討魔師として、研究者として②
「探す手間が省けたよ。まさか自分から現れるとは」
俺は風祭の前に立つ。とはいってもここは斜面で向こうの方が高い位置にいる。向こうからは前に立つというよりも見下している感じだろう。
「逃げてばかりじゃ勝てないんでね。お前を捕まえてさっさと終わらせる」
向こうは余裕満々な表情。地理的アドバンテージ取ってるから当たり前か。
だが、こっちだって無策じゃない。これでも魔物退治ユニオン組んでた頃は最強の後方支援と呼ばれた男。どんな危機的状況にも対応できる!
まあそれ言ってたのユニオンメンバーだけで周囲からは役立たずとか何であいついるの? とか言われてたけどな!
実際強かったしなーあいつら。育て過ぎた感ある。
っと、今はそれどころじゃないな。集中集中。
「できるもんならやってみるといい!」
狼型の魔物が襲い掛かってくるのに対し、俺は《正純》召喚し剣道でいう正眼の構えをする。
「《正純》抜刀! 《──剣戟乱舞の剣、その輝きをとくと見よ!》」
「詠唱だと!? 何をする気だ!」
《正純》を上に振り上げる。答える義理はねえ!
流石にこれは知らないようだな。何せこれを最後に使ったの何時だったか覚えてないぐらいだからな!
「《白飲淘汰》!!」
詠唱によって呪力を最大まで高めて振り下ろされ放たれた斬撃は、目の前の魔物たちを一瞬で浄化した。
《正純》の最大出力《白飲淘汰》。
斬撃と共にビームを打ち出し、周辺に存在する不浄を一瞬のうちに浄化し光に変える《正純》の固有剣技。
簡単に言えば、魔物といったこの世に存在してはならないものを消し去る一撃。
《白隠淘汰》の欠点を挙げるとするならば詠唱のロスがあることぐらいだ。正純はそこまで長くないのであまり目立ってはないけれど。
さて、《白飲淘汰》の衝撃で木々が薙ぎ倒されて、俺と風祭を結ぶ一直線の道ができた。
しかし、風祭の表情に余裕が満ちる。
「素晴らしい一撃だ! だが薙ぎ払った程度ではまだまだ。勝負はここからさあ!」
「させるか!」
風祭が魔物を生成させようとした、その直後に《地龍》を地面に突き刺す。
「ぐ、何だ。力が出ない……?」
《地龍》を突き刺した途端、魔物の生成スピードが遅れる。すでに出現していた魔物の三割程も消失している。
うーん。半分ぐらい削れたら良かったんだが、そう上手くはいかないか。噴出口に直接刺したわけで
もないから、さもありなん。
だが、一瞬の隙ができたことには変わりない。《神風》で突進する。
「ちぃっ!」
目の前に霊気の壁が立ち塞がる。成程、悪くはない。
「はぁっ!」
だが、《地龍》の効果で抑えられているから生成スピードが遅い。壁になる前に加速し《正純》で両断する。
「これで、どうだ!」
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
壁を突破し、懐に潜り込み殴りつける。《正純》は対魔刀だから魔獣ならともかく人間相手じゃ効果を発揮しないんだよね。これ人間相手でも使えるようにならないかな。
そんなことは後にして、殴って怯んでいる内に《正純》を戻し《絶対王制》を取り出す。
「これで、とどめだ!」
《絶対王制》の鎖を巻き付け動きを封じ、動けなくなったところを風祭の身体に楔を差し込んで異能の完全封印をする。これでもう風祭は異能を使えない。
うん。多少ガバガバだったが予想通りに事が進んだな。やっぱり戦闘は最速で終わらせるに限る。
封印した風祭は放っておいても大丈夫なので《地龍》を取りに行って噴出口にブスリ。
ふー、霊気の噴出はこれで収まったな。
「くっ、してやられた」
《地龍》は霊気を制御する刀で、俺の対魔物戦において切り札。
滅多に使わないから知らないのも無理はない。ある程度俺のことを調べてきたようだが、日頃の警戒が役に立ったな。
「やはり、魔物の専門家相手では俺の《輝星》は相性最悪か」
「ん、《輝星》? 一体何を言ってるんだ」
いや、それよりも確認したいことがある。
「風魔祐介を魔獣に仕立て上げたのは、お前か」
「そうだが、何か問題でも?」
「ありまくりだろ。人命軽んじてんじゃねーよ」
「……もしかして、そっちが素だったりするのか?」
「そうだが。てか話戻すぞ。何でそんなことをした?」
「……まあいいだろう。勝者には褒美が無いとな。私が彼を魔獣にしたのは、私の研究テーマが『魔物の根絶』だからだ」
成程、それで魔物の研究って訳か。
根絶するのに使役してんじゃねーよってツッコミ入れた方が良いかな?
「そりゃ随分と高尚なテーマだな。いいじゃねえか」
「そうだろう! 私がこのテーマを掲げたのは、魔物によって両親が殺されたからだ。そんな被害を
無くしたい一心で、私は夏原の門を叩き、研究に没頭した……」
ならなんでこんなところにいるのか。夏原でいいじゃん。
「だが奴らは、非人道的な実験は認められないと私を学会から追放した! 科学の発展に犠牲は付き物というのに!」
「いやそりゃ追放もされるって」
「何だと? 我がライバルよ、君もあの愚者と同じだというのか!?」
わーめっちゃ怒ってる。地雷踏んだかな?
「具体的に何しようとしたのかは俺には分からんが、命を粗末にしちゃダメだろ。発展に犠牲が付き
物、っていうのは分かるが、無い方が良いに決まってんだろ」
「それは、そうだが……。しかし、必要な場合もあるだろう!?」
「そりゃあな。世界は人間の倫理観で出来てる訳じゃないし、そういうこともあるだろうよ」
「なら何故、君は私の事を否定するのだ!」
「お前の事は別に否定してないぞ。テーマは素晴らしいものだし。けどまあ、他人を犠牲にするのを前提にしちゃダメだろ。どうしようも無い時は、まず自分を犠牲にすりゃ良いんだよ。俺はやったぞ?」
神格武装とかな。あれ魂と融合する必要があるんで下手したら死ぬんだよな。勿論安全には徹底的に配慮したけど、失敗する可能性は確かにあったわけで。
「お前が風魔祐介を魔獣にしたのは、そいつの意思でもあったんだろうけど。だがらって死ぬ可能性があることを自分以外にしちゃダメだ」
魔物の研究をしている以上、魔獣に目をつけるのは自然なことだ。だからこそ、風祭は風魔祐介に魔獣の提案をしたんだろうけどな。
「……理解はしたが、納得はしていない」
「それだけで十分だよ。じゃあ、神妙にお縄につけ」
「警察に突き出すのか!?」
「当たり前だろ。法律守らなかったんだから」
異界侵犯に魔獣化、夏原への被害。全部自白したし。警察に突き出すには十分すぎる理由だ。
「それは困るな」
「なっ!?」
突如俺の背後から和装の男が現れた。歳は七瀬さんと同じぐらいだが、威圧感がそれ以上だ。間違いなく人を殺してる。
咄嗟に風祭を背にして《正純》を構える。
すると男の姿が消えた。
「ふむ、これは中々。ここまでの封印は中々お目にかかれるものではない」
こいついつの間に──
「さて、今君とやり合うのは分が悪いな。風祭、撤退するぞ」
「ではまた会おう我がライバルよ!」
「待て!」
《絶対王制》で拘束しようとするも、風祭と男が一瞬で消えた。
「待つ道理はない。だが勝者に何もないのは理不尽というもの」
衰えた、しかし切れ味のある声だけが聞こえる。
「我々の敵は理不尽だ。そして、それを阻むもの全て。止めたくば、全力で抗うがいい」
「どこだ!」
返ってくるのは、無音。どうやら影も形もなく消えてしまったようだ。
成程、この異界が崩壊したらどうやって脱出するのか考えてたが、そういう奴がいたわけか。
だとすると、あいつらは何者だったんだ? 複数犯ってことは、もしかして後ろにまだ誰かいるのか。
そう言えば、風祭はパトロン……出資者がいると言っていた。それがあの老人なのか。
分からないことだらけだが、霊気の噴出は収まった。
まだ疑問は残っているけど、魔物も残ってるし先にそっちを片付けますか。