現人神連合④
昼ご飯を食べ終わり、俺は二人からの連絡をソファに座り待っていた。
「貴方、さっきから微動だにしませんけど、何をしていますの?」
暇つぶしに家に来た雷夢が隣に座る。
「今連絡待ちでね」
「連絡が来たらどうなるんですの?」
「演習場で実力テストをするんだ」
「実力テスト? 誰のですの?」
「今度現人神連合に入る新人のテスト」
「現人神! 確か貴方もでしたわよね?」
「ああ、そうだよ」
何故かちょっと嬉しそうだ。
「よろしければわたくしも同行させて頂けませんか?」
「いいけど、面白いもんじゃないぞ?」
基本見てるだけだしな。いや、音無君の相手を誰がするかで変わってくるか? でも雷夢が戦うっ
てことにはどう転んでもないか。
「いえいえ、近くで現人神同士の戦いが見られるなんて早々あるものではありませんから」
「ふーん」
雷夢の言うことには一理ある。
現人神連合の規則には、現人神同士の私闘が禁じられている。こういった儀礼的なことでなければ戦うことは許されていない。
それを雷夢が知っているかは定かではない。俺は教えてないし。
だが、そんなことはどうでもいい。理由なんてもっとどうでもいい。
雷夢が見学したいと言うならば、俺は断る理由がない限り断ることはしない。雷夢だけでなく、他の人にも同様だ。
ブーッ!
携帯電話が震えた。
確認すると、滝川さんから異能庁が保有する演習場が借りられ、既に到着しているとのことだ。しかも写真付きで。SNSって便利だなあ。
「あら、どうしましたの?」
俺が立ち上がった理由を、雷夢が尋ねてきた。
「向こうの準備ができたから行こうかと。雷夢、準備は良いか?」
「勿論ですわ。いつでも準備万端ですもの」
「そっか」
雷夢と二人で玄関まで移動する。
「《三千世界》」
そこで《三千世界》を設置し扉を開ける。
その先には、大地とその遠くに山が確認できる。
《三千世界》を潜り抜けた先は、異能庁の対魔部隊の演習場。その名も《平地訓練演習場》。異能庁が保有する施設の中で一番広い。
成程、確かにここなら民間への被害も出にくく、管理体制もしっかりしている。アフターケアもしやすそうだ。
「透、そっちの人は?」
「ああ、紹介するよ。俺の式神の一人で雷夢だ」
「あー、見たことあると思ったら、神遊祭の時の式神か」
「……何ですの? 随分と馴れ馴れしいですわね」
「そう悪態突くなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ?」
うっわ、よくそんなことを真顔で言えるな。
「ナンパならお断りですわよ」
「いやいや、透の式神にそんなことするかよ。まあ、下心が全くないって訳でもないけどさ」
後半部分は言わなくて良かったんじゃないかな。滝川さん、相変わらず仕事以外だと考えなしなんだから。ノリで生きてる大学生か?
「で、この人が滝川稜泉」
「宜しく頼むぜ」
「……仕方ありませんわね」
滝川さんは特に何も思ってはいないだろうが、雷夢の方は不信気味だ。《従僕の魔眼》が効かなかったからか? 現人神なんてそんなもんだぞ。
「で、こっちの女性が山岸初音。俺の後輩だな」
「初めまして! 山岸初音です!」
「初めまして、雷夢と言いますわ」
「こんな綺麗な人と話せるなんて感激です!」
「ありがとう。貴女も十分可愛いですわよ」
「いえいえ、雷夢さんに比べれば私なんて……」
「そう謙遜するものではありませんわ。確かにわたくしには劣りますけど」
いやそこは嘘でもいいから否定しなさいよ。というか二人ともベクトルが違うから比べようがなくない?
「紹介に戻るぞ。こっちの金髪の少年が音無電磁君。今回の被験者だ」
「あらそうなの? なら存分に観戦させて頂きますわ」
「あ、はい」
雷夢に対してぎこちない音無君。緊張してるっぽいな。まあ思春期真っ盛りの中学生に雷夢みたいな美人は目に毒か。
「ところで、音無君の相手は誰がするんだ?」
「それは俺がする」
名乗りを上げたのは滝川さんだ。
「山岸にはもしもの時に結界を張ってもらわなきゃいけないし、透は最近仕事多くて疲れたって七瀬さんから聞いたからな。休んどけ」
それはありがたいけど、七瀬さんに疲れていると言った覚えがない。なんで知ってるの。
「じゃあ俺達は離れた場所で観戦するか」
「それなら、展望塔で観たらどうです?」
展望塔とは、訓練を俯瞰して見ることで分析をするための施設。管理棟の隣に聳え立つあの
白い塔だ。
「あそこなら耐久力もありますし、望遠鏡とかもありますから」
「雷夢はそこでいいか?」
「ええ、文字通り高みの見物といきましょうか」
雷夢もいいみたいだな。
「私も同行します。結界は私の視界内ならどこでも展開できますから」
普通結界を展開する際には、起点となる場所が三点以上ありなおかつ自分がその内側にいないと発
動できないのだが、そこは時空神の現人神。強度は守護神に負けるが展開の利便性では山岸の方が上
だ。
「では行きましょうか。転移しますね」
まばたきする間に《空間存在》で塔の内部に転移した。
「凄いですわね。触れずに転移するなんて」
「雷夢も目新しいのか」
通常、空間転移は自身を対象に転移するものだ。応用すれば触れているものを自分自身と認識できれば触れているものも一緒に転移できる。
だが、先程の山岸のように触れずに、それも複数の対象を転移させるのは人間には不可能。そのようなことは脳の処理速度が追い付かず、また呪力消費も膨大なものになる。
山岸は特に脳が発達した天才という訳でもなく、保有呪力量も桁外れという訳ではない。
つまり山岸は、条件を満たさずにこの偉業を成し遂げたのだ。代わりに一回死んだけど。
そんな矛盾を世界が認めなかったため、山岸は現人神になった。人にできないのなら神にしてしまえ! ということにすれば矛盾は解消されるからだ。
要するに、人間ができないなら神にすればいいじゃん。
という、それでいいのかという結論が導き出される。
《偉業型》の現人神はこうやって誕生する。
「けど、ここからじゃ見えにくいな」
全体像は把握できるが、塔が思ってたより高い。百メートルぐらいあるんじゃないか?
「望遠鏡ありますよ」
山岸が教えてくれたのは、設置型の望遠鏡。投入口はないが、観光地にあるあの望遠鏡にそっくりだ。
「いや、大丈夫だ。望遠鏡じゃ視界が狭いしな」
そこで俺は《遠見》を発動して豆粒みたいな二人もはっきり捉える。
さらに《地獄耳》を発動。《遠見》と同じく索敵術のこれで、聞き取れないぐらい離れていてもくっきり聞こえるようになる。
「雷夢、手を」
「優しくお願いしますわ」
オーダー通りそっと、割れ物を扱うように雷夢の右手を握る。
そして《感覚共有》を発動。これで《遠見》と《地獄耳》の効果が雷夢にも有効になる。
「……何か、お姫様と王子様みたいですね」
傍から見ていた山岸がそんなことを言う。
「そんないいものじゃないぞ」
気恥ずかしいので謙遜すると、
「そうですわね。姫と従者ぐらいですわ」
ってことは、俺従者かよ。一応契約上は主なんですが。
「貴女はどうするの?」
「私ですか?」
「もう一方の手は空いてますわよ?」
「私は別に──いえ、先輩。いいですか?」
「俺は良いけど」
「ではお言葉に甘えて」
そう言って山岸は俺の左手を握る。
「じゃあお二人とも、そろそろ始めてください」
「おう」
「分かりました」
山岸の言葉に、滝川さんと音無君が応えたのを《地獄耳》で聴き取る。
……ってか、山岸の声がこちらから届くってことは、向こうからも声が届くだろ。多分異能で連絡が取れるようにしている。時空神の山岸なら距離は関係ないしな。
……じゃあ俺の手を握る必要なくね? 何で握ってんのこの子。
それを問う暇もなく、二人の戦いが始まった。
「《天より来る雷の星 蠢き轟くは怒号の如く 神の威光は此処に示される──神
格解放 現人神 雷神モード》!」
音無君の神格解放の詠唱。現人神モードになると肉体が全盛期の状態になるので、一気に身長や体格が変わった。それだけではなく、明らかに音無君の周囲の空間が変質し始めている。
「《世界に満ちるは聖なる水 生命を守りし不朽の資源 不定の極みはここにあり──神格解放 現人神 水神モード》」
続いて滝川さんの神格解放の詠唱。こっちは見た目の変化はあまりなく、周囲の空間が変質している。
この変質した空間が、現人神状態になるには三人以上の承認が必要な理由。
現人神状態になると、神格を解放したことにより体中から《神気》という呪的エネルギーが発生する。
《神気》はこの俺達がいる世界には存在できない。つまり、矛盾が存在することになる。
その結果、世界の修正力によって、《神気》が満ちた空間は異界として世界の隅に追いやられてしまうのだ。
異界は文字通り、異なる法則が存在する世界。これがあまりにも多いと、根幹である俺達の世界に悪影響を及ぼすことになる。
それを管理するのが時空神、つまり山岸の使命になる。
そして、何故自身を除く三人以上の承認が必要なのか。四人分の神気がぶつかると、神気同士が打ち消され《神域》が発生しなくなるからだ。こうすることで異界の発生を防いでいる。どうしてこうなるのかは知らんけど。
「それじゃ滝川さん、行きますよ!」
「おう、どっからでもかかってこい」
音無君の呼び声に滝川さんが応える。
「《天地鳴動・迦毛大御神》!」
音無君の周囲に電気が発生し、取り込まれていく。
「……へえ、《鳴動》か。いいじゃん」
「面白い権能ですね」
「……ちょっと、何言ってるか分からないのですけど。説明してくださる?」
俺と山岸は理解しているが、雷夢は何のことか全然分かっていない。
「ドイツには現人神みたいなのは無いのか?」
「ドイツと日本では勝手が違いますもの」
それもそうか。呪力も向こうでは《魔力》って言うらしいしな。文化が違えばシステムも違うのはあり得ることだ。
「なら説明しよう。で、どこが分からないんだ?」
「《権能》と《鳴動》ですわ」
「そうか、じゃあ権能から説明するか。《権能》ってのは、俺達現人神や神霊が使える異能の事だ。
ただ、普通の異能と違って発動に呪的エネルギーは必要とせず、意志の力で発動する。しかも普通の異能と違って威力が桁違いだ。そもそもの成り立ちや法則が違うからな。
異能は人間の防衛本能から生まれたものだが、権能は文字通り権利としての能力。ゲームマスターとゲームプレイヤーの違いと表現すれば分かりやすいか?」
「成程。……《魔法》みたいなものかしら?」
「すまん。《魔法》がよく分からん」
西洋圏の文化はあまり知らない。元素魔術とかなら知ってるんだけど。
「《魔法》と言うのは魔術の上位互換。魔力ではなく法則を用いて現象を引き起こすものですわ。貴方、異能の研究をしているのにそんなことも知らなくて?」
ドヤ顔で自慢してくる。
「《権能》もそんな感じだよ」
「成程、分かりましたわ」
「そして《鳴動》については、一種の称号で、現人神としての在り方だな。ちなみに俺は《創造》」
「私は《偏在》ですねー」
「ふぅん。じゃああの《天地》というのは何なのかしら?」
「あれは《世界》って意味だな。権能は世界の法則を行使できるから、権能には《天地○○》っていう風に名前がついてる」
「ではあのなんちゃらのかみ、というのは?」
「あれは自分と同じ神格を持つ神霊の名前だな。この神霊の承認を得て使いますよっていう宣言みたいなもん」
「そんなものが必要なの?」
「《魔法》は必要ないのか?」
「《魔法》は世界と一体化する必要があると聞いたことがありますが、それ以上の事は何とも。見たこともありませんし」
「……まあ、分かってもらえたならいいけど」
さて、テストに集中しようか。
神格解放し、現人神モードになったら神としての側面が優位に立ち、異能が使えなくなる。
音無君がどれだけ権能を使えるか知らないが、手にしたての力でどこまで滝川さんに追いつけるかな?
「《天地鳴動・建御雷神》!」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「「「のわーっ!?」」」
轟音と共に巨大な雷の柱が落ちてきた。
ただ、《地獄耳》のせいで聴力が倍増しているため、振動と音で三人ともバランスを崩し倒れてしまった。
「ちょっと貴方、加減はできないの!?」
「悪いがそういう術式じゃないんだよ!」
《地獄耳》は聴力強化率を上げるだけで、補正してくれる機能は無い。
これが嫌なら一旦解除してもう一度し直すことしか方法はないのだ。驚いて解除しちゃったからまたやり直しだ。
それにしても、凄い権能だ。あれほど大きさの落雷を見たのは初めてだ。持続時間は短いが、威力は申し分ないだろう。滝川さんは無事だろうか。
「先輩、立てますか?」
「ありがとう山岸、大丈夫だ。雷夢は立てるか」
「甘く見ないでくださる? 驚きはしましたけどこの程度何ともないですわ」
そうですね、貴女雷の精霊ですものね。
しかしそうなると心配なのは滝川さんだ。あれだけの超高火力の雷撃を受けて無事だと思えない。
《遠見》はさっき《地獄耳》と一緒に解除してしまったので、もう一度《遠見》を使い滝川さんを探す。
「ああ、いたいた」
滝川さんを発見。見た感じダメージもない。周囲に水たまりがあるから、それで防いだのか? 水を創る権能を持ってるし、多分防げるまで水を創り続けたんだろう。俺もそーする。
それはそうとして、《遠見》はともかく《地獄耳》は使えそうにないな。また鼓膜が破れそうになったら敵わない。
「山岸、お前観戦何とかならないか?」
「え、え?」
何のことか分からないような反応をする。
「しらばっくれても無駄だぞ。さっき二人に話しかけてただろ? つまり連絡手段があるってことだ。お前が空間系異能者なら距離は関係ないしな。音だけでいい。あとは俺がやるから」
「あはは、バレてましたか」
「お前が俺に頼った理由はさっぱりだがな」
「そ、それは……あれですよ! 呪力の消費を抑えたかったんです!」
しどろもどろに言う山岸。まあ一理あるか。山岸の異能は便利だから頼りがちになるし、そもそも山岸の呪力はB判定だったな。普通に使う分には問題ないが時空系異能は呪力消費が膨大。そう連発はできないか。うっかりしていた。これは俺のミスだな。
「すまん。そうなると音を拾うのも大変だな。俺がやろう」
「いえ、音だけなら何とかなりますよ! 私に任せてください!」
「……そうか、頼んだよ」
「はい!」
本人もやる気みたいだし任せるか。もし呪力を使いすぎたのなら俺の呪力を分けよう。
確か山岸の呪力属性は《陰》だったか。
「……なるほど、こちらも中々面白そうですわね」
「……雷夢? こちらってなんだ?」
「ふっ、それよりあちらはどうなるのかしらね?」
「あちら?」
「音声繋げましたよ!」
「……やりますね滝川さん」
「そりゃ先輩だしな。これぐらいは防いで見せないと示しが付かないだろ?」
どうやら先程の攻撃について話してるようだけど……遅くね?
あ、砂埃が舞ってたから見えるまで待ってたのか? 音無君や滝川さんならそんなこと気にせず戦えただろうに。もしかして俺達に配慮してたとか?
「じゃあ、今度は俺の番だ。耐えて見せろよ!」
お、来るか。水龍の滝川稜泉の本領発揮。
「《天地治水・泣沢女神》」
滝川さんの足元から水が湧き出して巨大な水たまりが作られていく。だがこれはただの水。先程の音無君と同じで、準備でしかない。
「《天地治水・深淵之水夜礼花神(てんちちすい・ふかふちのみずやれはなのかみ)》」
「《天地鳴動・迦毛大御神》!」
両者同時に権能を発動し、滝川さんの流水を音無君が帯電で受け止める。
「ぐうううううっ!」
「まだまだ、出力上げるぞ!」
流水の勢いが増す。音無君も耐えてはいるが、辛そうだ。権能の源は意志の力。弱気になると威力が
減る。ここで強気になれるならまだ勝機はあるが、果たしてどうなるか。
「そうらっ!」
音無君の真正面から襲い掛かる流水、その源泉である水たまりから、水で出来た細い触手が音無君の電気が薄い左右から攻撃を仕掛けてきた。
「くそぉ!」
水の触手を防ぐが、かなり追い込まれている。
「ぐああっ!」
そして、触手を防いだ代わりに流水を防いでいた電気の障壁が薄くなり、流水に飲み込まれてしまった。
「どうした! この程度じゃ魔物は倒せねえぞ!」
「ゴホッゴホッ!」
流され、横たわり、水が気管に入って咳き込む音無君を滝川さんは煽った。
確かに防げないのは良いとしても動けなくなるのは致命的だな。魔物は手加減なんて知らないから、動けなくなったら構わず攻撃を繰り出す。つまり死ぬ。
「まだまだ……っ!」
ゆっくりと立ち上がる音無君。まだやる気だ。
危なくなったら俺と山岸で止めに入るが、それはしなくていいみたいだな。
「来い! 《十拳剣)》!」
音無君の右手から電気が奔ったかと思うと、電気が日本刀に変化した。
「成程、面白れぇ……!」
それを見た滝川さんは、ニヤリと笑う。
「建御雷神……あれあげたのか……」
「貴方、どうかなさいまして?」
「いや、あれにいい思い出がなくてな……」
あの日本刀は《十拳剣》。建御雷神が所有していた神器と呼ばれる代物。
いやあ、あれには苦労させられた。俺の現人神就任の宴会で酒に酔った建御雷神が勝負を挑んできて、十拳剣を使っていたのだ。
もし音無君が《十拳剣》を十全に使えるのなら、戦闘向けではない滝川さんの神格では、戦闘特化の音無君の神格には勝てない。今の所滝川さんの優勢だが、それは経験の差が生んだもの。
あの十拳剣の機能は、その経験の差を埋めるには十分。
「さあ、かかってこいよ!」
そのことは滝川さんも分かっているはずだ。伊達に現人神を七年もやっていない。
だけどああも挑発的なのは……暇だったんだろうな。今の時期は梅雨の事もあって水源確保の仕事がほとんどないからな。十二神将としての仕事もテロで手一杯だったろうし。俺がそうだったから。
ストレス溜まると人が変わる。それが滝川稜泉。
「せいやああああああっ!」
音無君は十拳剣を構えて滝川さんに突撃する。その動きは素人同然で、ブレが大きい。我流の俺が
言っても説得力ないけどね。
走って滝川さんとの距離を詰めた音無君は、上段の構えから十拳剣を振り下ろす。
「《天地治水・深淵水夜礼花神(てんちちすい・ふかふちのみずやれはなのかみ)》!」
十拳剣と滝川さんとの間に分厚い水の壁が突如として現れた。そしてその壁は十拳剣の勢いを完全に殺した。
……まあ、権能だけじゃなくあの扱い方からして、音無君が剣のド素人だったことも大きいけどな。
「甘いな」
流水が弾丸となって音無君の全身を雨のようにたたきつけられる。それでも意識はしっかりしているのか、十拳剣を離さずしっかりと握りしめている。
だが、そのせいで弾丸を避けることができない。権能を使う暇さえなく、防御行動が全くとれていない。
幸い、雨の弾丸の威力はそこまでない。衝突音も高速で打ち出されるバレーボールのような軽い音。当たり所が悪ければ絶命するが、そこは滝川さんも注意しているのか急所には当たっていない。
「戦意をそぐ気ですわね」
雷夢の言ったことは正しい。現人神同士の戦い、特に権能を使う戦いなら意志を削ぐのが一般的な戦い方だ。意志が揺らげば権能は発動しない。そこを突いた戦術だ。
「けれど、何故あの金髪少年は剣を離さないのかしら?」
「離せないんだよ。あれはただの呪具ではなく、正真正銘本物の神器。あれを手放すことは神格の放棄に繋がる。神器ってのはそういうものだからな」
神器は強大な力を持つが、その正体は神格の具現化だ。手放した時点で消える。再召喚もできなくはないが、再び召喚できるようにするには時間が掛かる。しかもその時間が不明ときた。
一度手放したら、一生再召喚できない可能性もあるのだ。使えなくても困ることはそうそうないけど。
「これは……勝負あり、ですかね」
「俺に訊くなよレフェリー。決めるのはお前だ」
どこで止めるのかは審判役である山岸の仕事だ。傍観者である俺が決めることじゃない。
「じゃあ止めてきます!」
決心した山岸はすぐさま異能で止めに入った。
「もう少し見ていたかったですわ」
雷夢は不服そうな声を漏らした。
「正直言えば俺もだよ」
現人神は自身が持つ神格と同じ属性のもので自分の身体を補填できるため、二人のような自然神格を持つ現人神なら物理的・肉体的な要因で死ぬことはない。実例を言うと、滝川さんは水のような液体があればいいし、音無君は電気や電子があれば大丈夫。
だから死ぬまでやっても復活できるのでいくらでもやって欲しかったし、見ていたかった。
ただ、これはあくまでも実力テスト。殺し合いをしている訳じゃない。
それに、山岸が戦いを止めに入ったのは、戦いの内容ではなく、神格を解放したせいで発生した神気、それによって作られる異界を懸念したからだろう。この辺のことは専門外なので、想像でしかないけど。
さて、俺も行くかね。
《三千世界》を出して三人の元に繋げる。視界に入っているから呪符によるマーキングもいらない。
「雷夢も来るか?」
「そうですわね。ご一緒させてもらいますわ」
《三千世界》を開いて三人の下へ行く。三人の反応は特になし。初めて見せた音無君もだ。こういうのに慣れているのかな?
「お疲れ様」
「おう、久々に楽しかったぜ」
「……俺は、死ぬかと、思いました」
快活に話す滝川さんと、息切れしながら話す音無君。随分と対称的な状態だ。これが勝者と敗者の違い、なのだろうか。
ともかく、手足が千切れてないし上半身と下半身が分かれていない。五体満足で終わって良かった。
「音無君、《十拳剣》を使うのは一旦やめて異能者としての経験を積んだ方が良いと思う」
「え、でも……」
「前にも言ったけど、道具に使われている内はまだまだだよ。今は振り回しているだけだからね。
《十拳剣》を使いこなしたいなら特訓しないとね」
「……はい」
まだ《十拳剣》の初期状態しか扱えてないみたいだしな。神器は強力だが、十全に扱うのは異能者としてレベルアップしないといけない。
「さて、それじゃ帰るか」
《三千世界》を切り替え、接続先を自宅に変更。これで家に帰れる。
三人は多分来た時と同じように帰るだろう。どうやって来たか知らないけど。
「──っ、何か来ます」
山岸が呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。
山岸が空を見上げ、俺もそれにつられる形で空を見上げた。滝川さん、音無君、雷夢もそれにつら
れ空を見上げる。
丁度その方向が太陽と同じだったので、俺達は目を細めたり手で太陽光を遮ったりしながら山岸が感知した飛来物の正体を探ろうとした。
「あれは……」
輪郭を捕えた俺が呟く。
黒い塊がこちらに飛んでくる。そしてそれの正体はすぐに判明した。
「やあ、みんな揃っているね。新人も……そちらのお嬢さんは、透の式神さんだね」
俺達に向かってきた謎の飛来物。それは、喋る烏だった。
「初めまして音無電磁君。そして雷夢さん」
「何で俺の名前を!?」
「わたくしに烏の知り合いはいないのだけど」
音無君は驚き、雷夢は警戒しながら返す。
「名乗るのが遅れたね。私は現人神──太陽神だ。訳あって名前は名乗れないから、適当に呼んでくれて構わないよ」
結構フレンドリーなこの烏は、原初の現人神と称される太陽神の現人神の式神《八咫烏》。
「お久しぶりです、みことさん」
ホバリングしてこちらを見下ろしている烏に挨拶する。
「そうだね、確か最後に会ったのは一年前かな。君の活躍は聞いているよ」
烏の声はまるで子供のようで、しかしながら威厳を感じる声だ。
「いえ、大したことはしてません。職務を全うしただけですので」
「それを活躍と言うんだよ」
「で、何しに来たんだ太陽神」
暇そうにしていた滝川さんが言う。
一応伊勢崎さんよりも大先輩なんだからタメ口はどうかと思う。
「そりゃ突然神気が見えたからね。何事かと思って超特急で飛んできたんだよ。他の予定もあったけどね」
ああ、みことさんには通達してなかったのか。
基本的にみことさんが現人神連合の招集に来れることはない。それはみことさんが置かれている立場が原因だ。
太陽神の現人神は特殊で、ある区域から出ることができない。言わば軟禁である。なぜそうなったかと言うと、太陽神の現人神の使命が《日本を隈なく光を当てる》こと。
分かりにくい使命だが、これは簡単に説明すると、日本国内で反乱分子をいち早く見つけ対処すること、らしい。
ここでの反乱分子とは《日本にとって甚大かつ長期的な損害をもたらす人間》であり、神気を流出させ異界を作る現人神もその対象だ。異界ができると大元となるこの世界の空間が不安定になり、悪影響を及ぼしかねないからだ。
一応、神気を適切にコントロールし、異界を発生させない或いは世界に影響を与えないように異界を作ることができれば対象から外れることになる。
まあ、山岸が時空神の現人神になったことで異界の管理・運営が成されるようになって現人神が粛清対象になることはなくなったけどな。
軟禁状態なのも、日本中を隈なく監視するには太陽神の権能だけでなく、大規模な儀式場が必要だからだ。話によると、みことさんは太陽神の現人神に就任した時から一度も儀式場から出たことがないらしい。
「そうか。で、他の予定って何なんだ?」
「あ、それ私も気になってました」
神気の流出に関しては理解を得られたようだが、二人は別の事が気になっているようだ。
俺はそこまで気にしていなかったし、予定と言っても俺達に関係あるかどうかは現時点では判断できなかったし。気にするのはみことさんがそのことについて自発的に話したら気にしようと考えてたぐらいだ。
「そうだね。そっちの話もしようか。君達にも関係があることだからね」
ならば興味を持とう。
「この前の神遊祭テロ事件についてだよ。透、稜泉、初音は現場対応してくれたから知ってるよ
ね? その節はお疲れ様」
「労いは不要だぜ。仕事をしただけだしな」
「えー、私は欲しいですよ?」
「俺は貰えるなら貰います」
「それは良いとして、この事件の首謀者についてだけど、政府が討伐対象に指定した。これによって現人神は《アルカナ》構成員を発見次第秘密裏に拘束・排除をすることになったよ」
「あー、やっぱりそうなっちゃいますよね」
声を漏らし諦観にも似た発言をしたのは山岸。
「ま、しゃーねーわな」
滝川さんは最初から分かったいたような口ぶりだ。
「まあ、実際には稜泉と初音は行動することは少なさそうだけどね」
「つまり、俺と音無君が軸となってやれと?」
「そうなるね。理由は言わなくても分かるでしょ?」
「そりゃ分かりますよ」
「えっと、鳴神さん。説明してもらえますか?」
ああ、そりゃ音無君には理由が分からんよな。こっちの事情なんて全然知らない新人さんだし。
「簡単に言えば、できる人材が限られてる訳だ。滝川さんは保障局の仕事があるし、能力的にも拘束は難しいから。下手したら殺しちゃうし」
滝川さんがこの仕事をやったとして、水責めして加減が難しく殺しちゃうイメージしか湧かない。
「山岸の攻撃は基本一撃必殺だから拘束は無理。出来て《アルカナ》の拠点が判明した時に乗り込む程度だな。
それに対魔部隊の総隊長だ。立場上動きにくい。同じことはみことさん……こちらの烏にも言える。他には音無君がまだ会ってない九重慶一郎さんって人がいるんだけど、職務が最優先される人だから参加はできない」
「九重さんって、どんな現人神なんです?」
「《守護神》の現人神だよ」
そして、俺の結界術や障壁術の師匠でもある人だ。
「まあ、あの人の話は置いていて、伊勢崎さんはそもそも戦闘には絶対に参加しない。医者だからね」
そもそも戦闘能力がないからなあの人。
「よって、比較的動きやすく戦闘能力もそこそこあって手加減ができる現人神は俺達だってことだ」
みことさんは排除と言っていたから、殺しても問題無いんだろうけどな。実際風祭は不本意ながら死んだし。
それをまだ十代の音無君に伝えるのは憚られる。
「なるほど。……でも、何で現人神にそんなことやらせるんです? それこそ保障局や異能庁とかが
やればいいじゃないですか」
「そこが問題なんだよねえ」
とみことさんが話に入る。
「政府は《アルカナ》をテロ組織として認定したけど、実はこれ公式発表じゃないんだ」
「え、何で?」
「《アルカナ》の被害者が、法で裁けない悪人ばかりだったからだよ。死亡者はそれこそテロ組織といった反社会的勢力の幹部だったし、死亡しなかった人達に関しても結構悪いことしてた人しかいなかったから。
今頃拘置所は溢れかえってるんじゃない? 加害者が倒れたことで被害者が名乗りを上げまくっているし」
「あの、話が見えてこないんですけど」
音無君が首を傾げた。
「まだ話は終わってないから当然だね。えっと、そういうこともあって《アルカナ》は社会的に見れ
ば悪人を残らず一掃・表面化させた英雄的扱いを受けているのさ。
特にネットは支持者ばっかりだよ。とはいえやっていることはテロ行為そのもの。だから政府は秘密裏に処理したい。今年選挙があるからね。表立って《アルカナ》打倒を掲げれば票が集まらないのは確実だ。
《アルカナ》を壊滅できるのは社会が混乱している今だけ。安定したら《アルカナ》支持者は止められなくなるからね」
「要するに、政治家としては混乱に乗じて《アルカナ》を壊滅させて無かったことにしたい、影響力を抑えたいんだよ。今回の事件は負の感情をトリガーにした炙り出しだったけど、次はどんな方法で自分の悪事が浮き彫りになるか分かったもんじゃないからな」
俺が補足説明をする。
「何だよそれ! 保身のためかよ!」
「まあそう言うなって。気持ちは分かるけど」
「どちらにせよ、《アルカナ》のしたことは立派な犯罪だし、このままにしておくと何をしでかすか分からない。
もしかしたら次は社会が崩壊する事態になるかもしれない。日本社会の崩壊は世界の崩壊を招きかねない程の影響力があるからね。抜かれたとはいえ、日本はまだ経済大国であることには変わりないから」
「難しい話はよく分かんねえけど、とりあえず見つけたら捕まえればいいんだな?」
「そういうこと。実にシンプルでしょ?」
見つけるまでが大変そうだな。
「じゃあ、基本的には透と電磁に任せるね。初音は出来る範囲で二人をサポートしてあげて」
「「「はい!」」」
「で、稜泉は他に仕事を任せたいんだけど、いいかな?」
「仕事って?」
「中部地方で水が足りなくなってるから調達して欲しいんだ」
「はいはい、いつものやつね」
「細かい話はあとでするよ。じゃあね!」
言いたいことだけ言って飛んで行った。自由過ぎるだろあの烏。
「じゃあ俺達も帰るか。雷夢もいいか?」
俺のやることはやった。見てただけだが、役目は果たした。何かやること増えたけど。
「ええ、ちょっと不完全燃焼ですけど、今日の所はこれで満足しておきますわ」
「じゃあ、俺達は帰るけど」
「私も帰ろうかな? せっかくの休日だからゴロゴロしたいし」
「俺はこのまま仕事の打ち合わせでもするか。こういうのは早めに終わらせておきたい」
「俺は……宿題があるので帰ります」
三者三様の理由があるようだ。俺は特に用事は無いが、呪具の開発とか鍛錬でもしますかね。
「山岸、音無君を頼む」
「はい、任せてください! 雷夢さん、また今度!」
「ええ、楽しみにしていますわ」
いつの間にか会う約束をしていたらしい。気づかなかった。
「《三千世界》」
赤い城門が出現しその扉が開き、視界に自宅が見える。
それを潜って家路についた。




