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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第一章 転生 
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第九紀・9821年 冬 -2

/Transmigration …vol.03





 




 村の外れの孤児院に帰る道すがら、プレアは荷馬車の御者台に座る院長の隣に座らされた。体の弱い子を気遣って……というよりも、何か話をするために同乗させたように見える。

「疲れたー」と駄々をこねる子供ら六人が、ひとつの話題を持ち出した。


「もう来年だよ」

「来年からは年長組だよ、私ら」

「そろそろ“独り立ち”の時期だね」

「私は院を出よっかなー、都の宿屋(オースタ)で働くんだー」

「私は仕立屋(ターリュール)になりたい。婚礼衣装とか、自分で縫ってみたいから」

「いいねー」

「私は、院に残るよ。修道女(バン・リアルタ)になって、院長や先生たちを手伝いたいし」

「ナハルはどうするか決めてる?」


 問われた少女は首を振った。


 孤児院にはとにかく人が多い。院を管理する大人……院長、修道女、修道士……とくに子供が。

 孤児たちだけで数十人──あれだけの人数を集め、教育し、食事と寝床を提供するだけでも、馬鹿みたいな費用が掛かる。

 孤児たちは修道女たちに教えられ命じられ、日々の糧を得ながら成長していく。そんな生活も、十三歳前後でひとつの転換期を迎える。十三歳になった子供たちは立派な大人の一員となるよう独り立ちを推薦──もとい強要される。孤児院を出るものは、土地を買って農作業に従事するか、大工や石工などの職人に弟子入りするか、何かしらの商家に雇われ商いをするか、奨学金などの援助を受けつつ高等教院や軍学校に入学するかして、孤児院を離れる。あるいは、孤児院に残る道もあるにはある。つまり、神の道を本格的に歩むかを選ぶことになるのだ。男子は修道士に、女子は修道女として認められるべく、それぞれが聖なる儀式と宣誓を行い、神徒の位を得るのだが────ナハルは絶対に、その道を進むことはないと断言できた。

 とすると、遺された将来の道は、農人か職人か商人か学生か──おそらくはそんなところだろう。


(また学校に行くのは、なぁ)


 孤児であるナハルには、いろいろと大変なことだ。

 何しろ学費を払うアテがない。学生をするならば、まずは学費を援助してもらう必要があるわけだが、奨学金を受けられるのはその地域でも屈指の優秀かつ才能に満ちた者のみ。幸いというべきではないが、私には生前の──つまり大人としての教養や分別は残されていた。異世界では国語も英語も通用するわけもないが、算数に関しては基本的なことは共通だったので習熟に時間はかからなかった。何より、大人だった自分は勉強の重要性を十分に理解できていたので、将来のために学を積み上げていくことに余念がなかった。

 おかげさまで、同年代の子の中では比較的優等生でいることはできたのだが、なにしろ異世界の言語体系を覚えるのに苦労した分、他の子と比べ、劣っている部分もなくはない。

 幼少期に自分の意思で声を出せるようになったころ、日本語や英語で大人たちに話しかけてみたことが幾度もあるが、誰一人として何を言っているのか理解してもらえず、周囲から「なにやらおかしな声をあげる子だな」とみられる時期を過ごしたのは、歯痒かった。今でも時折ふとした拍子で日本語を呟くのを聞かれて変な表情をされることも、ままある。

 ちなみに日本でいう義務教育制度というものは、こちらの世界では存在していない。奨学金と言うのも国の主導で仕切られているものではなく、“教会”からの施しという方が、実態として正しいようだ。そして、私は信仰の社に、神さまを尊ぶ人々から、あまり良くしてもらいたいとはどうしても思えなかった。

 理由は単純。私は、私をこの世界に転がり落した神様とやらが、大嫌いだからだ。


(そうなると、農人か職人か商人しかないんだよな……)


 そうわかってはいても、それらになっている自分というものが、まったくといっていいほど想像がつかない。

 今は九歳。あと四年の猶予はあるとは言え、私には、この異世界に転生して、やりたいことがこれっぽっちも頭に浮かばなかった。

 私は望んで、この世界に流れ着いたのではない。

 神様どもの“手違い”という、くだらないにもほどがある理由で、私の人生は強制的に終了させられた。


 望んでいいのなら。

 叶うのであれば。

 私は、私の人生を取り戻したい。

 クソみたいな人生の中で、やっと掴んだ幸福を、未来を、この手に取り戻したい。


 彼と──彼と創るはずだった家庭を──家族を──


「ナハル、どうしたの?」

「…………なんでもない」


 折に触れて思う。

 どうして、自分はこんなところにいるのだ。

 何故、自分がこんな目に遭わねばならない。

 九年を経ても、ナハルの内で渦巻く感情は、一向に衰える気配を見せない。

 無論、世話になっている孤児院や村の住人達に対してそれなりの情と愛着を持っている──しかし同時に。

 日々繰り返される数々の悪夢。

 奪われた幸福への未練と執着。

 神とやらの無責任極まる運命への反感。

 そいつらを信仰する領域で養護されねばならないという屈辱にも似た悪寒。

 この九年でむしろ、神に対する絶望……嫌悪……憎しみと恨みの想念は増幅しているようだった。

 日を追うごとに、ナハルは神様転生という事象の悪辣さと傲慢さに対し、人知れず憤怒の熱量を蓄積していくのを実感せざるを得なかった。


(……帰りたい)


 帰れるはずもない。


(……戻りたい)


 戻る術も──ない。


 ナハルは必死に探した。探し続けてきた。

 この異世界から、もとの世界に帰る情報を。手がかりを。何かしらのヒントを。幼い体で行ける範囲、目を通せる資料、すべてを網羅した。

 けれど、この世界で得られる情報と常識の中で、こことは別の世界に関するものは、噂の端にも聞いたことがなかった。

 ナハルのような転生者──異世界人のことなど、存在を認知すらされていないようだった。


 結論を言えば、帰ることも、戻る方法も、ありえない。


 あれから、もう九年。

 彼は今、どうしているだろう。

 私のかわりに、いい人を見つけて、幸せになっているだろうか。

 その方がいい。彼は、意外とモテるから、きっと、たぶん、大丈夫だろう。

 そう思うと、無性に泣けてくる。


(……さびしい)


 胸の中に凍えた感情を抱えつつ、ナハルは皆と共に孤児院に戻った。

 孤児院は教会の土地の一角にある建物であり、その門戸は広く開かれたまま。午後の六時頃──晩課の鐘が撞き鳴らされる時に、分厚い格子戸が閉じられる。時間の経過は、ろうそくで測られ、それを監視する修道士が鐘を撞くのだ。

 荷馬車をプレアと共に降りた院長は真っ先に告げる。


「みんな、〈勇者〉様の像に」


 祈りを。

 そう言って、荷物を下ろし手を組む修道女と子供たち。ナハルは目をつむる彼女らを尻目に、夕刻の曇天を背にする彫刻を眺めた。

 院の玄関広場に聳える立像は、100年ほど前に『幾多の〈魔者〉を屠り、、この世界を救った』といわれる〈勇者〉を模したもの。背筋をピンと伸ばし、鎧兜には翼のような意匠が施されている。両手の大きな剣を大地に突き立て、彼方を見据える顔立ちは良く整っているが、それが本物の〈勇者〉と似ているか否か、判る人間はいない。院の歴史の授業で、修道女の語る寝物語で、その存在はさんざん教え込まれているが……やはり、ナハルには祈ることなどできなかった。

 顔を上げた院長が振り返るのと同時に、ナハルは一瞬だけ手を組んだ。


「さ、皆お入り。──〈魔者〉が山向こうの街に現れたと聞きます。急ぎなさい」


 拝礼を終えた子供らが荷物を抱え直すのと同時に、ナハルはさっさと歩を刻む。




 この世界には、〈魔者〉がいる。

 化けもの、異形のもの、人外のケダモノ。

〈魔者〉たちは人間を襲い、殺し、そして喰らうと言う。

 先ほどの勇者像は、そういった〈魔者〉の脅威──とくに、〈魔者〉たちの王である“魔王”を打倒し、人の世界を救った者として名高い人物だ。

 幸いにも、人を喰う〈魔者〉が私たちの住む領地に現れたという話は、ここ数年では聞かなかった。というのも「この大陸には神の御加護があるから」と。

 だから人々は、加護を授ける神様を礼拝し、崇敬し、賛美歌を唄い、その教義と信仰を是とし、生涯を賭して尊ぶ──というわけだ。

 だが、今その加護に揺らぎが生じているらしく、近隣の街で〈魔者〉の襲撃があったと、院長は商人から聞かされたらしい。


 ナハルにとっては全部「くそくらえ」な話だ。

 その神さまとやらのせいで、ナハルはこの異世界に転がり落ちた。すべてを奪われた。

 感謝などするはずないし、できるわけもない。


(〈魔者〉を倒す〈勇者〉、か……)


 あの〈勇者〉像は、果たして神の遣いなのか、それとも──


 西の空から、雪がちらつきはじめた。











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