エリスの真意
「まあそういうことがあって連れてきた」
「エリスです。よろしくお願いします!」
午後の部が終わり俺とエリス、そして紫苑と家に帰ってきた。住まいが違う蒼司、雷夢、翔鷹は一緒ではない。
今は紫苑が部屋に戻り、偶然リビングに居た夜鶴、秋奈、翡翠が自己紹介を兼ねて話を聞いていた。紅葉と金鈴は知らん
「……まさかこっちの娘だったとは。あの小動物系ではなく……?」
話を聞いた夜鶴が何かブツブツと小声で言っている。何を言っているのかは聞き取れないが、、こ
ちらに一切目を合わせないその様子は、いつもの陽気な夜鶴とは違い仕事に連れてった時の本気モー
ドに似ている。
「仕事、お疲れ様」
秋奈は感情を見せずに労ってくれた。ただし、翡翠の背に隠れながらだが。いつものように人見知りモードに入っている。
「そうなのね。……エリスさん」
見た感じ納得した翡翠は、エリスに問いかける。
「何でしょう」
エリスが神妙な表情になる。
「……遅くなりそうなら晩ご飯食べていくかしら?」
「え、……いえ、そこまでご厄介になるわけにはいきません。それにすぐに終わることですので」
警戒していたようだが、それが全くの見当違いで肩透かしを喰らったようだ。
「じゃあ早めに終わらせるか」
「あ、ちょっと待ってください。余り人に聞かれるのは……」
「分かってるよ。俺の部屋で良ければそこで聞くから」
「分かりました」
「決まりだな。部屋は二階だからついて来てくれ」
「はい」
ということで俺とエリスは自室に移動した。
「……透様の部屋で二人きり!?」
階段登っている時に夜鶴が叫んでいたがあんまり聞き取れなかった。ドア閉めたせいで防音効果が高まったか。
聞こえなかったことを考えても仕方がないので、さっさと部屋に入ろう。
エリスを部屋に招き入れる。
「結構綺麗にしてるんですね」
「細部は大雑把だけどな」
机の上とか散らかしっぱなしだしな。勉強した跡だから見られても問題はないけど。
「それで良いと思いますよ。常に綺麗にするのは大変ですから。多少の手抜きは仕方ないです」
「そういうもんか……」
世間との間隔のズレはそんなにひどくないようだ。宗教団体の幹部で外国人のエリスを世間代表にして良いものか分からんが。
おっと、話が逸れてしまった。
「それで、何の話を聞きたい」
迷路攻略情報を出されていたので、次はこちらの番だ。
「そうですね。現人神連合という名前の組織は調べて分かったんですが、実態が分からなくて。一応私《聖人》何ですけど、それでも分からないのはおかしいなと」
「え、何。エリス《聖人》なのか!?」
「はい。……あれ、言ってませんでしたっけ」
「言ってないよ……」
突然のワードに驚いたが、エリスの当然のような反応を見て落ち着きを取り戻す。
《聖人》は宗教的意味と異能神霊学的に別れそれぞれ意味が違う。エリスが言っているのは後者だ。前者は死なないとなれないからな。
そして、異能神霊学的意味は《七大天使のどれかが洗礼を受けた時に守護天使が守る人》という意
味だ。
要するに《聖人》は世界に七人しかいないから、単純にレア度が高いのだ。何なら現人神よりもレア度が高い。現人神は日本でしか顕現しないのに対し《聖人》は世界規模だからな。母数が違う。
でもこれでエリスの異能の正体が分かった。
「……もしかしてエリスの守護天使ってガブリエル?」
「正解です」
あっさりと認めたよこの子。
水と情報を司る七大天使の一角、ガブリエル。
「それはさておき、現人神連合の実態だったな」
「はい。私達的にはちょっと難しい扱いなんですよね。聖神楽土は一神教ですから、他の神の存在は認めてないんです。ですがそうしてしまうと昔の過ちを繰り返して宗教戦争を引き起こしかねないので……」
エリスの言い分は分かる。歴史的にも聖神楽土は宗教戦争を引き起こした過ちがある。今の時代、そ
れをすると内外問わず批判殺到するだろう。
「だから現人神連合を調査すると?」
「はい、教義的に問題が無いか調査するのも私の仕事なんです」
するのも、か。他にも仕事があるのか。
「なるほどねえ。多分問題ないと思うけどな。俺そっちの教義詳しくないけど。……で何から聞きたい?」
「それですね、まず活動についてです」
「活動は特になし」
「な、無いんですか?」
呆気にとられたエリスだが、事実なんだよなあ。
「現人神連合はな、絶大な力を持つ現人神が社会に被害をもたらさないように相互監視する組織だ。だから組織として何か活動してる訳じゃない。強いて言えば監視ぐらいだ。だけど個人では活動してる」
「個人では何をしているんですか?」
「普通の会社で働いたり、俺みたいに学校行ってたりする。まあ普通の人と何ら変わらないよ。ただ
現人神は法律上国家特務公務員扱いで、時々政府の依頼を受けたりする」
「依頼、ですか」
「ああ。けど拒否が出来る。俺達現人神は日本という社会の一員だが、同時に社会から外れた存在でもある」
「と、言うと」
「簡単に言えば憲法や法律の影響は国家特務公務員条項以外ない。これでも一応神様扱いなんだ」
「……暴走する可能性は無いんですか?」
「あるにはあるが、それを防ぐのが現人神連合の役割だ」
「……そうですか」
「まあ、そういうわけだけど教義的にはオーケーなのか?」
「……恐らく、大丈夫だと思います。危険性があると言って暴走する人はいるかもしれませんけど」
「……そんな物騒な人いるの?」
「……いますよ。残念ながら」
エリスが目を右斜め下に逸らす。表情からも憂鬱な気持ちが溢れ出ている。……相当苦労しているようだ。
「悪い人ではないんですが、どうも信者を守ることになると激情的になりまして……論理的に説明しても聞いてくれず……最終的には教皇様が力ずくで抑えるんですよね」
「それは……なんというか、ご愁傷様です」
これは秘密にしよう。信者の人が聞いたら何て思うか……。
「今はそのことは良いんですよ! 次は私の番ですね!」
嫌なことを払拭するかのように声を出したエリス。
「それで伝令派である私の本来の仕事──アルカナ構成員を探すというものは何も嘘ではありませんが、過程でしかありません。本当の仕事は悪魔を探し出すことです」
「悪魔?」
「はい。とは言ってもただの悪魔ではありません。真正悪魔と呼ばれるもの。私が探しているのはそれです」
「えーと、まず聞きたいんだけど……真正悪魔って何?」
悪魔は聞いたことがあるが、真正悪魔という言葉は馴染みがなかった。
「そうですね。そこからお話ししましょう。──まず悪魔から説明します。一般的な悪魔は人を唆して教義を破らせようとする神の敵、という認識だと思います」
「そうだな。俺が知ってるのもそんな感じだ」
「しかし、実際は違います。悪魔は主が人を試すために造られた霊体なんです。人が教義を守っているかを確認するため、誘惑するのが悪魔の仕事なんです。表立って公表はしていませんが」
「抜き打ちテストみたいなものか」
「そうですね。その認識で良いと思います」
つまり、悪魔は神の敵ではなくそういう風に動いている神サイドの存在という訳か。そして信者が道を踏み外すかどうかを試している、と。
「それで教義破っちゃったらどうすんだよ」
「それは……信者としてみなされなくなっちゃいますね」
結構ハードだな。そっちが誑かしておいて乗ったら罰とかやりすぎでは?
「ええ……救いは無いんですか?」
「悔い改めれば信者に戻れますから。そういうことを担当する派閥もあります」
「そうなのか……」
救いはあった。信者ではない俺には関係ないけど。
「話を戻しまして、真正悪魔と言うのは主が造られた以外の悪魔のことです。この悪魔は主の意志から外れ、人の世に災厄を振り撒きます。そうなる前に倒さなければいけません」
「確かにそれは放っておけないな」
とはいえ手伝う気にはならない。災厄を振り撒くと言われても規模が想像できないというのもあるが、現人神が聖人の仕事に介入すると揉め事が起こる気がするのだ。
エリスが大丈夫と言ったがそれはエリスの考え。聖神楽土が大丈夫という判断を下したわけではないし。
もし手伝うと言った場合、現人神連合を危険分子と判断されれば宗教戦争になりかねない。過激な奴がいるようだしな。
「……ちょっと待てよ、もしかしてアルカナ構成員にその真正悪魔がいるのか?」
「そう聞いています」
となると、俺がみことさんに言われたアルカナの壊滅とエリスの真正悪魔の討伐は被っていることになるのか。
「聞いた感じだと、協力せざる状況になるな」
「はい、なので是非協力して欲しいのです」
ニコニコして協力を申し出たエリス。
……エリス、みことさんからの勅命のことも知っていたな。そこまで知っていて現人神連合の実態を知らないのは不自然だけど……こちらの戦力が増えるのはありがたい。
「分かった。協力しよう」
「ありがとうございます!」
勢い余って手を握ってきたエリス。夜鶴が見てたら大変だが、ここは俺の自室だ。見られることな
んて……。
「……………………」
手を握られて気恥ずかしくなったから目をドアの方に逸らしたら、ドアの隙間から夜鶴がジッとこちらを見ていた。その瞳に何が見えているのか。そして何を考えているのか。こちらからは夜鶴の双
眸に宿る闇しか感じ取れなかった。
「そうです、連絡先を交換しましょう!」
そうとは知らずスマホを鞄から取り出すエリス。そして闇が深くなる夜鶴。
「あ、ああ。そうだな」
視線をエリスに戻し、ポケットからスマホを取り出し互いの連絡先を交換した。夜鶴には悪いがこれも仕事の範疇。許してくれ。
……なんで夜鶴に許しを求めなきゃいけないんだ?
「それじゃ今後は協力していくってことで、これでお開きにするか」
話を終わらせようとすると、夜鶴の視線を感じなくなった。逃げたな。
だが後で説教だ。
「そうですね。ありがとうございました」
「礼を言われるようなことはしてないぞ」
「ふふっ、そうですか?」
ってことで、俺達は協力体制を敷くことになった。
二人で部屋を出てリビングに戻ると、そこには翡翠が料理を作っていたところだった。
「あら、お話はもう終わったの?」
「ああ、話の概要は後で話す」
全部は話せないが、大まかな内容なら話してもいいだろう。エリスに口止めされていた訳でもないしな。
「そうなの。あ、良ければこれ持って行って」
翡翠が取り出したのはタッパーに入った筑前煮。
「ちょっと作りすぎちゃったの」
いや絶対わざとだろ。そんなミス、食材を無駄にするのを嫌う翡翠がするとは思えない。
「それなら、お言葉に甘えて」
筑前煮の入ったタッパーを受け取るエリス。
「タッパーは返さなくても良いからね」
「いえ、ちゃんと洗って返しますよ!」
「そう? ありがとう」
「では、私はこれで失礼します」
「送ろうか? この辺治安が良いけどもしもってのがあるかもしれないし」
「大丈夫ですよ。私強いですから。それに家もすぐ近くの教会ですし」
「あの教会だったのか」
ここから歩いて五分ぐらいのところに小規模な教会がある。あそこが家代わりだったのか。知らん
かった。
「まあ、そういうなら無理にはしないさ」
「お気持ちだけ受け散ります。では!」
そう言ってリビングから去ったエリス。
「……玄関まで送った方が良かったか?」
しかし、時は既に遅し。思い立った時にはもうエリスの姿はなかった。




