魔王の城 -4
〈魔者〉と〈魔法〉と“魔力”について
/Transmigration …vol.12
ナハル・ニヴは完全に固まった。凍りついた。
にかわのように貼りついた喉を使って、ようやく言葉を絞り出した。
「──いま、なんと?」
「君は“転生者”ではないのか、そう訊いたんだが?」
転生者。
その単語の意味を、ナハルは量りかねていた。
「転生者とは、神の導きによって、この世界とは別の世界から転生してきた存在──俗にいう『生まれ変わり』をなした者のことだ」
魔王は指を組んだまま告げる。
「君の行動力・理解力・精神力は、九歳の人間のそれでは、ない。神に対して憚りのない憎悪と呪詛。自刃してでも目的を達成しようとする意志。あちらの大陸でも滅多にお目にかかれない魔王の城への反応。人間とは異なる存在──〈魔者〉──イニーやアバルなどへの冷静かつ丁寧な応対……これらすべてが、通常人類の、それも十にも満たぬ子供がとれるものではない。成熟し尽くした大人の感性。人生や運命への諦念。他の諸々の要素を鑑みるに、君は、転生者としての特徴に満ち満ちている」
羅列された指摘に、ナハルは反論することができない。
反論すべきかどうかの判断もつかない。
「君は、転生者ではないのか?」
魔王の射貫くような視線が、ナハルの瞳に痛いほど突き刺さる。
「……だったら、どうだというのです?」
臓腑をねじられるような吐き気がした。
ナハルは顔色が悪くなっていく自分を理解したが、どうしようもなかった。
「私が転生者だったら…………、あなたは、私を、元の世界に戻してくれるのですか? 帰る方法が、あるのですか?」
藁にも縋る思いで、震えそうな声を紡いだ。
脳裏をよぎる期待。
淡く切ない希望。
取り戻したい。
取り返したい。
あちらに残してきた──遺さざるを得なかったものを、すべて。
何度も願った。
何度も探した。
何度も欲した。
何度となく求め続けた。
それでも『そんなことはありえない』という結論だけが編みこまれた九年間を、絶望の日々を思い出すだけで、心臓がひっくり返りそうな痛みをおぼえる。
「あなたは私を、あちらに、元の世界に、帰してくれるのですか?」
抑え込んできた思いがあふれかえった。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい帰りたい帰りたい。
帰りたくてたまらない。帰りたくてしようがない。
帰れる方法があるのなら、魔王にだって魂を売り払うことも辞さない覚悟があった。
けれど、結果はわかりきっている。
「残念だが」
魔王は首を振った。
そう。
その通りだ。
神にだって不可能なことが、どうして魔王には可能だと言えるのか?
ナハルの全身に刻み込まれた〈聖痕〉の件を思い出してみても、神と魔王──両者の天秤がどちら側に傾いているのかは明らかであった。
魔王は少し肩を落としてみせた。
「俺は、君の苦しみがわかるとは言わない。そんな都合のいいことを言っても、君のこれまでの苦悩が癒されるものではない」
ナハルは魔王の述懐する言葉に、心の底から感謝した。
気休めやきれいごとの言葉などいらない。
それを、このひとは完全に理解してくれた。もはやそれだけで十分すぎる。瞼が熱く潤むのを心地よく感じた。
おかしなことだが、目の前の魔王こそが、ナハル・ニヴという人間を、はじめて完全にわかってくれた存在となった。なってくれた。
この話は──ナハルが──鬼塚ハルナが経験した事柄は、“神様に転生させられた”という話は、常人の理解を超え過ぎていた。
言葉を覚えた直後のナハル・ニヴの言動と態度──あまりにも子どもらしからぬ少女の存在に疑念を懐かれること──それ自体は孤児院や村でもざんさんにわたって経験してきた。
そのたびに、ナハルは真実を告げられなかった。
──否。
正面から本当のことを告げたところで、子どもの妄言や空言であると一笑にふされるだけだったのだ。ほとんどの例外なく、ナハルの転生譚を理解できるものはありえなかった。院長やロース修道女は一定の理解を示してはくれていた(そのように努力してくれた)ようだが、「元の世界に帰りたい」「戻る方法を教えて欲しい」と言い募る子供の奇態に、何の処置もできなかった。当然と言えば当然のことだった。だからナハルは、この話を積極的にすることをやめるしかなかった。誰にとっても良い子であるように努め、自分は神様に転生させられたなどというバカなホラ吹きであるというレッテルを貼られないよう、人々から奇異の眼で見られる事態を極力避けるようにした。
そのたびに味わってきた徒労感と絶望感……自分という異分子が、この世界で生きる人々には永遠に理解されないのだという実感は、想像を絶する孤独をナハルの心胆にもたらした。
しかし、今は──
「ありがとうございます。魔王陛下」
晴れやかな思いで、ナハルは魔王に頭をさげた。
「感謝されることではない。俺は、君を利用しようとしている、悪の首魁なのだからな」
そんな自虐的に語る彼の口調がおかしかった。
気づけば、アバルとイニーも微笑んだように体を揺らしている。
「それで──私がその転生者だったら、いったい、なんなのでしょう。何か問題が?」
「いや、問題ということはない」
あっけらかんとした魔王の主張が、ナハルの胸を打った。
「しかし、そこを確認しておかなければ、魔王である俺もどれほど話をしていいのか……理解されるのかどうかが判らないのでな」
目を数回ほど瞬かせたナハル。
「君が転生者であるならば話は簡単だ。この世界には神が存在する。実在する。実存あるモノとして定義できる。
大方の人類には疑問視されている神ではあるが、俺たち〈魔者〉の戦うべき相手というのは、間違いなく神なのだ」
「……」
ナハルは俯いた。
誰にも信じてはもらえなかった。
ナハルが声を大にして唱えても、誰も本気にはしなかった。
それは当然の摂理であった。ナハルにしても、生前の日本で「私は神様のせいで、異世界からやってきました!」なんていう子どもがいても、それが真実であるなどと信じはしなかっただろう。それが普通なのだ。
この異世界においても、それは同じこと。
神などいないもの──本当に実存するものだという者は、ナハルの周囲にはありえなかった。
今までは。
「神は超常の力でもって、この世界に働きかける。直接的にせよ間接的にせよ、この世界を創ったモノが存在することは確かだ。そして、その神が送り込んでくるのが、“転生者”とよばれる者たち。彼らは、ある時は神々の尖兵として、ある時は技術の渡来者として、ある時は文明の先駆者ないしは後退者として、そして、ある時は人類の敵……〈魔者〉として、この世界での生を受ける」
「────え?」
「事実、ここにいるイニー・ン・リィアも、転生者だ」
とんでもないことを告げられた。
ナハルは目を瞠って、流動する半身をもった女怪を見やった。
イニーは右顔を微笑ませたまま、魔王の言を訂正する。
「厳密には『転生者の可能性が高い』というだけでございます、陛下。
この私には、生前の記憶といえるものが、ほぼ絶無に等しいですので」
「だが、イニーのような、既存の〈魔者〉たちに大別できない新種──人魚でもないし精霊でもない、悪魔でもなければ妖精でもない──いわゆる自然発生個体は、大概が転生者だ。この世界での親を持たぬ〈魔者〉は、あちらの世界から転がり落ちてきた者であることは、魔王である俺が一番よく理解している」
ダテに10000年を生きているわけではないと肩をすくめる鎧。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ナハルはたまらず駆け寄りかけた。
なんとか二歩ほど進んだところで己を制する。
「それじゃあ──〈魔者〉は──あなたたちの正体は、私と同じ転生者、だと?」
「いや、すべてが転生者というわけではない。そもそも、転生者の多くは通常、君と同じ人間や、それに近しい亜人たちとして生まれ変わる事例が圧倒的に多い。〈魔者〉たちの中で親を持つもの──現存する個体の多くは、大概がこちらの世界で生まれた者たちだ」
それを聞いても、ナハルは心中おだやかでいることが不可能に近かった。
つまり。
いま言われたことは裏を返すと、〈魔者〉たちの祖先はナハルと同じように、あちらの人間であった可能性を大いに示唆している。
そんなものが子孫を成し、そうして生まれた〈魔者〉が人間を襲い、人間たちに狩られている事実を思えば、胃の内容物をブチ撒けそうな感触にさいなまれた。
「陛下、その言い方は語弊がございます」
イニーが魔王の口述に修正を求めた。
「〈魔者〉の多くは、確かにこの世界で生まれた者。ですが、そのすべてが、元から〈魔者〉であったというわけではございません」
イニーがなんの話をしているのか理解し損ねたナハル。
「……そうだな。これは隠していても、意味のない話か」
「えと、あの?」
なんのことを言っているのだろう。
そう言いたげな少女の様子に、白い鎧武者は毅然と顎を引いた。
「ナハルくん。君は本当の話を聞きたいか? 魔王である俺に協力するというのであれば、これから話す事実を受け入れてもらう必要に迫られるが、これは別に知らなくもいいことだ。なんだったら、君はこの国で、普通の人間として、我々の戦いとは無縁な場所で、安泰に暮らしていくこともできる。魔王である俺が、生活を保障する」
「……いえ。私は、あなたと共に戦います」
戦わせてほしいという懇願に、魔王は一度溜息を吐いた。
「──本当に?」
「はい。誓って」
「──では、話そう」
「お願いします」
魔王は諦めたように首を頷かせた。そうして、少女を真正面から見据える。
「ナハル・ニヴ。君は、人間の国において、〈魔者〉はどういうものであるのか、聞いているか?」
「は。詳しくはありませんが、──失礼ながら──人を襲い、喰い殺すバケモノ、だと」
「だろうな。しかし、イニーやアバルを見ての通り、そういったバケモノが〈魔者〉のすべてではないというのはわかってもらえるだろう。他にもこの城この都市に住む〈魔者〉は、一切人間を襲っていない。喰って殺すなどもってのほかだ。なのに何故、君たちの住む国では、そのような〈魔者〉がいると信じられているか、わかるか?」
「……もしかして、あの黒い〈魔者〉?」
記憶の底から拾い上げたものは、村が襲われ、礼拝堂に避難していた孤児院の子らと修道女らを食い散らかしていた、漆黒の魔獣。
「そうだ。アレによって、〈魔者〉は人に害をなす災厄と悪逆の権化と恐れられている。しかし、我が国──ニーヴ大陸の〈魔者〉は、あのような黒化した存在は皆無である」
「えと、なぜ、ですか?」
「順を追って説明しよう。──アバル」
魔王の下知に従い、白骨の女性が掲げ持っていたボードに、かわいらしくデフォルメされた骨のイラスト──おそらく彼女の自画像を描きこんでいく。
「〈魔者〉は“魔力”というもので駆動し生存することができる存在だ。〈魔者〉は“魔力”を補給されなければ、自我を保つことが難しいという機能が課されている」
かわいい頭蓋骨に、矢印のマークで示された魔力が幾つも吸収されていく。
しかし、ナハルはさっそく疑問を呈した。
「えと、まりょくって──魔力、ですか? ゲームで〈魔法〉を扱う的な? あれ、でも〈魔法〉って」
「ああ〈魔法〉の話とはまた別の……いや同じか? ……とりあえず魔力の補給は、〈魔者〉であることの絶対原則、ないしは掟、いや、法則というべきか。──そうだな。君ら転生者に馴染み深い言葉だと、ファンタジーゲームのようなルールやシステム、全体的な仕組みのひとつだと思ってくれ」
意外にも転生者たちの知識に通暁しているらしい魔王は、アバルのボードを指さしながら、続けざまに説明していく。
「この魔力は、人間でいうところの空気や食事、水分補給と同様に重要なものだ。魔力がある限り〈魔者〉は理性と知性が働き、人間をむやみやたらに襲うなどといった行動を起こすことは絶対にない。そして、この大陸──より厳密には、魔王である俺が、高濃度かつ大量の魔力を発生させ、すべての〈魔者〉に魔力を安定的に供給することを可能にしている。魔王という称号は、『〈魔者〉の王』であることの他に、『“魔力”の王』としての意味合いが強い」
「ちなみに、陛下が封印されている間も、齢三百年程度の弱小個体までであれば、生存かつ活動に必要な濃度と量の魔力を供給していただけることが可能でございます。千年を生きている元老級などの幹部たちは、魔王陛下が封印されている間は、自己に貯蔵されている魔力が続く限りは活動を続けることができますが、自力で生み出すことは不可能。そのため、場合によっては各々が自己封印することで、生存に必要な魔力を節約するという手段で生命活動を維持しております」
イニーの補足説明に首肯をおとす魔王。
「だが、我等〈魔者〉に必要不可欠な魔力というのは、ティル・ドゥハス大陸、つまり君たち人間の国には、あまり存在していない」
「え──何故、ですか?」
「君らの国の宗教観においては“神によって汚らわしい力から護られている”というのが妥当だろうな。いずれにせよ、あちらの大陸で発生した〈魔者〉は、重度の魔力欠乏に陥ることを余儀なくされる」
「魔力、欠乏?」
その単語の意味するところは、人間でいうところの無酸素状態や栄養失調──などとは一線を画す事態を招くと魔王は告げる。
「魔力が欠乏した〈魔者〉は、少ない魔力を補うべく、従来の姿からは程遠い形態へ変転──全身を黒く変貌させる。これが“黒化”だ。黒化した〈魔者〉は、本能的に衝動的に魔力を追い求める、黒い魔獣と化す。そして、魔力の蓄えられた個体を襲い、喰らうという手段に出ることで、魔力を補給しようとする──つまり暴走する」
「暴走、魔力──蓄えられた?」
襲い、喰らうという単語の意味が浸透していく。
しかし、ナハルは頭を振った。
「そんな……じゃあ──!」
「そう。あちらの大陸で、もっとも効率の良い魔力補給の手段は、人間を殺し喰らうということだ」
何故という疑問が率直に浮かぶ。
「どうして、人間を──動物や植物で、魔力は補給できないんですか?」
「初めてこの話を聞いた人間は、そういう者も多いが……そこは君がさっき言った〈魔法〉が大いに関係してくる」
魔王は粛々とした口調で続ける。
「あちらの大陸で蔓延している〈魔法〉によって、人間たちは大いに栄えている。神が人間に与えた、〈魔者〉を打倒する力のひとつだという愚者もいるが、今や都市部などでは〈魔法〉の恩恵失くしては生活が立ち行かないほどに発展し、人々の生活の基盤に根付いている。
だが、〈魔法〉を使う上で、人間は魔力を使わない──知っているか?」
「は、はい。〈魔法〉は、神によってもたらされた奇跡の賜物だ、とかなんとか」
だからナハルも魔力という単語を思い出すのに時間がかかった。
それはあくまで生前の知識──ファンタジーゲームの単語としてのもの。
この世界の〈魔法〉において、魔力という単語は付随しておらず、〈魔法〉を使うのに「魔力を消費する」といった話は聞いたことがない。
少なくとも孤児院や村、近郊の街の人間などは、そういう認識でいる者が大半であった。〈魔法〉は適性さえあれば、誰でも自由に使える奇跡の力だと。
しかし、魔王の認識は違うようだった。
ナハルは、ふと思い出す。
「そういえば、クローガ院長は、何故か〈魔法〉は使わないひとでしたけど」
「君の村の長老の一人か」
「はい……ですが」
孤児院を守るべく、剣を持って出ていった老女の姿が目に浮かぶ。
沈黙する少女の様子を見て、魔王は察した。
「そうか。しかし、その院長の方策──〈魔法〉を積極的に使わないというのは、正しい判断だったな」
「……それって、どういう?」
ナハルは胸に込みあがってくるものがあるのを実感したが、なんとか耐えた。
「ここでは、〈魔法〉によって魔力を消費するのではなく、〈魔法〉によって魔力が蓄積されていく。
だから、暴走した〈魔者〉は、人間を襲うようになる。
夜を昼のように明るく照らす照明の〈魔法〉がある。火をおこす〈魔法〉で、〈魔法〉で清められた水で煮炊きする。食事をおいしくする調味料を産む〈魔法〉や、家畜や農作物をよく育てる〈魔法〉がある。〈魔法〉によって作られた調理器具や家具が売られている。それらすべてを運搬するのに、空を飛ぶ〈魔法〉がある。長く保存する〈魔法〉がある。人を治癒する〈魔法〉や、痛みを取り除く〈魔法〉は、治療院などでは欠かせないものとなっている。
そうして、そういった恩恵によって、人間には“魔の力”が延々と沁み込んでいく。
──そういうシステムだ」
「そ、そんなバカな!」
そのような不条理があっていいものかと、ナハルは声を荒げた。
「人間たちの国でも、この情報を知っているものは限られている。〈魔法〉による魔力蓄積は、よほど国の枢要に近いものか、あるいは何らかの形で真実を知ってしまったものだけだ」
「だったら、どうして〈魔法〉を使うのを止めさせ────っ」
「そう。君が理解したとおりだ。
それを知ったとしても。もはや〈魔法〉がなければ国家の運用は維持できない。〈魔法〉を国防の要とする場合はより顕著だ。第一、生活に関わる〈魔法〉をすべて止めるなんてことをすれば、都市にすむ人間はまともな生活など送れなくなる。君の孤児院が〈魔法〉を使わない生活をしていたのであれば、それがどれだけ貧しく辛い状況になるかは、理解できるはずだ」
確かに。ナハルは村の暮らしを、院の慎ましい生活を思い出す。
水をくむのも、薪を割るのも、すべてが人の手によって行われることのつらさと厳しさを、少女は嫌になるほど心得ている。一人二人分ならばいざ知らず、数十人に必要な量となれば、その量は膨大となる。これが都市などの千単位万単位の人口を支えるとなると、想像もつかない。野菜を作り、家畜を育て、倹約と節制に励んでも、生きるのにギリギリな状態であった。それでも、絶対的に賄いきれない場合は、商店から物を買うことでしのいでいた(そして、その商品にしても、製品として保存・運搬するのに、〈魔法〉の恩恵を受けたものである可能性は大いにある)。
それを国のすべての人間、大陸全土に生きる人々にさせようとすればどうなるか、想像するに難くない。
「じゃあ、だったら、どうして村は、私たちの孤児院は襲われたんです!? あそこでは院長の決定で、〈魔法〉はほとんど使っていなかった! 魔力なんてものが蓄積するはずがない環境だったはず! なのに?!」
「〈魔法〉のなかには、暴走した〈魔者〉を使役する〈魔法〉がある。それによって操られた魔獣たちが、君の村を──孤児院を襲ったようだ」
絶句した少女。
膝ががくがく震えるほどの怖気を感じた。
いったい、だれが何の目的でそのような暴挙を遂行させたのか──考えただけでおぞましい。吐き気を抑えるのが本気の本気でつらすぎる。
「そうして、もっとも重要なこと──先ほどイニーが言ったことに帰結する」
「もっとも、重要?」
ナハルは彼女が言った一言一句を脳裏に思い浮かべた。
──〈魔者〉の多くは、確かにこの世界で生まれた者。ですが、そのすべてが、元から〈魔者〉であったというわけではございません──
そして、人間には魔力が“蓄積”されていくという魔王の言葉が、痛いほど脳を揺さぶった。
「あ、ま……待って。うそ。嘘。そんな、まさか──まさかっ!」
黒髪の少女はおぞましい予感に数歩を後ずさった。息ができない。
琥珀色の瞳が忙しなく揺らめき、いろいろな単語が脳内を駆け散らかす。
魔法。魔力。蓄積。魔者。魔王。人間。勇者。神々──あの夜──〈聖痕〉を発現した時に、ナハルが消し飛ばした、黒い獣たち。
魔王は冷厳な佇まいで、口を両手で覆う少女に、明確な事実を告げる。
「人間の国で黒化し暴走した〈魔者〉は、元“人間だった者”──蓄積した魔力によって〈魔の者〉へと変異した者たちだ」
ナハルは膝を屈し、胃の中の朝食をすべて床に吐き戻した。




