三日月の共鳴、出陣②
移先は競技場。
このシステムは、入場のために結界をいちいち開くと電力消費が半端ないということで設計し直したものだ。ついでに色々結界に手を加えておいた。
「あ、相手の方々はどんな人たち何でしょうか……」
「野々花さん、声震えてますけど大丈夫ですか?」
「は、はいっ! 大丈夫ですよなるk──じゃなくて逆神さん!」
「無理しないでくださいね。身体も震えてますし」
「こここ、これは武者震いってやつですよ! よっしゃ―かかってこーい!」
緊張を解すためかシャドーボクシングっぽいのを始めた野々花さん。本当に大丈夫かな。あとで緊張緩和の術式でもかけようかな。今は試合前だから術式使うとルール違反になるから使えないけど
「……名前、間違えないでくださいよ」
一方こちらを見ている三人はというと、
「……おい月島、あれ大丈夫なのか?」
「もちろんよ。楽しんでいきましょう?」
「ケッ。戦闘を楽しめってのはどうかと思うぜ俺は」
「まあまあ日鳥くん、できるだけのことをするだけだよ」
「テメー三善! 君付けで呼ぶなって言ってんだろうが! 歳の差考えろっつーの!」
「えー、たった十一歳差でしょ?」
「十一歳年上だぞこっちは! あと一年で三十路だぞ!?」
「それ言ったら私なんてもう三十六なんだけど。直和君全然敬語で話してくれないじゃない。お姉さん悲しいわ」
「……三十六でお姉さんは無理が──ムグッ」
「こらこら、そういうことは言っちゃだーめ。日鳥君だってまだ死にたくないでしょ?」
「──プハッ。オメーら俺を子ども扱いすんじゃねーっ!」
野々花さんとはうってかわって緊張感がまるでない。余計な力が入るよりはましだけど。
「皆さん、対戦相手が来たようですよ」
競技場の向こう側を見ると、男女五人組の対戦相手がいた。
「……何で水着なんだあいつら」
日鳥さんが疑問を呈する。
「暑いからじゃないですか?」
「いやいや野乃花。今日そんなに暑くないよ」
千秋の言う通り、今日の気温は五月の平均。
と言うか、いくら暑くても水着で来たりはしないだろ。
「何かしら理由があんだろ」
「まあそうでしょうねえ」
日鳥さんと月島さんに同意見。
ブーーーーーーーーッ!!
試合開始のテンカウントブザーが鳴る。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーッ!
さあ試合開始だ。
「《巨人の大海原》!」
相手が開幕と同時に攻撃を仕掛けた。大規模な津波が怒涛の勢いで襲い掛かってくる。
「いきなりかよ!」
日鳥さんが毒づく。
「私に任せて」
月島さんが前に出る。
「《万里土城壁》」
月島さんが地面に手を付けると、超巨大な壁が現れ津波を防いだ。競技場を分断するように結界とぴ
ったりとくっついている精密さで、一切の漏れを許していない。
《万里土城壁》は《土城壁》の上位版で、防御範囲が広く頑丈だ。津波対策の一環で作った術式だったが、習得難易度が術式の中で最高クラスのAランク。
「凄いですね。月島さんいつの間に」
「旦那が子育てしてる時にちょっとね」
そんな片手間でできるような術式じゃなかった気がするんだけど。元々複数人で使うことを前提としたものだし。
それをこうもあっさりと。目測高さ三十メートル、横二十五メートルの規模とか普通じゃないよ。
「それは良いけどよ。どうやって攻撃すんだよ」
日鳥さんの言う通り、《万里土城壁》は頑丈に作られている。具体的には《地龍》の攻撃ではびくともしないレベル。
「千秋ちゃん」
「はいよ、《第三者の視点》っと」
千秋の異能《第三者の視点》は対象の周囲を見る異能。対象の半径十メートル範囲でならどの視点からでも対象を見ることができる。左右上下は勿論のこと拡大・縮小もできる。
「千秋、誰を対象にしてるんだ?」
「日鳥君」
「俺か? どうしてまた」
「直和君、頂上まで登ってくれる?」
「何する気かは知らねえが、仕方ねえか」
日鳥さんが壁に触る。すると腕を捲り靴と靴下を脱ぎ始めた。
そして無言で凹凸のない壁をクライミングしていく。
日鳥さんの異能である《獣性取得》。動物の性質を自らの性質に組み込み再現する異能で、恐らくヤモリか何かの動物の性質を再現して登っているのだ。接地面積増やすために腕と足をべったりつけているから滑っているような動きになってるけど。
「……登るんじゃなくて飛んでって言った方が良かったかしら?」
「そうだね」
「予想以上に気持ち悪い動きです……」
女性陣辛辣ゥ! 俺も完全同意だけどさ! あの動き、Gを彷彿とさせるし。
「月島さん、後で日鳥さんに謝った方がいい」
「そうね」
などと言っている間にも日鳥さんは《万里土城壁》の天辺まで登り切った。
「千秋どうだ?」
「辺り一面水だらけだね」
「人はいないのか?」
「水上にはいないね。となると……」
千秋が何か言おうとしたその時、ズウウウウウン! と鈍い音がした。
「確認したよ。相手は全員水中だ」
「音からして壁を破ろうとしているのかしら」
「だね。しかも気泡が見当たらないことからして、水中で呼吸ができるっぽい」
出揃った情報から、相手は全員水系統の異能で、水中で戦うことを想定したチーム。あの津波はそれをフィールドとして整えるための異能か。
なら次の手は《万里土城壁》を壊して自分たちの有利な場を作ろうとしている、といった感じか。
「どうします?」
「どうしようかしら……」
現状、こちらから手を出すことはできない。攻撃するためには《万里土城壁》を解除するしかないが、それを許すと向こうの有利な状況を作ってしまう。水中じゃあ俺や日鳥さんはともかく女性陣は何もできない。
「日鳥さんにどうにかしてもらいましょうか?」
「野々花ちゃん無茶言わないの」
いくら何でも日鳥さん一人で五人を相手にはできないしな。俺が戦えればいいんだけど、術式には水中で戦うようなものはない。水中で死なないような術式はあるんだけど。あくまでの術式は《自衛》に特化した異能体系だしなあ。
……そうだ、あれならいけるかも。
「千秋、日鳥さんと繋げて」
「あいさー。《五感共有・思考接続》」
《五感共有・思考接続》はその名の通り、千秋の五感を共有し、念話ができるようにする異能だ。
目を閉じれば千秋が見ている俯瞰風景がはっきり分かる。確かに水上には誰もいないな。
(日鳥さん、聞こえますか)
(聞こえてるぜ。で、何をする気だ?)
(飲み会の時に観た動画、覚えてます?)
(色々見過ぎてて覚えてねえよ)
(あれです。科学実験の動画です)
(……っておい、まさか)
(お察しの通りです。あれをやります)
(お前時々馬鹿になるよな)
(観客がいますからね。せっかくなんでド派手に行きましょう)
(宣伝になるんなら良いけどよ。それで、俺はどうすりゃいい?)
(そのまま立っててください。そんで事が済んだらこっちに戻って下さい。結界張って待ってますんで)
(つまり俺がどれだけ早くするかが重要ってことか。良いぜ早くやれ)
(ありがとうございます)
さて、次だ。
「野々花さん、千秋、月島さん! これを!」
女性陣を呼び右太ももに付けた呪符ホルダーを月島さんに投げ渡す。
「それ全部結界に使います!」
「え、どういうことですか?」
「野乃花、詳しいことは僕が話すから。ほらやるよ」
女性陣が作業に取り掛かる。
お次は《異能工房》だ。
千秋の視界で《万里土城壁》の奥、つまり水槽状態の競技場を真上から見ている訳だが、これには理由がある。
《異能工房》は自分が認識できる空間に物質ができるからだ。普段は手の平とか目の前に作るが、それだと運搬ができないからね。
「《異能工房》!」
これで水槽の上に作った物質が落ちるように仕込んだ。
作る物質は銀色の固体。名はルビジウム。
これをできるだけ早く、そして大きく作る。
「……よし」
これだけ作れば十分だろう。
(日鳥さん、そこから離れて!)
(よし!)
日鳥さんの腕が翼に変わり《万里土城壁》の頂上から飛び降りた。それにより視界からルビジウムが外れ制御を失い水槽へ落ちていく。
一方俺は女性陣が用意した呪符百枚が貼られた結界の下地に移動。日鳥さんはこちらに向け滑空してくる。
「《牽引》!」
数秒猶予はあるがそれでも間に合わないと判断し、右手に引力を発生させる《牽引》で日鳥さんを引き寄せる。
そうなると当然の如く日鳥さんは俺の方へ向かってくるので、
「《衝撃拡散》!」
飛んできた日鳥さんを受け止め《衝撃拡散》でダメージを極限まで散らす。日鳥さんが軽くて助かった。
「《五重土城壁》!」
月島さんが前面に五つの《土城壁》を展開。
「《封鎖結界》!」
難易度の割に効果が高い《封鎖結界》を展開。呪符で増幅しているので、通常のそれとは桁違いに頑丈にできている。
そして、変化が起きたのは《封鎖結界》が展開し終わった丁度その時。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
視界を覆う凄まじい爆音と水蒸気、さらに衝撃波で全身が震える。この時点で《万里土城壁》と《五重土城壁》は粉々に吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
「わっ!?」
「きゃあっ!?」
「んっ……」
「……っ!」
発動者の俺の呪力が揺れると結界の維持ができなくなるので耐える。皆の被害を減らすために《衝撃拡散》を使いながら結界の維持に努める。
衝撃波は一瞬なので大した問題ではないが、熱と水蒸気がとにかく邪魔。気を抜いて結界が解かれれば肺に蒸気が入り内側から焼ける。
そんな中世の拷問(実際にあるかは知らん)を皆にさせる訳にはいかない。
「月島さん、大丈夫ですか?」
「うぅ……ええ、大丈夫よ」
「《乱気流》は使えますか」
「それぐらいなら」
「じゃあお願いします。私には結界の維持で手一杯なので」
「分かったわ。《乱気流》!」
《乱気流》は文字通り乱気流を起こして相手を動けなくする攪乱術に分類される術式だが、今回は水蒸気を散らすために使う。
こうして水蒸気が無くなると、見えてきたのは試合前の競技場そのもの。《五重土城壁》は分かっていたが、《万里土城壁》すら跡形もなく消え去っている。当然、相手はおらず、全員結界の外に出
されていた。
しかしあの爆発にも競技場の結界は耐えていた。
もう大丈夫だろうと《封鎖結界》を解除した。それと同時に試合終了のブザーが鳴る。
「……お前な、やりすぎ」
「あっはい」
日鳥さんに叱られた。確かにあれはやりすぎだったな。結界の維持大変だったし。次の試合は地味
めにするか。




