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蒼天の荒鷲・6

新書「蒼天の荒鷲」6(八人目)


ニルが渡してくれた荷物の中に、盾を見つけた。まだ新しい物だ。髪が蛇になった、中性的な男性の顔。女性かもしれない。魔物の意匠だが、悲しげな目をしている。

伯父の手紙に、

「約束した盾を贈る。」

とあった。魔除けのシンボルを刻んだ、軽いが頑丈な盾だった。

荷物は少なく簡素、予備の剣、服や何かの身の回りの品と、手紙。

古い日付の物は「ナヒータ・ウォン」、新しい物は「リューナ・レネギーナ」。

彼女の、清水のような青い瞳を思い返す。黒く真っ直ぐな髪、雪のような頬。意思の強さを感じさせる、引き締まった口元。細かい凝った刺繍入りの上着。

“母親がチューヤ人、父親はラッシル系と言ってた。”

“へえ、それで色白で黒髪か。”

“美人なだけじゃなく、巫女舞いと謡いが得意で、声が綺麗で、刺繍が上手い、だったな。”

ホンナを見た時、ファンレイの妻だった、ミィディエに似ている、と思った。彼女は、俺の身勝手な真実を苦にして、死んでしまった。そのせいか、彼女こそ幸せにするべきだと思った。

正直、違和感はあった。色白で黒髪、声は綺麗だった。だが、跳躍の必要な巫女舞いをやるようには、見えなかった。服は「染め分け」と呼ばれる、色とりどりの布地の物を着ていたが、刺繍はしていない。

妹のジュンナの位牌の前には、花を刺繍した服と、東方雉の白い羽飾りの冠が飾ってあった。この地方の花嫁衣装だ。

刺繍は晴れ着に使うものだとすると、ホンナが普段着にしてないのは、当たり前かと思った。だが、フロレスの他の女性は、普段から刺繍の服を着ている者もいた。

しかし、これらの事は、ほんの表面だ。

同じ幼馴染みの許嫁でも、ファイストスとしてホンナを見た時は、ファンレイとしてミィディエを見た時にくらべ、同等の物は感じなかった。恐らくだが、ファンレイにはミィディエは、もともと「好み」だったのたろう。コウ将軍に会った時、ファンレイにとっては大切な人には違いないのに、「思い出す」事がなかった。自分にはファンレイの記憶が無かったから当然なのだが、それでミィディエに向いていた思慕に説明を着けるとすると、そういう事だろう。

だから、ナヒータを見た瞬間、はっきりと解った。

ファイストス、彼が、愛を誓い、共に生きたいと願ったのは、この女性だ。そう確信するだけの物が込み上げた。

考えてみれば、ファイストスにしても、弟達にしても、すらりとした異国的な(今までの東方人としての見方からすると)容姿をしている。花嫁衣装の丈からすると、妹は小柄だったようだが、まだ少女だったのだから、それは自然だろう。

数回結婚した父親の好みが、外見の一番似ているファイストスに強く受け継がれた。これも自然な事だ。

退院の支度を整えながら、複雑な感情を噛み締めていた。ホンナを、ミィディエのような目に合わせなくて良かった、と見るべきか、ファイストスからナヒータを去らせてしまった、と考えるべきか。

俺にファイストスとしての記憶がない以上、遅いか早いかの違いだったかも知れないが。


退院する時は、トゥレルが駅まで送ってくれた。駅では、ニルが迎えに来ていた。二人でフロレスに戻ったが、ニルからは、

「おばあさんは、お寺の養老会館に預かって貰っている。体が丈夫だから、この前言ってた施設は無理だった。」

「例のハーブは、一鉢だけ持って行った。本当は、鉢栽培以外だと、許可がいる品種だが、フロレスでは土壌の差で、茎が育たないし、実も極端に小さいから、今までは大目にみて貰ってた。」

と、いない間の話を聞いた。

家には父とケイネブがいた。二人も、女中達も、色々と気遣ってくれた。女中はこの前とは顔ぶれが違い、人数が増えていた。会話を小耳に挟んだが、祖母の気難しさのせいで、女中は居着かなかったから、今までホンナを初め、親しい家から借りていた。他所の女中になら、借り物になるから、無下に出来ないからだ。だが、ホンナの家とは、「縁切れ」になった。祖母も外に出た事だし、新しく雇った。

祖母については、父から、

「寺の養老会館だと、看護師が地元の者じゃないから礼儀を知らんし、女中も質が悪いから、と嫌がるから、設備も不安だから、『甘根館』の別荘にした。」

と聞いた。ニルは、甘根館という団体を知らなかったようだが、父が説明をした。もともと街が郊外に持っていた別荘地(最近は廃れていた)を買い取り、静養の必要な老人を預かっている(富裕層に限るが)、最近出来た施設だった。

ケイネブは、事後承諾に対する不満をのべた後、あそこは、怪しいまじない用品を売り付ける人がいるとかで、評判は良くない、と言った。父は、少し言いにくそうに、

「実は養老会館の方から、『考えてくれ』といわれた。会館の看護師は、あくまでも看護師だから、お使いやお茶の支度は引き受けないんだが、それを分かっていなくて。金を渡したら引き受ける看護師もいるから話がややこしくなるんだが、本当は、そういうことは禁止されている。

別荘の方なら、看護師も女中も自分で雇える。アサド氏が、メイレイとタイナを当分貸してくれた。

怪しい連中もいるようだが、一部だし、余所者だから、母さんは付き合わないだろう。」

と説明した。ケイネブは、

「メイレイ達なら大丈夫だと思うけど、誰か訪ねてきたら、お祖母さんから、現金を隠すようにしないと。前の入院の時みたいななったら、お父さんも困るでしょう。」

と言った。ニルが追加で説明してくれたが、十年前、一度、キナンの病院に入院した時、父が当座の費用にと渡した金を、たった一日で、使い果たしたそうだ。見舞い客、同室の患者、看護師、女中に、惜しみ無く配って回ったからだ。

俺は、相槌だけで、口は挟まなかった。

ファイストスの祖母は、ファンレイの叔母に似た所があった。

シアン家の女性の中では、珍しく、庶民に嫁いだ人だった。彼女が結婚する時は、ファンレイの父親の浪費で、家が傾いていたため、財産のある庶民の家に嫁がされた。ただ、夫婦仲は良く、子宝にも恵まれた。男女合わせて十人もいた。二言目には、

「女の値打ちは子供で決まる。」

の人だったが、ソウエンの上流の婦人には、そういう考え方をする者は多いので、これだけなら、別になんという事はない。だが、長く子供が出来ないからと、俺にしきりと妾を薦めてくるのには閉口した。漸くして娘が産まれた時も、

「女の子しか産めないなら、別れなさい。」

と言ってきた。ミィディエに対して直接は言わなかったが、さすがに、その時は、暫く出入りを遠慮して貰った。

だが、その叔母一家は、ファンレイがトエンに捕らえられ、謀反を疑われた時に、連座で処刑されてしまった。スーマ氏やスイ氏が弁護してくれ、叔母と、末の従兄弟が処刑される直前に、恩赦が下った。だが、それ以外、叔父と、従兄弟達は、殺されてしまった。ファンレイが戻り、無実が証明されてから、財産も返して貰えたが、叔母は身も心も壊していて、間もなく亡くなった。

叔母は嫌いだった。しかし、無理矢理、自分の子供を跡取りに養子にしろ、と言ってこなかったぶん、まだ善良な人だったのかもしれない。だからなのか、祖母を見て、叔母を思い出した時、感じたのは罪悪感だった。

ファイストスが故郷を出たのは、祖母から逃げたかった、というのが理由の一つだろう。短い間だが、それは理解できた。しかし、俺には記憶がない。同じ気持ちで、祖母を見ることは出来ない。

「団欒」の仲、再び旅立つ日の事を考えていた。記憶がない俺の存在は、安定しかけた物を揺るがす。

話題を変えて、今年から果実も始める、と、熱心に語るケイネブを見ながら、新しい女中が作った、彼女のレシピのフロレス飯を口に入れた。



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