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目立たず静かに過ごしたい!  作者: 文月灯理
第三章 体育祭の規模じゃない気がする
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人生ハードモード(物理)②

「──はっ」



『開会式を終わります。競技は五分後に行われますので、選手の皆さんはタスキを着用し準備してください』



 しまった。寝てた。



 開会式で何を言ってたか全くわからない。



 でも普通の開会式なのは周囲の反応を見れば分かるし、俺も準備するか。



 鞄から青色のタスキを取り出し肩から掛ける。



 例年通りならここで待っておけば理事長の《箱庭の支配者(ゲームマスター)》ならスタート地点に集団転移させることもできる。らしい。前回不参加なので実感がない。



 改めると、とんでもない異能だな。集団転移って時空神(山岸)並みの異能だぞ。



緊張が漂っている雰囲気の中、転移されるまで待つ。



 そして、その時はわりとすぐにやって来た。



『お待たせいたしました。夏原学園体育祭一日目午前の部《人生ハードモード(物理)》を開幕いたし

ます』



アナウンスが終わると同時に、視界が変わる。選手たちの背中に埋め尽くされた。



スタート地点になる木々に囲まれた広い遊歩道に転移したようだ。



 転移したことがスタートの合図、スタート地点に集められた選手たちは我先と言わんばかりに走り出す。



 丁度団体の真ん中にいた俺は、その流れに呑まれるかのように走り出す。



とは言え、五キロのコースだ。最初っからアクセル全開で行けば疲れるのは常識。だが、現人神の身体はそんなことでは息切れすら起こさない。便利すぎるなこれ。



 けれども、それをバレるような情報は出したくないのでジョギング程度のスピードで走る。



 その最中に抜かれたりもしたが、気にせず走る。やるからには勝ちたいが、目立つわけにもいかない。悩ましいところだが、今回は目立たないことに専念する。



そうして、割と後続になったところで、前方に人だかりができていた。あれが障害物ゾーンだろう。



 そこには梅森さんもいた。俺より早かったのか。



「梅森さん」



「あっ、鳴神君」



「どうしたの? 何かあった?」



「それが、障害物が泥沼みたいで……。みんな躊躇ってるみたいなの」



「なるほどね」



 見渡すと躊躇ってる人は女子生徒ばかりだ。後ろからくる男子生徒は気にせず泥沼に入ったり、異能を駆使して水面を渡ったり跳躍を繰り返している。



 ちなみに泥をかき分けて進んでいる人を見ると、深さは一メートル以上あるな。身長低い人はどうするんだろう。



 勿論、女子の中でも行く人は行く。泥沼を一時的に凍らせたりして。



 ここに留まっている人は、汚れたくなく異能が泥沼を突破することに向いていない人達、ということか。



「梅森さんは行かないの?」



「私はその……どうしようか迷ってて」



「手伝おうか?」



「……いいの?」



「親友だからね」



 同じチームということもあるけど、それは言わない方が良い気がした。親友なら損得で動かない方

が良い。そんな気がした。



「でも、どうするの?」



「そうだなあ。……ちょっと手を握ってくれる?」



「う、うん」



 梅森さんと手を握る。



 ここで術式《共有呪文》で効果を梅森さんに付与できるようにして。



 さらに《水黽(あめんぼ)》発動。これで水に浮くことができる。



 つまり、この泥沼に浸かることなく歩いていける。しかも梅森さんも。



「じゃあ行こうか!」



「え、ええっ!?」



連れ出すように泥沼に一歩を踏み出す。当然沈まずに浮かぶ。



 梅森さんには全く説明していないので、まずは俺だけが泥沼に行く。



「この通り沈まないから。手を繋いでる限りは梅森さんも沈まないよ」



「ほ、ほんと?」



「試してみる? 片足だけでも行けばはっきりするでしょ?」



「そ、そうだね。やってみる」



 そーっと、まるで熱湯風呂に入るかのような足使いで泥沼の水面に足を付ける。



 すると、梅森さんは泥沼に沈まずに水面に浮いた。



「……!」



 梅森さんが実感したようで、続けて両足で水面に立つ。



「じゃあ行こうか。転ぶと危ないから歩いて、ね?」



「う、うん……」



 梅森さんをエスコートするかのように歩く。女子たちがキャーキャーうるさい。



 歩いたのは、水面が地面に比べて安定しないため転びやすいから。もし転んだ時に手を離すと《共

有呪文》の効果が無効になるので、こうして安全に進むことを決めた。



「……ねえ鳴神君」



「どうした?」



「何で助けてくれたの?」



「何で、かあ……」



 理由は色々ある。親友だから、同じチームだから、置いていくのに抵抗があったから。



「特に理由はないかな」



 考えた理由より、一番先に出た確かな理由がある。



 困っていたから、だ。



 ただ、これが見知らぬ他人であったなら、すぐには助けない。助けてくれと言われない限りは助けないと決めている。余計なお世話になってもっとややこしい事態になりかねないことを実体験として知っているから。



知人であれば何となくそのラインが分かるので言われずとも助けるけどね。



「……そう」



 納得してくれたかどうかは分からないが、それ以降梅森さんは何も言わなかった。



 そして、泥沼を突破。



「ありがとう、鳴神君」



「どういたしまして、それじゃあね」



 梅森さんが何か言ったように思ったが、それを振り切るように走り出す。



 今回は一応助けた訳だが、これからも助けがいるかはその時次第だ。これは体育祭、命が懸かった戦場じゃない。自力で何とかできるなら、それが一番だ。このまま梅森さんと共に居れば、つい助けたくなっちゃうからな。俺は詳しいんだ。



走って十数分、抜かし抜かされを繰り返し次なる障害物を視界にとらえた。



 ……なんか、輪郭が動いているんだけど。



 見間違いかと思ったが、走って近づくにつれそれが見間違いではないことを認識した。



 この障害物ゾーン、四角形に区切られた地面が上下に動いている。その間隔は四角形ごとに違う。



パターンが読みづらい上、上下に動くスピードさえもバラバラ。一つずつ慎重に進まないと怪我するな。



だが、仕組みが分かれば左程脅威にはならない。時間はかかるけど。



四角形の地面が下に降り切ったタイミングに合わせて乗る。そして他の四角形地面との高低差が縮まった時を狙って飛び乗る。



この障害物ゾーンを突破するには、迫りくる制限時間に意識しながら焦らずに進む精神力が必要だ。



これまだ三十分ぐらいしか経ってないからいいけど、後続の大学生たちはかなり厳しい中での攻略になるのか。大変だな。



他の選手は俺と同じように少しずつ進む人もいれば、一気に駆け抜ける人もいる。面白いと思ったのは、地面ということを活かして土の中を泳ぐように進む人がいたことだ。



俺もやろうかな。術式にも《土中泳法》という地面の中を水中のように泳ぎ進むものがある。



いや、やったら目立つな。これ競技場に中継されてるし。多分さっきのやり取りも見られてるんだろうなー。



 ……うっわめっちゃ恥ずっ!



 いや、今はそんなことを考えるな。顔が熱いが気にするな。やるべきことはそれじゃない。



地面の動きを見極め、前に進む。それが今俺がやることだ。余計な思考はいらない。



呼吸を整え……。



──フゥゥゥゥッ。と息を吐く。



呼吸法・凪。



四つある呼吸法の一つで、呼吸を一定に保つことで呪力を完全に静止させ、精神を研ぎ澄まし無駄を削り取る技術。俺が術式を完成させる時に編み出したおまけ。三日月の共鳴で出版している術者手引書についでに記載されている。



無論、ただ息を吐いただけではこのような効果は出ない。息を吐くのは第一段階。第二、第三と続く。



第二段階は呼吸を繰り返す。続ける時間は次の第三段階に関わってくる。。



この呼吸を繰り返すという行為のせいで、あまり実戦では使えない。何しろ繰り返している間は呼吸に集中しなければならないので、その間無防備になる。



戦闘中にそんな危険を冒してまでする奴はいない。慣れれば呼吸法をしながらできるけど、そこまでやるやつが他にいるのかな?



今回は競技中だということと、この呼吸をしていることは術者として未熟者であると見ている観客に印象付けるため。取るに足らない奴だと分かれば、干渉してくることはないだろうと踏んでいる。

後は初心忘れるべからずという意味もある。大事だからね!



そして第三段階、イメージ。これが一番大事。



イメージするのは水面の上に立つ自分。ただし水面には一切の揺らぎはない。



こうすることで自分がどうありたいかを強く認識する。



そうしたら準備完了。行動に移りましょう。



というのが、呼吸法の大まかな流れだ。



ちなみに、この呼吸法・凪は術式を扱うために習得しなければいけないという訳ではない。絶対に習得しないといけないのは呪力を生み出し、最大値を上げる呼吸法・杯だけだ。



それはともかく、呼吸法・凪で精神を研ぎ澄ましたら──



世界が、変わる。



視界がクリアになり、自分がどう動けばいいかはっきり分かる。ここまで効果が出たのは久しぶりだ。やはり基本に忠実に、確実に積み上げると違う。普段は呼吸法なんてやらないし、やったとして

も適当だしな。



……障害物は障害としての機能を失った。最早直線と変わりないコースを走り出した。



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