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目立たず静かに過ごしたい!  作者: 文月灯理
第四章 教えるのも試すのも楽じゃない
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学生の本分④

「……なんですね。それで──」



「…………疲れる」



「みんな一息いれないかしら?」



 勉強中の俺達に翡翠が話しかける。



 その手にはお菓子とジュースを乗せたお盆があった。しかもお菓子は見る限り翡翠のお手製だ。さっきから甘い匂いしてたけど、正体はこれか。手製のシュークリーム。



「そうだな。休憩するか」



 エリスの説明を聞きながら物理の問題を解いていたので頭が疲れている。糖分が欲しい俺はこれ幸いと勉強を中断した。



「はー、喉がカラカラです……」



 一時間喋りっぱなしだったからな。そりゃ喉が渇く。



「手が痛い……」



 梅森さんも書きっぱなしだったしな。ちらっと見た限りでは八割終わらせたみたいだ。このペースなら梅森さんは午前中に終わるな。



「これ、美味しそうですね」



 梅森さんは翡翠がテーブルに置いたお菓子を見て目を輝かせている。こういう時のお菓子は正に救いだからな。気持ちは分かる。



「どうぞ召し上がれ」



 そんな梅森さんを見てか、翡翠の機嫌も良さそうだ。声がルンルン気分になってる。



「「頂きます!」」



 エリスと梅森さんがシュークリームを口にする。



「美味しい!」



 最初に感想を述べたのはエリスだ。翡翠の菓子作りの腕は一流だからな。美味しいに決まっている。



「……これ、どこで売ってるんですか?」



 次に梅森さんが感想を口に出した。



「これは私が作ったのよ~」



「ホントですかスゴいです!」



 エリスは賞賛しながらも、バクバクともの凄い勢いでシュークリームを胃に収める。ちゃんと味わって食べて。理性が吹っ飛んでるぞ。



「作り方、教えてください!」



 梅森さんの方は理性があったようで、この味を再現しようとしてるみたいだ。翡翠の手製な以上、店では買えないからな。食べたくなったらまた家に来ないといけないし。良い判断だと思う。



「いいけど、まずは勉強を頑張ってからね?」



「はいっ!」



 明確な報酬が出来て、梅森さんのやる気が増した。これは予想外だが、やる気があるのはいいことだ。



 さて、俺もエリスに全部食われる前に食べとくか。



 ……と思ったのだがもうなかった。状況的にほとんどエリスが平らげたと思う。そんなに食べて体重は気にならないんだろうか。



 というか聖神楽土の教義に暴食は戒めるってやつなかったか? 大丈夫か幹部なのに。



 ……まあ育ちざかりだし、普段節制しているだろうからタカが外れたのかもしれない。気にしない方がいいのかな。



「それじゃあ、勉強に戻ろうか」



「はい」



「ふぁーい」



「お前はさっさとシュークリーム食べろ」



 エリスの口はリスのように、パンパンに膨らんでいた。



 エリス、普段どんな生活したらそんな食欲になるんだよ……。



 ちょっとエリスの食育関係が気になるところではあるが、それはまたの機会にしよう。



「っんぐ。……お待たせしました」



「はい、じゃあさっきの続きよろしく」



「分かりました! えーと……」



 こうして、勉強会午前の部は、エリスの日本史説明が約二分の一、梅森さんの公式写しが終了し幕が降りた。



 昼ご飯は翡翠が作ってくれたのを食べることに。今日の昼ごはんはカレーライスとコールスロー。




「鳴神さん、翡翠さん、頂きます」



「どうぞごゆっくり~」



「結構普通なんだな、聖神楽土式の挨拶とかなかったっけ?」



 確か結構長ったらしいのがあったはずだ。



「祈りのことですか? 別にあれは決められている訳じゃないので良いんですよ。食材と作ってくれた人、それに主への感謝の気持ちがあればそれでいいんです」



「そういうもんなのか」



「そういうもんです」



 本職が言ってるんだからそういうもんなんだろう。



「……これ、本当に美味しい!」



 一方梅森さんは翡翠のカレーに感動しているようだ。



 ……翡翠のカレーが凄いのか、梅森さんの感受性が凄いのか。うーむ、分からん。



「そんなに喜んでくれると嬉しくなっちゃうわね」



 目に見えて上機嫌になっている翡翠。



 だが、そんな翡翠をジッと見つめる視線があった。



「あの、少し聞きたいんですけど」



 その視線の主は梅森さんだった。



「俺に?」



「あ、鳴神君じゃなくて翡翠さんです」



「私? 何かしら?」



「翡翠さんって、鳴神君のお母さん……って訳じゃないですよね」



 ……この質問は!



(翡翠!)



(分かってるわよ~)



 表には決して出さないが焦っている俺とは対照的に、翡翠はいつもの穏やかな雰囲気を変えない。



 この質問の意図は、俺と翡翠との関係性。



 だから、次に出る言葉は決まっている。



「鳴神君と翡翠さんの関係って、何なんですか?」



 ──来た。



 絶対に来ると覚悟していたが、いざ目の前にすると落ち着かない。



「私と透さんの関係?」



「はい。差し支えなければなんですけど……」



 梅森さんの言葉には悪意は感じない。純粋な疑問として尋ねている。



 しかし、ここで言葉を濁す、ましてや答えないという選択を取るのは後々厄介なことになるのは明白。



 だが、こちらも無策というわけではない。きちんと答えを用意している。体育祭の時もそうだった。



 が、今はそれも使えない。



 何故なら、翡翠が俺との関係性を聞かれたときの答えは《母親》だったからだ。



 先程の会話で梅森さんが翡翠を俺の母親と思っていない以上、母親という関係を押し出しても効果が薄い。疑念が深まり、やがて真実に辿り着くだろう。



 それだけは絶対に避けねばならない。目立たず三年間を過ごしたい俺の気持ちと、依頼遂行の妨げになる。



 公私の理由で、そこに辿り着かせるわけにはいかない。けれど親友に隠し事をしている後ろめたさも、親友を信じきれない己の弱さがある。



 それでも。



 絶対に。



 俺の正体と知られてはいけない。



 あの過去に、辿り着く者がいないとも限らないのだから。



「別に隠すことじゃないからいいけど?」



(翡翠っ!)



(まあまあ、落ちついて透さん) 



「私はこのシェアハウスの家政婦なの。ここに住んでるから、住み込みの家政婦ね」



 ……そうか、その手があったか!



「ということは他に誰かいるんですか?」



「ええ、今日はみんなで出かけているけどね」



「そうだったんですね」



 シェアハウス。それは思いつかなかったな。



 シェアハウスという事にすれば、万が一みんなが帰ってきて鉢合わせになっても説明がしやすい。その場しのぎではなく、先の事を考えての嘘。



(ありがとう翡翠。いい作戦だ)



(伊達に透さんよりも生きてる訳じゃないわ~)



 そりゃ翡翠は神霊だからなあ。



「あれ、でも表札は鳴神ってなってましたけど……」



 ……っ!



(透さん、後よろしく~)



(そこは考えてないのか……)



 とはいえ、翡翠を責めるのは筋違いだ。



 翡翠が首の皮一枚繋げてくれたこの状況、生かすも殺すも俺次第。



 一応主なんだ。式神の報いに応えなくてどうする!



 ……よし、これで行くか。



「元々俺の両親が建てた家なんだが、父さんの転勤で母さんも付いて行ったから俺一人になっちゃって。そしたら二人とも心配だ―とかいって勝手にシェアハウスにしちゃったんだよ」



 二人の会話に混ざり説明する。



 咄嗟の言い訳じみた説明だが、これで通じるか……?



「そうだったんだね」



 よし、何とか突き通したぞ!



 梅森さんの様子を見る限り、納得したような表情だ。



 後ろめたさもあるが……それはもう仕方ない。



(翡翠、ありがとうな)



(主を助けるのも式神の務めだからね~)



 功労者にお礼を言う。



 だが、実はもう一人功労者がいる。



 それは、こちらのことを知っているにも関わらず話に入ってこなかったエリスだ。この嘘は、式神の事を知るエリスが黙っていないと成立しなかった。



(翡翠、エリスに何か美味しいものを)



(はーい)



かくして、影の功労者であるエリスは追加トッピングに目を輝かせ、お昼ご飯を食べた。


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