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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第一章 転生 
8/31

別れ

/Transmigration …vol.07






 にべもなく拒否されたナハル。

 しかし、ここで引きさがることはできない。

 少女は両膝をついて、額に開いた傷……〈聖痕〉を大地にこすりつけながら、魔王への嘆願を続ける。


「お願いします! どうか!」

「断る、と言っている」


 魔王は鎧の肩を落として嘆息を吐いたようにみえた。

 兜の眉間をおさえる指が、カシャカシャと軽い音を奏でる。


「〈勇者〉が、よりにもよって魔王の幕下に……部下になるだと? 正気か? 人類の救済者たるものが、人類を裏切るつもりか?」

「なんと言われようと構いません。それで私の望みが果たせるのなら、私は」

「ナハル、待って!」


 プレアが必死の形相で親友の肩を掴む。


「なんてこと言うの! あなた自分がなにを言っているのか、本当にわかってるの?」

「プレア」

「魔王は〈魔者〉の……“人喰いの王”だよ? そんな存在の部下になってついていくなんて、殺されに行くようなものじゃないの」


 人を喰らう王。

 そう評された本人は否定する言葉を持たなかった。


「彼女の言う通りだな」


 苦笑と共に肯定してみせる声は明るかった。

 だとしても、ナハルの意志は揺らぐことはない。 


「お願いします」

「……本気で言っているのか?」


 絶句する魔王。

 彼にかわって、プレアは説得を続ける。


「正式にお……王や教会に認可されたわけじゃないと言っても、あなたが勇者の証を、〈聖痕〉を得た事実は変わらない! それなのに?!」

「プレア、私は決めたの」


 全身に刻みこまれた光輝の傷痕。

 こんなものを戴いたところで、ナハルには何の価値もない。

 このまま国と教会に〈勇者〉と祭り上げられるなど、真っ平御免である。

 ナハルの黒い瞳は、プレアの赤い瞳をまっすぐにとらえた。

 ついで、彼女の視線は濃厚な血の匂いが漂う方へ向けられる。


「今夜、たくさんの人が死んだ──村も、院長も、先生たちも──子どもたちも」


 プレアは、ナハルの言いたいことが理解でき始めていた。しかし、彼女はその現実から目をそらす──そらして当然の惨劇だった。

 だが黒髪の少女は、殺戮の惨状が広がる礼拝堂に向けて歩を進める。

 黒い〈魔者〉に喰い荒らされ、黒衣の連中に殺され尽くした。

 ナハルたちと同室同班の少女らも、一人たりとも残さずに。

 その事実を確かめるように、傷だらけの身体を抱えながら、半焼した堂内と、血の海地獄を見据え続ける。


「都の宿屋(オースタ)で働きたいと言っていたディラ。綺麗な婚礼衣装を作りたがっていたアロール。クイルは、この院で修道女(バン・リアルタ)になりたいって。……なのに──なのに……ッ」


 友らは、それぞれが思い思いの未来を描いていた。将来の展望に胸を躍らせ、孤児としての境遇を悲観することなく、日々を清く──たくましく生きていた。

 なのに──皆、死んでしまった。

 ここに──冷たい屍をさらして。

 たとえナハルでなくても思うだろう。

 絶対に許されていいことではないと。

 こんなことを許すものがいたら、それこそが悪だと。


「こんな地獄を産むのが神とやらの思し召しというのであれば……私は、そいつらを許すことはできない」


 壊滅した村。修道院の惨状。ナハルたちを逃がそうとして襲われ、傷を負ったロース。

 プレアも、それ以上抗弁する意欲を失ったように俯くままとなった。

 ナハルは決意した。

 自分の命は、この世界で農人や職人や商人として費やすものではなく。

 今ここで邂逅を果たした神の敵──魔王のために捧げるものだと。

 少女はあらためて魔王の足もとに進み、平服の限りを尽くす。


「魔王様──どうかお願いします」


 再びの訴えに対し、魔王はけんもほろろに突き放す。


「断る」


 純白の王は肩をすくめた。


「ふん。神を許さんだと? ならば復讐でも遂げる気か? なんの能力も知恵も持たない卑小な人間が、〈聖痕〉という名の烙印をおされたガキごときが、ほんとうにどうにかできる相手だと? ──笑わせるのも大概にしろ!」


 そう語気を荒げる王の姿は、魔王などという恐ろしい存在とは思えないほど人間的だ。

 まったくもって、彼の言ったことは真実であった。


「だとしても。私に残った道は、これしかありません」

「そんなに仇を討ちたいと? 殺された者らの無念を晴らしたいのか? 彼らを殺した黒い〈魔者〉は、君の〈聖痕〉で滅ぼしただろう? これ以上に復讐を望むのであれば、確保した襲撃者たちを殺させてやろうか?」


 少女は王を見上げる。


「違います」

「違う?」

「確かに、私はそいつらも、村と院を襲った連中も許せない──でも、根本的な問題は、神が、あいつらが、このクソみたいな状況を放置しているからだ!」


 ナハルは立ち上がる。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、「手違い」という理由でヒトの人生を奪った存在の軽薄な表情。


「九年前、私をこの世界に産み落とすだけ落として、奴らは何もしてこなかった。この世界では奴らに干渉することはできないこともあるのだと納得してもよかった──だが! なんなんだ、このザマは! なんなんだ、このありさまは! 何が〈聖痕〉! 何が〈勇者〉! ふっざけるのも大概にしろ、自称神ごときが!」


 魔王には彼女が何を言っているのかわからないだろうが、少女の感情は許容量を超えた。

 いま神どもは、こんなモノをナハルに与えて、さぞやご満悦なのだろう。くそくらえだ。

 ナハルは魔王の兜に覆われた面貌を見透かさんばかりに見つめ、縋りつくままに願った。


「お願いします! どうか──どうか!」

「──君は、俺には不要なものだ」


 魔王の冷たい眼差しを受け止める少女。

 ナハルは魔王の手を放し、重い息を吐いた。


「そうですか。

 では、私はここで死にます」


〈勇者〉として、神の敵対者たる王の障害になるつもりなどない。

 神の企図を──魔王を殺す尖兵となる状況を阻むために、残された手段は、ひとつだけ。


(そんなクソったれなことになるぐらいなら、いっそのこと──!)


 目に入ったのは、打ち捨てられていた院長の壊れた剣。それを拾い上げて、ナハルは何の躊躇なく、半ばで折れた刃の先を自分の喉元に突き付けた。

 左手で柄をしっかり握り、右の掌で刃を押し込む形。


「! やめて!」


 親友(プレア)の制止する声にも構わず、ナハルは切っ先を横に動かす──赤い血が少女の柔らかい首に食い込み、肉を引き裂く刹那、


「────え?」


 少女の両手から剣が消えていた。

 純白の鎧がナハルの背後に回り込み、彼女から自決の凶器を取り上げていた。なんという早業。目にも止まらぬという体験とはこれのことか。


「…………そこまで、意志が固いとはな」


 幼く小さい肩に魔王の大きな手を乗せられるが、意外にも嫌悪感というものは感じなかった。

 転生してからの今日(こんにち)までにおいて──生前の体験で男性恐怖症ぎみのナハルであったが、ここまで接近を許した男というのは魔王が初めてであった。

 もしや、魔王は女性かと疑いかけた直後、


「おそれながら陛下」


 ロースの脚を治療していた〈魔者〉──水流を纏う女怪(じょかい)が歩み寄ってくる。

 彼女は崩れていない右顔面に疑念の相を表していた。右目の片眼鏡の位置をあらため、流動する左腕を大きな胸の下を抱える仕草は、どこか秘書のような佇まいを連想させた。


「我々がここへ来た目的をお忘れでしょうか──我々は、この地で覚醒すると巫女(マーン・シーキャハ)が予見された〈勇者〉、魔王を滅ぼす〈極大聖痕〉を確保すること──つまりは、この少女を連れ帰ることこそが、当初の目的だったはず」


 意外や意外に、魔王たちの目的というのが勇者(ナハル)であったという事実を知らされる。

 しかし。

 だとすると。

 魔王の発言は、ナハルを「不要」と断じた言葉はどういうことだろう。

 水の乙女は明言した。


「その少女──ナハル殿の申し出、受けないのは非常に愚かしいことかと」

「……イニー・ン・リィア」


 魔王は深い沈黙を保つのみ。

 他の魔王の配下たち──狼男や骸骨、宙に浮く魔剣や女エルフなども、女性の指摘する内容に同意見だというような反応だ。

 意外な援護者の到来に、ナハルは呆然と魔王を見上げるしかない。

 イニーという名の〈魔者〉は続ける。 


「確保対象である彼女自らが、魔王陛下の軍門にくだりたいとおっしゃっているのです。〈勇者〉自身の意志で神に敵対し、我々と同じ道を進みたいと。それをわざわざ無碍(むげ)にする必要性は」

「わかってる、イニー……わかっているが、この()は……」


 彼は舌を打つ。

 何かを言いかけ、言葉を濁す魔王。

 純白の鎧兜で表情は判らないが、酷く迷っている姿にナハルは視線を送り続ける。

 そして、


「……魔王陛下。私からもお願いいたします」


 さらなる援護者が、魔王の前で膝を屈した。


「彼女の望みを叶えさせてあげてください──私の親友の思いを──ナハルの意志を、どうか!」


 プレアだった。

 先ほどまでとは打って変わった主張、そのわけ。

 プレアにも分かったのだ。

 もう、彼女(ナハル)を押し留めることは不可能であるということを。

 ここで魔王に受け入れられなければ、〈勇者〉の少女は己の素っ首を切り落とすことで、神への叛意を遂げるだろうことを。


「いいの?」


 顔を上げてナハルは訊ねた。


「いいわけない。いいわけがない……けど」


 そうしなければ、ナハルは死ぬだけだ。

 ナハル・ニヴの決意の深さを肌身で感じ取った親友は、そうすること以外に処方がないと覚ったのだ。


「あんな、自分から、死ぬ、なんてこと──やらないで──言わないでよ──っ」


 大粒の涙で、煤で汚れた頬を濡らしていくプレア。

 本当に優しい友人の肩を、ナハルはそっと抱き締めるしかない。


「──(まま)ならんな」


 魔王は本日最大とも言うべき溜息を吐きだした。


「わかった」


 ナハルは振り返った。


「──受けよう、その申し出。〈勇者〉ナハル」


 あれだけ頑迷に断り続けてきた〈魔者〉の王が、折れた。

 ナハルは思わず安堵感のまま腰が抜けた。

 それを、魔王は片手ですくいあげるようにする──いわゆる、御姫様抱っこに近い形だ。

 と同時に、


「あのー、よろしいでしょうか、陛下?」


 魔王に近づく女性の声。

 彼方を見据えたまま歩み寄るエルフ(ルハラハーン)は、大胆にあいた胸の谷間に弓の弦を挟んだ女狩人の装束で、純白の全身鎧に話しかける。

 艶っぽい蠱惑的な金髪の持ち主に、魔王は平坦な様子で振り返った。


「どうした、ガル」

「はい。この村めがけて急速に接近する気配が。おそらく、統一王国軍の航空騎兵隊かと。距離は20000ファードほど」

「数は?」

「私の目には、33騎。旗の色は、ここから一番近い都・旧帝都の駐屯部隊ですね。──妙ねぇ? こんな田舎の村が襲われた程度にしては、反応が過敏過ぎないかしら?」


 異変を報せる鐘の音を聞いた、にしても反応が早すぎた。


「原因はひとつだけだろうな」


 魔王は白い少女を少しだけ見下ろした。

 プレアはばつが悪そうに視線を逸らす。


「到着予想時刻は?」

「あと十分もありませんわね?」


 充分だと告げる魔王。

 彼は白い髪の少女に話しかける。


「プレーァ……いや、プレアくん。我々は今からここを離脱する。君は、あと数分ほどで到着する救助隊に保護されなさい。こちらの二人──〈勇者〉と修道女は魔王(アン・ターヴィルソル)の名において預かる」

「あの、ロース先生もですか?」

「そうだ。彼女は我々が治療した。脚からの大量出血で命の危険があったからな。治療痕を見られては、君を救助しに来る者らに気付かれるかも。それは望ましくない結果を生む。──心配はいらない。彼女たちの安全は保障する。が、我々と彼女らのことを王国の者に報せてはいけない。たとえ、君の父君であろうともだ。いろいろと面倒が起こるのを避けなければ。そうだな──この二人については『死体が発見されず行方不明』──ここを襲った連中にかどわかされたという扱いにする。わかるか?」


 頷くプレアに、魔王は筋書きを語る。

 村と教会を襲った連中は、殺戮を終えて全員が立ち去った。プレアだけは礼拝堂とは別の場所に隠され、なんとか事なきを得た──そう言った流れを、魔王は唯一の生存者役となる少女に吹き込んだ。

 純白の鎧の掌がプレアの肩を叩く……何か不思議な光が、プレアの内側に浸透したように見えた。


「今のは?」

「“魔術”だ。いま言った内容をプレアくんの記憶に書き込んでいる」

「──〈魔法〉ではない?」


 あっけなく暴露する〈魔者〉の王。聞きなれない単語に首を傾げる間もなく、魔王は重ねて告げる。


「くれぐれも我々のこと、魔王軍のことは内密に。くれぐれもな……できるかい?」

「はい。──できます!」


 よしと頷く魔王。

 彼の配下らが出立の準備を整える。


「陛下。転移魔術の用意が整いました」

「では行こう」

「はい。魔王さま」

「き──気を付けてね、ナハル!」


 寂しそうに笑顔を歪める友達の姿に、ナハルは言った。


「うん。落ち着いたら、手紙、書くよ」

「え……でも、そんなこと」


 可能なのだろうか。

 ナハルはこれから魔王のもとで暮らすというのに。

 二人の視線を受けて、魔王が告げた。


「それくらいなら、我が配下の者に届けさせよう」


 これまた意外な申し出に、ナハルもプレアも、揃って相好を崩した。


「またね」


 あまりにも想定外な、突然の別れ。

 この冬を超えたら旅立つはずだったプレア──彼女の方が今、こうしてナハルを見送ることになろうとは。 


「うん、またね──きっとね!」


 純白の全身鎧に抱えられながら、少女は手を振ってみせる。

 次の瞬間、魔王たちと共にナハルの姿が消え失せた。

 焼け残った教会に取り残されたプレアは、ひとりの寂しさを痛感しながら、頬を拭う。


「──結局、言えなかったな」


 冬に出ていくという話。

 それ以上に言っておきたかった言葉を胸の内にとざして、プレアは夜の底で(むせ)び泣いた。




 数分後。

 彼女は無事に航空騎兵隊に保護され、故郷である王国の首都・エツィオーグに送られた。












≪人物紹介コーナー≫第一弾


〇ナハル・ニヴ  異世界転生者。生前の名は鬼塚ハルナ。神様が嫌いな主人公。


〇プレア     異世界の??。ナハルとは親友同士。何か秘密があるっぽい。


〇ロース     異世界の修道女。ナハルの母の妹。つまり叔母。優しい女性。


〇クローガ    異世界の修道院長。ナハルたちの養育者。何故か剣術が使える。


●魔王      異世界の魔王。純白の全身鎧の姿。いろいろと謎が多い。本名は後々。


●イニー     片眼鏡の女幹部。体の半分が流動する水。名は、イニー・ン・リィア。


●ガル      魔王軍所属のエロエルフ。幹部の中でも最古参組らしい。本名は後々。

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