TypeB・最悪なプロローグ
疑問。
「両親や家族不在」「何の特徴もない」「冴えない青少年」
神様が転生させるには、もはやうってつけな素材や要因ばかり。
では。
そんな人“以外”が、神様転生したら、どうなるのだろうか?
──これは、「そんな人たち」の物語。
Type[B]/The worst prologue
…
くだらない人生だった。
そんなくだらない人生でも──それが私の人生だった。
人生とは何だろう。
生きることか?
ただ人が生きることか?
人として生きることか?
人らしく生きることか?
人と共に生きることか?
人の為に生きることか?
だとしたら、私は人生とは無縁の存在だったことになる。
私の人生は──
汚物の味を覚えること。
孤独に血を舐めて傷を塞ぐ作業。
高所から窓の外へ飛び降りることを夢想する瞬間。
刃渡り十数センチの鉄の塊を、腹や首に押し当てて、自分の肉が引き裂かれるのを切望する志向。
そんな人生だった。
何度も死のうと思った。
何度でも死んでやると想った。
何度も、何度でも、殺してやると決めた。
今ではない、いつか。
此処ではない、どこか。
私を責め苛むすべてを、ブッ壊してやると決めた。
暴力。罵倒。恐喝。虐待。嘲笑。姦淫。ネグレクト。
失敗だらけの毎日。
謝罪だらけを紡ぐ自分。
誰も助けてくれない──あの女も、女が連れてくる男も。
部屋の押し入れの隅で裸のまま、熱い痛みと寒い殺意に、震え続ける私。
ただ痛み続ける身体。
ただ嬲られ続ける精神。
ただ狂い狂って、狂い死にそうな、そんな日々。
そんな日常から解放される日は、そう遠い話ではなかった。
通報を受けて駆け付けてくれた警察や施設の人の手によって、私は救い出された。
あいつらがどうなったのかは、もう分からない。知りたいとも思ったことがない。
おいしいパンをはじめて食べた。
暖かいスープをはじめて飲んだ。
毛布の柔らかさをはじめて実感した。
大人のことが初めて優しい存在に思えた。
思うことができた。
施設では、たくさんの幸福が転がっていた。
私と同じような子や、そうでない子が、一緒になって遊んでいる。
私の青痣や火傷だらけの顔や肌のことを気味悪いものを見るような瞳は、どこにもない。
はじめての友達ができた。
はじめての幸福に恵まれた。
クソみたいなくだらない人生の中で、……はじめて、生きていてよかったと……
そう思えた。
私は、友達と学校に通い、勉強したり、恋したり、くだらないことで笑ったり、バカみたいに過ごしたりして、くだらないと思いながらも、少しずつ、ほんの少しずつ、成長していくことができた。
顔の傷や体中の虐待痕は、いつまでも私の全身に残り続けてしまったが、そんな私を見慣れている彼氏……施設ではじめての友達になってくれた彼には、なんの問題にもなっていないらしい。
私たちは将来を誓い合い、共に暮らして、穏やかで幸福な毎日を過ごす
はずだった。
なのに。
何だ……これは?
「いやぁ、すまん。こちらの手違いで、君を交通事故で死なせてしまったようだ」
そう目の前の人物は、さも申し訳なさそうに述懐していく。
どことも知れぬ真っ白な世界の中で、その人と私だけが、そこにいる。
「お詫びと言ってはなんだが。君には異世界で、様々なチート能力を駆使して、気楽に生きていけるように手配しよう」
最近、神の世界で流行している“神様転生”というヤツだと、自称・神様は、のたまった。
「何がいいかな? ハイエルフになって無限の魔法を扱うというのは? それとも傾城傾国の美貌をもって、逆ハーレムというのは? いちばん人気があるのは、そう、人間の国の勇者となって悪い魔王を討伐するなんていうのも…………んん?」
俯き、ぶつぶつと何事かを呟く女を、そいつは不審に思って声を区切った。
私は告げる。
「ふざけるな──ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな──ふざけるな!」
自称・カミサマとやらに、悲嘆と憤怒の声で吼える。
「冗談じゃない!」
何だそれは。
何だそれは?
何だそれは!
「そんなものいらない! 私を彼のところに帰せ!! 元居たあの世界にかえして!!!」
彼と一緒に暮らすんだ。
彼と一緒に過ごすんだ。
手を繋いで、笑い合って、子どもは四人くらい欲しいとか、そんなに養えるのと微笑み指摘しながら、安いアパートで、私たち……家族は、はじまるところだったんだ。銀色の指輪が、私たちの絆の証だった。
家庭を持つことは不安だった。自分も、あの女みたいな、最低なものに成り下がるんじゃないかと思ったら、怖くて怖くてたまらなかった。それでも、彼と一緒ならやっていけると思った。彼と共になら乗り越えてみせると、自分自身で誓ったんだ。
病院に行く途中だった、私。
青信号を渡っていた私に、突っ込んできたフロントライト。
雨で視界が悪かったとか。打ち所が悪かったとか。そんなことの一切が、関係ない。
「手違いと言うなら、私を今すぐ戻せ! 神様なら! それぐらい出来るでしょう!?」
だが自称・神様は「無理だよ」と事務的に通告するだけ。
カミとやらは肩をすくめる。
「もう、あの世界での君の役目は終わってしまった。君の肉体は、完全に死んだんだ。あとは葬儀を終えて、灰になるまで焼かれるだけ……それに、言いづらいことだが、君一人が蘇ったところで」
「うるさい! 神様なんでしょ!? できないなんてはずがないでしょ?!」
「残念だが。僕にはその権限は、ない」
取り縋る相手には到底及ばぬ次元の話らしい。
神様とは何だ。神というのは、万能の絶対者ではないのか?
「それに、君の人生を閲覧させてもらったが、後半はマシなほうだが、前半は本当に酷いありさまじゃないか。実の母親と、母が連れてくる男に暴力を加えられ、おまけに、その、……あんな体験まで……そんな人生を与えてしまったことから、私たちとしても、その」
「そんなこと関係ない!」
確かに。
クソみたいな人生だった。
最後は事故で終わるという、くだらない人生だった。
幼少期の虐待の記憶は、未だに私の深い部分に暗い影を落としている。誰かと一緒に寝ることすら抵抗感があったほどだ。彼の胸の中で安らかな心地になれてから、まだほんの一年しか経っていないほど、あの汚辱の記憶は、私の人生の中で、大きなしこりとなって残り続けることが確定している。
だとしても。
私は引き下がらない。
引き下がれるわけがない。
「あれは私の人生だ! 私の居場所だ! 私が、私の意志で勝ち得た……私のすべてだ!」
神とやらの胸倉をつかんで、泣訴に近い悲鳴を奏でて、喚き吠える。
「おまえなんかに奪わせてたまるか!
おまえなんかに奪われてたまるか!
おまえなんかに!
おまえみたいなモノに!!」
私を暴力と虐待の孤独に住まわせた神様!
あいつと、アイツラ全員の行状を見て見ぬフリして──私に一生の傷とトラウマを植え付けた──神様!
神様!!
神様!!!!
神様!!!!!!!?
「二度目の人生なんてイラナイ! 私の! 私だけの人生を、返せ!!」
「だから、その……君に新しい人生を、だね」
「いらないって言ってるでしょう!?」
もはや殴り掛からんばかりの勢いで抗弁する。
「返してよ! ねぇ!? お願いだから!!」
「いや……君は、新しい人生をやり直せるんだぞ? 他の誰もが羨むような、特別な力を我々から授かって──新しい家族に囲まれて──新しい世界の中で、最高の仲間や、最強の機能を携えて──それで、君の人生は、今までよりもずっとまともで幸福なものに」
「ッ!! 馬鹿にするな!!」
炎のような言葉の温度が、唇を焼きそうになる。
「私を馬鹿にするな!
私の人生を馬鹿にするな!
私の今までを──今までのすべてを!
あんたみたいな、か、神様が──馬鹿にするな!!」
吐き出す言葉に猛毒が注ぎ込まれていく。
こいつは一体、何を言っているのだろう──双方共に、しかしながら、明確に違う思いと考え──信義と信仰のもとで、互いの意を理解し損ねる。
私は、涙交じりの視野で、神とやらを睨み据える。
「……私は、本当に、人生なんてクソだと思った! 今だって半分以上、そんな気がしたままだ! けれど、友達ができて、彼と出会って、恋に落ちて、結婚して──ようやく、まっとうな人生を送れると思った! こんな私でも……汚くて醜い、こんな……こんな傷だらけで、みじめで、きたない私でも! 『幸せになっていい』って! 彼が……あいつが、……教えてくれたのに!?」
なのに今更……イマサラ……新しい人生なんて。
どうして……今になって……!
「──返して……返してよぉ……私の、私たち、の……っ!」
絞り出した言葉が、嗚咽交じりに吐き出された。
私は自分のおなかを抱えた。
痛みに耐えかねたかのように、もう、その場に立っていられなくなる。
あるいは幼少期の頃と同等と言える、膨大な絶望と失望感に打ちひしがれる。
「すまない」
その精妙な声と共に、私は白い闇の中に包まれる────
意識が整合性を失い、自分が大切に想っていた者との記憶だけを頼りに──
新しい人生とやらへ──
私は、放り捨てられる。




