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ナハル・ニヴ ~神様転生とは~  作者: 空想病
第一章 転生 
12/31

魔王の城 -3

/Transmigration …vol.11





 ・





 ナハルが再び目を覚ましたのは、さらに三日後のことであった。


『おはようございます』

「────おはようございます」


 異世界の言語でそのように筆記された、小さいホワイトボードっぽいもの。

 ナハルの傍で介抱にあたってくれていたらしい──真っ白い骸骨の人が掲げるそれは、見る間に文字が溶けて、さらなる文字が自動的に浮かび上がる形で新たな言葉がつづられていく。


『一度、目が覚めてから三日が経ちましたが、体調の方はよろしいでしょうか?』

「はい──たぶん、もう大丈夫です」


 本当を言うと、未だに頭の中に霞がかかったような感覚を否定できない。

 ナハルは転生してから毎日のごとく続く悪夢に悩まされている。

 同じような悪夢の連続に魘されるのにも飽き飽きしているが、慣れようと思っても一向に慣れることができない。

 悪夢にもいろいろなものがある。

 襲われて燃え上がった村。遠くから聞こえる悲鳴と慟哭。孤児院の壊滅する様子。見知った修道女や子どもたちを襲う惨劇。

 

 ナハルを転生させた神様(クソッタレ)との会話──それ以上の、悪夢。

 思い出したくもないのに、幾度となく脳内を汚染していく──生前の記憶。


(忘れろ。あんな奴らのことは)


 無駄であると完全に諦めている──幾千回目の自己暗示。

 瞼をきつく閉じ、かっと見開いた。

 今、目の前にある現実に目を向ける。朝の光に照らされる窓の外の光景は、晴れ晴れとした蒼穹が広がっていた。

 ナハルはバッと体を起こす。優しく骨の掌で介添してくれる骸骨の人──名は確か、アバル・クロガンと紹介されたことを思い出す。


「ありがとうございます。クロガンさん」


 骸骨は一度頷き、ナハルにホワイトボードを掲げみせた。


『どうか。アバル、と』

「はい、アバルさん」


 ナハルはダブルサイズのベッドから降りた。

 あらためて自分の全身を眺める。これといった肉体の不調は感じられない。

〈聖痕〉によって切り刻まれたようだった肌も、まったく見分けがつかないほどに治療されていた。手の甲を撫でてみるが、痕もなければ疼痛も起こらない。包帯が額や首、胸や下腹部の周囲に残されている──そこを少しめくると、少しだが淡い光の軌跡が残っている程度。高熱や倦怠感から解放され、起き上がるのにも支障がなくなった少女の身体は、数日前の夜とは比べようもなく軽くなった。少し体を弾ませるだけでも宙に浮くかのように思える。食事を数日間とらなかったからというよりも、身体能力が空おそろしく感じるほど底上げされたようなイメージだろうか。


(確か、隠蔽、封印とか言ってたけど)


 いったいどういう技術のなせる業なのかは不明だが、ナハルは感嘆するほかない。そもそもにおいて〈聖痕〉という代物自体が、ナハルにとっては超常的すぎて理解が及ばなかった。

 自分でも驚くほど複雑に刻み込まれていた──その割には痛みなどは見た目の派手さほどではなかった──不可解な光の傷。

 それをどのようにして塞いだのか、まるで見当もつかない。


「あの、アバルさん」

『まずは、着替えを』


 疑問を呈する寸前、骸骨の女性に促されるまま、ナハルは彼女が用意してくれた衣服に袖を通していく。きっちり採寸されていたらしく、サイズはピッタリであった。孤児院では経済的理由からぶかぶかの古着しか与えられたことのなかった少女にとって、その着心地の良さは手放しに賞賛せざるを得ない。子供が着るのにぴったりなデザインの衣服は、ワンピースというよりもディアンドルという方が的確なもの。ロングスカートの足元を飾るのはピカピカに磨かれた黒革の靴で、こちらもサイズは合っていた。ナハルが着替えをすますと、アバルは満足げに頷きを繰り返している。まるで何かの出来に満足したように。

 ついでベッド脇のキャビネットに置かれていたナハルの私物に目が行く。

 泥と雪と血で汚れた古着は新品のように洗濯・修繕され、きっちり折り畳まれたその上に、この世界での母の形見──紫の色の花の指輪を提げるためのネックレスが安置されていた。

 ナハルはそれをアバルの骨の指に協力されながら、いつものように胸の中心へ提げる。

 カシャリと頷く骨の女性に姿見の前へ誘われると、鏡の前には黒髪の御嬢様という格好の少女がスカートの裾をひらひらしていた。

 そして凝然(ぎょうぜん)となった。


「あれ? この目……?」


 ナハルの瞳は、とくに珍しくもない黒色だった。

 しかし、今は。


「黄色? 橙色?」


 というよりも「黄金」と言っても差し支えない、光沢の彩。太陽の光が反射してということではない。鏡の中にあるナハルの両目は、琥珀にも似た輝きで満たされていた。無論、こんな瞳の色でなかったことは、ナハル自身が九年の生涯でよく理解している。

 ナハルはアバルに訊ねるような視線を向ける。骸骨は応じた。


『〈聖痕〉は全身に及んでおりました。そのため眼球──瞳にも無数に刻みこまれたことで、色が変わってしまったようです』


 と、アバルが伝言ボードに記述。


「そう、ですか」


 鏡の中の自分を凝視しつつ、瞬きを繰り返してみるが、とくにこれといった痛みも疼きもない。視力が極端に悪くなったということもないので、特段気にする必要もないかと納得するナハル。


「これを、治すことは?」

『申し訳ありません』


 伝言ボードをすぐさま消去するのと同時に、さっと追記していく骸骨。


魔王(アン・ターヴィルソル)陛下の御力でも、〈勇者〉の体内に刻まれた力……神の祝福を消去することはできません』


 文字はナハルが読む速度に合わせて消去と記述が成されていく。


『それが可能であれば、そもそも〈勇者〉の力そのものを、陛下の力ひとつで抹消することも可能なのです』


 ナハルは頷いた。

 勇者の力を失くすことができるのであれば、魔王が勇者に倒される道理が成り立たない。

 魔王と神──その能力の天秤がどちらに傾いているのか。

 黙考すること数秒、少女は重要なことを訊ねる。


「あの、私と一緒にここへ連れてこられた修道女……ロース、私のおば、は?」


 ナハルと共に、魔王一行に保護された修道女。

『ご安心を』というアバル。

 彼女は現在、都市の病院で入院中であると告げられる。しかし、ナハルは複雑な気分だった。


(いや、なんとなく覚えてはいるけど)


 ナハルは出生直後からの記憶を保持できている。当然だ。ナハルは転生して此方の世界に送り込まれた存在。

 あの嵐の夜に。

 自分を産んでくれた女性──その傍にいたのは、あの修道院の院長クローガと、

 あと、もう一人。


 ──お願いしっかりして! 姉さん(・・・)!!


 朧げな記憶の海の中で、母をそう呼称していた少女がいた。

 十代後半だった少女は、九年の間に一人の女性として成長し、姪であるナハルと孤児院で生活する修道女となった。

 ナハルは、何とはなしに理解していた。何か事情があって、ナハルを引き取ることはできなかったのだろう。叔母(ロース)と母は貧困にあえぐ孤児であり、ナハルを養う(すべ)が孤児院で共に暮らす以外になかったことを、赤ん坊時代に聞かされたことがいくらかあった。思わずポロリと、意志を示さぬ赤ん坊に述懐して、何故か謝辞と涙を落とされたことを、ナハルは聞き逃すことはなかった──できなかった。

 無論、興味がなかったはずもない。

 母たちの生い立ち。

 何故、母と叔母が孤児となったのか。

 母はどうして──“あのように”死んでしまったのか。

 そして、母の夫たる男──つまり、ナハルのこの世界での父親は?

 何故、これらのことを誰も教えてくれないのか──数え始めると不可解なことが多かった。多すぎた。

 けれどロースが、叔母である彼女の方から何も言ってこないのに、ナハルからいろいろと訊きにいけるはずもなかった。もっと言えば、言えない何かしらの事情があると考えることが妥当ではないのか。

 だから、ナハルは何も聞かないことにした。あたりさわりのない、聞き分けの良い子でいたほうが、誰にとっても都合が良いと考えた。

 結果的にその判断が正しいのか悪かったのか、ナハルには判断できるほどの情報がない。


『お会いになりに行かれますか?』


 ナハルの沈黙をどう受け取ったのか、アバルが提案してくれる。


「──そうですね。聞きたいこともありますし」


 付け加えれば、ロースのことが心配だった。

 家族としての繋がりはあまり感じられなかったことが、それとこれとは別に、孤児院で長年にわたり世話をしてくれた女性であることに違いはない。 

 彼女はやむにやまれぬ事態──治療の事情があったとは言え、意識を失っている間に〈魔者〉の国へ連れてこられたなどと、夢にも思うまい。


『わかりました。急ぎ手配を整えておきます。では、朝食を』


 骸骨の掌が叩かれたのと同時に、部屋の扉が開く。

 黒と白の給仕──メイドと呼ばれる装束を身に纏った人間の女性が四人、ナハルの朝食を運び込んできた。

 そのどれもが、ナハルがこれまで食べてきた食事よりも格段にグレードの高い代物で、なおかつ美味であった。湯気の立つスープ。ふわふわ食感の焼きたてパン。半熟卵の大きなオムレツなど、孤児院でも味わったことのない逸品である。さらには、デザートにだされた果物の甘さは、この九年間一度も堪能したことのない糖度に溢れ、愕然となる。

 

(なんというか……日本の高級ホテルみたいな感じだな)


 魔王の城の朝食に舌鼓を打ち終わったナハルは、少しばかりの休憩のあと、アバルに案内されるまま部屋の外へ。

 彼女曰く、


『魔王様がお呼びです』


 とのこと。

 少女は大いに頷いた。

 ナハルも魔王と話したいことは山ほどあった。断る理由などない。






 魔王の城の中でも比較的高層階に位置するらしい客間から骸骨のアバルに先導されること、数分。

 アバルに訊ねたところ、魔王は今、城の書斎にいるという。

 謁見の広間とかに通されるのかと内心で慄いていたが、書斎というのであればそこまで身構える必要はないだろう。

 その時、廊下の向こうから槍と斧を担いだ兵士が見えた。


(衛兵…………人馬(ケンテアール)牛人(ミノテアール)?)


 下半身が馬の人間と、上半身が牛の人間。

 どちらも亜人種と呼ばれる存在であり、純粋な人間種とは一線を画す生命だ。

 ちなみにエルフ(ルハラハーン)ドワーフ(アワク)も亜人種に属するというのが、ナハルたち人間の国の常識とされる。

 亜人の衛兵二名が骸骨──アバルに頭をさげて片膝をついた。

 アバルは軽く会釈する程度の対応で衛兵らをやり過ごすので、ナハルもそれに倣うようにしながらすれ違う。

 そうして、城のさらに上層へといたる階段をのぼる。

 ふと、アバルが足を止めた。どうやら目的地──書斎に辿り着いたらしい。真っ白い骨の指で、立派かつ精緻な細工の施された二枚扉を叩く。


「アバルか──入れ」


 聞き覚えのある声。

 指示に従い、白骨の女性が扉を開けて、中へ。

 ナハルは、言葉を失ったように立ち尽くした。 


「……ここが、書斎?」


 まるでダンスホールか歌劇場のごとく広大な空間。

 天井まで書棚の壁面を占領する蔵書の数は、少なくとも千単位──万単位に至るだろう。大きな窓から大量に射し込む朝日によって、読書に適した明るさが満ちている。いたるところでランプに火が灯され、暗いところなど少しもない。調度品も素晴らしく、巨大な暖炉の炉棚のレリーフや、シャンデリアをつるす天井のフレスコ画、机も椅子も宝石のように磨かれ手入れされ、そのどれもが芸術品とも見紛う仕上がりとなっていた。もはやこれは書斎というよりも、国立図書館と称すべき荘厳な知識の宝庫であった。

 茫然自失しかけるナハルは、アバルの手招きの関節音で上向けていた視線を戻した。

 畏敬によって頭を殴られたような衝撃を無理やりに押さえつけ、前へ。

 アバルはさらに図書館の奥へと続く階段をのぼる。


「ここは?」


 何かの控室と思われる扉の前。

 アバルは『ここが、王の書斎です』と示してくれる。


「何をしている? 入ってきて構わない」


 先ほどと同じ声……しかし、おかしい。

 図書館の入り口とここまでの距離を考えると、魔王の声の音量は変動がないように思えたが、これはいったい?

 疑念に首をひねる間もなく、アバルが一枚の扉を開いた。


「久しぶりだな──ナハル・ニヴ」

「──お久しぶりです。魔王陛下」


 ナハルは歩を刻みながら背筋を伸ばした。


「そう緊張しなくていい」


 ランプシェードやペン立てのある執務机に腰を落ち着けていたのは、あの純白の鎧──〈魔者〉の王たる魔王そのひとであった。

 署名と捺印を繰り返す彼の傍らで、片眼鏡をかけた水妖の〈魔者〉──イニーが秘書のごとく書類の束を抱えている。一礼する女怪に対し、ナハルも同じ礼で応えた。

 そこは、王の書斎というには簡素に過ぎる空間であった。

 先ほどの図書館でド肝を抜かれた後だと、そのシンプルな作りがより一層際立って見える。

 しかし、魔王はそんなことなど頓着した様子もなく、〈勇者〉の少女を招き入れた。


「体調は、もう随分とよさそうだな」

「はい。おかげさまで」

「ここまで足労をかけたな。こちらはいろいろと忙しくて、あまり見舞いにもいけず申し訳ない」


 お気になさらずとナハルを首を振ってみせる。

 徒歩数分程度の行程であったが、病み上がりのナハルは息すらあがらなかった。


「夢見心地は──悪かったようだな」


 何故それを。


「いかにも寝不足という表情、面構えだ。

 いかに〈聖痕〉が体に馴染んで身体機能が書き換わっても、〈勇者〉そのものの精神や脳構造まで、変質・変転させるものではないからな」

「──失礼ながら魔王陛下」


 あなたは、どこまで分かっているのだ。

 勇者の証である〈聖痕〉について、魔王はそれなりの知識を保持していることは理解できている。

 だが、それはいつ、どこで、どのようにして得た知識なのか、興味がないと言えば嘘になる。


「私は〈勇者〉のこと、〈聖痕〉のこと、魔王を滅殺するという力──何ひとつとして満足に理解できているとは言えません。私は田舎の村の教会で養われていた孤児に過ぎません。恐れながら、最初からすべて説明していただけませんか?」


 ナハルからの申し出に、魔王は鎧の肩をすくめた。


「最初から、と言ってもな──いったいどこから話せばいいのやら」

「お願いします」

 

 魔王はいかにも高級そうな羽ペンをおいて、最後の書類をイニーに手渡した。


「なら、君にひとつ確認しておかねばならないことがある」

「確認?」

「ああ。俺の扱う“魔術”──魔王の力でもってしても、〈勇者〉である君のことを深部までどうこうすることはできない。体の表面を治癒し、〈聖痕〉を隠すことはできても、肉体内部まで手を加えることは不可能だ。その黄金に変わった瞳のようにな。それと同じく、神の加護を受けた〈勇者〉の精神に介入したり、記憶をイジるなどの術理は通用しない。なので、君のことを知るには、君自身の口で、直接教えてもらう必要がある」


 それならば何なりと確認してくれと頷くナハル。

 今の自分であれば、どんなことでも流麗に言葉にできる自信があった。村での貧しい生活、友達との思い出、母との別離──ナハルの九年という生涯に関わる情報であれば、何でも答える用意があった。

 魔王は頷き、机に肘をつき、指を組んで〈勇者〉を見据える。兜の奥から視線を浴びせかける。

 白銀の見た目とは相反する、底知れない深淵を覗き込んだ時に懐くような漆黒の感情を、何も見えないスリットの奥底から感じ取れて、思わず後ずさりそうになる少女。

 そんな彼女に対し、魔王は告げた。





「ナハル・ニヴ、君はもしや──“転生者”ではないのか?」





 ナハルは一瞬、言葉を失った。










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