異能バトルロイヤル①
体育祭もいよいよ最終日。俺は昨日と同じく所定の位置で待機していた。
今日の競技は《異能バトルロイヤル》。中学生から参加できる競技で、会場はここ異能競技場のグラウンドで行われる。
ルールは至極単純。潰し合い。
時間制限が来るまで敵を倒し続けるサバイバルみたいな競技で、中学生から参加可能なのはこの性質のせい。安全対策は万全とは言え身体が小さいと危ないからね。
それに戦闘向けの異能者ばかりなのも関係している。それらの理由があってこの最終日だけは強制参加ではなく任意参加となっている。
昔は誰でも参加可能だったのが、小学生でトラウマになり不登校になってしまった子がいたらしく制限がついたのだ。
ということで、俺は参加せずに観客席で応援でもしようかと思っている。昨日でエネルギー使いすぎたし、戦闘向けの異能でもないしな。
……そのつもり、だったんだけどね。
「…………」
何故か俺の隣に、秋奈が座っています。
秋奈は無表情のまま、どこを見ているのか分からない。しかし俺にぴったりと密着している。
「……秋奈」
「……何?」
「どうしてここに?」
「学校休みだから」
確かに今日は土曜日。普通の学校なら休みだ。
けれど聞きたいのはそういうことではなく。
「友達と遊びに行くとか、家でゆっくりするとか……色々あったろ」
「私がいると嫌なの?」
こちらを見てくる秋奈。全く変わらず無表情だが、長年付き合ってきた俺には分かる。むくれている。どうしてか不満げらしい。
「いや、そうじゃなくてだな……」
秋奈は人見知りだが、気心知れた仲の人には曖昧なことが嫌いな性格が出てくる。こういう時は変に誤魔化さずはっきりと言った方がいい。
「仕事のこともあるし、見られるの恥ずかしいんだけど」
「大丈夫、仕事のことは言わないから」
コンプライアンスがしっかりした子に育って……。
「何イチャついてんのよあんたら」
そんな姿を見かねたのか、紅葉がツッコミを入れる。
「イチャついてた訳じゃないんだが」
紅葉に抗議すると、
「そんなの分かってるわよ。冗談を指摘するんじゃないの」
不機嫌そうにそっぽを向いた紅葉。まだ扱い方が上手くないらしい。
「それはそうと、マスターは参加しないのかい?」
売店で売られている飲み物の手に持った光明が話しかけてきた。
「あー……現在検討中」
「検討中って……開始時間あと三分ないぐらいじゃないか」
「……まあそうなんだけど」
正直言ってやる気が出ない。昨日はっちゃけたということもあるが、やはり学生同士で戦い合うっていうのがどうも受け入れられていない。どうもアンフェアって感じがする。こっちは現人神でかつ二十三歳。それが何となく枷になっている気がする。
いやこれも仕事の一環と割り切れば抵抗は無いし、現人神と言っても容易にその力を発揮できるわけでもない。なのだが……。
「やっぱりなー……俺が参加していいのかな?」
この疑問は解決には至らなかった。
「そんなの知らないわよ」
「せっかくの機会なんだから頑張ってみるのはどうかい?」
紅葉は我関せずと言った感じで、光明は後押ししてくれた。
「銀華的にはやって後悔するのがいいと思う」
「銀華……いたのか」
いつの間にか秋奈の両肩に手を置いている銀華がいた。
つーか秋奈の護衛を任せているんだからいるのは当然か。これは失念していたな。
「そーそー、銀華の言う通りだよ透」
どこからともなく現れた金鈴。部屋着でないことに安心したが……。それ上下とも俺の服じゃんか。いい加減自分の服を買え。
「お前良いのか家から出て」
「いいんだよ。家には翡翠と紫苑がいるからねえ」
金鈴には自宅警備員を任せていたのだが、どうやら今日は休暇らしい。
「透の事だからどーせ目立ちたくないとかでしょ」
「…………」
「別に大丈夫だと思うけどねー。こんなところで暴れまわっても大した問題じゃないでしょ? 友達
も全然いないんだからさ」
「いやいるからな?」
エリス……は少し違うかもしれないが、梅森さんや正彦がいるからな?
「悪目立ちするかもしれないけど、それはそれだし。仕事の方にも影響はないでしょ? 今までもそうだったんだし」
確かに俺の仕事に影響はないだろうけど。
俺の仕事は魔物研究所で実験している時に魔物が暴走したら退治するだけの簡単な仕事。しかも時間帯は放課後か土日だ。俺が目立つことでこの仕事に支障が出るかと言われれば……出ないだろうな。
「それにあたしたちは透が活躍してるのを観に来たんだよ」
「そうだそうだー」
間延びした声で銀華が同意する。
「わ、私は別に……」
「紅葉は仕事に同行してるからいいかもしれないけど、僕なんかは三日月の共鳴の仕事でついて行けないからね。せっかくの機会だし観てみたいかな」
「お前ら……」
他ならぬ式神達が観たいというならそれもアリか?
「秋奈はどう?」
金鈴が秋奈に問いかける。
「私は、透の好きにすればいいと思う」
「そうか……」
金鈴の言葉を元に考えてみると、俺は過度に目立つことを怖がっていたと今なら思う。昔の事がトラウマになっているのは間違いないが、それのせいで過大評価してしまった。そろそろ、過去から脱却しないといけないのかも。これがいい機会なのか?
「……そうだな。やってみるか」
挑戦は大事。それにもし目立って何もなかったら、俺の人生が変わるきっかけになるかもしれない。
熟考? の末に参加することにした。
意を決し立ち上がると──
『参加受付は終了いたしました。これより異能バトルロイヤルを開始します』
「あっ……」
時間かけすぎたな……。宣言と同時に結界が張られる。
「全く、なにやってんのよアンタは!」
乗り気でなかった紅葉が烈火の如く怒りだした。
「なんだ。紅葉が一番見たかったんじゃん」
「金鈴うるさい!」
「へーへー」
紅葉が暴走気味になってるな。《炎天弓》出しそうな予感がする。学校で暴れられたら困るし、何とかして宥めないと。
「落ち着けって。ただの体育祭なんだからそんなに怒らなくてもいいじゃねえか」
「怒ってないわよ!」
顔真っ赤にして言っても説得力ないぞ。
「マスターの活躍が観られないのは残念だけど、あんまり騒いだら迷惑になるから、ね?」
「うっ……それもそうね」
光明が宥めると紅葉が素直に受け入れ怒りを収めた。精霊としての格は光明の方が上だからなあ……でもなんで俺の話は素直に聞いてくれないんだろう。
「……せっかく出し観て行ったら?」
俺が言えることなんてそれぐらいだろう。皆の目的は果たせなかったのは俺の決断の遅さのせいだし。
「マスターの言うことも尤もだね。過ぎたことは仕方ない。今をどうするか考えよう」
「そうね」
「あたしも観戦するかー」
「私も」
「銀華もそれに一票」
意見は纏まった。式神達は空いてる席に座ってグラウンドを観る。競技中は専用の結界が張られ、グラウンドから飛んでくる流れ弾を全てカットし、戦っている姿と音声だけが結界を通過する。
つまり、観客は安全に競技を観戦できる。勿論、競技中選手たちは怪我を負うことはない。いつものように蓄積限界を超えると結界外へ弾き出される。
そして今、安心安全の戦場と化したグラウンドでは、参加者たちが熾烈な争いを続けている。
「成程、そういうことなんだね」
鋭い視線を戦場に送っている光明が呟いた。
「何か気になることでもあったか」
「生徒達の現実、かな?」
もったいぶって話す光明。
「あー、これは確かに……分かりやすい」
それに金鈴が乗っかった。
「えっちょっと何の話してんのよ」
一方紅葉は何のことか分からない様子。
「…………」
銀華は特に反応はなく、同様に秋奈にも目立った様子はない。
「さっきから見てるとね、誰も彼も同じような展開ばかりなんだ。これは目立つよ」
見た感じあちらこちらで小規模な戦いが繰り広げられている。しかしその殆どが同じ戦い方だった。
「何かおかしな動きしている人もいるけどねー。何か動き回ってるだけのとか」
「分かるように説明しなさい」
紅葉が考えることを放棄した。
「先程から防戦一方な人と攻戦一方な人ばかりなんだ。集団で戦っている人達も同じようにね」
「普通なら一方的っていうのは戦力に差がある時に起こるものじゃん? でも学生の身でそこまで戦力が離れる?」
「考えられるのは二つ。金鈴が言った通り戦力に差があるか。もう一つは、防御もしくは攻撃しかできないか。マスターは何か知ってるかな?」
流石の光明の分析力。もう答え出してるじゃん。
「恐らく、防御してるのは術者だ。そして攻撃してるのは異能者だろうな」
つまり、異能者VS術者という構図が出来上がっているのだ。そりゃ異能者は術者を狙うよな。日頃から弱いと罵りなおかつ反撃手段の無い術者は格好の餌食だから。この競技、撃破数に応じて得点
が加算されるし。
光明の言う通り、生徒達の現実が浮き彫りになっていると言って差し支えない。
「でしょう?」
明敏な光明が自慢げに言ったしたその時、戦況が変化した。
「どうやら集団戦にシフトしたみたいだね。現状どちらも決め手に欠けていたからそうなるのも分かるけど」
術者でもひたすら防御に徹すれば持ちこたえるのは当然だ。それができるように作ってある。
弱いと言ってもそれは他者干渉能力を基準とした異能者の勝手な評価。術式は優れた異能者とも対抗し、危機から身を守ることが本質。そう簡単に突破されるようには作ってないんだよ。
「多分動き回ってる人が促したんじゃない? 仲間を募った感じ?」
さっきから光明と金鈴ばかり話してるな。紅葉がついて行けてないぞ。銀華と秋奈は最初から付い
て行ってないので除外。
見ると防御側に回っていた術者が集まり《万里土城壁》を作り出した。小規模戦闘が大規模な対抗戦に変わった瞬間だ。
これを見た異能者たちも集まりだし《万里土城壁》に攻撃を繰り出す。どちらも組とか関係なく結束している。ルール上問題ないけどこれ試合になってる?
「あれは……」
《万里土城壁》の上に人影が見える。こちらが見上げる形になるから明確な人数は分からないが、上から攻撃を始めた。
術者側に異能者がいるようだ。プライドが高い奴らが術者と組むとは考えにくいから、差別意識が無い異能者だろう。単純な術者対異能者という構図ではないのか。
『聞け!』
突如、男性の声が異能競技場に響き渡る。
この声は……どこかで聞いたような。
『俺達は選民思想を持つ異能者に理不尽な暴力を受けている!』
突然の告白に会場全体が騒然とする。
『彼ら異能者は自分が優れているという妄想に取り憑かれ、理不尽な暴力を俺達に振るっている! 今まで耐え忍んできたが、それももう限界だ! だからここで、この勝負に勝ちお前たちよりも優れていると、ここに証明し理不尽な暴力を消す! 覚悟は良いか!』
……何かとんでもないことになってない?
彼らの言う通り理不尽な暴力──いじめがあることは俺も知っているし現場も見た。それをどうにか無くそうとするならば、確かに実力で分からせるというのも手ではある。
家の歴史が長く力もあるからそうでない者を下賎と称し扱ってきた奴らの意識を変えるには、戦って勝つのが手っ取り早い。
そして体育祭という状況も良い。競技という事実がある以上、そこから逸脱しない限り学校側が競技を止める正当な理由はない。いじめと競技は別問題だからな。
さらに父兄が観戦に来ているこの状況。勝敗はどうあれ父兄がこの問題について取り上げない訳がない。割合的には一般家庭の方が多いからなこの学園。
どちらにしろ学園側にも責任があるのは明白。理事長には申し訳ないが、立派な教育者になるための試練と考えてもらいたい。
懸念すべきことはこれが暴動に発展しないかどうかだ。被害者側の言ってることは正しいし、やってることもおかしな話ではない。
だからと言って暴動に発展したら学園側も対処しないといけない。この企みを成立させたいならエスカレートしないように誰かが手綱を握る必要がある。今演説した人にそれができるか分からないけど。
などと色々考えてみたが、結局俺には一切関係がないのだ。参加しているわけでもなし、いじめをしている訳でもいじめられている訳でもないから、被害も加害もないんだよね俺。
正に対岸の火事。介入しようとも思わない。理事長が止めるように依頼を出しても受諾しようとは思わない。
なので俺がやれることと言えば……こうして眺めているだけだ。
「ねえ透、……これ何?」
「そうだなあ……ドロドロ?」
「マスター、そんな昼ドラみたいな言い方……」
「他に思い付かないんだ」
「ZZZ……」
「銀華寝てるし……もう」
光明がまとめ役みたいになってる。苦労を掛けてすまない。
「鳴神さん、ここにいたんですね!」
声のする方に振り向くと、こちらに走ってくるエリスの姿があった。
「どうしたんだ?」
「急ぎ、伝えないといけないことがありまして」
肩を上下させている。余程走り回っていたんだろう。
「とりあえず息を整えて。話はその後聞く」
(銀華、秋奈を関わらせないように)
(了解)
銀華に秋奈を幻術で眠らせるように指示する。
「す、すみません……」
深呼吸をして息を整えていく。
「それでですね、話と言うのは仕事のことです」
「何か分かったのか?」
「ええ。啓示によると、あの中にアルカナ構成員がいます」
エリスが目線を移動させた方向はグラウンド。
今戦っている参加者たちの誰かがアルカナ構成員がいるのか。
「理事長には連絡したか?」
「はい、異能を使って割り出すと言っていました」
《箱庭の支配者》ってそんなこともできるのかよ。
「なら時間の問題か」
理事長が出来ると言ったならできるだろう。必要なのは時間だけだな。調査が終わるまでに準備を
しておこう。仕事の始まりだ。
「銀華、秋奈を頼む」
「はーい」
「金鈴、光明、紅葉は待機。場合によっては戦闘になる。各自準備してくれ」
「分かったよマスター」
「言われずともやるわよ」
「メンドイけどやるっきゃないか」
俺も……準備をしないと。場合によってはあの戦場へ突撃しないといけないかもしれないし。
「《左手に天 右手に地 天の星々に輝きを 地の花束に慈しみを 循環 天道印・地道紋》!」
普通なら詠唱無しで召喚する《天道印・地道紋》を詠唱で召喚する。こっちのほうが召喚時の呪力消
費少ないし。
「鳴神さん、それって《呪文詠唱》ですよね! 日本語初めて聞きました!」
何で感激してんの……? そんなに珍しいか?
「他には、他にはありませんか!?」
「あるけど今出す必要ないだろ……」
何だかよく分からないけどグイグイ来る。詠唱好きの人って初めて見たな。最近は無詠唱が主流だから物珍しさがあったのか?
それとも単に日本式の詠唱に興味があったのか……どちらにしろ、俺の仕事には左程も影響しない。
詠唱を求められると恥ずかしさはあるけどな。基本的に自分で考えたものだしな。
「──ここにいたのね」
背後から理事長が階段を下りてやって来た。一応非常事態だと思うのだが、その表情は少し硬いが
一片の焦りもない。
「状況はどうです」
「あまり良くないわ。《箱庭の支配者》を使っても索敵が難しいわね。結界に集中しないといけないのが厳しいところよ」
「それもそうだな」
アルカナ構成員を探すのも安全上大事なことだが、それを注視したあまり今競技中の生徒の安全を疎かにしていい理由にはならない。
「できればタロットカードを使ってくれれば有難いのだけどね」
「カード?」
「アルカナ構成員は何らかの異能を付与されたタロットカードを所持しているんです」
俺の疑問にエリスが答えた。
「コードネームもそのカードから採用されているそうです」
「あー、そう言えば風祭も《輝星》とか言われてたっけ」
あれはそういうことだったのか。タロットカードに造詣が深くないから気づかなかった。
そしてエリスの情報に驚いた。多分政府ですら把握していない情報だぞ。ことさらに現人神連合の情報を知っていないことに疑問を感じるが。
もしかしてエリスの啓示って、本当に必要な情報だけが降りてくるのか?
「……エリス、そのタロットカードの異能って判明してるのか?」
「……してないです」
してないのか。それならサーチしても意味ないか?
「でも使う時にはカードに魔力反応が起こるのは確実なので」
魔力反応……つまり呪力を使えば分かるのか。
「そうなのか。なら大丈夫……か?」
結局のところ、構成員が異能を使わないことにはこちらの打つ手がないのか。何とも歯痒い感じだ。
「──おやおや、まさかこんなところでまた会うとは」
突然聞き覚えのある、そして絶対に聞きたくないと思っているのに鮮明に聞こえた声。
「短期間で二度も会うとは、やはり僕と鳴神君には運命的なものがあるのかな?」
白スーツに白ハット。黒い杖を左手で持つ男。
「……八十神」
俺の敵がそこにいた。
「そんな殺意を出さないでくれ。今日君と出会ったのは僕の想定外なのだから。それとも、周囲の人を巻き添えにしたいのかな?」
「…………」
漏れ出た殺気を戻す。一割にも満たない殺気だが、一般人に危害を出すには十分な量だった。周囲が般人カテゴライズされない人たちで良かった。
「……何ですかこの人……っ!」
「エリス?」
八十神を見たエリスがあり得ないようなものを見たように怯えている。
「この人、何で肉体に魂が六つもあるんですか……!」
魂が、六つ?
もしかして、あの時殺せなかったのは……。
「おや、そちらのお嬢さんには分かるのか。素晴らしいな」
八十神がエリスを賞賛する。
「ちょっと貴方、生徒に何の用ですか」
怯えるエリスを守るように理事長が前に出る。状況を察した式神達は秋奈を囲んで防御態に入る。
「理事長、あまり前に出ないでください」
理事長の隣に立ち、いつ八十神が仕掛けてきてもいいように《天道印・地道紋》を発動。呪力が身
体に満ちる。
「生徒に用はない。ただ、手を差し伸べた彼のために少しは手伝ってあげないとね」
彼……? ここにきて新たな人物が登場したな。
「そう、いわゆる──」
八十神はハットを深く被り、
「時間稼ぎ、というやつだ」
「──っ、これは!」
その瞬間、理事長がグラウンドに勢いよく視線を移した。
「どうしたんです、理事長」
「……《箱庭の支配者》が、使えなくなった」
……え?
「一体どういうこと!?」
「どうやら彼は上手くやったようだ。なら僕はこれで退散するかな」
「待て!」
《絶対王制》を手から出して八十神を縛り上げる。《絶対王制》の拘束なら呪力を放出できなくなる。お得意の転移は使えない。
「おっと」
しかし、八十神はひらりと《絶対王制》を躱した。
「危ない危ない」
そう言った八十神はどこか楽しそうだ。
「……そうだ。せっかくだし君達の活躍を見せてもらおう」
何が《そう》なのか分からないが聞いてもないことを語り出した。
「幾つかヒントを出そう。そこの彼女の異能は使えなくなっただけで失われてはいない。権限が奪われただけだ。奪った誰かを斃せば元に戻る」
「奪った奴は誰だ」
「この騒動を引き起こした彼さ。君も声に聞き覚えはあるだろう?」
聞き覚え……。
「前山か!」
そう、昨日いじめに遭っていた彼だ。
「その通り。奪ったのは彼だ」
何でコイツは前山と俺が接触したことを知ってんだ。
いや、最初からそう仕組んでいたのか?
「そして大ヒント。奪ったのは利用権だけだ。さらに彼は純粋な異能者ではなく、また本来の持ち主でもない。つまり全権を振るうことはできない。奪った理由は他から邪魔をされないため。だからこの競技が終了次第返却する予定だ」
「……だから邪魔するな、とでも言いたいのか」
「まさか! それは君が決めることだろう。僕には関係ないじゃないか」
何を当たり前なことを、っていう態度だな。
「僕は君がどうするかが観たい。彼は自分の為だけではなく、他の誰かのためにこの状況を変えたい
と願った善人だ。それを知ってなお、君がどう選択するのか。そしてどのように行動するのかが観たい。今の僕の偽らざる思いだ」
冗談を言っているようには聞こえない。
八十神は純真たる思いで、俺がどう決め、どう動くかが観たいと感じている。例え、救いを求めた前山の思いを挫くことになっても。
「……最後にこれだけは聞かせろ」
これだけ喋ったのだから、恐らく答えるはずだ。何故か機嫌が良いからな。
「前山は、アルカナのメンバーか」
そう尋ねると、八十神は表情を変えず答えた。
「彼はメンバーではないよ。僕が勝手に席を譲ったからね」
それはつまり──
「本来のメンバー《悪魔》はこの僕、八十神陣さ。カードを譲ったからもう僕自体はアルカナと関係ないけどね」
「悪魔……!」
《悪魔》と聞いて、今まで後ろにいたエリスが声を上げる。
「これ以上は自分で考えることだね」
そう言って八十神は姿を消した。
「……良かったの? 逃がして」
傍に寄ってきた金鈴が尋ねてきた。
「……今はこっちの方が先かな」
八十神を捕まえるよりも、八十神が唆した前山をどうにかした方が良いと感じた。
八十神がこれまでしてきたことを考えれば真っ先にも捕まえたいところだが、先の動きから《絶対王制》は警戒されていた。そんな状態でこの場で戦っても長期戦は確実だし、いきなりのことでこちらの準備ができておらず、勝算は低い。
それに理事長のや秋奈がいること、八十神に怯えていたエリス。この状況で戦闘に突入するのは被害を考えると足が出なかった。
苦渋の決断ではあるが、やむを得ない。またの機会に持ち越そう。
「理事長、体調に変化はないですか?」
「ええ、そっちは問題ないわ」
理事長は問題無し。異能の権限を奪われるという普通であれば霊障を患い人体に損傷を与えるよう
な事態だが、無事で一安心だ。
「銀華、秋奈の様子は?」
「ぐっすり眠ってる」
「そうか。エリスは……」
「だ、大丈夫です! それと、一つお伝えしなければならないことが……」
未だ怯えが残る表情で、エリスが声を振り絞る。
「あの八十神という人ですが……恐らくあの人が真正悪魔を作った人、いえ、そのものです」
「……啓示が降りたのか?」
「はい、あの人を見た瞬間に。間違いないと思います」
ならばエリスの討伐対象は八十神に決定したことになる。俺の敵が聖神楽土にとっての敵になるとは予想していなかったが。いや、まだ確定事項ではないな。それは聖神楽土の幹部が決めることだ。
「……しかし、どうするか」
八十神の言葉を信じるなら、前山はアルカナとしての力は持つが正規メンバーではない。現人神の仕事の観点から考えると割とグレーゾーン。黒に近い灰色だ。正規メンバーでないのなら、アルカナについての情報もほとんど持ってないと見ていい。
俺自身、前山の主張は理解できる。いじめは良くないことであると思うし、それを変えるために行動したことについては評価できる。それに術者側の参加者は前山の主張に賛同しているから戦っているのだろう。
それを異能者と術者の確執を産んだ一端、いや元凶ともいえる術式開発者として、仲裁に入る資格はない。
一方で、理事長の異能を奪ったことは擁護する気は一切ない。
異能を奪う。言葉にすれば簡単なことだが、実際行動に移すとなると超難問。
異能は生物の三要素である肉体・精神・魂と密接に関わっている。異能とは、魂によって異能特性が決まり、異能は肉体に宿り、精神によって成長する。
異能を奪うということは、この三つから無理矢理引き剥がすということ。そんなことをしたら普通死ぬ。運が良ければ致命傷。綾乃の今の状態は奇跡と言って差し支えない。
だからこそ、早くどうにかしなければ。
いつ綾乃の状態が悪くなってもおかしくない。俺は綾乃の命を優先する。
「エリスはどうする?」
「私ですか? そうですね……一刻も早くこのことを聖堂に報告したいです」
それもそうか。それが任務だもんな。
「……ねえマスター。ちょっと気になったんだけど」
口を開いたのは眠っている秋奈に連れ添っていた光明。
「どうした?」
「戦っている人たちが怪我をしてるんだけど」
「何ですって!?」
俺より早く反応したのは理事長だった。
理事長は手すりに両手を置き、身を乗り出してグラウンドを隈なく視界に収めようとしていた。
俺も《遠見》を使って確認すると、確かに腕や額、足から血を流している人が少なからずいた。
しかし参加者たちはそんなことを気にしないかのように戦っている。
「どういうこと……!? 設定ではこんなことにならないはず……!」
そうつぶやいたのは理事長。その顔には困惑が見て取れる。異能の権限を奪われた時よりも深刻そうだ。
「うわ、これ競技の域超えてるじゃない」
引きながらも紅葉が喋る。確かにこれは異常だ。
「誰か止めないのこれ。審判はいないの?」
「……審判はいないわ。元々バトルロイヤルを想定してたから、その中に審判を配置するのは危険だもの。その代わりに安全対策を結界に施したのに」
理事長が深刻な面持ちで答える。
「その結界ってさ、理事長さんの異能?」
そう尋ねたのは金鈴だ。
「ええ、そうよ」
「じゃあその異能を奪った前山ってのが異能を扱えてないんじゃない?」
「……多分そうだろうな」
《箱庭の支配者》は限定範囲内であれば無類の強さを誇る。しかしそれは呪力消費が半端ではないことでもある。
奪ったとは言えまともな人間が運用できるとは到底思えない。確実に前山が扱いきれていない。
「理事長、ここにいましたか」
雨宮さんが走ってきた。
「何かあったの?」
「保護者の方たちから子どもが怪我をしていると苦情が。それといじめの件について説明を求めていらっしゃいます」
「……そうよね。当然か」
「何かあったのですか?」
理事長の深刻な雰囲気に気が付いたのか雨宮さんが尋ねる。
「実はね──」
理事長が事情を説明する。
「成程、そういうことですか。……対応はいかがなさいますか?」
「そうね。……鳴神君、申し訳ないけど依頼の追加をしていいかしら」
「いいぞ。どんとこい」
胸を拳で軽くたたく俺。
「首謀者と思わしき生徒を止めて」
この一言で決心した。。
「承った」
さーて、お仕事の時間だ。
「金鈴は秋奈を頼む。紅葉、光明、銀華はついてこい」
式神達にそれぞれ指示を飛ばす。
「あの、私もご一緒して構いませんか? お役に立てないとは思うのですが……」
エリスが名乗りを挙げる。
「身の安全は保障しかねるけど」
「構いません」
やる気はあるみたいだな。理由は分からないけど……戦力としては未知数なので正直数えていいか分からないが、本人がやる気なら少なくとも勝算はあるんだろう。俺の知らない何かが。
「それじゃ行くぞ」
「どこに行くのよ」
「術者側。その裏手だ」
「後ろから奇襲をかけるのかい?」
前山が首謀者なら、倒すべき相手である異能者側の方にはいない。術者の結束から考えると、金鈴が言っていた変な動きをしていた参加者が前山だと考えていい。もし始まる前に準備をしていたなら競技開始直後にこの展開になっているはずだ。
「そういうこと。行くぞ!」




