労働者にも夏休みをくれ④
「それでは、これより試験を開始します。ユニオン名を呼ばれた方々から、実技試験の会場へご案内しますので、係員の指示に従って移動してください。では──」
いよいよ実技試験が始まった。
俺達が呼ばれるのは、いつになるか分からない。大人しく待つしかないのだ。
とは言え、何もしないというのも退屈なので、イメトレをして備える。上手く目立たないようにするために。
試験官が誰か分からないから、仮置きで一番闘いたくない相手である義兄さんを想定して──いや、俺がすぐに負けるな。イメトレにならない。チェンジ。
それなら、誰が良いだろうか。督堤さんとこにしとくか。
「──十二神将の方」
腕を組んで考えていると、係員の人に呼ばれた。
その瞬間、空気がガラッと変わった。
何しろ、十二神将というユニオンは異能界では都市伝説みたいな感じに扱われている。なので好奇の眼差しを向けられることは、当たり前なのだ。
でもそこは織り込み済み。
ちゃんと《認識阻害》と《呪文共有》をきっちり使っている。待ってる人も少ないので、『十二神将がいた』ことは覚えられても『誰が十二神将かは覚えていない』という、都市伝説ラインをきっちり保った風聞になるのだ。このことは実験済みだからまず間違いはない。
俺は落ちるつもりなので、試験前に呪力使っても大丈夫。
「行こう」
立ち上がって係員の所まで行く。その後ろで土屋も立ち上がり、俺の後を追う。
視線は痛いほど浴びているが、まだ《緩和》の効果が続いているようで、土屋は挙動不審な動きはしていない。これなら、俺が先に脱落しても心配はなさそうだ。
「では、こちらへ」
係員の指示に従い、俺達は控室を出て、すぐ近くのエレベーターに乗る。
少しだけ見えたが、係員が押したボタンは地下四階。
確か地下は対魔部隊の管轄だった記憶がある。
少しソワソワしながら到着を待ち、エレベーターのドアが開く。
合格するつもりは全くないけど、緊張してしまうもんだな。
土屋は大丈夫かと首を動かして見る。少し表情が強張っているように見えるが、普段と比べれば何も問題ない。
「土屋、気楽に行こう」
「は、はい」
土屋の緊張を解すために声をかける。ついでに俺のも。
効果はちゃんとあったようで、土屋の表情が少し余裕のあるものへ変わってきた。俺も少し気が楽になったな。
エレベーターから降り、係員に付いていき、扉の前で止まる。
「ここから先が試験会場となります。中には試験官がおりますので、指示に従って試験を受けてくださ
い」
「分かりました」
「では、一分以内にお入りください」
と言って、係員が煙と共に消えた。
「え、消え……先生、今のは?」
「簡易式神だろ。見たことない?」
「初めて見ました」
「そうか。あ、保障局の受付で欠員が出たときに簡易式神になってることあるぞ」
「そうなんですか!?」
「事務じゃ滅多に出会うことはないけどな」
簡易式神は予め定められた行動をする機械的な式神だ。人工知能のないロボットみたいな物で、正確性に特化した代物。
周りに核が無いところを見ると、建物全体が核ってこともあり得そうだ。誰だこんな凄いもの作ったの。まるで庁舎を一つの生物として見立てたような仕上がりだ。確か建造は戦前だったよな。凄い職人もいたものだ。
まあ、俺も似たような物作ったことあるけど。もしこの庁舎を作った人が生きていたなら、存分に腕を競いたいところだ。
「それはさておき……土屋、覚悟はできたか?」
「はい、どんとこいです」
「それは頼もしいな」
土屋には、俺が早々にリタイアする予定なのは言っていない。
我ながらどうかと思うが、それでも譲れない。
「じゃあ、行くぞ」
ドアを開ける。
最低な男の負け戦を始めよう。
ギイィィィ、とドアを開けた先には、真っ白い空間。
真っ白すぎて距離感が全くつかめないが、この景色に見覚えがある。
──これ、《決戦遊戯》だな。
うちの事務所に併設された試験場《決戦遊戯》。これがあるのはうちの事務所を除くと対魔部隊の訓練場のみ。
《三日月の共鳴》が《決戦遊戯》を納品していたのは知っていたが、ここにあったのか。俺はその時に立ち会ってないから、場所までは知らなかった。予想はしていたが、計画通りに事が運びそうだ。
そして、奥に誰かいる。
あの二人組は……。
「やっほー師匠!」
「お待ちしていました」
うん。予感的中。
「あ、あわわわわわわ」
「土屋、とりあえず深呼吸だ」
土屋も視認したようで、ずいぶんと分かりやすく動揺している。推しに会ったファンとはこういう反応をするのか。
「……師匠は止めろと言ってるだろ、日永」
案の定というか、予定調和というか。
試験官は、日永と無良だった。
「何でこうなるんだ……」
いやホント。こんな偶然あってたまるか。向こうの事情なんて全然分からないが、何をどうしたらこうなる。今なら陰謀論を信じる。
「すみません。説明を始めてもよろしいでしょうか?」
ゆるっとした雰囲気に、無良が口を挟む。
「すみません。よろしく頼みます」
「……では、試験の概要をお伝えします」
一瞬無良が驚いたような表情を見せた。だがすぐに真顔に戻る。
「今回の試験は、お二人の実力を測ります。方法は私達二人と、受験者二人の模擬試合となります。この会場には特殊な結界が張られており、たとえ内部で死亡したとしても、結界に入る前の状態で外部へ強制転送されます。
要するに、死んでも大丈夫と言うことです。試験時間は、開始から三十分です。模擬試合の結果は合否に関係ありません。以上となります。質問があればどうぞ」
日永と違って、無良はしっかりと仕事をこなしていた。日永、少しは見倣え。
「いえ、ありません」
試験内容はありふれたものだったので、特にこちらから聞くことはない。試されるのは総合的な能力
ということ。基礎的な能力、状況判断能力、チームワーク等を見る試験だ。
「では、そちらの準備ができたら開始します」
ん? これは初めての対応だな。普通なら、一連の流れが終わった後すぐに開始するものなんだけど、今回はこっちを気遣ってくれてるのか?
まあ、それはそれでありがたい。こっちも少し確認したいことがある。
それは、隣で今にも気絶しそうな土屋のコンディションだ。
「土屋、お前大丈夫なのか?」
「せ、先生……わわ私はどうすれば良いのでしょうか?」
声が震えている。推しに会えたことが、喜びを通り越して緊張に繋がっているようだ。《緩和》の効
果もあまり見られないし、どうしたものか。
「土屋、まずは落ち着け。深呼吸だ」
もう一度深呼吸をするよう促す。
「はいっ!」
スー……ハー……と、深呼吸を繰り返した土屋。
「落ち着いたか?」
「は、はい」
完全とまではいかないが、ある程度は回復できたようだ。
「いいか土屋、相手が誰であろうと、やるべきことはやる。俺達のやるべきことは分かってるな?」
「はい、この試験に合格すること……ですよね!」
「その通り」
俺は合格したくないけど。
「そのための作戦は覚えてるか?」
「勿論です!」
「なら、作戦通りにやるぞ。相手はユニオンランク一位、不測の事態もあるだろう。そういう時こそ落ち着くこと。それが無理そうなら防御に徹しろ。落ち着く時間を確保して、打開策を見つけ出せ。いいな?」
「はい、先生!」
「よし、最善を尽くすぞ」
土屋との話し合いを終え、二人の方を振り向く。
俺が脱落した時のやり方も伝えた。これで大丈夫。
「準備できました」
そう告げると、日永はニヤッと笑みを浮かべた。一方無良は無表情。
「それでは、試験を開始します」
ガギンッ!!
「……お前、試験官やる気あるのか?」
「さっすが師匠! 受け止めるなんて思わなかったよ!」
「え、えっ?」
土屋は何も分かっていない様子で俺達を見ていた。
俺の頭に蹴りを入れようとした日永と、それを左手で止めた俺を。自分でも反応できるとは思わなかったけど。
何が起こったか、分析してみると……事の顛末はこうだ。
まず、試験開始と共に日永が《光子加速》で真正面まで加速し、ご丁寧に俺の頭に蹴りを入れようとした。それを俺が鳴神流現人神戦闘術の基本技《脱退》で受け止め、蹴りの衝撃を後ろに受け流した。
それだけではなく、護法術《硬皮》でカバーした。俺は《脱退》といった弛術はあまり得意ではないので、防ぎきれる自信が無かった。
日永がどこを狙うかは全く分からなかったが、日永の性格と経験から何となく頭かなと思ったら、見事的中した。内心ヒヤヒヤです。
「土屋、しっかり見とけ。でないと何もできないまま終わるぞ」
「は、はい。先生!」
「勿論防御しながらな。それぐらいの時間は稼ぐから、っと」
左腕を振るい、日永を投げ飛ばす。
日永は空中でくるっと回転し体勢を整え奇麗に着地した。
異能だけでなく、身体もちゃんと鍛えているようだ。昔と比べ《光子加速》はあんな速度でなかったし、今の動きもできなかった。
しかし、まさか動きが見えない程早いとは。一体どんなトレーニングをした?
相手はユニオン一位。ある程度知っているとはいえ全く油断できない相手だ。
「ねえ、今その人、先生って言った?」
日永が土屋を一瞥する。
「どういう関係なの? 師匠?」
言葉の端々から凄味を感じる。
「どうと言われても……同じ仕事してる後輩、かな。一応年下って立場だけど、異能を教えてるから……?」
言葉にすると、関係性が分からなくなってきた。俺の本所属は《三日月の共鳴》だから、後輩という
関係性もしっくり来ず、それの延長線である師匠弟子関係とも違うような気がする。
「……もういい」
ドゴォ!
「がっ……」
考えている途中に《光子加速》により胴体へ蹴りを入る。
咄嗟に《脱退》で衝撃を逃がそうとしたが、間に合わず後方へ吹っ飛ばされた。
「っつー……」
だが何とか持ちこたえることができた。腹に穴が開くかと思ったがセーフ。
問答することで、俺の癖である考え事をさせ隙を生み攻撃。
確かに有効な手だ。
どうやら、あの時から変わったのは日永のようで、俺は全然変わっていないみたいだ。さっきから様子見のつもりなのか、動かない無良も変わっていると考えていいだろう。
けれど、二人の成長は使える。上手くいけば自然に負けることができる。
「全く、師匠には呆れたよ……」
日永が呟くようなテンションで言う。
「これに勝ったら、洗い浚い吐いてもらうからねっ!」
日永は《光子物質》で剣を生成し突っ込んでくる。まだ《光子加速》との併用はできていないようで、走っているから対策は可能。
まだ無良も動いていないし、土屋も準備が整っていなさそうだから迎撃しないと。
「《水木》」
対人戦闘用呪具の木刀を取り出す。とりあえずこいつで振り降ろされる日永の剣戟をガード。
ガッ!
両者の剣が衝突する。
伝わる衝撃から威力は低いことが分かる。《光子加速》をして突っ込んできた方が断然威力が高い。
だが、切れ味は名刀以上。呪力物質化系統の《光子物質》は未知の物質で出来ている。異能学では呪力物質化系統で生成したものを異能物質と言い、特に呪力具現化系統以上になると未知物質という、その異能者にしか創れない物質が出来上がる。
「お前、ここまで成長したのか」
だが今気にするのはそこではなく、思いっきり俺を両断しようとしたこと。明らかに動線が俺の身体
を真っ二つにしようとしている。
殺意もしっかり感じたし、これは間違いなく俺を殺そうとしている。
アイドルがそれでいいのか、そんなに俺が憎いのかなどと考えてしまう。
「しゃーねーなっ!」
力を入れ、日永を吹っ飛ばす。
勿論日永は華麗に着地して無傷。
「お前ら、いくらでも俺を殴れ!」
こうなってしまったのは、恐らく俺が黙って姿を消したからだ。
さっき会ったときに、俺に対する気持ちの重さは良く分かった。なんで重いのかは知らないが。
それの反動で殺意が芽生えても……不思議? ではないと思う。
なら、その衝動を全て受け切ってやる。
その代わり、こちらも防御に徹するが……どの道合格しなければいいんだ。タイミングを見計らって
負ければいい。
「言ったね……?」
日永の声が聞こえた瞬間、目の前に剣を振り上げた日永が現れた。
──《光子加速》は寸止めも出来るのか? 衝撃波が来ないのが不思議。
だが、それは二度目。既に《硬皮》も《脱退》も準備は──
「きゃっ!?」
「がっ!?」
突然後ろに吹っ飛ばされた。しかも土屋も一緒に。
予想外の攻撃にも何とか対応して受け身を取ることに成功する。
土屋の方は《砂礫細工》の土を使ってクッション代わりにしたようだ。
「今のは……」
明らかなのは、日永の攻撃で吹っ飛ばされたのではなく、無良の攻撃で吹っ飛ばされたということ。
だが、俺の知る限り、無良はアタッカーではなくサポーターだ。このような攻撃方法は持っていなかったはず。
無良を見ると、左腕を前に出し、右腕を後ろに引いていた。あの構えで攻撃したのだろう。
……あの構え。
「《空間衝撃波》か……?」
見覚えがある。神遊祭の準備の時に見た、山岸の異能にそっくりだ。
「…………」
しかしながら、俺の呟きに無良は無反応。
まあ、距離あるし聞こえてないだけだろうけど。
いや、問題はそこでなく。
「土屋、防御最大にしとけ」
「了解っ」
あれが《空間衝撃波》だとして、その対処法は空間支配系統の障壁や結界による異能でしか防げないことに変わりはない。
土屋では完全に防ぐ手段がないが、山岸のように切断ではなく、範囲攻撃の無良のそれなら、ダメージを最小限に抑えることで対応できる。
さて、ますます負けやすくなってきたな。これは好都合。
だが、まだ時間は十分も経っていない。せめて余計なことをせず土屋が活躍できるように情報を引き出したいところだが……さてどうするか。
「はあっ!」
日永の剣戟を受け流しながらタイミングを計る。
速さはピカイチだが、剣筋はごく普通のもの。フェイントを入れず、ただ振り回すだけだ。慣れれば対応できる。
そうして打ち合いが続き、機を待つ。
具体的には──無良が《空間衝撃波》を放つ頃。
それは、意外と早く来た。
無良が構えを取る。膠着状態をどうにかするためだ。
そして──来た!
「がっ!」
見えない何かに押されるように吹き飛ぶ。何故か無事な日永はその隙を見逃さず接近し剣を振り下ろす。
吹き飛ばされた体勢で右腕を切断するコースだが問題ない。《決戦遊戯》には四肢切断などの致命傷が発生した場合に強制退去──つまり負けが決まる機能がある。
これで俺はお役御免。痛みはあるがそれも一瞬。切断された同時に退去し元に戻る。
ズバッ!
激痛と共に俺の右腕が切り飛ばされ、血飛沫が舞う。
悲鳴を上げた土屋にはとんだ迷惑だが、まあ、不甲斐ない先生ですまん。あとは任せる。
不甲斐ないと言えば、日永と無良も。こんなことをするまで不満を貯めこませて……。
これで発散出来ていれば良いんだけど。