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目立たず静かに過ごしたい!  作者: 文月灯理
第一章 ようこそ風魔の里へ
3/133

春の訪れ、舞い込む依頼②

移動した先は二階にある図書館。



今日の図書委員で仕事があるのは俺だけ。なので図書館には誰もおらず、静寂が支配するのみ。



基本ほとんど人はいないし、ましてや始業式当日に借りにくる生徒などいないだろう。



普通であれば退屈するところだが、今回に限っては丁度良かった。誰にも聞かれる心配がない。依頼は原則として守秘義務があるからな。



あと俺の正体がバレない。こっちの方が重要。



「えっと、落ち着いた?」



「はい、ごめんなさい……」



ちょっと時間が過ぎたことで落ち着いたようだ。うん、ここに連れてきたのは正解だった。



「気にすんなって」



励ましの言葉をかけるが風魔は落ち込んだままだ。



どうしようか。依頼の内容を詳しく話せる状態じゃない。



取り敢えず元気になってくれればいいが、女子高生を元気づけるのって一体どうすればいいんだろうか。スイーツの話でも振った方がいいかな? けど全然詳しくないんだよな……。俺が好きなの和菓子だし。



どうしたものか……。と思っていたその直後だった。



ビリビリビリビリビリビリッ!!



突如、窓ガラスが鳴った。



「なんだ? 飛行機でも低空飛行してんのか?」



気になって窓に近づいてみた。



「……え?」



するとあら不思議、ドラゴンが校庭めがけて突っ込んでくるではありませんか!



「グルアアアアアアアアアアアッ!!」



ズドオオオオオオオオオオオオオォン!!



「うお……ッ!?」



衝撃で土煙が上がったから直接視認は出来なかったが、シルエットで分かった。魔物──ドラゴンが校庭に着地したんだ。



西洋風の、爬虫類の進化系のような竜がそこにはいた。明らかに校舎の高さを超えている。現実感が全くないが、龍型じゃないだけ良しとしよう。そっちは人がどうにかできるレベルを超えてるし。



だが着地の衝撃で窓ガラスが割れ、破片が弾幕のように襲ってきた。目下危険なのはこっちだ。



咄嗟に風魔の壁になるように、窓と風魔の直線上に立つ。



「風魔、無事か!」



「はい、大丈夫です!」



見たところ風魔は無傷。女子の肌に傷なんてつけたら自己嫌悪で死にたくなるわ。



「けど、鳴神さんは……」



「俺も大丈夫」



本当はガラスの破片が所々刺さったり擦れたりで痛いけど、依頼人の前で弱気なところは見せられない。それにこれぐらいでは致命傷にはならないし。



しかし、まさかドラゴンか。この辺りは龍脈が通っているといえ、あんな大物が出てくるような土壌は無いはずなんだが。



いや、考察は後だ。避難が先。



パッパッっと埃を払う。うん、身体はちゃんと動くな。これなら大丈夫だろう。



「風魔、とにかく此処から出るぞ! ついてこい!」



「は、はい!」



ドラゴンは災害そのもの。まともに対峙したところで勝ち筋は無い。



だからと言って、このまま校舎に残っていても状況は変わらないし、最悪ドラゴンが校舎を破壊して生き埋めになるかもしれない。逃げ一択だ。



それにこれだけ派手に現れたのだから《対魔部隊》も気づいているだろう。近隣住民なり学校側が異能庁に通報してるはずだ。



それまで待てば対魔部隊が来てくれるし、ドラゴンの視線は対魔部隊に釘付けになるだろう。その内に安全圏まで避難しなければ。



やることは決まったので図書館を出る。窓ガラスが散らばっていて少し歩きづらいが、ゆっくりと歩けば問題ない。



何とか一階に降りたが、わざわざドラゴンがいる校庭側に出る訳にはいかないので、裏口から出ようとするが、そこには黒い霧のようなものが漂っていた。



「何ですかこれ……」



この反応からして見るのは初めてか。



「これは《瘴気》だな。ドラゴンの影響だろう」



ドラゴンを始め、魔物はそこにいるだけで《瘴気》というものを発する。



まず《魔物》とは、龍脈を流れる星の血液と称される《霊気》が、地上に噴出され天の霊気と混ざり合って生じる存在である。



そして魔物から滲み出す霊気が《瘴気》だ。



これを放置すると新たな魔物を生む温床となる。この現象を《連鎖》と呼ぶ。



ちなみに連鎖で発生した魔物は霊力によって生まれた魔物よりも弱いが、霊気ではなく瘴気が元になっているので、自然消滅することはない。



さらに瘴気は全ての生物にとって有害。



なので魔物退治のセオリーはできるだけ早く討伐し瘴気拡散を防ぎ、瘴気を浄化することが求められる。



しかし、ドラゴンは魔物の中で最上位の存在と位置付けされており、それから生まれる魔物も総じてレベルが高い傾向にある。



故に倒すのが非常に困難だ。向こうもただやられるのを待ってくれるわけもなく、しっかりと反撃してくるし。



その相手をしているうちに瘴気産の魔物がポンポン生まれたら体力がもたない。今はまだ大丈夫だが、そのうちどんどん現れるだろう。



そんなのに囲まれたらどうしようもない。デットエンド確定。



とは言え、まだ魔物になる兆しはない。逃げるなら今だ。



「風魔、ここは駄目だ。二階に戻るぞ」



「はい!」



さて、どうするか。



流石に瘴気が二階に上がってくることはないと思うが、このままの状況が続けば厄介なことになる。



というか対魔部隊が遅い。いつもならとっくに到着しているはずだが。質が落ちたか? 



あいつがいるのにそんなことはないと願いたいもんだけど……あ、近隣の避難を最優先にしてるのか?



それなら仕方ないと思う反面、早く来いと切に願う。



けどこれじゃこっちは使えないな。渡り廊下を通って別棟に行って、そっちに瘴気が無いことを願うか。



そう考えている矢先に、階段からブウウウウウウン、という何かが羽ばたいている音が聞こえた。



「まさか……」



階段を見ると、二メートル近い大きさの蜂が黒い霧に包まれながら飛んでいた。自然にこんなサイズの蜂がいるわけないので、瘴気によって生まれたものか。あの黒い霧は魔物から出てきた瘴気だな。



「魔物!?」



風魔が声を上げると、蜂が針をこちらに向けて突進してきた!



「ちっ!」



風魔を抱えて寸でのところで回避する。しかし蜂は方向転換して再び突進する。



だが、廊下の幅が狭く、蜂型の魔物は上手く動けていない。



「風魔、後ろに隠れてろ」



「分かりました!」



随分と聞き分けが良い。それに冷静だ。流石風魔の里の人間。場慣れしてるな。



それじゃ、討魔師として、魔物退治始めますか!



制服の懐から俺特製の異能が込められた討魔師御用達補助道具《呪符》を四枚取り出し、蜂に向かって投げる。



呪符は着弾し、白い炎が起爆。蜂はみるみる内に燃え尽きた。楽勝楽勝っと。



「風魔、もういいぞ」

 


周囲の警戒をしつつ、風魔に声を掛ける。



「すごい……これが討魔師なんですね」



「感心してくれるのは嬉しいけど、今はそんな状況じゃないからな」



そう、魔物を一体斃しただけで何も変わっちゃいない。



しかもすでに魔物が現れたということは、これから魔物の発生が立て続けに起こる可能性が高いということ。とても楽観視できる状況じゃない。



「風魔、三階に行くぞ」



「え、逃げるんじゃないんですか?」



「思ってたよりも状況が悪いからな。安全な所まで行って作戦を立て直す」



「分かりました」



「よし、じゃあ行くぞ。付いてこい」



 そうして、俺を先頭にて三階まで進む。



途中、トラップで呪符を配置したから、これで魔物が来てもある程度は時間稼ぎになる。



向かう先は空き教室。



「入って」



先に中を確認し、安全を確保してから、風魔に入室を促す。



風魔と入れ替わるように俺は廊下に出る。



よし、魔物はいないな。



トラップ音も無いから、まだ連鎖は活発ではないようだ。



窓越しに外の様子も見てみたが、ドラゴンは鎮座したままで、少しも動く気配が無い。まるで置物になってしまったかのようだ。



だが、奴は空を飛んで此処まで来た。その理由は分からないが、いつ動いてもおかしくないことを想定して作戦を練らなければならない。



俺は空き教室に入り、上下四隅に呪符を投げて配置。即席ではあるが、魔物除けの結界《霊障結界》を張る。



これで場は整った。



後は理事長に『魔物が出た』と携帯で連絡し、準備は完了。



「さて、とりあえず安全は確保したことだし……これからの話をしよう」



机と椅子を向かい合わせに動かして、片方の椅子に座る。



「とりあえず座って」



「は、はい」



風魔は落ち着かない様子だが、しっかりと頭は働いているようで、多少ぎこちないが椅子に座った。



「本来なら茶菓子か何かを出すんだけど、生憎持ち合わせが無くてな。すまない。腹減ってない?」



「い、いえ。お気遣いなく」



本当なら昼ご飯はとっくに済ましている時間で、腹の虫が鳴く事も無いんだけどな。弁当はドラゴン着陸の衝撃でぐちゃぐちゃになったから食べられないし。



そうだ。夜鶴に何か持ってきてもらうか。ついでに風魔の避難を任せよう。



『夜鶴、今暇か?』



頭の中で問いかける。



『透様? 時間なら大丈夫ですが』



女性の声が聞こえる。



『それなら、飛んで今すぐ学校に来てくれ。それと何か空腹を満たせるの持ってきて』



『お弁当食べて無いんですか? 翡翠さんに怒られますよ?』



あー、それがあったな……。正直に言ったら許してくれるかな?



『緊急事態でな。細かいことは直接話す』



『……分かりました。すぐ行きます』



『目立たないようにな?』



『承知しました』



その言葉を最後に、声は続かなくなった。



これで救援は呼んだ。後は時間稼ぎだな。



「あ、あの。どうかしましたか?」



「ん? ああ、すまない」



《念話》に集中しすぎたか。不審がられてしまったな。



「さて、これからの話だが、この教室には《霊障結界》……魔物を通さない結界を張ったからしばらくは大丈夫だぞ」



「そうなんですか? 良かった……」



「とはいえ油断はできないけどな。だから救援が来るまで待つぞ」



「救援? いつ呼んだんですか?」



「さっきボーっとしてた時。《念話》で仲間を呼んだから、しばらくすれば来ると思う」



「《念話》……鳴神さんは確か異能者でしたよね? なぜ《術式》を?」



 一般的には異能者が《術式》を使わない。こんな後付け異能使うよりも、自分の異能鍛えた方が何倍もマシだし。



「この学校じゃ《術式》を教えてるからな。選択科目だけど」



と、いうことにしておこう。本当は俺が《術式》の開発者だからできるんだが、それを言うと混乱するだろうしな。この状況で冷静さを失うような情報は伏せておいた方が良い。



「それは置いといて、救援が来るまで……依頼について聞かせてもらおうかな」



「このタイミングでですか!?」



「やることも無いしな。時間がもったいないだろ?」



この危機的状況で何もしないというのは精神的に参るからな。何でもいいから、気をそらすことが生存率を上げることに繋がる。



勿論周囲の警戒を怠ってはならないが、それは俺がやればいい。風魔は魔物には慣れていないようだし、警戒する分の余裕は残してもらいたい。



「それはそうかも? しれませんけど……」



風魔は少し考えこんだ後、依頼について話し始めた。



「私は《風魔の里》の人間です。《風魔の里》についてはご存じですよね?」



「ああ。もしかしたらと思ったが《風魔の里》出身か。小太郎さんは元気か?」



「はい。ピンピンしてますよ」



あの爺さんは心配するだけ無駄かもしれないけどな。



「それで、依頼主は小太郎さん。風魔はメッセンジャーってことか?」



「はい。その通りです」



自分で来れば良いものを。……いや、あの爺さんでかいし目立つから来ない方が良い。ナイス判断だ爺さん。



「それで、依頼の内容なんですが……」



「分かってる。魔物関係だろ? 《異界》はそういうの多いよな」



《異界》は龍脈関係が複雑だからか、魔物がすごい出る。爺さんとは顔見知りだから良いけど、そうでなきゃ受ける気にはならなかったな。その代わり殲滅が得意な奴紹介するわ。



……いや、風魔の里って魔物出ないようにしてたし、万が一魔物が出ても斃せるぐらいの戦力はあったはずだ。それなのに何故俺に依頼をしてきたんだ?



「いえ、魔物ではなく」



「え」



じゃあ何で俺が? なおさら分からない。もしかして《異界》関係の依頼か? いやいや、それ俺の専門じゃないんだけど。頼む相手間違ってますよ。



「その、魔獣なんです」

 


……ああ、そっちね。クッソ面倒なのが来たな。



「それは……ご愁傷様。……魔獣になったのって、やっぱり《風魔の里》の人か?」



「はい。風魔祐介と言って、私の義兄です」



だと思ったよ。野獣ベースなら風魔の里の戦力で片づけられるが、人間ベースだとそうもいかない。



「義兄? 風魔は里の人間じゃないのか?」



「私は、山に捨てられたところを里長さんに拾われたんです」



何そのクソ重い過去。俯いちゃってるし。



「そういえば、《風魔の里》って異能庁に登録してるの?」



話変えよう。こういう重いの無理。



「いえ、しないそうです」



してない、じゃなくてしない、か。組織登録してれば異能庁から対策班連れてこれたんだけど。あの爺さん。まだ外部の力は借りないとか言ってるのか? メリットはしっかり伝えたんだけどな。



「分かった。風魔が俺を探していたのも、何となく理解した」



 いやもう、あのクソ爺頑固過ぎない? 説教しに行かなきゃな。



「その依頼受けるぞ。他にも仕事があるからすぐには動けないけど」



今俺が受け持っている仕事は、夏原学園での魔物退治。つまりは討魔師の仕事だけだ。けれども、俺は国民安全生活保障局という役所の《十二神将》としての仕事と、本所属の三日月の共鳴で呪具師をやっている。



その双方に今回の依頼についての事を連絡しなきゃならない。勿論、夏原学園にもだ。



他にも、俺は現人神連合というサークルみたいなところに所属している。だがこっちは割と緩いので連絡は不要。後はうちの式神達に軽く伝えておこう。二人連れていくつもりだし。



その辺に連絡を済ませた上で、依頼の準備をすると……一日はかかりそうだ。



「! ありがとうございます!」



「お礼はまだ早いぞ。ここから脱出もできてないしな」



細かいことについては依頼主から直接聞き出すとして……夜鶴遅いな。あ、そういえば俺のいる場所を教えて無かったな。それで時間が掛かってるとしたら、もう一回連絡入れないと──



ガラッ!!



「透様! お待たせいたしました!」



「ひぃ!」



思いっきりドアが開かれ、風魔が小さな悲鳴を上げた。



俺も思わず身体がビクッてなった。油断しているつもりは無かったんだが、まだまだ精進が足りないな。



「夜鶴さ、ドア開けるときはそんな勢いよくやるもんじゃないぞ」



「緊急とのことでしたので……」



確かにそうなんだけど、結界に影響出かねないからやめて。



「えっと、鳴神さん。この方は……?」



「ああ、紹介しないとな。夜鶴、ドア閉めて」



「承知しました!」

 


ガラッ! とドアを閉め、夜鶴の銀氷の髪が大げさに揺れる。



「だから静かにしてくれよ」



音で魔物が寄って来たらどうすんだ。



ミニスカ和服に黒タイツ、氷のような長い銀髪と見た目はものすごく目を引く美女だが、中身は子供っぽいんだよな。もう少し落ち着きがあって欲しいところだ。



「えっと、こっちは夜鶴。俺の式神だ」



「初めまして! 夜鶴と申します! 透様の伴侶です!」



「違う」



何悪びれもせず嘘を言ってるんだこいつは。風魔が呆然としてるじゃん。



「透様、こちらをどうぞ」



夜鶴がくれたのは栄養バー。それを受け取り一口で頬張る。口の中パッサパサだが、今は緊急事態、そんなものは二の次だ。



「それで夜鶴。こっちは風魔夕夏。依頼人の代理だ」



「ど、どうも」



少し怯えて……いや、照れてる? 確かに夜鶴は美人。気後れするのも分かる。俺も最初はそうだった。一緒に暮らしてるとその辺薄くなってくるから忘れてたが。



「あー、夜鶴です。よろしくお願いしますね」



一気にテンション低くなったなこいつ。



「お前素っ気無さすぎない?」



「いえ、普段通りですよ?」



確かに雰囲気はいつも通りだが……お前女性相手だと少し敵対心入るの何なの?



「まあいいか。風魔、今から屋上行くぞ」



「え、でも、ここの方が安全じゃないですか?」



「救援が来たからな。ここから脱出するぞ」



「え、でもどうやって……」



「夜鶴は空を飛べるからな。風魔を安全な所まで運んでもらう」



夜鶴の方を見る。



「任せてください。絶対にあんなドラゴンに指一本触れさせませんので」



実際、夜鶴は無傷でここまで来たわけだし、説得力はあるだろう。



「でも、それじゃ鳴神さんはどうするんですか? 流石に二人同時って、無理がありますよね?」



「そうですね。私が運べるのは一人までです」



抱えて飛ぶしかないからな。必然的にそうなる。



「俺はドラゴンを何とかする」



そのために、俺はこの学園から雇われているんだ。正直それに見合う金を貰っているかと言われれば貰ってないんだけど、しっかり仕事はしないとな。



「風魔。お前がしたくないのなら無理強いはしない。別の方法を考えよう」



本人の意思を無視して事を起こすのは良くない。《三千世界》による転移もできない訳ではないし。 



ドラゴンを斃すことを考えると、呪力消費が多いのであまり使いたくない手ではあるが、人命が最優先だ。疲れるが仕方ない。



「いえ、お願いします」



風魔が覚悟を決めたような視線を俺と夜鶴に送ってくる。



よし、決まったな。



「前衛は夜鶴でその後に風魔が続いてくれ。殿は俺がやろう」



前後を俺達が守り、その間に風魔を入れる。



「承知しました。では、善は急げとも言いますし、行きましょうか」



「はい!」



「その前に、風魔にこれを渡しておく」



風魔に呪符を十枚渡す。



「これはさっき魔物に使った《調伏術》が封じられた呪符だ。使い方は魔物に向かって投げるだけだ」



そうすれば、魔物の瘴気に反応して勝手に起動するよう設定してある。



「ありがとうございます。でも、どうして?」



「護身用だよ。持っておいて損はないだろ? あ、使わなくても返さなくていいからな」



「良いんですか!? こんな高価なものを……」



「良いよ。でも転売は止めてね」



実は呪具というもの、かなり値が張る。



呪具を作れる異能者は《呪力具現化系統》に属する。呪具はその略称。



俺も呪力具現化系統の異能者なのだが、俺のように他人も使える異能者は少ない。



と言うのも、呪具は製作者の呪力がスイッチになるので、他人が扱えるようにするには、その人の呪力を元に作る特注品(オーダーメイド)と誰でも使えるように初期化した呪力、いわゆる無色の呪力を元に作る汎用品(ジェネリック)しかない。



 ちなみに、難易度的にはどちらも変わらず超高難易度。これらができるほどの呪力制御技術が必要だから。



ただこの呪力制御技術、現代では廃れかけている技術なのだ。



理由は簡単。コスパが悪いから。習得するだけで、才能があっても少なくとも十年はかかるという代物で、そんなことをするなら、自分の異能を鍛錬する方が強くなれる。



ただ極めると色々と使い勝手が良いのは確か。俺は異能研究が趣味なもんで、その一環でやってたってだけなのだ。運が良かったとも言えるな。



「さて、安全確認を……」



ドアをそっと開け、周囲を警戒する。



……まだこの辺は大丈夫だな。《呪力感知》をしてみたが、一階はもうダメだった。二階は瘴気が上がってきている。一階ほどではないが急がないと。



というかこれ、他の生徒は大丈夫なのか? いくら始業式が終わったとはいえ、まだ校舎にいる生徒ぐらいいてもおかしくないはずだ。



《呪力感知》では、瘴気が邪魔して正確な情報を測れない。同じ呪的エネルギーだからな。仕方ない。



不安ではあるが、無事であることを祈ろう。今の俺では、そうすることと、目の前の風魔を避難させることしかできないのだから。



「よし、行くぞ」



気持ちを切り替える。俺の合図の後、夜鶴と風魔が廊下に出た。俺もそれに続く。



周囲の警戒は怠らず、慎重かつ迅速に廊下を進み、階段を上がっていく。



一つ気になったのだが、風魔が結構上手い。風魔の里では潜入や諜報の部隊もいるから、そこの出身なんだろう。



そうして、危なげなく屋上に着いた。



屋上のドアが壊れていたのは……夜鶴がやったんだろう。普段は鍵掛かってるから。前はこっそり開けてたんだけど、今回はそんな余裕無かったからな。後で謝るか。



天気も良く、風も無い。フライトにはもってこいの状態だ。



「風魔さん、こちらへ」



夜鶴が風魔に向けて手招きする。



「はい」



それに誘導されて、風魔は夜鶴の目の前まで来た。



「後ろ、失礼しますね」



「え」



夜鶴が風魔の後ろに回り、両腕を風魔の腰に回した。風魔に夜鶴が抱き着いている状態になる。



「あの、これどういう状況なんです?」



風魔は困惑気味。しっかり説明しなきゃな。途中で暴れてドラゴンに気が付かれたら意味が無い。



「今から夜鶴と飛ぶ」



俺の言葉を待っていたかのように、夜鶴の背中から翼が生えた。



「え、すごい! 綺麗!」



夜鶴は鶴の精霊。《渡り鳥》というスキルで、翼を自在に格納し空を飛ぶことができる。



「風魔、気持ちは分かるが少し抑えて」



「あっ、すいません……」



あのドラゴンに聴覚があるのか分からないからな。慎重にいきたいところだ。



「お褒めに預かり恐縮です。では続けて──」



今度は夜鶴と風魔の姿が一瞬で見えなくなった。



「透様、如何でしょうか?」



「完璧。《呪文共有》も上手く出来てる」



「え、何の話ですか?」



風魔には何のことか分からないよな。《呪文共有》が出来ているならこの冷え込みも感じないはずだし。



「今、夜鶴が《雪化粧》という術式で透明人間になったんだ。で、風魔にもその効果が出て、二人とも透明人間になったってこと」



「え!? そうなんですか!?」



思ったより食いつきが良いな。表情はまるで分らないけど。



けど風魔って、もしかして異能者じゃないのか? この反応、初めて異能を見て目を輝かせている子供のような反応だ。



「準備も整ったし、頼んだぞ夜鶴」



「はい、行きますよー」



「ちょええええええぇぇぇ」



風魔の叫び声が聞こえたが、徐々に小さくなっていき、遂には聞こえなくなった。



ドラゴンはこちらには気づいていない……というより、何もしていない。



普通であれば、魔物は自身の存在を安定させるために絶えず呪力を求めているはず。精霊である夜鶴の呪力に反応し襲い掛かってきてもおかしくはない。それだけ精霊の呪力は上質だ。



それなのに、全く反応を示さず、瘴気だけを垂れ流し鎮座。



普通ではない何かがある。だがそれを探す余裕はない。



一早く討伐しないと、俺の知らないところで被害が出るかもしれない。いや、もう出てるかも知れないが……。



「何でこんなことになったんだろ」



正直な話、こんな目立つ案件は俺のやることじゃないと思います。俺の望む目立たず静かに暮らす生活はどこに……。



はあ、嘆いていても仕方ないか。金貰ってる以上はやらないと。



早く来いよ対魔部隊。来たらお前らに押し付けるからな!



「ちゃっちゃとやりますか」



これっぽっちも割に合わないけど。こういうのは英雄志望の討魔師がやることで、俺みたいな細々と生きていきたい小心者がやることじゃないんだけど。そもそも本業じゃねーし。



だけど小心者故、こういう事態も想定しているのだが。



頭の上に演算処理補助呪具《天輪》を浮かせ、飛行用神格武装《十二枚刃》を装着し六翼三対の天使に姿を偽造。攪乱術《認識阻害》で周囲の人たちの認識を誘導。ついでにお面を被って、正体隠しはオーケー。



さらに右手には対魔刀《正純》を持ち、緊急時用の呪符も用意した。



本当にこういう事態が起こると本気で思ってなかったが……夢なら醒めて。



しかし、いつまで経ってもベッドの上にならないので、覚悟を決める。



 ──よし、行くぞ!

 


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