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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第一章 転生 
7/31

邂逅

/Transmigration …vol.06






 短剣は何の逡巡もなく、ナハルの体躯の中心を抉ろうとする。


「ッ!」


 とっさに地面の雪と灰を掴んで、凶刃の持ち主の眼をくらませる。


「チ、抵抗しても無駄だ!」


 抵抗するにきまってる。

 しかしながら、やはり大人と子供──襲撃者と九歳児では、勝敗など決まっていた。

 あっさりと捕まり、再び白刃がナハルの喉笛を掻き斬らんと振り上げられる。

 そこへ、親友の声が響いた。


「もうやめて! 私が目的なんでしょ? 私が捕まるから、ナハルには手を出さないで!」


 白い少女の言葉に、襲撃者たちは意外にも刃を止めた。

 涙まじりに「彼女(ナハル)を殺したらここで死んでやる」という言葉を添えられ、どうやら本気のようだと理解される。

 プレアの嘆願により羽交い絞めにされる程度で済んだナハルの耳に、


 パァン


 という渇いた破裂音が突き刺さった。

 振り返ると、抵抗していたロース修道女が絶叫をあげて倒れ伏している。赤茶髪の男が持つ〈魔法〉の銃で脚を撃たれたようだ。

 そいつはまるで狩りで得た獲物を検分するように、ロースの脚の傷を踏みにじる。

 修道女の悲鳴が夜の底を震わせた。

 男は目を細める。


「へぇ。修道女にしては、なかなか良い顔と胸だ。……このまま殺すのは、いかにももったいねぇな」

「隊長。いくら好みの女だからって、味見してる時間はありませんぜ?」

「なぁに。捕まえるように言われたガキは今さっき確保したんだ。ちょっとくらい(たの)しんでも、バチはあたらんだろう?」


 教会の修道女を襲う時点でバチもクソもない。

 プレアが再び「やめて!」と声を荒げるが、


「殺すわけじゃないから安心しろ」


 下卑た表情を浮かべて、ロースを取り囲む男たちの様子に、ナハルは腹の底から凍えるものを感じた。

 生前にも経験した──あのクズ女が、生前の母が連れ込んだ男どもに感じたのと同じ──絶対の殺意。

 冷たく濡れた大地を這うしかないロースは、気丈な眼差しで襲撃者の長を睨む。


「村を襲うだけじゃ、飽き足らず、──信仰の場で、修道女や子供らを殺すなんて」

「悪いが、俺はそこまで信心深くはないものでね」

「ア、アンタ達なんて、ウチの院長が、来てくれれば、一瞬で、斬り殺されるわよ」

「院長? 斬り殺? ──ああ、その院長ってのは、この剣の持ち主か?」


 言って、隊長と呼ばれた男は、院長が携行していった剣──その根本で折れて壊れた残骸を放り投げた。


「事前情報にはない戦力で多少は手間取ったが、100体の〈魔者〉相手じゃ、どうのしようもなかったな」


 一斉に嘲笑の吐息を吐く襲撃者たち。


「そん、な」


 ロースは絶望的な事実に、悔し涙をボロボロとこぼすしかない。 


「さぁて──と」


 脚を撃たれ、逃げることもままならない彼女は、四方を男に囲まれ、修道服を短剣で破かれ始める。悲鳴をあげる口を塞がれる光景は、いやでもナハルが生前に体験したことを想起させた。

 その現実を前に黒髪の少女は顔を大きく歪め、唇を噛み切った。

 少女の沸点を超えた。


 さわるな──

 さわるな──

 さわるな──

 さわるな──

 さわるな──


「汚い手で! そのひとに触るな! クソ共が!!」


 己を羽交い絞めにしていたやつの手が、修道女の肌に生唾を飲んだ一瞬の隙をつく。

 局部の膨らみを正確に蹴りつけ、完全な自由を得た。

 しかし、子供一人が逃げ出したところで、数秒後には捕まる運命であった。

 せめて──なにか武器を。


「!」


 奴が放り投げてくれた、折れた鉄塊──院長の剣の残骸を掴んだ。

 刃があったままでは持ち運ぶことは不能だろうが、その刃の大部分が欠けたおかげで、ナハルの腕力でも振り回すのに支障ない重量となっている。


「あああああああああ!」


 吶喊するナハル。

 小さい身体の無茶苦茶な突撃によって、隊長の背中に折れた刃先をめりこませることに成功した──が、


「てめぇ、このガキが!」


 折れた剣の殺傷力の低さに加え、子供の腕力による攻撃など、たかがしれている。

 反撃の蹴り足を、戦いの技能を持たぬ少女の身体には、躱す術がない。

 胸の空気が全部吐き出されるような衝撃と共に、中庭の灰と雪の上を転がる羽目になる。顔や手足を思い切り打ちつけ、ところどころから血が流れるが構うことはない。すぐに立ち上がって体勢を立て直すが、やはり子供の握力では剣を握り続けることは難しかったようで、今ではかなり遠いところに落としてしまった。もう武器がない。


「味見の前に、テメェの臓物をここでブチ撒けてやる」


 修道女への暴行よりも、少女への復讐に奔ることを選んだ部隊長。

 それほどの苦痛であり屈辱の一撃となったわけだ。

 ナハルはしてやったりと強い笑みを浮かべる。


「〈魔者〉共! このガキの五体を食い散らせ!」


 男の命令を受諾した魔獣たちが、ナハルをあっと言う間に包囲する。

 完全に、万事休す。

 それでもナハルは抵抗し続ける。

 壊れた剣がないのであれば、足もとに転がっている石を武器に選ぶ。 

 子供とは思えないほど強壮な心。

 敢闘する意思の力。

 その気迫や剣幕におされたかのごとく、〈魔者〉達が動きを止めた。


(……絶対にあきらめない)


 必ず生き延びる。


(生きて、あの神の顔面に、一発ブチ込むまで)


 死んでたまるものか。


(私は、絶対に負けない。こんなところで──)


 死んでも!


「負けてたまるか────────ッ!」


 その時。

 ナハルの全身が強烈な光に包まれた。

 急転直下の事態に、黒衣の襲撃者たちは色を失ったかのように立ちすくむ。

 光がやんだ直後……黒髪の少女を包囲していた〈魔者〉たち──50体が一斉に、その場に崩れ落ちていく。

 同時に。

 ナハルはその場で糸が切れたように腰を落とす──光が発生した瞬間に殺到した劇痛によって意識を失い、昏倒したのだ。


「い、今のは何だ!?」

「判らねぇ。一体?」

「お、おい……あれ」


 彼らが見つめる先に立っていた少女の全身……傷だらけでボロボロの身体を覆うかのように表れたものは、光り輝く神の御印。


 ──〈聖痕〉であった。





 ・





「ナハルが、〈勇者〉さま?」


 拘束されるまま、事の顛末を見つめることしかできないプレアだけは知っていた。

 あの輝きに満ちた幾何学模様の傷痕こそ、まさしく〈魔者〉を倒す唯一の存在、〈勇者〉にのみ与えられる〈聖痕〉であることを。

 それでも、理解できないことが、ひとつ。


「でも、あんな……ぜ、全身に、なんて」


 プレアは見たことも聞いたこともない。

〈聖痕〉の発現範囲は個人差があるが、せいぜい掌全体まで。

 それが全身に及ぶというのは、──それは、神話とされる書物の中にしか存在しない事象であった。


「あ、あれが〈聖痕〉? ……は! だからなんだってんだ! おい早くブチ殺せ! この得体の知れないガキ、生かしておく必要はねぇ!」

「で──ですが」

「あんな全身が〈聖痕〉まみれな〈勇者〉なんているわけがねぇ! あれだ、〈魔法〉かなんかで演出してるだけだ! はやく殺しちまえ!」


 むちゃくちゃな理論を含んだ命令を、実行できる部下はいなかった。

 躊躇して当然。

 長く人の世に災いを成す〈魔者〉──その“王”である魔王の復活が噂される状況で、〈聖痕〉を持つ〈勇者〉を殺す=魔王への対抗手段を失うというのは、人類全体の損失と見なされる。下手すれば、子孫八代にわたって不名誉な烙印を押されかねないとなると、いくら上司の命令とはいえ、従うことはできない。


「もういい! だったら、俺が!」

「それはご遠慮いただきたいのでございます」


 突如、降って湧いたような声。

 この場の誰もが、そこに現れた水色の女怪──左半身が崩れた片眼鏡の女の登場に度肝を抜かれた。


「な、何者だテメェ!」

「何者? 見ての通りの〈魔者〉でございます」


 右半身だけ見目麗しい女は、崩れた左半身を流動させて、赤茶髪の男を包み込んだ。

 途端、溺れたようにもがく男。水の触手に絡めとられた男はあっという間に意識を失う。

 隊長に襲い掛かる女怪へと部隊員たちは弓矢を放つ──が、それは一矢たりとも女の身体を傷つけることができない。

 矢は女の周囲を流動する粘液の壁にくるまれ、一瞬の後に溶解・吸収される。

 人間の業ではない。〈魔法〉とも違う(ことわり)の力──まさしく〈魔者〉の所業である。


「こいつ、攻撃が効かねぇぞ!」

「〈魔者〉が意思を持って“喋る”だと? そんなことあるのかよ!?」

「て、撤退だ! 俺らの制御下にない〈魔者〉なんて、どうしようもない!」


 隊長が捕縛されている事実など関係ない。それよりも優先すべきは我が身の安全であり、彼らの仕事は「少女の捕縛」と「村の壊滅」──その両方が成された以上、長居する必要はなかったのだ。

 しかし、


「撤退? もう、何もかも遅いのでございます」


 水女が告げるのと同時に、大量の気配が闇の中から現れる。

 ねじれた角を持つ悪魔、筋骨隆々な狼男、カタカタと震える骸骨、宙に浮く魔剣、トンガリ耳の女エルフ(ルハラハーン)──

 そして。

 兜も胸甲も、すべてが純白で統一された全身鎧の〈魔者〉──


「ご紹介いたします。私どもは“魔王軍”──そして、ここにおわしますは、全魔族を率いる我らが王──」


 神と人類の大敵。


「“魔王(アン・ターヴィルソル)”陛下でございます」





 ・





「ナハル、しっかりして、ナハル!」

「  …… プ  レ、ア?」


〈聖痕〉の発現によって意識が飛んでいたナハル。

 真っ先に目に飛び込んでくる親友の姿に、反射的に跳ね起きる……が、全身が強烈な痛みを訴え、またその場に倒れ込む。


「プレア……ぶじ?」

「私は平気。だから、無理しないで。だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだから」


 何がどう大丈夫なのかわからない。

 あれからどうなった。あのクズ共は、どこへ?


「目が覚めたようだな」


 優しい男の声。

 振り向く先にあるのは、見たことのない数の〈魔者〉──その最前列にいる、純白の全身鎧。


「まさかな……まさか〈聖痕〉を、しかも魔王滅殺級の〈大聖痕〉が発現する瞬間を、魔王である我自らが目撃することになるとは」

「──ま、おう?」


〈魔者〉の王!

 ナハルは村と孤児院を襲った黒い魔獣らの陵虐を思い出すが、魔王の清廉で真摯な声音に認識が混乱する。


「一応教えておくが。我等は、君らを襲った黒い連中とは、まったくの無関係だ」


 その意味が浸透するよりも先に、ナハルは状況を理解していく。

 野外で寝かされている自分。全身に刻み込まれた、複雑怪奇な光の紋様。意識が鮮明になるにつれ、今夜なにが起こったのか思い出す。


「村と院を襲った連中は?」

「一応は捕縛しているが……『殺せ』などと言ってくれるなよ? あれは一応、使い道があるのでな」

「ロース、は、修道女のひとは?」

「安心しろ。今はあちらで眠っている」


 指さされた先には、左半身が水色に崩れた女性に手当てをされている女性の姿が。


「脚の傷は我々が手当てした。少し厄介な傷だが、治療を続ければ治る」

「──院の、皆は? 村の人たちは?」

「……生き残ったのは君らだけだ。礼拝堂内も、焼き討ちされた村も、我々が念入りに調べたが。……助けることができず、すまない」


 何故か謝る魔王。

 遺体は見ない方がいいと率直に言われ、ナハルは頷くこともできない。判ってはいた──覚悟はできていたはずだが、実際に事実を前にすると、視界がぼやける。

 ナハルの班で生き残ったのは、ともに逃げることができた親友プレアだけ。

 修道女はロースをのぞいて全滅。

 その事実を前にして、少女の身内から溢れそうになるのは、強烈な怒り。

 襲撃者たちへの憤怒もあったが、それ以上に憎悪すべき存在が脳裏をチラつく。


 神。


 ナハルを転生させ、その先の世界でガン無視を決め込む無能者。

 奴がナハルという異物をこの世界に転生させたのであれば、無論、この世界にはぶこる悲劇や悪意を、どうにかすることだってできただろうに。

 だが、奴らは日々を誠実に過ごす村の人々が襲撃者に殺戮されるのをとどめず、果ては神に仕える教会の院長や修道女たち──孤児に至るまで死ぬのに任せた。

 許さないと思った。

 このとき完全に、ナハルの意志は神への暴虐の色に染まり尽くした。


「あなたは、本当に魔王なのですか?」

「そうだが?」


 ナハルはプレアが止めるのも聞かずに起き上がった。

 そして、包帯だらけの身体に鞭打つように片膝をつく。最敬礼の姿勢を〈魔者〉の王に向けた。


「おねがいがあります!」


 息をするのもつらい中で、はっきりと願った。


「私を、あなたの幕下に加えてください。部下として働かせてください!」


 傍にいたプレアのみならず、居並ぶ〈魔者〉たちまでもが、固唾をのんで見守るしかなかった。

 想像を超える申し出だったようで、魔王もまたその場にくぎ付けとなる。


「──神の御印を戴く、〈勇者〉である君が?」

「──はい。私は、神を許さない!」


〈勇者〉らしからぬ言動であったが、ナハルの思いは今や不動不可侵のものとなった。


「こんな……こんなことを、こんな悲惨な現実を許す存在を、私は、“私の手で殺したい”!」


 憎悪の血潮が心臓を痛いほど打ちつけていくのを実感した。

 迷いはない。

 十にも満たぬ少女とは思えないほど苛烈に過ぎる、裂帛の意志。


「お願いです! どうか、私に力を貸してください!〈勇者〉の証を刻まれた私なら、あなたのお役に立てることもあるはずです!」


「どうか」という泣訴の圧力。

 その言葉が真のものであることを確信させるのに十分な熱量を浴びせられ、魔王は頷く。


「なるほど──そうか──確かに、君の思いはよくわかった」


 そして、告げる。




「“断る”」







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