表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

芳しき蕾・1

「凍った波打ち」から、何年もたった後のヒミカ国。多年の内乱で、国はすっかり荒廃していた。


優秀な兵士ファンレイは、毎日、ひたすら任務をこなしていたが、たまに、ある夢に悩んでいた。


夢は自分の過去の話に見えるが、記憶がない。

しかし、そこに、ソウエンから、過去の自分を知るものが現れた。


新書「芳しき蕾」1(ファンレイ)


夢の中で、女性が微笑んでいた。黒髪に、濃い茶色の瞳。

《ずっと一緒に…》

泣いている時もある。わめいている時もある。

《約束、したのに!》

わめいている時は、俺を見ていない。

穏やかな顔で、ただ俺を見ている時もある。話しかけてくる時にくらべ、年をとった顔だ。

白髪頭の彼女もいる。豪華な棺に沢山の花。

彼女の名前は、覚えている。イソラ。彼女が誰なのかわからない。

だが、俺にとっては、大切な人だった。


目が覚めると、俺は戦う。夢の人を忘れて、仲間と共に。


仲間達とは、会話もするし、風呂や食事も共にする。夕食の席での話は、その日の戦闘、明日の戦闘、上官であるスイサノ司令官の悪口などだった。

「なあ、ファンレイ。」

仲間の一人、ガーレンが、清水のグラスを飲み干しながら言った。

「今日は良かったな。連続一番、記録更新だ。あと10体で、俺も。」

するとセンロンが、

「お前、今日、倒した数が3で、あと10体って。」

と茶々を入れた。黙って聞いていたマオルイが、青菜を口に運んだが、一口食べただけで箸を置いていた。俺は、どうした、と聞いた。

「いや、一体は、止めを刺し損なって、後でファンレイが始末したな、と思い出してな。」

ガーレンのふくれ面をネタに、十数人が一斉に笑った。

「あれだってさあ、スイサノのおっさんが…」

と言いかけたガーレンは、視線の先に、当の上司の仏頂面を発見し、水を喉に詰まらせた。

スイサノ司令官は、ガーレンに構う様子もなく、

「ファンレイ!シアン・ファンレイ!エパ師がお呼びだ。医務室に来たまえ。」

と、俺を呼び出し、直ぐに帰って行った。

仲間たちが、羨ましがる声を背に、俺はエパ師の医務室に向かった。


“…こうまでして、使わなくても。”

“ここまで親和性のある者は貴重なのだよ。君も助かるだろう。”

“否定はしませんが、この前は危うく…”

会話が近付いてくる。意識がゆっくり戻った俺の目には、スイサノとエパ師が映った。

「ああ、気が付いたかね、ファンレイ。」

エパ師は、人のよさそうな笑顔を向けた。

「今回のは、数は大した事はなかったが、強化されてたからなあ。敵もない知恵を絞り、よくやる。疲労を取っておいたよ。」

俺は礼を言った。治療の時は、夢を見ない。ついでだ、と、明日の作戦を、司令から簡単に説明される。

「おいおい、明日にしたまえよ。司令はせっかちでいかん。」

エパ師がこう言ったので、司令は俺に、何か質問があるか、と締め括りに聞いた。

「イソラ…何の事でしたっけ。」

俺はふと、何の気なしに聞いてみた。

エパ師と、司令は、一瞬、動かなくなった。

エパ師は、

「…ああ、確か、先月、辞めた洗濯係りに、そんな名前の子がいたな。後は、これも辞めた子だが、調理場にも、同じ名前の子がいたっけ。二人とも、故郷で結婚すると言ってたような。…なんだ、振られたのかな?」

と、優しく笑った。司令は、ほっとした顔になった。

「五十代目ヒミカの名前だ。ロウカン朝の原始女王だ。今のカイトン朝は、一応、彼女の子孫を名乗っているが、どうだかな。」

低い声が響く。

目付きの悪い、髭の大男だった。剣ではなく、鉈を背負っている。

「ああ、明日、紹介する予定だったが…彼はコウ将軍。『同盟国』から来てくれた。君は彼の隊に入ってもらうよ。」

エパ師の声が明るい。司令は黙って、コウ将軍を睨み付けている。俺は、そうですか、よろしくお願いしますと言った。

「最良の品、か。なるほどな、傷ひとつなく。」

コウ将軍は、ぎろりと俺を一瞥している。

俺は、自分の格好に気がつき、慌てて服を着て、非礼をお詫びした。

「ふん、人間らしい所は、まだあるのか。」

…当たり前だろう。人を何だと思っているんだ、この人は。俺は気付かれないと思い、コウ将軍を睨み付けた。

コウ将軍は、俺を見ていた。妙に、悲しそうな目付きで。

こんな目は、確か前にも。

「そろそろ、行きなさい、ファンレイ。皆によろしく。」

エパ師に促されて、俺は部屋を出た。

背後で、司令が「あれは困ります。」と言っていた。


宿舎に戻る。就寝時間は僅かに過ぎていたが、皆、起きていた。

ガーレンが、

「何の話だった?」

と聞くので、検査をしただけ、と答えた。センロンが、

「昇進じゃないのかよ。新兵が増えるっていうから、司令はそっちの指導だろ。お前が後任だと思ったのに。」

と、残念そうに言った。マオルイが、

「なら、医務室でなく、司令室に呼び出すだろう。」

と呟いた。

「ま、とにかく、早く寝よう。明日も沢山、敵を倒して、手柄をたてて昇進して、一日も早く帰ら…。」

言いかけたガーレンが、はたと止まった。

「一日も早く…何だっけ、まあ、いいや。お休み。」

横になり、すぐ寝息をたてる。心配しかけたが、いつものガーレンだ。

「まったく、羨ましいよ。俺は最近、夢見が悪くて。」

センロンが寝がけにぼやいた。マオルイが、どんな夢だ、と聞いていたようだ。

俺は、皆まで聞かず、眠った。治療の日は、よく眠れる。


夢は見ない。



   ※ ※ ※ ※ ※



今日は敵が多かった。昨日は少なかったから、三体しか倒せなかった、と言ったガーレンを、マオルイがくさしていた。

俺は今日も俺達に損失がないことに、ほっとしていた。

敵の本拠地は、もう陥落寸前だ。あと数回で、その都は、俺達の者だろう。だが、さすが都、最後の抵抗がしつこい。

味方の部隊は、毎日、近くの砦から出撃した。砦というより、俺達兵士の力を保つために、大がかりな医療設備がいるため、自分達の都を出た時から、ずっと、砦を整えながら、慎重に進軍している。このため、戦いは、何年も続いている、と聞いていた。

敵の城塞を見ながら、拾い野原に、倒した敵が積み重なる。その中、センロンが、倒した敵にかがみこんでいる。何かあったのかと、声をかける。

彼は、鎧の頭部を外し、敵の顔を見ていた。

「女か。」

若い女だ。血の気の失せた青い顔。彼は頬に触った。女の顔は、砂になってしまった。

「人数が増えた、と思ったら、こういう事か。女子供で、かさ上げとはな。嫌な手を使う。」

俺は、センロンが何か返事をすると期待して言ったが、彼は黙っていた。

「引き上げるぞ。」

とマオルイが近寄ってきた。センロンを見て、

「どうした。何をしている。」

と言い、鎧と砂に気付いた。

「顔を見たのか?何のためだ?」

彼はいぶかしげに尋ねた。

「戦った相手の顔を確かめたかったんだろう。不思議はあるまい。」

コウ将軍が、いつのまにか、背後に来ていた。彼は、別の兵士に呼ばれたので、そちらを向いた。俺は、センロンと鎧を交互に見た。

普通は、こういうことはしない。鎧の中身は、ほっといても、砂になる。それから鎧を回収する。俺達には必要ないが、溶かして道具や建築材に利用するためだ。

“戦った相手の顔を確かめたかったんだろう。不思議はあるまい。”

将軍の言葉が、頭に響く。鎧の中に人、それは当然だ。鎧だけでは戦えない。砂になる。倒されたら、敵はそうなる。わかっている事だ。何の不思議もない。

回収部隊が俺達を見て、お前らの仲間は、引き上げたぞ、と言ったので、思考はそこで中断された。


その夜、寝る前に、センロンは、将軍の部屋に呼び出された。昼間の「妙な行動」の事だろう。センロンは、食後、医務室に治療を受けに行ったばかりで、居なかった。俺が不在を伝えに行った。

将軍の部屋には、司令がいた。司令も呼び出されたのだろうか。司令の方が階級が上と思ったので意外だった。センロンの不在を伝えた。

将軍と司令は、食事をしていた。将軍は、

「多忙でな。この時間になった。」

と言っていた。

上の人の食事風景は初めて見る。俺達が普段食べているものとは違う。黒っぽくて丸い、珍しい野菜だ。茸でもないようだ。よい匂いがするから、食べ物だとわかるが、そんな食べ物は見たことがない。

「鳥の肉だ。食ってみるか?」

鳥は知っている、肉も知っている。だが、食べている所は初めて見た。

「こっちは、酒だ。」

透明だが、金色の液体が、凝ったグラスを満たしている。酒、それは飲み物だ。

「お前、鳥は、嫌いじゃなかろう。」


《悪い、ちと焦がした。》

《まあ、前よりはましかな。》

《○○、魚なら焼くの上手いのにね。》

《やっぱり、肉は煮るべきか。》

《夏場にそれはなあ。》

《ああ、ほら、過ぎたことは、もう。飲んで忘れろよ。》

《お前が言うか。》


「…レイ、ファンレイ!」

我に帰る。俺は立ったままだった。

「将軍、困りますよ。前線で戦う彼らの食事は、最適な物を整えているのですから。」

司令が渋面を作っている。将軍は、串に刺した肉を食らいながら、

「なるほど、野菜しか食わせない事で、狩猟欲を人に向けるのか。」

と言った後、司令が何か言おうとしたのを遮り、

「センロンの事はわかった。下がっていいぞ。ご苦労様。」

と、退室を促した。

俺は部屋に戻った。

皆、眠っているらしく、一様に静かだった。

俺は目を閉じた。明日の戦いに備えるために。


女の子が泣いていた。

俺ですか?何かしたんですか?泣き止んでください。なんでいきなり。

《ごめん、焼き魚の件で、口がすべって。》

○○はひたすら謝っていたが、心当たりがない。

《お前、焼き魚好きだけど、一番好きなのは、川魚だろ。ここらじゃ、取れない。ここに来たから食べられなくなったって話をしたら…睨むなよ、妹さん情報だぞ。》

ああ、もう、○○も余計な事を。

《泣かないで下さいよ、イソラ様。》

そう、この女の子はイソラ様。

《確かに、俺、川魚は好きでしたが、魚なら、何でも好きですよ。》

イソラ様は、泣き止んだが、まだ疑っていた。

《俺の妹、知ってますよね。あいつ、今は料理好きで、なんでもわりと得意なんですが、最初は、川魚焼く時に、火が、わあっとなるでしょう。あれを怖がって。しょうがないから、俺がついて、一緒に焼いてやったんですよ。

○○○様は、妹に一人でやりなさいって言ったんだけど、可哀想なんで、『俺は、川魚が得に好きだから、焼き上がるのを待てないんです』、と…。》

そのうち、妹も一人で焼けるようになって、協同作業は終わった。

イソラ様は、笑った。笑ってくれた。

《じゃ、今日は、お魚、私が焼くね。》

《え、俺がやりますよ。》

《私がやるの!》

《…わかりました。二人で焼きましょう。》

《…盛り上がってる所、悪いんだが、今日は海草だから、焼くのはどうかと思うぞ…。》


今日も、多かった。

センロンが、また、鎧を見下ろしていた。

俺は、彼に話しかけようとしたが、マオルイに呼び止められた。

「ガーレンの事なんだが。」

彼は声を潜めた。

「今日、あいつが戦った奴の中に、しぶといのがいてな。俺も加勢して、倒した。だから、バラバラになっちまって、嫌でも鎧の中身が見えた。

中身は砂になっちまってたが、こんなのが見つかった。

『二つあるから、一つやる。』

と、くれたよ。」

針金の先に、紅い石が付いている。透明な、濃い紅色だ。

「耳飾りだな。」

俺はそれを受け取り、日にかざしてみた。

「こんなもの、どうするんだ、回収班に渡せ、と言ったら、

『一つくらい、いいだろ。金属じゃないんだし。』

と返ってきた。その時、回収班が来たから、ごまかすために、左右に別れた。

どう思う?こんなの、初めてだろう。」

確かに、そんな話は聞かない。だが、石の飾り一組みくらいで、気にしなくてもいいだろう。回収班は金属意外は興味ないと思う。

「故郷に恋人でもいるんだろう。敵の死体から取った飾りを、喜ぶ女がいるかわからんがな。だが、カイトン市街に入っても、土産物屋があるわけじゃない。」

二人同時に振り向くと、またしても、コウ将軍がいた。

「軍規は守るべきだがな。注意はしておくが。」

「私が言います。」

将軍を制して、マオルイが駆け出した。俺の手には片方が残った。どうした物かと思っていると、将軍が、それをそっとつまみ上げ、日に翳した。

「いい色だな。葡萄酒のようだ。」

俺は、黙っているのも何だから、初めて聞く「葡萄酒」という単語について、質問してみた。

将軍は、

「葡萄から作る酒だ。飲んだこと、あるだろう。こんな色をしている。」

と言った。酒など、飲んだことはない。昨日、将軍が飲んでいたものは、金色で、泡がたっていた。こんな血みたいな色の物もあるのだろうか。

そもそも、葡萄、とはなんだろう。聞いたことはある。果物の名前だ。だが、鳥の肉と言われて、思い浮かべた鳥の姿のようには、葡萄というものを想像出来ない。

俺は、自分の耳に触れてみた。目の前の飾りをみて、装飾品で、耳飾りと直ぐに考えた。だが、俺の耳には、飾りの針金を通す穴はない。いや、そもそも、耳に穴をあけて飾りをつけるなんて、どこから、そんな考えが出た。


《やっぱり、塞がってるわね。もう一度、開ける?》

くるくると巻いた輝く髪、金色の瞳の女が、俺の耳を乱暴につまんでいる。

《そうだなあ…》

俺は生返事した。

《じゃ、ずいっと行くわよ。》

《わ、ちょっと待って。》

《動くと、首に刺さるわよ。》

俺は身をよじって逃げた。

《おい、○○、弟をからかうな。》

みな、笑っていた。

《やっぱり、何かつけてないと、塞がるわね。》

《仕方あるまい。最近は、大陸風でな。男は、耳飾りは、しなくなってるからなあ。》

《でも、どうしますか?明日は正装でしょう。それでも、今から開けるのは、どうでしょうか。輪をつけて、耳にひっかけましょうか。》

《髪止めから紐を垂らして、ぶら下げたらどうかしら…。》


巻き毛の女の耳には、これに良く似た、翠色の耳飾りが揺れていた。


「おい、どうした?」

将軍の声がする。

俺は我に帰った。将軍は、俺の顔を覗き込みながら、

「少し休むか?」

俺は頷いた。彼の腕が、俺を支えている。俺は倒れかけたのだろうか。

だが、その時、叫び声がして、俺の足元は、反動でしっかりした。

ガーレンと、マオルイが、叫んでいる。いや、ガーレンが叫び、マオルイが押さえている。

「リンラン、リンラン!」

誰かを呼んでいる。聞いた事がない名前だ。

俺は飛んでいった。センロンが司令を呼んでいる。

俺は、マオルイを助けて、ガーレンを押さえようとした。

ガーレンは、剣を抜いた。味方に切りつけてくる。目が赤い。さっきの耳飾りのように。

赤い目を見据える。涙が血のようだ。

気をとられた瞬間、俺は正面から切られていた。



   ※ ※ ※ ※ ※


黒く真っ直ぐな髪に、濃い茶色の瞳の女性。悲しい笑顔で、俺を見ていた。


《これ。》


笹の葉に、川魚が乗っていた。


《上手く焼けるようになったのに、夏は帰って来ないから、食べて貰えなくなった。》


服装は似ているが、いつもの女性、イソラ、と俺が呼んでいるあの人とは違った。


《本当は、そんなに好きじゃなかったでしょう。わかってたわ。でも、私のために、そう言ってくれた。とても、嬉しかった。忘れてしまったでしょうけど。》


俺は、彼女を知っている。


《舞いのお稽古の時もそうだった。貴方は、直ぐに忘れた。イソラ様に、関係ない事は、直ぐに。すべてを。》


違う、舞の件はそうだったが、川魚の事は、覚えていた、覚えていたんだ。


《ほんとに、私、上手くなったのよ。夫なんて、『これが結婚した一番の理由だ。』なんて…。


もし、貴方が、生きて帰って、イソラ様と結婚して、都に住んでいたら…毎年、食べて貰えたのにね。思い出してくれたかも。


…明日は、イソラ様がおいでになるわ。皇子に、貴方の名前を…。》


彼女は、優しく微笑んでいた。


《お兄様…。》


ああ、幸せになってくれたんだ、お前だけでなく、イソラ様も。




俺が、死んだ後も。




死んだ、俺は、死んだ。


思い出した。


俺は、死んだ。




《貴方の名をとって、ヒナギとつけたわ。》




イソラ様。




俺は、貴女を残して、死んだ。




だが、生きている。生きているんだ。敵を倒し、自分達の「王」のため、エパ師に――。




俺は、飛び起きた。医務室でも、自室でもない。砦でもない。一般の民家のようだ。




「傷は直させた。」


コウ将軍がいた。


小綺麗な部屋、俺と将軍の二人きりだった。


「カイトンに入れたのでな。一軒だけでも、ましな使える民家が残っているとは、意外だったが。」


起き上がる。確認するが、彼の言った通り、体に傷はない。状況からして、寝込んでいたように見えるが、ふらつきもせず、手足も自由だ。


「ファンレイ。」


「違う、俺は…。」


「…ファンレイ。」


将軍は、最初に見たのと、同じ目で、俺を見た。これは、さっきの夢の中、俺を兄と呼んだ女性の目に似ている。


「お前の名前は、シアン・ファンレイ。ソウエンの名将シアン将軍の、直系の、たった一人の曾孫だ。


お前は、五年前、十五の時に、外国から落ち延びてきた妖術師エパに拐われた。奴は、先代の皇帝と豪族を騙し、『不死の秘法』を手に入れると言って、一月の約束で金銀財宝と船、新米兵士を借り受け、そのまま、姿を消した。南国に逃げたと思われていたが、東の島国に逃げ出していた。


奴は、カグラ朝のヒミカに使えたが、『お飾り』のヒミカは、若返りの秘法を求めて、エパを重用し、国を乱した。


結果、あちこちにヒミカが乱立したが、エパは、カイトンのヒミカを残し、すべて倒した。『不死の魔剣士』を使ってな。」


将軍の声は、静かに響いた。衝撃の事実だが、混乱はなかった。


「…エパ師は、妖術師なのか?俺は、俺の仲間は…ソウエン人か?」


不死の剣士なのか、という言葉は、出てこなかった。俺はイソラ様、彼の言う、昔のヒミカに使えた戦士ヒナギだ。ソウエン人であるはずはない。


将軍が否定すると思ったが、彼は、どちらも肯定した。後の問いには、


「仲間達はわからない。何人かは、人相風体が一致する者もいるから、恐らく。だが、南方人に見える者もいる。カイトン朝は、シュクシンに支援を受けていたから、最初のうちに捕らえた南方人を使ったのかもしれない。」


と付け加えた。


将軍は、どうやらソウエンの人のようだ。エパ師が、ソウエンを騙したなら、将軍は、なぜ、協力しているのか。シュクシンというのが、ソウエンの対抗勢力で、彼らがカイトンに協力しているからとしても、おかしい。


俺は重ねて、疑問をぶつけた。


「新しい、今のソウエン皇帝は、まだお若い。貴妃様が、二回流産されたので、迷信深い連中が、第二級犯罪までの恩赦を進めている。エパは対象外だが、後宮を見直さない限り、貴妃様の流産は続くだろう。


エパに恩赦が下れば、その分を異民族対策に回せる、と考える者もいるが、見過ごすには損失が大きすぎる、と考える者もいる。


苦肉の策で、完全に恩赦が下る前に、エパと交渉し、持ち出した物に相当する物を返せば、不問にする、と持ちかけたのだ。


だが、エパについてきた弟子が、名前は知らんが、財宝を持ち出し、カイトン朝に付いた。砂の戦士を見ただろう。奴の術らしい。


ソウエンは、それらを取り返すため、エパに内密に協力することにしたのだ。


カイトン朝とシュクシンの関係もあるが、コーデラに出てこられると、シーチューヤにも介入される可能性が高い。あくまでも、表向きは、ヒミカ内部の事としたい。


私は、戦いを終わらせ、奴の奪った物を取り返すために来たが…。カイトンに潜り混ませている者の報告からすると、カイトン側の財宝は、もう散逸している。戦力も、両方とも疲弊し、次で相討ちだろう。


財宝にこだわっていると、魔導師の争いに巻き込まれ、今回、皇帝陛下から預かった兵に、無駄に損失が出る。


今、エパ師は、最後の戦いに、自ら参加している。財宝のありかはわからないが、私は、この隙に、お前だけでも、連れて帰る事にした。」


それでは、仲間は、今、戦っている。俺は跳ね起き、服を掴んだ。将軍は、止めた。


「エパ師に義理立てする理由はない。」


「違う。放せ。」


「奴は、コーデラにも前例がない、危険な邪法を使っている。私は、お前を死なせない。いいか、お前は、今、記憶が封じられている。国に帰り、ここを離れれば、徐々に思い出すだろうが、お前には…。」


「仲間が、戦っている。俺もいく。危険なら、尚更だ。」


ガーレン、センロン、マオルイ。あいつらを置いて、逃げるなんて、出来ない。


「ファンレイ、聞き分けてくれ。」


「放せ!あんたには、関係ないだろう!俺達の事だ!」


将軍は、手を放した。髭に隠れて、細かい表情は見えない。静かに、俺を見ている。


急に、将軍にすまない、そんな気持ちになった。関係はないが、彼は、俺の身を案じてくれているわけだ。例え義務感からだとしても。


「すいません。でも、俺は、行かなくては。」


居たたまれなくて、俺は、目をそらそうとしたが、


「…わかった。私も行こう。支度しなさい。」


の言葉に、驚いて、まじまじと、穴の空くほど、彼の顔を見た。


危険と言った、その口で、俺と一緒に来る、という。


「何を呆けている。だいたい、君一人では、どこに行っていいか、わからないだろう。」


彼は、まだ飲み込めない俺に、剣を渡してきた。俺の剣ではない。


「呪術師を相手にするなら、これの方がいいだろう。」


いつもの剣よりやや細く、軽めだが、刀身は長い。


「私は財宝を持ち帰る任務も、あるからな。」


そう言った将軍は、俺を戦いに連れ出した。


 ※※※※※


俺達のいた民家について、将軍が「まし」と言った理由は、外を見回して、明らかになった。


「敵」の王宮は、三角錐を基盤にした、簡素だが、しっかりした建物だ。遠くからでもそれとわかる、威厳を感じさせた。だが、それを取り巻く家並みは、貧相なものだった。豪族の屋敷のような、大きな物はない。


王宮への道には、誰も居なかった。犬小屋すら空で、人間は死体すらない。


将軍の連れてきた部下が、途中、物音がする、と、踏み込んだ家があったが、外れかけた簾が、風に揺れて、立てた音だった。


「町の人を全員、使い尽くしたのでしょうか。」


小柄な弓兵が将軍に尋ねた。


「逃げ出した者も多いとは思うが。」


将軍は、小屋の床に散らばった細々した物の中から、黒い玉の連なった首飾り拾い上げて、検分した後、机の上に置いた。


「どうしましょう、半数は裏手からという予定でしたが。」


ずんぐりとした剣士が、将軍に聞いた。将軍は、


「私とファンレイで先頭を行く。リウとモウドは少し離れて来い。残りはエクンに従い、表で合図を待て。ハルフン攻めの時の要領でな。」


兵士はどよめいた。だが将軍の命令には従う。


俺は、将軍と二人で、三角錐の中に入った。


門番も護衛もいない。鎧と砂が床に転がり、仲間が進んだ痕を残していた。中は、狭くなったり広くなったりで、大人数では、確かに進みにくい構造になていた。


「あれは…。」


将軍が一点を見つめる。急に広くなった廊下に、人がいる。


「センロン!」


彼は、座り込んでいた。床には、鎧が転がっていた。砂まみれだ。その兜の部分を、抱き締めている。


「…太刀筋に覚えがあった。あの女も…。この男も…。昔、一緒に、剣を習った…。」


俺は、センロンの肩を揺すり、視線を合わせた。彼は、俺を認め、


「ファンレイ…」


と言った。


「マオルイは、ガーレンはどこだ。」


「マオルイは奥に…ガーレンって誰だ?」


彼の目を見返す。彼も俺を見た。焦点はあってる。


「お前は私が預かったから、ガーレンの記憶があるんだ。」


将軍が言った。彼は、俺の代わりにセンロンの目を捕らえると、


「もうすぐ、弓兵のリウと、剣士のモウドという男がくる。彼らの指示に従ってくれ。落ち着いて、いいね。」


と、子供に話し掛けるように言うと、俺を促して、そうっと彼の側を離れた。


「彼、センロンは、ここの兵士だったようだな。」


将軍は、小声で付け加えた。俺は答えなかった。


無言で奥に進む。広い王の間らしき所に、エパ師がいた。王座に座っている。


「話が違う!私は、カグラ朝の立て直しと…ああ!」


司令の声だ。王座付近にはいない。中は反響するので、分かりにくいが、血飛沫が上がった所があり、ちょうど、人の形をした物が、崩れた所だった。


「危ない!」


将軍に突き飛ばされる。何が、と聞くより素早く、彼は、司令の声と反対方向から飛び出した、杖を持った、長髪の男の相手をしていた。背後にも、剣士がいる。俺は、体勢を立て直し、剣士を引き受けた。


「マオルイ!」


剣士は、彼だった。表情のない顔で、味方である、俺に剣を振るう。茶色の目が、黄色く光っている。戦う時は、俺達はみな、こんな目になるが、今の彼の目は、普段とは異なっていた。焦点がないのだ。


俺は、正気に戻したくて、彼の名を呼んだが、無駄だった。剣の腕は俺の方がやや上だったが、マオルイは体格が良く、力が強い。今は、俺が加減している分、本気の彼とは勝負にならない。足を取られ、仰向けに転ぶ。


「戦え!」


将軍の声が聞こえた。


気がつくと、俺は立ち上がっていて、地面に、マオルイが倒れていた。意識は、まだある。だが、右側の腹を貫いた、俺の剣は血まみれだ。


「…俺は、アカネ様に仕えていた。マンヨウの都で。」


目の光は、僅かに戻っていた。


「反乱軍に追われて、追い詰められて、アカネ様は覚悟を決めた。俺もお供した。…アカネ様の目…最後の言葉、やっと思い出せた。」


マオルイは、微笑んでいた。俺は、なおも彼の名を呼んだが、彼は、否定するように、首を降った。


「ファンレイ、いや、誰でもいい。お前は、生きろ…。」


光が消える。もうマオルイは動かない。


彼の体から、何かが飛び出た。部屋の中を飛び回り、王座に向かう。だが、急に方向を変え、王座の隣の、一点に吸い込まれた。透明だが、暗く輝く、ガラスの壺が置いてある。その中に消えた。


“彼も『掘り出し物』だからな。”


棒の男が、壺に蓋をしながら、微笑んだ。その笑い方は、エパ師に似ていたが、髪は白くない。長く黒い。髭もない。若い男だ。


彼は、さっきまで、将軍と戦っていた。将軍はどうしたのか。


男が指を回す。促されてその指先をみる。将軍は、倒れていた。


右胸に、腕が通りそうなくらいの大きさの、穴が空いていた。血が出ていない。傷口が、凍っていた。


「将軍!これは…。」


こんな傷は見たこともないが、致命傷なのはわかる。頑丈な彼には、まだ少し息があった。


あの痩せた男に、この将軍が、負ける訳がない。あの時、俺に「戦え!」と言った時に、隙が出来、そこをやられた。そうとしか、思えなかった。


将軍は、力なく、俺を見つめた。微笑んでいる。


左手で、そっと俺の頬に触れるが、すぐに力が抜けた。


「今、外に。」


「駄目だ。奴を倒せ。倒せなければ、無駄になる。」


言葉がなかった。ただしゃがみこむ俺に、彼は、


「満足だ。『財宝』は守れたからな…。」


彼の手が、もう一度、俺に延びようとした。だが、傷口の氷が一気に溶け、血が吹き出し、将軍は、動かなくなった。


“できれば、彼も使いたかったが、仕方ないか。適正がない。”


俺は立ち上がり、痩せ男を睨み付けた。


“おやおや。私としては、傷を固めて、喋らせて差し上げたのに。最期の言葉を。”


口調はエパ師に似ていた。だが、顔や姿は別人だ。


「お前は…エパ師?」


“…ここでは、そうとも言えるな。だが、個体の識別など、本当はどうでもいいのだよ。”


壺は、小さいが、楽に手で持ち運ぶには、微妙な大きさだ。奴は、壺と俺を交互に見た。


“お前、私と一緒に来い。他の連中は、惜しい者もいたが、まあ取り替えは利く。だが、お前ほどの逸材は…”


俺は、奴が言い終わらないうちに、切りかかった。奴が誰なのか、どうでもいい。奴は俺の仲間を利用し、何度も死なせ、俺の記憶を踏みにじった。


俺の剣を、奴の杖が支えた。奴の目は、光ってはいない。力押しで勝てる、そう思って、一気に杖ごと切り下ろした。


奴は、真っ二つに避けた。同時に、細い剣は、閃光を放ち、あっさりと砕けた。


“それは…!”


何か叫んでいる。倒した。だが、俺の体からも、一気に力が抜けた。




俺は、死んだ。今度もそう思った。




甘い希望だった。


俺は、「死」を解っていなかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ