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目立たず静かに過ごしたい!  作者: 文月灯理
第一章 ようこそ風魔の里へ
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魔獣退治②

さて、ここで質問です。



 魔獣化を治すには、どうしたらいいか?



 答えは、魔獣化の元凶になった霊気を抜けばいい。



 そのやり方が、こちら。



 湯気立ち昇る、ドラム缶風呂だ!



「ぜぇ、はぁ……」



 一生懸命魔獣を運んできたから、疲労困憊。



 なお、魔獣の身体は引き摺って来たが傷一つない。これは《絶対王制》で封印しているのが意識だけで、その他機能は封印しておらず回復力はそのままのため。



一方運んできた俺はと言うと、結構ボロボロである。



だが身体の傷よりも、残存呪力がヤバい。《絶対王制》で体重も封印したから運んでくるのは別によかったんだ。肉体的疲労はそんなに感じない。



 それなのに何故疲労困憊なのか。



それは封印中も呪力を消費するからだ。



そのせいで《神風》も使えなかったしな。使ってたら呪力スッカラカンで道中ぶっ倒れてたと思う。


起伏の激しい山道を《神風》無しで歩くのは無理があったわ。《天道印・地道紋》も使えねーし。



「これ、湯加減は良いのか……?」



 温度を確かめようと、白いお湯が張られたドラム缶風呂に手を入れる。この白いのが、魔獣の身体にある霊気を外に出す成分だ。



「あっつ!」



 これ四十五度ぐらいあるな。熱めの風呂ぐらいか。



「大丈夫かい?」



「ああ、問題ない」



 だがこれぐらいの温度が無いと、成分が早く身体に染み込まない。茶葉を煮るときにお湯の方が早く成分出るだろ? それと同じだ。茶葉のように沸騰したお湯に入れる訳にはいかないけどね。タンパク質壊れる。



「それじゃ入れるぞ」



 《絶対王制》で魔獣を上まで持ち上げ、足から入れる。気分は理科の実験だな。



 少しずつ、ゆっくりと肩まで浸からせる。



 あとはお湯の色が白から黒に代わるまで待つだけ。



 湯加減の調整をして温度を一定に保ち、待つこと大体三十分。



 俺は持ってきた呪符の一種《蓄呪符》を身体に張り付けて呪力を回復し、紅葉は木の上で周囲の警戒を、紫苑は本を読んで座り、霊気が抜けるのを待つ。



「そろそろか……」



 ドラム缶の中を見ると、白かったお湯が真っ黒になり、魔獣自身も元の風魔祐介らしき人に戻っていた。



 ……随分と痩せてるな。元に戻った反動か? それとも元々?



 まあいい。霊気が抜けたのは確かだからな。



「紫苑、紅葉。霊気抜き終わったからお湯片付けるぞ。手伝ってくれ」



「了解した」



「はーい」



 まずは《絶対王制》でドラム缶から引き揚げ。風魔祐介は一旦簡易ベッドで寝かせて置き、残ったお湯は紅葉と紫苑がドラム缶をひっくり返してお湯を流す。



 一見産業廃棄物を垂れ流すようだが、お湯の成分は霊気。自然に返すのが一番いい。



「おーし。それじゃ封印解くぞ。──構えて」



 紅葉は《炎天弓・烈火連矢》を、紫苑は薬物が入った試験官を構える。



 恐らく大丈夫だとは思うが、万が一霊気が抜けてない場合も考慮すべき。突然暴れられたりしたら大変だからな。



 俺が前で二人が後ろ。ちょうどⅤ字になった。



 《絶対王制》封印解除──



 風魔祐介の身体に巻き付いていた《絶対王制》が瞬時に消える。身体と同化しているため見えないが、楔の方も消えているはずだ。



「……うぅ」



 風魔祐介がうめき声を上げた。良し、生きてるな。



「初めまして。俺は鳴神透、風魔小太郎から依頼を受けた者だ」



 まずは会話。応答できればちゃんと霊気は抜けている。



「い、らい……?」



 返事があった。霊気はちゃんと抜けている。



「魔獣化した君を治すようにね。身体に異変や不調はないかい?」



「まじゅう……」



意識が段々とはっきりしてきたな。徐々に回らなかった呂律が元に戻りつつある。



「……俺は」



 声もハッキリしてきた。これなら大丈夫そうだ。後遺症があるかどうかはちゃんとした病院でしっかり調べないと分からないが、とりあえず治療は無事に終わった。



「ここは……」



 起き上がろうとする風魔祐介。だが身体が付いて来ず、起き上がれない。元々あった筋肉も霊気が抜けて萎んでしまったようだからな。当然だ。



 そうでなくても結構熱い風呂に入ってたんだ。休ませる必要がある。



「今は安静にしとけ」



 風魔祐介の肩をつかんで寝かせ、紅葉と紫苑に構えを解くようハンドサインを送る。敵性は無い。



「お前は……?」



「俺は鳴神透。あんたの爺さんに依頼されて来た者だ」



 もう一度自己紹介をする。



「そうか……待て、依頼ってなんだ?」



「魔獣化したあんたを元に戻すように依頼された。そのことで幾つか聞きたいことがあるんだが……」



「お前、何てことをしてくれたんだ!」



 風魔祐介が俺の胸倉を掴む。紅葉と紫苑が戦闘態勢に入ったが、もう一度ハンドサインを送る。



 ……力が無さすぎる。脅威にはならない。



「ようやく、俺は力を手に入れたのに……!」



 その目には涙がうっすらと出ていた。何か特殊な事情があったのか。



「その事、詳しく話してもらおうか」



 気になった俺は風魔祐介の両腕を掴み胸倉から手を離させる。



 それで自分の状態を知ったのか、風魔祐介は大人しくなった。



「俺は、この里の里長、風魔小太郎の孫だ。あんたは知ってたみたいだけどな。そして、もう一人孫がいる」



「風魔夕夏の事か」



「そうだ。知り合いだったのか。なら話は早い。アイツが次の風魔小太郎になるって話も、聞いてるだろうしな」



「……そうなのか?」



 そんな話は出て無かった。



「聞いてないのか。まあ余所者に話すことでもないか。じゃあ知ってるか? アイツは捨て子だったこと、それを爺さんに拾われ、育てられたことを」



「それは……」



「その顔を見るに知っているな。俺たちは互いに切磋琢磨し、腕を磨いてきた。実力は圧倒的に俺の方が上だが、それでもアイツは諦めずに努力し、それを見て俺も奮起したもんだ」



 いいライバル関係じゃないか。これまでの話を聞く限り、先程の憤慨に繋がるような原因は、今のところない。



「ある日、次の風魔小太郎を決める会合があった。俺の父さんは病死で、風魔小太郎を襲名できなか

ったから、当然血縁者である俺が選ばれるはずだった。だが結果は……」



「風魔夕夏が、風魔小太郎を継ぐことになったのか」



「そうだ。だがそれはおかしいと言ったが、受け入れてもらえなかった。だからもっと実力をつける


ため努力した。そうすれば意見も変わるだろうと」



「だけど、それでも変わらなかった、と」



「この里は閉鎖的だ。異界だから仕方がないかもしれないが、だからと言ってそのままで良いはずがない。何時外から侵略者が来てもおかしくないんだ。知っているか? 異界はどこの国にも所属していない。だから領有宣言をしたところの所属になるルールが、外の連中にあることを!」



 確かに、そのようなルールはある。確か、国際法にそのような記述があった。



「領有宣言なんてものは、俺達からしたら戦争と略奪だ。そんな身勝手なルールがある以上、この里が襲われるのも、時間の問題。だからこそ、俺達は強くなって外の連中を牽制しなきゃならない」



「守り切る、とは言わないんだな」



「当たり前だ。勝てるわけがない。だからそうならないようにすることが必要だ。例え虚勢でも、躊躇させなきゃならない。異界は私たちの世界とは違う何かがあると、そう思わせればいい」



 成程。一理ある。



「だが、嘘とバレればそれで終わりだ。だから見かけだけでも強さが必要だ。俺はそのハリボテになるために、俺はあいつの提案に乗った」



「あいつ?」



 なぜここで第三者が出てくる。



「俺を魔獣化させた奴がいるんだよ」



「何だって……!?」



 意図的に魔獣を作り出すのは、理論上可能。魔石を肉体に埋め込めば、少なくとも魔獣化の条件である霊気の取り込みが可能となるからだ。法的には禁止されている所業、異能学的には《禁忌指定》とされていることだ。



外からではなく、内から。



だが魔獣化を治療したとき、霊気は全て取り出した。



魔石は霊気ではなく、それが物質化したもの。取り出すには外科手術しかない。魔石を埋め込んだま

まだと、霊気を抜いても魔石が再び霊気を取り込もうとし魔獣化することは、夏原学園の研究で分かっている。



しかし、風魔祐介に霊気が集まっている様子はない。これでも趣味ではあるが異能の研究者。呪的エネルギーである霊気を感じ取るのは造作もない。



ということは、風魔祐介は、霊気を外から浴びて魔獣化したことは、疑いようはない事実。



けれども、風魔祐介の話では、誰かに魔獣化されたということだ。



 つまり、何者か龍脈を弄って霊気を浴びせた。ということになる。



 もしそんなことが可能なら、異能学的には大発明だ。応用すれば、魔物を生み出さずに済む。

 そんなことをしたら討魔師は商売上がったりだが、良いことであることは間違いない。



「その人物について、教えてくれないか?」



 悪用していることはともかく、研究者としては興味深い。



「そいつは──」



 風魔祐介が発した声を、掻き消すものが現れた。


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