魔獣退治①
風魔の里の地形は四方を山に囲まれていて、その中心に里がある。つまり窪地。
その山はそれぞれ《北山》《南山》《東山》《西山》と言う。名前は方角で名前を決めたようだ。
異界で方角測れるのかは知らんけど。
今俺たちがいるのは南山。
そして、紅葉が燃やした木々があったところでもある。
今は鎮火して焼け野原になった見晴らしのいいここに《三千世界》から機材を取り出した機材を置く。これで仮ではあるが拠点の完成だ。
そして、周辺の木々を燃やした張本人はと言うと、
「すみませんでした……」
紅葉には正座させた上で説教しておいた。
「いくら自前の火を操れるからとはいえ、次からは気軽に物を燃やさないように」
世界本来の流れからほぼ隔絶されている異界にとって、木を燃やすのは危険行為だ。
何せ、木を始め植物には酸素を作り出す重要な役割がある。
本来の世界では木一本燃やしたところで延焼を考慮しなければ影響は微々たるものだ。
だが、異界の中でほぼ完結している風魔の里にとっては、全ての物の価値が全く異なる。木一本でも、影響力は段違いに大きい。
なので、断りもなく燃やすのはダメ。私有地の木を燃やすのと一緒だからな。
もし風魔の里の人にバレていたら大問題だったところだ。いやバレて無くても謝るべき案件だ。
「気を取り直して、紅葉、魔獣の場所は?」
「向こうの中腹あたり。見える?」
紅葉が指さす方向は……北山。
「木しか見えないけど、いるんだな?」
「ええ。アタシにははっきり見える」
紅葉には《熱源の魔眼》という、熱を視覚的に見るスキルがある。現代的に言うとサーモグラフィーに当たるそれで見つけたんだろう。
「分かった。向こうの山だな」
術式の遁走術《神風》を発動。俺の周囲に風が吹き荒れ纏わせる。紅葉と紫苑のスカートとか捲れて中が見えたが言及はしない。今はそっちに気を張る場合じゃない。とてつもなく惜しい気がするけど。
《三千世界》で持ってきたドラム缶は水を入れてたから転がることは無かったな。
「紅葉、狙撃できるか?」
「もちろん」
紅葉は《炎天弓・烈火連矢》を発動。真っ赤な炎で出来た弓を構えると、炎の矢が生まれる。
紅葉の異能は炎の弓矢を生み出す呪力具現化系統の異能。
つまり、燃え盛るあの弓矢は呪具。
その効果は、炎の色によって様々な能力を持つこと。
今は赤いので、矢の着弾と同時に爆発する《爆炎》形態。
また、弓の向きによって矢の性質が変わる。
今は普通の弓と同じく縦に持っている。この時を《烈火モード》と言い、速度と貫通力が上がる。
「今から射るから、そこに向かいなさい。援護が必要だったら念話で。そうでなくてもこっちで必要だと思ったら射るから」
「同士討ちだけは勘弁な」
「アタシを誰だと思ってるのよ。このぐらいの距離なら光明にも負けないわ」
「お前と光明だと得意分野が違うだろ」
紅葉の戦闘スタイルは狙撃じゃなく遊撃。
一方の光明は長距離から超長距離で行う狙撃だ。
役割が違うのだから、張り合う必要はないんだけどね。
「良いのよそんなことは」
じゃあ何で言ったし。
「それより、準備は出来た?」
「ああ。何時でもいいぞ」
「じゃあ……いくわよっ!」
炎の矢が放たれ、俺はその後を追従する。
流石に矢の方が早いが《神風》は地形を無視して走れるよう、走力だけでなく跳躍力も飛躍的に上がる。本来は戦闘から即座に離脱するための術式なのだが、このような使い方で対象を追いかけることができる。常に風を纏っているため風の音が強く、尾行には向いてないけどね。
木々も山も、この状態なら障害物にもならない。
まるで韋駄天のように、赤く線を描く矢を追いかける。
しかし、矢の方が早いので矢は先に着弾し、爆発した。
爆発で燃え盛る木々を目指し走る。魔獣に動きを悟られないように西山を経由し、爆心地の近くに着いた。それ以上は炎で近づけない。
《神風》を解除。
『紅葉、火消しを頼む』
『了解』
その合図とともに炎が消えた。すかさず燃えてなかった木の裏に隠れて様子を窺う。
──いた。
身長は約二メートル。筋肉は肥大化してるな。魔獣の初期症状だ。どうやらあまり進行していないようだ。
服があちこち破れてはいるが原型は留めている。随分と丈夫な素材でできているんだな。残った布地から察するに忍者服だろう。
魔獣に外傷はないが、所々に煤が付いているのは紅葉の《爆炎》によるものか。特に背中によくついているから、背を向いたときに射ったのだろう。
あの威力を無防備な背中に受けて怪我がないのはおかしい。ということは、単純に回復力が上がっていると見た方が良い。ダメージを負ったがすぐさま回復したか。それなら長期戦は避けたいところだな。
一撃必殺が理想だが、問題はどういうタイプの魔獣化をしたのかだ。一口に魔獣化と言っても色々種類があり能力もまた違う。
人間が魔獣化する時、一番メジャーなのは鬼化。角が頭から生えるので一目で分かりやすいが、あいつには角が無い。折れた様子もないツルッツルの頭だ。いや髪の毛は生えてるけど。
天狗化なら翼が生えるし、獣化なら体の一部が獣のようになるが、その状態が無いとなると、単純に人型を保ったまま魔獣になっている、ということか。珍しいパターンだな。
だとすると少し厄介だ。このタイプの魔獣化は魔人化と言い、理性は無く暴れ出すするが、人間だった頃の技術が使えることが多く、安定すれば理性を取り戻し普通の人間の状態と魔人の状態を行き来できるようになる。まだそこまでの状態でなさそうだが。
推測だが、今の状態は倫理観や道徳に縛られず、本能のまま、霊力に適合した肉体と培った技術を存分に発揮できる。枷が無くなった上、強化されている状態だ。しかも元々の能力が分からないから、対策が練りづらい。
(直接戦って斃すよりも、封印の方が良さそうだな)
俺の目的は魔獣を斃すことではなく、無力化すること。そのための方法はいくらでもある。
向こうはこっちに気が付いておらず、矢が飛んできた方向、南山の紅葉の方に注意が向いている。
しかし場所までは分からず、方向だけが分かっていて、身構えている様子だ。
もう一射あれば、完全に居場所が割れる。それを分かっているから紅葉も射ってこない。
なら、注意が向いている今がチャンス!
まずは捕縛術《竹縄》で動きを止める。
地面から縄状の竹が無数に生え、無防備な魔獣を縛り上げる。
「UINBVOAO!」
日本語になっていない叫びを上げ、抵抗するがそれは悪手。
《竹縄》はもがけばもがくほど締め付けが強くなる。流石に限度はあるが、ああなってしまうと抜け出すのはかなり難しい。
《竹縄》は《木》の呪力を使う術式なので《火》の呪力を使う異能を使われるとあっさり突破されてしまうが、あいつが異能を使えないことは、魔獣になった時点で分かっている。
魔獣になるためには、霊気に肉体が適合しなくてはならない。そのためには呪力を排除することが必要だ。
要するに、呪力と霊気の入れ替わりが起こる。
だが、霊気は呪力の上位互換。人体にとっては劇物である。
だから肉体が霊気に耐えられないと死ぬ。あいつは適合したようだけどな。
魔獣が《竹縄》に抵抗している内に次の手を用意する。
俺の右手の平から蒼銀の楔が飛び出す。
これは封印用呪具《絶対王制》その先端であり、最も封印が強い部分。
《絶対王制》はこの楔と、伸び縮みする鎖で出来ている。鎖自体も対象を縛り付けること封印効果を発揮するが、今回は使わない。
この呪具の特殊性は、肉体と融合することで初めて使えること。
これにより、いつでもどこでも取り出すことが可能になったが、その反面『絶対王制使用時は、自身も絶対王制で縛られている』という状況に陥るため、『絶対王制使用時は、異能を封じられる』というデメリット効果がある。その分封印は強力だけど。
それに全ての異能が封じられる訳でなく、術式は使える。
今回は、そのデメリットが一切関係ない好条件だ。この理由は開発者の俺でもよく分かっていない。いつか解き明かしてみせるが、今はそんな状況ではない。
音を立てず、一気に距離を詰める。
そのため《縮地》ほどの速さではないが、不意を突くことに成功し──
グサッ。
魔獣の肉体に、楔を刺すことに成功した。
そして刺さった楔はそのまま肉体に同化する。
やることはやったので、即座に魔獣から距離を置く。
「IGVBYFCIYO!?」
そのタイミングで俺のことに気が付いたようだが、もう遅い。
──ドサッ。
俺に襲い掛かる前に、封印が完了。魔獣は意識を封じられ倒れる。
「封印完了、っと」
後は、魔獣の身体を拠点まで連れていき治療を施すだけだ。
《念話》を飛ばして確認を取る。
『紫苑、こっちは終わった。準備は出来てるか?』
『勿論。火加減もばっちりさ』
『分かった。すぐにそっちに行く』
とは言え、これが中々大変。
と言うのも、この巨体を運ぶには《三千世界》か《金剛千手》を使いたいのだが《絶対王制》で封印中のため、それらの呪具が使えない。秋奈のように自分の呪力で封印を賄ってくれるならこの制限は無いんだけど。魔獣だから呪力無いんだよな。
まあ、仮に呪力があったとしても、同意が無いとこの仕組みが成立しないんだけどさ。
なので、方法は一つ。
俺は《絶対王制》を再び出す。今度は鎖も一緒だ。
この鎖を魔獣の身体に縛り付ける。緩まないように、雁字搦めだ。
解くのが大変そうに見えるが、解くときは《絶対王制》を解除すれば鎖は消える。
さて、それも終えたところで。
拠点まで、引っ張りますか。