は目の前の売り場に居る。嫌でも顔が
合う、俺は視線を逸らした。陽子はそれでもチラッと時々俺を見ていた。
勿論、いつも行くデパートの屋上には行かない。俺は苛立っている。
仕事が終わり、デバートの裏口からタイムカードを押して外に出た時だ。
陽子の先輩、長田由岐に声を掛けられた。俺より5歳ほど年上のベテラン女子社員だ。
確か陽子の直属の先輩でもあり、いわば面倒見の良い姉御的存在だ。
職場では挨拶程度だが、俺は何となく察したがついた。
「浅井くんごめんね呼び止めて。時間ある? ちょっと近くで、お茶を飲みながら話そうか」
「あ、はい・・・分かりました」
喫茶店に入ると、由岐は早速、陽子と自分の関係を説明してくれだ。同じ学校の先輩で
もあり、家も近所だという。
「察しがついてるでしょうけど、貴方と陽子ちゃんの関係ね。陽子ちゃんから聞いたわ
貴方が怒るのも無理が無いわね。それで、どうするつもりなの?」
やはり年上の女性だけあって、俺の心境を見抜いているようだ。俺は一気に吐き出した。
今の俺は複雑だ。男として嫉妬がましいが、恐らくこのままでは陽子に誤られても、ウン
とは言えない。許しとか許さないとかじゃなく。俺は純粋に陽子が好きだった。
陽子とは運命的な出会いと思っていた。それだけ好きになった女性だから煮え切らない。
それならキッチリと気持ちの整理をしてから、俺と付き合えよと言いたいのだ。
俺は陽子が好きで堪らない。陽子も同じはず、でもそれなら俺の心を持て遊ぶな。
俺の胸の内を、その長田由岐にぶちまけた。
「ふっふふ。本当に浅田くんって初心で純粋なのね。陽子ちゃんも反省してるの。でも
貴方を傷つけてしまって本当に後悔してるわ。貴方と視線を合わせようしても、貴方の眼が
怖いほどだったって、勿論、今は元カレとは付き合っていないのよ。でも少し未練が残って
いたのね。指輪の事を言われてハッと気づいたって。貴方が怒るのも無理ないってね」
これほど先輩を通じて、俺を説得しようとした陽子の心は分かる。男の嫉妬なんてみっとも
ないかも知れない。このまま別れられるのかと、自分自身に問いても、答えノーだろう。
俺は由岐に感謝の言葉を述べた。まだ22歳の未熟な俺がそこに居た。
その翌日、陽子と屋上で逢った。陽子は涙を溜めて謝った。俺も照れながら謝る。
俺と陽子は再び交際を続けた。それから以前にも増して俺達は熱い恋をしていった。
そして一年の月日が流れた時、俺に本店の東京に戻るように辞令が下された。
もはや陽子と離れて暮らす事なんか出来やしない。それは陽子も同じだ。しかしこの街
と東京では遠過ぎる。俺は会社を辞めて、この街で仕事を探そうとしたが、そう簡単に
見つからず、会社を辞める事も出来ず、また東京のデパートに戻るしか道はなかった。
陽子も一緒に行くと言ってくれた。俺達は東京で暮らし事を決意した。
そして約束の時間に俺は駅で待った。しかし陽子の姿はなかった。当時は携帯電話も
なく、俺は公衆電話から彼女の家に電話を入れた。だが陽子は親に止められていた。
彼女の家は小さなスーパーを営んでいた。俺は陽子を説得する為に彼女の両親の前に
立った。だが親には完全に拒絶された。誰か知らんけど、大事な娘を東京にやれないと。
陽子は俺も若かった。将来のことまで考えてなかった。ただ好きで好きで堪らない二人
だったが。俺は仕事を捨てる事も出来ず、生木を引き裂かれるような思いだ。
22歳の陽子と23歳の俺達は親という壁に阻まれた。親を説得出来る力も何もない。
経済力、生活設計、安定した収入、何ひとつ取っても親を納得出来るものは揃ってない。
恋は出来ても中身はただのガキでしかない。情けないが当時はそう思うしかなかった。
やがて俺は傷心の想いで新幹線のホームに立った。それでも陽子は送って行くと東京
まで着いて来てくれた。俺達は東京駅構内の喫茶で話し合った。しかし別れの時間が
来た。もし帰らなければ親が出て来る。俺達は東京駅で涙の別れとなった。
また二人は東京駅のホームに立った。新幹線のドアの向こうの陽子、ガラス越に手を
合わせる。そして電車は動き出した。陽子も俺も涙が止まらなかった。
最終話につづく
次回最終話、愛の結末は?




