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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第二章 ──── 乱世
28/31

第九紀・9827年 春

【乱世】編、はじまる。

/Chaotic times …vol.01







 魔王城にて与えられた自室にて。

 朝の目覚めはいつも最悪だ。あの日に死んだ夢、子供たちから呪われる夢、彼が老いながら一人で孤独に死んでいく夢……ありとあらゆる悪夢を見てきた。見せられてきた。

 それでも、ナハルは決然と起き上がる。

 起き上がることを己の義務としている。


 あれから、四年が経った。


 ナハル・ニヴは14歳となった。

 彼女の朝は、あいかわらず悪夢からの解放からはじまるが、


「──よし」


 涙をぬぐったナハルは寝台を整え、身支度(みじたく)をし、紫の花の指輪──そのネックレスを首にかける。こちらでの母の形見だ。一日だって外したことはない。そして、「棘剣」とは別に用意された剣と盾を見に帯びた。

 軽装鎧も頼りない胸当てぐらいにしか見えないが、彼女の肌着や下着は、魔王国内のアーン・タシュタル工房にて、ドワーフ(アワク)が丁寧に錬成し編み込んだ最硬度のダマスカス鋼糸によるもの。羽毛のように軽く、どんな竜鱗鎧(スケイルメイル)にも見劣りしない。剣と盾も同じダマスカス製であり、“あちら”で活動する分には問題ない。さすがに、リギンの鋼鉄の城壁の硬さや武具の多さには比べるべくもないが、人間の一人旅に出るには十分な装備品である。

 そう。

 旅だ。

 ナハルは旅立ちの準備をしている。14の春だというのに。

 話が上がったのは一年前、9826年のこと。


「統一王国の内部が分裂しかかっている」


 という、元老院議会での、魔王の見立て。

 国政には未だに疎い──それよりも、リギンやレアルトラ、ソタラハとの実戦訓練、アーンやアバル、そしてガルが教鞭を振るう〈魔術学〉の授業の方が得意であり、ナハルは好きであったから。

 政治の世界はまだよくわからないが、


「少しずつ覚えていけばいい」


 という魔王陛下のありがたい言葉もあるので、それに甘えておく。


「それにしても」


 ナハルは昨夜の別れの宴を思い出す。

 なかでも際立って鮮明に残るのは、今も世話役を務めてくれる、喋れない骸骨乙女・アバルの、貴重な《歌声》を聴いたこと。あれほどの美声を「恥ずかしいから」といって隠すなど、いかにももったいないち思えた。

 兎角、この四年間は充実した内容になっていた。

 それでも、ティル・ドゥハス統一大陸──人間の地に対する興味は、さほどでもなかった。

 かの大陸で、〈魔者〉が相当数制御不能の「黒化」に見舞われていると、聞くまでは。


「現国王の政治に不満を懐く辺境伯スラウラが離反の意を示し、かの大陸における聖地を含む南西部や旧帝国領を独自に支配したのがきっかけだ。そこまで重篤な状態とは呼べないが、かの辺境伯に味方する貴族や百官が多数派を占めれば、確実に国は割れるだろう──イアラフトゥのもたらした平和も、六十年強しかもたなんだか」


 懐かしむような、それともおかしさをこらえるような、魔王の微笑。

 かの大陸が完全統一されたのは9760年初頭。67年前、『三十年戦争』と呼ばれる戦いにリーァハト王家が帝国に勝利してより、大陸には大規模な戦争は起こっていなかった。各部族や諸方での小規模な内乱や一揆の小勢も」があるにはあったが、今回のはそれが徐々に膨れ上がり、国を割っての戦争状態にまで至ろうとしていると、魔王は分析している。

 彼はひとつ咳払いする。


「そこで。ナハルには現地に行って、状況を調べてもらいたい」

「私がですか?」


 驚いたナハルは頓狂(とんきょう)な声をあげた。

 数年ぶりの帰郷というわけだが、ナハルはあちらにはそこまでの執着はない──たった一人の“親友”は別として。

 魔王は仔細を述べる。


「あちらでは人心が乱れに乱れ、「黒化」した〈魔者〉による人喰いも増加傾向だ。一部地域では、〈魔者〉に占拠された村落もあると聞く──行ってくれるか? 「黒化」を止められる唯一の勇者──ナハル」

(つつし)んで、拝命いたします」


 彼がナハルに何を求めているのか、一秒で了解した。

 それから、一年間の準備期間が設けられた。

 ナハルは現地での暮らし方や旅のしかた──野宿や戦闘時の注意事項などを、頭の中に叩き込む。

 いざと言う時の護衛役もいるため、そこまで不安はない。不安があるとすれば、魔王の動向が掴みづらくなるだろうことだが、それも、護衛役を通じて確認してもらう手筈は整えている。


「それでは、行ってきます」


 ナハルの姿は、14歳の少女とは思えぬ出で立ちであった。

 度重なる修練を積んで、すらりと伸びた手足。一般男性平均以上(1 7 0ファー)を超える高身長。相も変わらず無数の聖痕で輝いた、腰まで伸びる金の髪。少し黒い髪房が点在するのが目立つが、充分現地の人間で通る髪色である。というか、もともとの髪色が「聖痕」の使用によって元に戻されているだけという有様だ。ナハルには他にも全身に魔王が封印処理した特大聖痕を蔵している。人間や魔者との戦いにおいて、後れを取る心配は絶無と言えた。

 薄汚れた旅装は、旅の巡礼者に化けるために必要な措置であり、その化粧はガルが務めた。


「ありがとうございます、ガル先生」

「礼なんていいわ……ようやく面倒な生徒が卒業していくと思えば、安いものよ」


 4000歳を優に超えるガルには、本当に学ぶべきことが多かった。この、旅の途中っぽい薄汚れた化粧ひとつとっても、ナハルには真似することは難しい。エルフの弓術や短剣術は勿論のこと、山や谷での過ごし方──野営の基本──大陸で食せる果物や木の実の知識などのサバイバル術についても、多くを教えてもらった。見た目は二十代前半で通る美麗なエルフは、いつも露出の「少ない」恰好で過ごすことを好む。胸の谷間が開いた女狩人の装束も長袖で、短いスカートの内側の太腿を黒タイツに隠した姿だ。それも、彼女の身に刻まれた戦傷の数──というよりも凌辱の痕を隠すためだと教わった後は、深掘りすることをためらったほどだ。〈魔術〉で傷を完全に塞ぎ消すこともできると聞くのに、彼女はあえて傷を残しているらしい。とくに、彼女の腹部には大きな傷があると聞くが、実際に見た者は稀だという。彼女を救ったのは魔王さまと、最古参に数えられるリギンと、いくらかの元老級悪魔たちだけだと。


「ガル殿は相も変わらず手厳しい!」


 そう評したのは軍服姿のソタラハであった。ガルは鼻を鳴らして言い訳する。


「愛のムチというやつよ」

「そうか! それは知らなかった!」

「ああ、やっぱり(ドラガン)には冗談とか通じないわね~」


 赤髪褐色の青年は、相も変わらず豪放磊落(ごうほうらいらく)の生きた見本だ。

 これほどの好青年であるが、戦闘時の竜形態には本気でナハルとぶつかってくれる上、リギンの能力で武装した“白銀化”した赤竜の戦闘力は、本当に見事なものだ。魔王陛下の近衛兵長を拝命するだけの武力に恵まれている。それに何より、戦闘における心得──神への敵愾心(てきがいしん)を萎えさせることなく、復讐の炎に薪を潤沢に用意する術を教えてくれた彼には、感謝してもしきれない。

 復讐は正当な権利であり、それを余人がどうこうできる権利はない。彼の自論出であり信念であった。


「いやはや。人間にしてはヤルものじゃよ、貴殿は」


 浮遊魔術の、もとい重力魔術のフォンという音色が近づく。

 好々爺(こうこうや)めいた声を飛ばしてくるのは、生命武器(アラム・ビオ)として最高位の力を備えた魔剣・リギンであった。


「儂らの修業を悉く耐え抜いた。奇跡の力に頼むことなく──まるでかつてのイアラフトゥがそうしていたように、お主も己の腕力体力だけで、すべての(ことわり)を破壊する時が来るやもしれんな」

「まさか」


 ナハルは笑った。

 100年以上前に魔王を封じた、魔王の友。

 彼の剣才は努力の賜物であり、彼は次元の壁や世界の理にまで、その刃を届かせたと聞くが、本当のところはナハルにはよくわかっていない。

 ナハルはソタラハとガルに別れの握手をし、リギンにも柄頭に触れて、部屋を辞した。

 転移魔術専用の部屋には、眼鏡をかけた人狼(コンリァフト)レアルトラ、ボロ布と宝飾品を纏う木乃伊(サラガーン)アーン・タシュタル、まごうことなき乙女の骸骨(クナーヴァルラハ)アバル・クロガン──青い肌の悪魔フアラーンなど、元老級または幹部級と称される魔者たちがそろっていた。

 そして、ナハルの護衛役兼通信係を拝命した、水妖のイニー。


『頑張って、ナハルちゃん!』

「まぁせいぜい元気でね、ナハル」

「また一緒に軍戯(チェス)しようや、嬢ちゃん」


 伝言板で激励してくれるアバル。手をヒラヒラ振って別れるアーン。趣味のチェス相手が一人いなくなって寂しいレアルトラ。

 ナハルは彼らにも別れを告げつつ、必ず戻ってくることを約束する。今回の任務は、あくまで統一王国内部の“探り”に過ぎない。ナハルが何かとんでもないことをしでかす可能性は皆無と言えるだろう。

 もっとも。

 個人的な事情、一人の“親友”の状態を確認しに行く余裕があれば──そう夢想だにする14歳の勇者。


「……」


 ナハルは最後の二人に目を向けた。

 純白の魔王ニアラスと、あともう一人。


「じゃ、行ってくるね、ロース」


 ナハルの叔母たる彼女は、可能な限り、ナハルの母のことを教えてくれた。ナハルたちを救うために受けた魔法銃の銃創(じゅうそう)は完全に消えてひさしいが、当時のことを思い出すたびに、足を震わせる叔母に対し、ナハルは告げる。


「私はもう大丈夫だから。ロースの方も頑張って」


 少女の面差しに、何かとんでもない衝撃を受けたように硬直する修道女は、数瞬でもとの笑みを取り戻した。


「ほんとうに、お母(ねえ)さんに似てきちゃったわね」


 ロースは、自分よりも上背(うわぜい)の伸びた(めい)を、腕の中に抱き寄せた。


「これがお別れじゃない、わね?」

「うん。私はいつでも戻ってくるつもりだし」

「ほんと、……いうこと全部、姉さんのそれね」

「え?」


 そう、かつての姉、彼女(ナハル)の母──ドゥアーン・ニヴも、こう言って旅立ったのだ──

 姪の首元を見上げれば、紫の花の指輪を通したネックレスが光をともしている。


「ロース?」

「なんでもないわ。お役目、しっかりね」


 あの結末とは違う。姉が死んだ結末とは──

 ナハルは姉ではなく、姉はナハルではない──

 それでも。嫌な予感に手足をがんじがらめにされる前に、ロースは愛しい姪っ子を解放した。そうしなけれな、取り縋ってでも彼女を止めてしまいそうな自分がいたから。

 ロースは気持ちよく微笑(ほほえ)む。


「いってらっしゃい、ナハル!」

「うん。いってきます!」


 黑だった髪色がほぼ金色(こんじき)になりおおせるほどの、破格の〈勇者〉──その運命がどこへ行こうとも、無事に務めを果たせることを祈りながら、ロースは聖印を切る。


「ドゥアーン姉さん。どうか、ナハルを護って──」


 姉が形見に残した紫の花の指輪──それが彼女(ナハル)をあるべきところへ導きますように──

 唯一の肉親──親族との別れを済ませたナハルを、魔王は最期通牒のごとく問いただす。


「本当に、大丈夫か?」


 ナハルは勢いよく首肯した。


「大丈夫です!」


 不安はあって当然。

 恐怖に足がすくむのも普通。

 それでも、足を止めないと誓った──魔王の部下となった、配下となった、あの日から。


「この任務は、他の魔者──たとえ幹部クラスでも難しい案件です。でも、同じ人類である私ならば」

「問題なく、遺漏(いろう)なく、遂行可能──そういったのは私自身だったな」


 魔王は決心したように、ナハルの頭を撫でた。

 ナハルは彼のこの手つきがたまらなく好ましかった。まるで“彼”に撫でられているような心地を味わえるから──


「それでは」


 言って手を離す魔王に、ナハルは決然と頷く。

 水妖のイニーが小さく丸く変成されていき、軽装鎧の内側──14歳の少女の双つの丘になりきっていない胸元との間にへばりつく

 まるで、心臓や肺腑──急所を守るように硬度を高められるだけ高めていくイニー。


「これからは、このような形での護衛となります。ご容赦のほどを」

「ううん。ありがとう、イニー」


 魔王がしてくれたのを真似るように、ナハルはイニーの頭部分を指先で撫でた。


「…………フフッ」

「どうかした、イニー?」

「失礼しました、あまりにも、その……嬉しくて」


 釈然(しゃくぜん)とせずに首を傾げるナハル。

 そろそろ刻限であった。 

 二人で一人となった彼女たちは、室内の魔術陣──〈転移魔術〉の門の上に立つ。

 転移魔術士官たちが魔王の下知を受けて、魔術式を駆動させる。


「大規模転移術式、準備よし」

「陛下による魔力装填──規定値へ」

「目標大陸の座標(イヴァ―ル)固定、秒読み開始」


 ナハルは首元の指輪を握りながら、整然と顎を引いて、背筋を伸ばす。


 (クイグ)── (キャハル)── (チリィ)── (ドー)── (エン)──


「《ティル・ドゥハス大陸行き》〈大転移魔術〉、解放!」


 魔王の号令と魔力と共に、輝煌が魔術陣の上を満たした──











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