前編 出会い
「遠い渚」 前編
あれはバレンタインの日だった。君から貰ったプレゼントを今でも大事に持っている。
それはチヨコレートと一緒に添えてくれたライターだ。
そのライターには、俺の誕生石のオパールが組み込まれていた。
堀尾陽子も同じく誕生石はオパールだった。
俺は彼女にオパールの指輪をプレゼントした。
オパールの淡い輝きに、恍惚の誘惑に誘われ俺達は完全に恋に落ちた。
あの昔の渚の想い出は、今は遠く・・・・・・まるで幻のような恋だった。
俺は東京に本店がある大きなデパートから転勤し、この街に来た。まず売り場に来て電流が
流れるような感覚に襲われた。一人の女性と視線が合った瞬間の事だった。
俺達は視線を合わせたまま凍りついたような感覚に襲われた。まさに電撃的な恋だった。
俺達には運命的な出会いではないかと、導いてくれた神に感謝したいくらいだった。
俺達は翌日にはデートしていた。陽子は明るく、名前の通り太陽のような存在だ。
とても積極的な女性だ。二人の職場は同じデパート売り場の同じ階で真向かい同士。
昼休みは、いつもデパート屋上のベンチで食事をしながら話をした。
それから一週間、俺は転勤して初めての休みの日に、陽子も休みを合わせてくれて街を案内てくれた。
そしてその日の夕方、駅に近い所に公園がある。
そこには小川が流れていて、小さな橋がある。次からはここが待ち合わせの場所だ。
陽子は地元の高校を卒業して、地元のデパートに勤めてこの街から出た事がないそうだ。
陽子はキュートで眼がとても綺麗で、いつも明るく正に向日葵のような存在だ。
周りを明るくし、楽しませてくれる魅力に溢れた女性だ。
この街には、海も湖もあり大きな砂丘もあった。仕事が終わる頃にいつも陽子からデパート
内の内線電話が俺の売り場に入る。
「今日は30分遅れるね。悪いけど、ちゃんと待っていてね。きっとよ」
屈託のない彼女の明るさに、俺はどんどん心が惹かれて行く。
俺はいつもの公園の椅子に座り、彼女と出会った日の事を思い浮かべていた。
あれからもう三ヶ月が過ぎ、あっという間の月日の流れだった。
陽子は息を切らしながら走ってきた。また屈託のない笑顔を浮かべる。
「お待たせ! ねぇ、次の休みの日、海に行こうか」
陽子には沢山いろんな所に連れて行ってもらった。本当にいい街だ。いやそれはきっと陽子
が住んでいる街だからであって、陽子の存在が無かったら寂れた街に見えただろう。
そして次の週。俺達は電車に乗り、舞浜と言う駅で降りた。塩の香りが心地よい。
8月に入り真夏の太陽がまぶしい。それよりもっと眩しいのが陽子の水着姿だ。
白い肌が美しく、職場の制服に包まれた陽子とは違い俺は心臓の鼓動が波打った。
「わあー暑いわ、肌が焼けちゃう。ねえ健、日焼け薬を塗ってくれない。ほら! その
バックの中に入ってるから」
俺はバックの中から日焼け止めを取り出したが、陽子の肌に塗るのかと思ったらドキドキした。
完全に俺はいま彼女に翻弄されているようだ。
やがて渚を夕日が赤く染める。あんなに大勢いた人影がまばらとなり、遠くの砂浜で誰かが
線香花火を楽しんでいるのが見える。
あんなによく話していた陽子の口数が少なくなる。
やがて夕日が落ちて暗闇に覆われ完全に二人の会話は途絶え、夜空に浮かぶ月明りが怪しげなムードを作ってくれる。
聴こえるのは渚の波の音だけ。まるで作られたドラマの世界のようだ。
そんな時、陽子は砂浜に仰向けになり星空を見上げた。何も言わずそして眼を閉じた。
俺は解っていた。俺は意外と初心で、まだキスの経験もなかった。
初恋らしき、おぼろげな恋はあったが、シャボン玉のように弾けて消えた。
高鳴る自分の心臓の鼓動が聴こえる。俺は彼女の髪を撫でて、そして頬に触れた。
もう心臓が破裂するのではないかと思うほど興奮していた。そして、そっと唇を重ねた。
陽子は知らんふりをしいてる。まるで人形のように動こうともしない。
俺は勇気を振り絞って、もう一度キスをする。歯がガチガチと震えて、陽子の歯と自分の歯が当たって音を立てた。
陽子は俺の首に手を回してきた。それでも陽子は眼を閉じたままだ。
その時間は数分だっただろうか、俺にはとても長い時間に思える。そして恋を唇で感じた。
だが、そのムードが一瞬で壊れた。 暫くたって彼女は俺にこう言った。
「健・・・下手ねキス」
つづく
次回、二人の恋の行方は?




