現人神連合②
電車を乗り継いで中心街まで来た俺は、歩いて集合場所であるファミレスに着いた。極々普通の、チェーン店だ。
「御一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせで──」
「おーい、こっちだこっち」
手招きしている滝川さんが俺を呼ぶ。
「そういうことなんで」
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスさんが案内することなく席に座る。
既に滝川さんと山岸、音無君が座っていた。
山岸と音無君はメニュー表とにらめっこ状態だ。
「久しぶり音無君。元気だったか?」
「はい! そりゃ勿論!」
元気そうで何よりだ。ここにいるということは、めでたく現人神になったか。
「議長は? トイレ?」
「少し遅れるってよ。奢るから何か食べて待ってろってさ」
だから二人ともあんなにメニューに食いつくように見てるのか。
「じゃあドリンクバーで」
朝ごはんを食べてはいないが、がっつりだべる気はないし。それに休日は翡翠のご飯を食べると決めている。
「俺はハンバークステーキで!」
「私はフルーツパフェにしようかな」
二人とも朝からよく食うな。元気の源は朝ごはんをがっつり食べること……なんだろうか。俺軽くしか食べないからな。
「はいはい、ちょっと待て」
俺が座席に座ったところで、滝川さんが呼び出しボタンを押した。このメンバーだと滝川さんが年長者ってこともあって頼れるお兄さんポジションになってるな。
少し遅れてさっきのウェイトレスさんが来た。
「ご注文をお伺いいたします」
「ハンバーグステーキと、フルーツパフェ、あとドリンクバーとモーニングセットを一つずつ」
「……ご注文の確認をいたします」
ウェイトレスさんが注文の品を復唱する。
「以上でよろしいでしょうか」
「はい」
「ご注文承りました」
ウェイトレスさんはキッチンに戻っていった。
「じゃあドリンクバー行ってくるんで」
「おう」
ドリンクバーに移動した俺は、迷わずコーラを持っていく。
戻った時には、何やら会話が弾んでいた。
「それで音無君は進路決まってるの?」
「いえ、まだです」
「それなら異能庁に来ない? 音無君なら対魔部隊にすぐ入れるよ!」
「おいおい勧誘は禁止されてるだろ? ……それはそうとして保障局はどうだ?」
音無君の勧誘合戦が始まっていた。ここにいるということは、音無君が現人神になった証拠であり、その力を持つ音無君は異能組織に引っ張りだこ。今まさにそんな状態だ。
当の音無君は困惑気味だ。……あ、目が合った。あれは助けを求める目。
「二人とも、その辺にしてください。今回はそういうのが目的じゃないでしょ」
コーラを机に置いて話に割り込む。
「それに、議長にバレたら大目玉ですよ」
「大丈夫だって。まだ来てないだろ?」
「そうですよ先輩。バレなきゃ問題ないです」
そういう考え方はどうかと思う。仮にも後輩の前で不道徳な姿を見せるんじゃありません。教育に悪い。
「へえ、じゃあバレたらどうするんだい?」
俺の背後からおばあさんが尋ねた。おばあさんの割には背筋がしっかりしており、目つきが鋭く声も若々しい。全体的に活力が漲っている印象だ。
このおばあさんこそ、最年長現人神である伊勢崎トネさん。
「「っ!?」」
二人の背筋がピンと伸びる。あーあ、バレちゃった。
「二人とも、新参の前でしょうもない恰好を見せるんじゃないよ」
「「す、すいませんでした」」
「フン。素直に謝ったから今回だけは許してやるよ」
その言葉を聞いて、二人はホッとしたような表情を見せた。
「ほれ、山岸。ちょっと詰めな」
「はい!」
席の並びは、滝川さん・音無君・俺、山岸・伊勢崎さんの並びだ。
「で、アンタが音無電磁かい」
「は、はい。そうです!」
「そう緊張しなさんな。何も取って食おうって訳じゃない」
いや、伊勢崎さんの眼光に竦んでるんだよ。初対面には中々きついよそれは。
「まずは現人神就任、おめでとう。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「お待たせしました、モーニングセットとハンバーグステーキです」
その時、ウェイトレスさんが料理を運んできた。
「ありがとさん。追加で注文いいかい?」
「はい。承ります」
「そうさねえ、旬のサラダセットを頼もうかね」
「お飲み物はいかがしましょうか」
「コーヒーで」
「畏まりました」
「……それじゃ、本題に入ろうかね。音無電磁、お前さんには二つの選択肢がある。現人神連合に入るか否か」
今回の招集の目的は、音無君が現人神連合に加入するかどうかを決めるため。
現人神連合加入に必要なのは、現人神であること、本人に加入の意志があること、加入時に現人神連合議長を除く三人の現人神がその場に同席することの三つだ。
「その決断をする前に、現人神連合とは何かについて話そうかね。ああ、食べながら聞いていいさね」
せっかくの料理が覚めちまうしな。
「お待ちしました。フルーツパフェです」
「あ、こっちです!」
山岸の注文の品も来た。
「現人神連合ってのは、歴史的に見れば相当古い組織でね。確認されてる最古の文献とかだと、平安時代には既に存在していた組織さね」
「そんなに古いんですか」
日本史の教科書にも載ってない情報だ。まあ、受験とかに関係ないしね。
「現人神連合の役割は時代によって大きく違う。悪鬼羅刹と戦ってたり、戦争には真っ先に駆り出されたりとね。ああ、今はもうそんなことしないから怯えなさんな」
日本は侵略戦争をしないと憲法で定めてるからな。余程の事がない限り戦争にはならないだろう。
「で、今の現人神連合の役割ってのは大きく分けて二つ。国家存続と現人神の相互監視」
「お待たせいたしました。旬のサラダセットです」
「ありがとさん」
「ご注文がありましたら、またお呼びください」
「はいよ。……さて、国家存続についてはそのまんまの意味だし後で絡んでくるから置とくとして、
現人神の相互監視ってのは分かるかい?」
「言葉の意味は分かりますけど……」
「必要性は分からない、と言ったところかい」
「はい」
分からないところは素直に聞く。簡単そうで、中々できることじゃないな。俺も見習おう。
「現人神の力は強大だ。それこそ、国家をひっくり返せるレベルと言っていい。だが、力に善悪は無く、使い方でそれが決まるのは事実」
「つまり、現人神の力が間違った方向にいかないようにお互いを監視すると?」
「その通り。現人神を止められるのは現人神に準ずる者だけ。だから監視が必要なのさ」
他に止められるのは、聖人か即身仏ぐらいか。会ったことないけど。
「役割についてはこんな感じ。次に立場についてさね」
「立場?」
「さっき言った通り、現人神連合は国家存続のためにある。これはつまり現人神が国家のために存在するわけさ。それは個々に与えられた役割をこなすことで達成できる。
例えば山岸は異界の管理だし、滝川は水資源の安定、鳴神は補填と言った風にね。無論、アンタにもある」
「俺の……役割?」
「そう。雷神の現人神であるアンタの役割は、魔物の討伐。今までは鳴神が代替でやってたが、これからはアンタが担うことになる」
「俺が、魔物の?」
「心配しなさんな。最初から上手くいくとは思ってないさね。魔物退治については山岸と鳴神から教わればいい。二人とも専門家だ。丁度いいだろう?」
「私としても、それは有難いです」
「俺の仕事が楽になるな」
今までは人手不足のせいで仕事の振り分けがおかしかったからな。全然バランス取れてなくて、俺任せなところがあったから。あと一人増えたら丁度いい塩梅になるんじゃないか? リクエストができるなら地神の現人神はよ。
「ってことは、所属は対魔部隊になるのか?」
そう言ったのは滝川さんだ。話の流れから考えてそうなるのは納得できているが、どこか残念そうだ。滝川さんとしては音無君に保障局に入って欲しがってたからな。
「音無はまだ中二だろ? 卒業する方が先さね」
「そりゃそうだ」
義務教育が終わってないのに働くとか芸能関係者ぐらいだろ。
「それに現人神は他者の操り人形になるのは禁止と決めたじゃないか。勧誘するんじゃないよ」
「……そういうルールがあるんですか?」
お、ちゃんと調べてたんだな。立派だね。
「うん。現人神連合にはさっき言った相互監視のためのルールがあるんだ。で、そのルールは一人一つ決めることができるんだよ」
伊勢崎さんの代わりに俺が説明する。いい加減聞き役に徹するのも飽きてきたしな。
「例えば俺の造ったルールは《無辜の民を傷つけてはならない》で、伊勢崎さんは《現人神状態になる際は、自らを除く三人以上の承認が必要》、滝川さんは《現人神は自身の権能を連合に伝える》、山岸はさっき言った《現人神は他者の傀儡になってはならない》だな」
他にもあるが、連合に入ると決めたわけじゃない音無君にはこれが限度だ。まあこのルール、結構緩く相当の事がなければペナルティもないから気にしなくていいし。
「……鳴神、今は現人神の立場についてだろ? 話を脱線させるんじゃないよ」
「……すいません伊勢崎さん」
いやあ、最初に脱線させたのは滝川さんじゃないですかね? 俺だけ怒られるのは不公平じゃあないんですかね?
なんて言える訳もなく、ただ謝る。
「まあいいさね。それは順序立てて説明するつもりだったし。で、次は現人神の特権についてか」
「特権?」
「そう、あたしらは人でありながら神の力を操る。当然、人間とはレベルの違う領域にいる訳だ。ここまではいいかい?」
「はい。それはなる前から聞かされていたので」
「するとどうなるか。現人神は人間にとっては扱いにくい存在だ。良い面もあれば悪い面もある。別の言い方をすればハイリスクハイリターンってところか。そこで人間たちはどうしたか、分かるかい」
「……それが特権、ですか?」
「その通り。アイツらは人間社会における特権を与えることで現人神を飼いならそうとしたのさ。そんなことをしなくても、元は人間なのがほとんどなんだからよっぽど人間嫌いじゃなきゃ人間に反旗を振るような真似はしないと思うがね」
伊勢崎さんの言う通り、現人神が人間に対して力を使う事例は殆どない。
「で、その特権ってのが、法律の適用範囲外。要するに、あたしらに法律は関係ない。例え犯罪であろうとも罪には問われない。とは言え、行政罰は一部適用されるがね。それがお前さんが勉強してきた特務公務員法さ」
「調べてて思ったんですが……大丈夫なんですか? 国家的に」
「あたしらは法的に人間というよりも神としての位置づけだからね。神に人間の法は適用できないだろ? そもそも立ち位置が違うんだから。まあ、それで一歩間違えれば災害になりうる力を飼いならせるなら安いもんだって、前に言ってた奴がいてね」
「誰です?」
「七瀬泰純って奴さ」
へー、七瀬さんがそんなことを。
「だけども、そんな自由にさせ過ぎるのも問題だからそれを止めるために現人神連合ができたって説があるんだがね。これで現人神の立場ってのが理解できたかい?」
「はい、多分大丈夫です」
「こういうのは口で説明するより体感した方が分かりやすいから、今はその認識でいいさね」
伊勢崎さんはサラダにドレッシングを掛け食べ始めた。他の三人も食べながら聞いていた。
仕方ないのでコーラで腹を満たす。
「……それで、給与面での話だけどね」
早くもサラダを食べ終わった伊勢崎さん。医者として激務なせいか、食べるのが早い。
「え、給料出るんですか!?」
一方まだ食べ終わってない音無君。
「当り前さね。金額は日本国民平均月収で、毎回コロコロ変わるが非課税だ。その変わり呼ばれたら仕事をせにゃならんが、仮に仕事が無くても払われるから、悪い話じゃないだろ?」
「確かにそれはそうですが」
不労所得も夢じゃないのが現人神。
「まあ、現人神連合に所属しないとさっきまでの話は無かったことになるがね」
簡単にまとめると、現人神連合に入れば多少のしがらみはあれど人間社会での生活は国が完全保障してくれる。入らなければ今まで通りの生活になる。それだけの話だ。
「入ります!」
「いいねえ若さからくる決断は」
食いつくような音無君と、少し邪悪さが滲む伊勢崎さん。
何か色々と思うところがあるんだろうな。俺は伊勢崎さんの今までの人生なんて知らないから想像することしかできないが、若い時に手痛い失敗でもしたのかな?
「そんじゃ、早速手続きだ。滝川、山岸、鳴神。三人で音無を連れて異能庁に行って手続きしてきな。その後、実習だ」
「了解しました」
「それで呼ばれたもんだからな」
山岸と滝川さんは快諾した。
「いや、この後予定があるんですけど俺」
だが、俺には翡翠の手料理を食べるという欠かせない予定があるのだ。
「そうかい。で、その予定はすぐに終わりそうかい?」
「……まあ、急げば三十分程度で終わると思いますけど」
食べるのにそこまで時間はかからない。寝起きで身体が本調子ではない朝食ならともかく、今回は昼食だ。ゆっくり食べても一時間以内で済む。
「それなら、どちらかに呪符を持たせときな。そうすれば実習がスムーズに行くだろ」
「……そうですね」
伊勢崎さんの意図は、呪符があれば《三千世界》ですぐに現地に行けるだろ。というものだ。
何で話してもいない《三千世界》とその仕組みを知っているのか。これが人生経験の差だとでも言うのか?
「ま、どうせ自慢の式神の飯を食べるとか、そんなんだろ? 鳴神」
ニィッ、とこちらを見る伊勢崎さん。
「何で分かったんですか」
「何でも頼んでいいって言ったのに、おまえさんはドリンクバーしか頼んでないだろ。票みりゃ分かるさね」
支払いに必要な伝票はテーブルに置かれているから、それを見れば分かる。
「で、さっき羨ましそうに料理見ながらコーラを飲んでたし、後ろ髪は少しハネてる。大方、休日だ
ったんでさっきまでグースカ寝てたんだろ?」
手で確認すると、確かに少しハネてる。鏡には映らない絶妙な位置だ。適当に身支度してたから見落
としてたか。
「なのに注文しないってことはこれから昼食を食べる予定があるって訳だ。アンタは結構義理堅いからね。約束を反故にすることはまずない。だが、インドアのアンタが誰かと食事に行くってのも不自然だ。普段の休日は大体家にいるだろ?」
その通りだ。基本家でゴロゴロしているか、仕事の準備だ。
「そう考えると、アンタんところの式神が第一候補だ。それか居候か?」
……式神のことは話したが、黒木のことは話した覚えはないんだけどな。どこから情報を持ってきたんだ?
……七瀬さんかな。黒木の事を知っているのは限られてるし、さっき七瀬さんと交流があるような
ことを言ってたし。
ただ、七瀬さんが人の個人情報を易々と人に告げるようなことをするとは思えないんだよな。あの人の情報収集能力は異能レベルだが、取り扱いについても一流だ。
……気がかりだか、今は自慢げに話している伊勢崎さんの話を聞こう。
「以上のことから、予定とは昼食のこと。違うかい?」
「その通りですよ」
「よしっ」
小さくガッツポーズをした伊勢崎さん。
伊勢崎さんはこういうミステリーていうか、謎解きが趣味なのだ。特技と言ってもいいかもしれない。
だが、毎回付き合わされると知られたくないことも知られてしまうことがあるので、付き合うにはそれなりの覚悟が必要になる。
昔、証拠の七瀬、推理の伊勢崎と呼ばれていたこともあったらしい。どこの探偵だあんたら。
「じゃあそういうことで、あたしゃ仕事に戻るよ」
「仕事って何の仕事ですか?」
音無君が疑問を口にする。
「医者の仕事。これでも現役なんでね。金は払っとくよ」
伊勢崎さんは伝票を持って去っていった。
「じゃあ、俺と山岸と音無は異能庁に行ってその後演習場でテストだな」
「テストですか!?」
「そう身構えることはないぜ音無。テストっつっても摸擬戦だからな。山岸、対魔部隊の演習場って借りられそうか?」
「今日は大規模な訓練もないので大丈夫だと思いますよ」
「よし、じゃあ行くか。透には演習場に着いたら連絡するから、ゆっくりしとけ」
「ありがとうございます。あの、これを」
呪符ホルダーから呪符を取り出し滝川さんに渡す。
「おう、確かに受け取ったぜ」
その後四人でファミレスを出て、三人と分かれて俺は自宅へ帰った。




