現人神使いが荒くない?①
明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。
賀茂とその一味を相手した翌日。
「透さん? どこかお出かけですか?」
家を出る際に翡翠に尋ねられた。
なので俺は手短に伝えた。
「ちょっとラーメン食べに博多行ってくるわ」
というのは半分冗談。実際は最寄りから三駅離れた個人経営のラーメン屋だ。
結構人気のラーメン屋で、テレビでも特集されるほど。なので開店前から行列ができる。俺も割と早く来たつもりだったんだけど、それでも先頭は取れなかった。まだ開店時間まで二時間半あるのにね。こんなクソ暑いのに。
何故博多という嘘をついたのか。それは追っ手を誤魔化すため。今日は神林さんから連絡があった謎の日。やりたくないのでバックレた。そのために新幹線の予約も取ったしな。
そもそもの話、現人神の俺は指示を聞く必要性はない。お金を貰っているとはいえ、公的な事でなければやるのは任意。公的の定義は国民生活に関わることなのだが、それを依頼するなら最初に提示しなければならないルールがある。
これは今回の事に限らず、異能者に依頼を出すときの必須情報。他にも依頼報酬や日時などがあるが、俺は既にお金を定額で貰ってる身だし、日時は言っていた(時間は言ってなかったけど)のでそこは問題にならない。
神林さんは第三演習場に集合としか言っていなかった。だから言う事を聞く必要が無いのである。
校外学習の件が無ければ神林さんを優先したのだが、生憎と俺は人間でもあるので準備とか休み時間も欲しいのだ。
許してくれとは言わないが、ちゃんとルールは守れと言いたい。神林さん、多分疲れてそれどころじゃないんだろう。俺みたいに自主的に休みなさい。その結果神林さんの仕事が増えそうな気がするが。
というか、今回の依頼は不可解な点が多い。まず情報の少なさが挙げられる。
これが意図的なら、情報を伏せた理由は断られる可能性が高いから。そういう依頼内容なのだろう。
思いつくのは汚れ仕事か。現人神じゃないと対応できない汚れ仕事って何だよと思うが。
それか神様の相手だろうか。いやそれは神職の仕事だろう。俺が駆り出される案件でもないし、そもそも連絡無しに来るからな。明後日、なんて明確な日時が出てるはずもない。
ならどういうのが予想されるだろうか。スマホを眺めるのも少し飽きたし、考えてみよう。
普段俺が国から依頼されるのは討魔師か呪具師、要人警護が主だ。
討魔師……これは無い。まず国が動くような魔物となれば対魔部隊が動くから。学園でのアレは俺が現場にいたからノーカンとして、基本先手で取られる対応でもない。予知できれば話は別だが、だとしても明後日と言えた理由は?
予知自体曖昧な部分が多い。大体が予知夢だしな。それを根拠に出来るのは卜占神の現人神クラスだろうけど、討魔に出てくるような大物じゃないし。俺も二、三回しか会ったことない。
じゃあ呪具師? ……これもないか。基本《三日月の共鳴》経由だし。俺の要望で一回そっち通してくれと言ってあるから。呪具師としての俺は会社所属だからね。
それに第三演習場を指定する理由が分からない。呪具の依頼でそんな場所必要か? 製作依頼やメンテナンスで使わないだろ。
それなら要人警護……これも無いか。そんな人来たらニュースになるが、そんなんどこも報道してない。そして第三演習場に行く理由もない。
……第三演習場が足を引っ張ってるな。唯一と言っていい情報なのに。
なら考え方を変えてみるか。今まであった実績の方ではなく、第三演習場。この情報に焦点を当ててみよう。
第三演習場というぐらいなら、考えつくのは戦闘だ。
だが、公にしていない演習場なので、戦闘指南とは考えにくい。それなら対魔部隊の演習場なり国衛隊の演習場を使えばいい。
秘匿性の高い戦闘だとしても、それ用の呪具《絵巻百物語》を渡してあるのでわざわざ俺を呼ぶ必要性もないし。メンテナンスするような呪具でもないしな。
うーん……これと言って思いつかない。
マジで何の要件だったんだ……?
「ここにいたのですね」
「──っ」
気づかなかった。いつの間にか手を繋がれている。
「お迎えに参りました。鳴神様」
隣に立っていたのは巫女服姿の少女。黒髪の長髪を丈長で留めた、一般的な巫女装束。
しかし、その少女を守る様に立っている二人の黒服と合わさり、異様な圧を感じる。
「《秘匿》の術式、上手くなりましたね久世さん」
「お褒めに預かり恐縮です」
通りで俺も気づかないし周りの人も騒がない訳だ。
《秘匿》の術式は隠形術の最高峰、Aランク術式だ。
対象を世界から切り離し知覚させなくさせる術式で、基本的に感知は不可。ただ触れている相手には感知されてしまうので、俺は気づけた。列に並んでいる人からは、久世さんと黒服は見えていない。
「では、参りましょうか」
「……ラーメン食べてからじゃダメ?」
「駄目です」
にっこりと、強い圧。
逃げられないなあこれは。