確保
/Transmigration …vol.8
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「まさか、ここで魔王軍が、さらには魔王陛下自らがお出ましになるとは……」
魔獣の群れに成す術もなく蹂躙された村。
一人残らず鏖殺されていく中で、ようやく発見した確保対象。
馬鹿どもが勝手を働くのを止める間もなく起こった、〈聖痕〉の顕現。
さらに、その〈聖痕〉授与者を助けたのは……魔王と手勢の者たちであった。
それらすべてを村近くの山腹から観測していた男・ウワルは、命の危機に瀕していた。
異常を観測した男は、別働隊に連絡を取ろうとしても繋がらず、孤立無援な状況に追い込まれた。
連絡の〈魔法〉のピアスが応答しない理由を考えるならば……受信者たちの身に何かしらの異変があったということ。
それが魔王軍の出現と同期しているという事実を思えば、答えなど限られていた。
(魔王は、やはり完全に復活していた)
情報を伝えるために単身離脱をはかったウワル。
夜の山を踏破する彼の前に現れた存在は、人間とは一線を画すもの──〈魔者〉であることは容易に知れた。
青黒い肌の色。
黒眼に白い瞳。
肩まで伸びた髪の色は銀。鉤爪の生えた二枚の黒い翼。ねじれた羊角と剥き出しの乱杭歯が鋭く煌めく。
白黒の山高帽と燕尾服──男とも女とも言い難い優美な面──怪奇な風貌──広く知られる悪魔の姿が、そこにはあった。
悪魔は笑顔をこぼしながら問いかける。
「君が、我が同胞たちを制御し操り、村を襲わせた張本人と見て、間違いありませんね?」
伸びた二本の爪が、鞭のようにしなる。
瞬間、ウワルが与えられた中で最高の〈魔法〉道具……〈魔者〉制御の腕輪が真っ二つに割られ砕けた。
(本当に、嫌な仕事だ)
だが、これが自分の任務であった。
唯一生きる道筋として与えられた義務であった。
幼少の頃から体を鍛え、学び、適性を見出され、〈魔者〉を使う〈魔法〉を扱うよう徹底的に訓練を積んだ。
だというのに。
護衛として手元に残しておいた精鋭十体の〈魔者〉が切り刻まれ、大地にサイコロ状の肉片となって転がっている。
せっかくの紙巻を愉しむ余裕はなくなった。半ばで切り落とされた煙草の残骸を踏みしめる。
想定外も想定外だ。
上の命令で、旧帝国領の孤児院──そこにいる一人の少女を確保するために、ここまで足を運んだ。
後腐れのないように、こういう裏の仕事を引き受ける傭兵団をけしかけ、目的も八割ほど達成されていたはずなのに、〈聖痕〉に選ばれた子と、一万年を生きるとされる魔王の登場で、すべてが御破算となった。
傭兵団は全員が捕らえられ、ウワルもまた捕らえられる瀬戸際に立たされている。魔王軍が襲撃者を生け捕る理由は、考えられる限りひとつだけ。
こんな状況では煙草でも吸いたくなるが、得体の知れない相手を前に迂闊な行動を起こすのは、危険すぎる。
だからといって、このまま膠着状態を維持するのも、非常にマズい。
「なに悪いようには致しません。少しばかりとらえさせていただき、あなた方の情報を収集……つまり尋問させていただければ、それで十分ですので」
魅力的とも言える可愛らしい笑顔で悪魔が宣う。
ウワルは短剣を二本両手に握り、虚勢をたっぷり含んだ声で返した。
「あいにく、ここで『ハイワカリマシタ』なんて言えるほど、素直な性格じゃあないんでね」
「そうですか。それは残念至極」
本当に残念そうに肩を落とす悪魔。
男か女か本気でわからない声色は、聴いているだけで脳をくすぐられるような色気をはらんでいた。
(仕方ない)
任務失敗。
その代償を払うのみ。
ウワルは駆けだした……悪魔に対して一直線に。
「何を?」
疑念するのも当然の暴挙。
戦うのでも逃げるのでもない。
秘密工作員たるウワルは敵の意表を突くと同時に、最も効果的な攻撃手段に打って出る。
彼は奥歯に仕込んでいたスイッチを噛み締める。
瞬間、
ウワルの体内に仕込まれた「爆破」の〈魔法〉により、彼のすべてが、脳も心臓も粉々に吹き飛んだ。
完全無欠な証拠隠滅であり、至近で衝撃に巻き込まれた相手も致命傷を負いかねない──自爆である。
だが。
「いけませんね。そのように命を粗末にされては」
ウワルは爆発したはずだった。
確かに、そうなった。
「──え?」
木っ端微塵に砕け、情報を敵に渡す危険性を完全完璧に排除できた。
そのように教育され、そのように死ぬよう命じられてきた。
にも関わらず彼は、生きている。
自爆していない。
「な、ぜ?」
痺れたような舌と唇で疑問をこぼした。
悪魔は恍惚とした表情で宣言する。
「私の奥の手である“時間魔術”で、少しだけ時を戻させていただきました」
柏手を打つ悪魔は朗らかに、絶望的な事実を言ってのけた。
「いやはや本当に見上げた覚悟! 立派な心意気だと感服いたしました!
私がこの魔術を使ったのは数年ぶりになります。誇ってよいことですよ、これは!」
「くっ!」
時が戻ったという信じがたい言葉。
だが、戻ったのであれば再度自滅すればよいだけと、奥歯を噛み締めようとして、体が硬直する。
否。
体が、というのは正確ではない。──彼のすべてが、いま、停止していた。
悪魔は音吐朗々に語る。
「今度は、あなたの時を止めさせていただきました──本当に立派な仕事ぶりです。悪魔であるのに私、本気でときめいてしまいます!」
青黒い肌の〈魔者〉は、もはや聞こえていない相手に対して、熱っぽい声で語り続ける。
よっぽど男の殉職精神に興奮させられたようだ。
先ほどまで平坦だったはずの胸……燕尾服の胸元が激しく隆起し始め、たわわに実ったものがシャツの前ボタンを弾きとばした。衣服からこぼれた胸の果実を男の胸板に合わせ、しどけない様子で男の首に腕を絡める。先端が鏃状になっている尻尾を伸ばし、男の全身を舐めるように縛りたてると、尻尾は二本三本と増えていき、いつしか大量の黒い触手の泉に、男の全身が沈んでいくかのような様相を呈していた。触手の悪魔は、時が停止している男と睦みあうがごとき距離で、腰をこすりつけながら囁く。
「で・す・が。
ああ、なんという悲劇でしょう──
私の大事な殿方となったあなたは、これから尋問の苦行を受けねばならない定め。どうか頑張って耐えてください。せめて、あなたの助命嘆願に動く事だけは致しましょう。大丈夫ですとも。あなたの代わりとなる罪人は今宵たくさん得られましたし。なにより、我等が魔王陛下は、この世の誰よりもお優しい方。我等のような“うち棄てられた者たち”を導く賢君であらせられる。きっと、あなたのことも良いように取り計らっていただけるはず!
そうしたら、あとは私と、私の伴侶の皆様と、心ゆくまでたっぷりと愉しみあいましょう──ね?」
悪魔あらため“淫魔”の名は、フアラーン。
女性形を得た彼にして彼女は、昂然と上気した表情で明るい未来予想を語りながら、完璧に捕らえた襲撃者の頭目と共に、転移魔術の道具──黄金の鍵を起動。
フアラーンが空間に差し込んだ鍵によって、転移の扉が開錠──彼女たちを闇の裂け目の奥に呑み込んでいく。
こうして、すべての襲撃者たちは捕らえられ、魔王の治める国──人間たちが呼称するところの暗黒大陸へと連行された。
《人物紹介コーナー》第二弾
●フアラーン 青肌ヤンデレ時間停止触手プレイ性転換悪魔っこ。属性過多にもほどがあ(ry




