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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第一章 転生 
18/31

魔王の城 -7

/Transmigration …vol.17





 ・





「例の〈勇者〉の娘が、正式に、魔王様の幕下に、配下の列に加わったらしいぞ」

「まじでか」

「計画通りと言えば計画通り、なのかしら?」

「そんなわけないでしょう? そもそもむこうの大陸の人間が、我等が陛下に(ぬか)づくこと自体、ありえない」

「だとすると! 我等が魔王陛下の魅力が、途方もなく半端ないということの証左か!」


 魔剣、人狼(コンリァフト)ミイラ(サラガーン)エルフ(ルハラハーン)、そして(ドラガン)の〈魔者〉は、日の出前の時間帯に集まり、ここ最近で一番の関心事について議論を交わしていた。


「アンタのその単純思考、本当うらやましいわ」

「はははは! 褒めるな誉めるな! 不死の女帝よ!」

「ほめてないって、言っておいた方がいいのかしら、これ?」

「竜の旦那は相変わらずだな。剣の御老公は? わざわざ報せてくれたんだし、何か意見でもあるんだろう?」


 ここに集った〈魔者〉の中で一番若い人狼、齢300年程度のレアルトラが訊ねる。

 宙を浮遊する魔剣──7000年の長きに渡り王に仕える長老は、逡巡するように四回転した。


「そうさな。気にならないと言えば嘘になるか──しかし」


 魔王を滅ぼす〈極大聖痕〉の持ち主、ナハル・ニヴ。

 若干九歳でありながらも決然とした様子で、魔王の居室に向かった転生者の姿を、魔剣の宝石の眼を細めて思い出す。


「実際の計画通り、あれほどの素質を持つ〈勇者〉を“神殺し”に利用できれば、それに越したことはないはずじゃが」

「だからこそ、計画にはない現象には注意を払うべきじゃないの?」


 ガルは漆黒のドレスとも見紛う豪奢な寝間着姿で、ナハルという存在に警戒感をあらわにしていた。


「魔王を殺せる〈勇者〉が、よりによって魔王陛下に忠誠を示す? いったい、どういう企みがあるのか知れたものじゃないわね。〈勇者〉どもは神の尖兵──手先の駒──神々の操り人形にすぎない。そんな奴儕(やつばら)が、魔王陛下に臣従し隷従し、仲良く(くつわ)を並べて戦う? 物語としては三文小説もいいところじゃない」


 彼女の持論を聞いた人狼は眉を顰めた。小山のごとき筋骨隆々な肉体を傾げ、古参組と言われるエルフの元女王を問いただす。


「そうか? 前回、魔王封印の執行者となった〈勇者〉、統一王国の初代国王は」

「やめて」


 しかし、ガルの舌鋒に即、断ち切られた。


「本気でやめて。あんな淫獣のことなんて、思い出したくもない」

「そ、そうか?」

「ガルの言う通りね。あの性獣ときたら、ミイラ(サラガーン)であるこの私や、挙句には骸骨(クナーヴァルラハ)のアバルまで口説いて──本当に恐ろしいヤツだった」

「あやつは女子(おなご)であれば平等に愛する紳士であったな! おっと、どうしたガル殿とアーン殿! 我に向かって長弓と王笏を構えて!」


 黒い肌に赤い髪、竜の角と尻尾を生やす青年は、魔王軍の女幹部らの行為に疑義を唱える。


「いずれにしても」


 この国、この大陸において、魔王に次いで長い時を生き続けた魔剣が刃を鳴らした。


「問題なのは前回の勇者ではなく、当代の勇者だ。

 あのナハル・ニヴ──『毒蜘蛛』の娘──これまでの人間たちとは比較にならぬ〈聖痕〉保持者じゃろうて」


 彼の意見は、ここに集う幹部たち全員が大なり小なり胸の内に懐いていたこと。

 長老とも称されるリギンは一計を案じた。





 ・





 翌朝。

 ナハルは魔王の許しのもと、闇の帝王と恐れられるべき存在の幕下に加わった。

 魔王を滅殺するという極大の〈聖痕〉を有する〈勇者〉として。

 そんな彼女は早々に難事へ直面することになった。


「勉強……ですか?」


 純白の鎧甲冑──魔王はそうだと頷いた。


「いきなり戦闘訓練でも始めると思っていたか? だとしたら間違いだ。君は〈勇者〉というものを根本的に理解できていない」


 まずは良く知り、良く学ぶことが奨励された。

 魔王の城にある巨大図書館、その一角の卓上に載籍浩瀚(さいせきこうかん)された古書の山。

 これが当座のナハルの攻略すべき敵と規定された。


「何冊あるんですか、これ」

「ざっと三百冊程度だ」


 ためしに一冊を手にとるナハル。

 豪奢な装丁に鈍器のような分厚さのそれは、九歳児の腕では持ち上げることにも苦労する。


「──シーァハーン統一王国史・第……三十巻? こっちは、ティル・ドウハス大陸博物学? こっちは──征竜王の物語?」


 これらと似たようなものばかりが、実に三百冊。

 魔王はイニーに用意させた教本を受け取り、教鞭を振るう教師のように語りだした。


「読み書きは教わってるな? では、まず手始めに『統一王国の主信仰である四宝教について』」

「いえ、あの」

「教会にいた君には多少なじみがあるだろうが、おさらいもかねて。

 四宝教は聖遺物とされる《石》《槍》《剣》《釜》を信仰の基盤として崇める偶像崇拝の典型だが、この四つの秘宝というのは」

「あの!」


 ナハルの声が高い天井によく響く。


「どうした?」

「いえ、その、私は、何も勉学や教養を積むために、あなたの配下になりたいと言ったつもりは!」

「まぁ焦るな」


 魔王は癇癪を起こす生徒の頭を軽く撫でた。掌に貼られた純白の皮布が黒髪を数度叩く。


「とにかく君には〈勇者〉としての素養を磨くところから始めてもらう。極大の〈聖痕〉があるとは言っても、使い方の基本もわからない状態では宝の持ち腐れだ」


 確かにとナハルは頷くほかない。

 ナハルの全身に刻まれた〈聖痕〉は、魔王の措置によって体表面に浮かび上がってくることはない。唯一の例外は琥珀色に変色した瞳だけ。だが、いったいどういうからくりで〈聖痕〉とやらを使うのかなど、まったく想像の埒外である。肉体の変調、というよりも身体能力の劇的な変化だけが、魔王を討伐するのに必要な権能のすべてであるとは思えなかった。きっとあの夜に──ナハルたちの孤児院が焼かれた時、迫り来た〈魔者〉数十体を消滅させた光の力、それを習得するものだとばかり思われた。

 しかし、魔王の企図する方向は違ったようだ。ナハルは問わずにはいられない。


「でも、もっと具体的に、〈聖痕〉の使い方を教えていただくことは」

「ああ。そういう、〈聖痕〉に具体的な使用方法なんて存在しない。スイッチを押すようにとか、体内の魔力を使用してとか、奇蹟や神秘の言葉を唱えてとか、そういう風に発動するものは、〈聖痕〉でもなんでもない。ただの道具でしかないだろう? もしもそんな風に発動する〈聖痕〉があるとしたら、十中八九“偽物”だと思え」

「でも──それだったらせめて、武術なり剣術なりを教わった方が?」


 ナハルの指摘に対し、魔王は重ねて告げる。


「そもそも〈聖痕〉の顕現と発動というのは、単純に肉体を鍛えるとか、そういうことを一切必要としない──〈聖痕〉自体が、保有者の身体能力を増強・補強する仕様を、通常の場合担うからな。場合によっては、ある程度の武術剣術を自動的に発揮することもある便利な仕組みさ。そして、この順序が逆転することはない。そんな構造であるなら、この世界の人類は全員“筋トレ”や“格闘技”に励めって話になるだろう? 君の過ごした教会──村でそんな風に〈勇者〉になりましょう、なんて教わったのか?」


 彼は転生者であるナハルにもわかりやすい表現で語ってくれた。その的確な表現に、ナハルはくすりと頬を緩める。


「確かに、ありえませんね」

「無論、肉体を鍛えておくに越したことはないが、今の君の、九歳児の肉体では、無理に鍛えてもあまり意味がない。だから、まずは頭の中を鍛えたほうが建設的だ。何事も基礎をしっかりしておくに越したことはないからな」


 納得した少女は魔王たちからの授業を受け入れた。


「〈聖痕〉とは、〈勇者〉であることの証というよりも、〈勇者〉が発現する奇跡の具現化と言った方がいい。〈聖痕〉がある者を〈勇者〉だと定められるというより、〈勇者〉は〈聖痕〉という兵器──回数制限付き異能の力を体内に有する存在という方が適切だろう。この〈聖痕〉を各用途ごとに使用することで劣化・摩耗し、最終的にすべてを消費することもありうる」

「各用途ごと?」

「大抵は〈魔者〉の殺傷や魔王の封印、もしくは肉体強化や戦闘補助に使われるが、場合によっては負傷した人間の治癒や、何かしらの加護や防御を授けるということも可能となる。まさに奇跡の発現だよ。そういう意味では、ナハルのような規模の、全身くまなく覆い尽くす〈極大聖痕〉は、まさしく〈勇者〉の中でもとびきりの量の“奇跡”を宿しているということになる」


 小さい手にちょうどいいサイズの羽ペンを握り、講義の内容を与えられた白紙の綴本に書き込んでいく。

 齢10000年という魔王は最良の教師として〈勇者〉ナハルに教鞭を振るった。(聖痕)の論説に一区切りをつけ、魔王は次の講義に。

 人間の信仰のはじまり──

 王国や教会の成り立ち──

 100年前に、魔王を封印した〈勇者〉について。


「これが、君の生まれ育ったティル・ドゥハス大陸全土を治めることになる、統一王国のはじまりの話だ──が」


 ナハルは首を傾げた。

 中身のカラッポな白い鎧が、音を立てて肩を揺らしている。


「これ、何度、読み返しても──ぷふふ、笑えてくるな」


 魔王は懐かしむように王国史のはじまりを綴ったページを撫でた。 


「イアラフトゥ……あいつが、あのロクデナシのイア(・・)が、こんな後世でもてはやされてるとはな、ッふふ!」


 魔王は口元を拳で押さえつけるが、そこから漏れる笑声の気配は大きくなるばかり。

 彼の補佐を務めるイニーも肩をすくめるしかない様子で右半分の美貌を微笑ませた。


「あのケダモノも、一応は英雄であり王の血筋であり、〈聖痕〉をたった二画(・・)だけ刻まれた〈勇者〉でございましたからね」

「あいつが〈勇者〉とはな……あの頃、イニーは水風船みたいな姿だったな?」

「はい。お懐かしいことです」

「いや本当に。封印が解けてからというもの、このネタを思い出すだけで、一ヶ月くらいは笑いっぱなしだ」


 ナハルは気になったことを口の端にこぼした。


「なんというか、魔王陛下と、その〈勇者〉は、仲が良かったんですか?」

「そうだな──悪くはなかったな」


 応える魔王の表情はわからない。

 それでも、声の気配から察するに、とても面白がっていることだけは確かであった。


「〈勇者〉の資格や素質からだいぶかけ離れていたくせに、腕っぷしだけは超一流だったもんだから、ただの地方の傭兵団の長のくせに、魔王(オレ)との戦争に駆り出されることになった──とんでもない大馬鹿野郎だよ」

「それに敗れてしまった魔王陛下も、十分に間が抜けておりますが」

「言うなよイニー。あんな反則級の力を使われたら、俺でなくても負けると思うぞ?」


 聞けば聞くほど不思議な感じだ。

 魔王は前回100年ほど前に封印されたことへの恨みつらみというものを全く吐き出してこない──むしろ、自分を封印した〈勇者〉に対して友好的とも言える口調でいられるというのは、いったいどういう事情なのだろうか。


「と、そろそろ昼か。午前はここまでにしよう。昼食後に休憩をはさんで、午後の講義にうつる。次の授業内容は“聖剣”の誕生について教えるとしよう」


 ナハルは大きく頷いて筆記帳をとじた。

 イニーに導かれるまま食堂へと向かう中、図書館に残った魔王が王国史の続きを紐解いていた。


「“お妃が二十人”とか……絶対もっとたくさんいただろうに」


 そう呟く魔王の声が、聞こえた気がした。






 ・





 一人、図書館に残った魔王。


 彼は史書を閉じて、100年以上前の戦い……自分を封じることになる傭兵と、彼が率いた戦乙女たちとの邂逅を思い出す。


 暴走した〈魔者〉から人々を守ることだけを生業(なりわい)としていた者たち。

 幼馴染の女傭兵や女魔法使い、はぐれ女騎士や元軍人の少女、複雑な事情の末に王女や皇女──魔女や半魔族まで率いた傭兵団。


 その頭目であった唯一の男・イアラフトゥ。──のちの統一王国の初代国王。


 与えられた〈聖痕〉と、鍛え上げた鋼の肉体──愛する戦友にして恋人である女たちと共に、魔王と魔王の軍勢を正面から打ち破った──本物の勇士。

 彼に与えられた〈聖痕〉は、たったの──二つ。

 一画で、────を。

 残る一画で魔王の封印を成し遂げ、人類史に残る偉業を成した存在。

〈聖痕〉によって行われる奇跡を、魔王を封じることと、あともうひとつだけで消耗した、存在自体が奇跡のような──はたまた冗談のような男。

 バカみたいに強く、バカみたいにふざけて、バカみたいにまっすぐだった、〈勇者〉の出来損ない。

 魔王は切に思う。


「あの時、おまえに滅ぼされておけば、もうちょっと楽だったのかもな──」


 そう(うそぶ)く魔王。

 自重するように鼻を鳴らして、純白の全身鎧は骸骨姿の秘書官を呼ぶ。


「あいつらの様子は?」


 主人の意を汲み取ったアバルは伝言板にすぐさま記した。『問題ありません』と。

 魔王は頷き、王国史・第一巻を本の山に戻した。

 そして呟く。


「さて──どうなるかな」














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― 新着の感想 ―
[気になる点] イアラフトゥさんの聖痕がとても気になります(´ω`) [一言] 更新感謝です! 自分の中で魔王様への好感度が爆上がりでヤバいです。配下の皆さんもとても魅力的で。 …ナハルさん、何されち…
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