食前の運動①
ルールは実戦形式。つまり、死んだら負け。
勿論本当に死ぬわけでもなく、死んだら入場した状態で外に出る《決戦形式》だ。
無論、判定はそれだけではないが……それが基本。
「マジで殺す気だなあいつら……」
実際死なないけど。
向こうさんの思惑としては、死ぬほど痛い目を見れば梅森さんに近づかない&逆らわないとか、そんな感じだと思うが……だからって本当にやる? 倫理観は何処へ?
「あの男、このようなルールだとは……。知っていれば、君だけに戦わせなかったのに」
いやいや、知ってたら猶更参加させませんよ。
「マジズルくね!? こんなん後出しで出すもんじゃ無くね!?」
悔しさを露にする東雲さんと桜木さん。全くご尤もで。
俺達四人は観客席で作戦会議をしている。向こうさんも別の観客席で何かやってる。こっち見て卑下た顔してるのを見るに、ろくでもないこと考えてるんだろうけど。
「まーこっちにも利があるし」
向こうさんの思惑通りなら、それはそれでそのまま返せる。痛い目、見てもらおう。
「しかしだな……いくら君が手練れとは言え、三対一という状況は不利だろう」
「確かにね」
向こうさんの異能を完全把握している訳ではないので、作戦が立てづらい。その場その場で対応していくしかないのが正直な所。
「最初は情報収集して、ある程度見立てが経ったら弱点を突いていく展開かな。というかそれしかできないし」
元々、俺の戦闘スタイルは耐久力と大量の手札で押しつぶすヒット&アウェイ。物質化系統の基本となる奇襲と物量押しに、現人神としての肉体と鳴神流現人神戦闘術を混ぜ合わせた俺独自の戦闘法だ。
「ごめん……なさい。私のせいで」
青ざめ、震えた声で涙ぐむ梅森さん。
「いやちーちゃんのせいじゃないし! 悪いの百パーあいつじゃん!」
「そうだぞ千里。自責に駆られる必要は無い」
「でも……」
二人が励ましているものの、梅森さんにはあまり響いていない様子。
ちょっと、いや大分恥ずかしいけど、俺も参加しよう。
「まー、確かにそうかもしれないな」
「とおるん! 何言って──」
「梅森さん可愛いし魅力的だからねえ。変な虫が寄ってくるのは分かる」
「へあっ!?」
梅森さんは奇声と共に顔が真っ赤になった。
くっそ恥ずかしいが泣き止んだから良しとする。そうじゃなきゃやってらんねえ!
「いやねえ、俺もその変な虫だから、あいつらの気持ちも理解できるよ。ただ、立場を弁えてないのが大きな違いかな」
花に虫が引き寄せられるのはごく自然なこと。
だが、虫が花を独占していい道理はないのだ。
「大丈夫。俺が全部片づけてくる。だから、自分を責めなくていいんだ。梅森さんには、泣き顔より笑顔が似合うからね」
「……はい」
俯いて、視線を合わせなくなってしまったけど……励ますことには成功したかな。
先を生きる大人として、やるべきことはやらないとね。
「さっすがとおるん! うちめっちゃドキドキしたんですけど!」
「痛っ!」
顔真っ赤にした桜木さんに背中をバシッ、と叩かれた。
それはあれか、どういう感情だ照れ隠しなのか?
「うむ。私も驚いたというかなんというかだな……」
東雲さんは頬を染めつつ口元を手で隠している。
当然の如く、皆視線を合わせてくれない……。
「いいぞ兄ちゃん!」
「ヒューヒュー!」
「若いって良いわねえ……」
──しまった。他の人も居たんだった……!
囃し立てるおっさんや中学生男子っぽいグループ、子連れのご家族等々。
「……めっちゃ恥ずい……!」
すっごい目立ってるし。ここにいる全員に《認識阻害》使って記憶を消したい。
「撮影とかしてませんよね!? 《もし撮った人はデータと投稿を消してくださいよ!?》」
全力全身全霊の呪力を込めての《暗示》。戦闘前に呪力を使うのはどうかと思うが、情報統制は俺にとっての最重要問題だ。
効果はちゃんと出たようで、撮影してたらしき人はスマホを操作していた。
俺もスマホを取り出し、マーエルに『全ネットの中で俺がいる動画があったら即消せ!』と連絡した。
マーエルとは、俺に関する情報を徹底管理するという契約の元、サイボーグ化に必要な素材を提供している。契約術における《対価契約》というものを採用しているから、どんなことがあっても反故にすることはできない。
「ってことで俺行ってくるから! もし状況悪くなったらすぐ俺放って逃げるんだよいいね!」
この場から逃げるように《決戦遊戯》に向かう。
いやまあ、逃げてんですけどね? だってめっちゃ恥ずかしいから! 成人男性のこんな顔どこに需要あんだよ!? 見えないけど自覚あるからな!?
「ちょ……とおるん!?」
「待つんだ!」
「えっと……頑張って!」
さーて、先に生きる者として、指導の時間だぜ!