透と初音の甘々デート⑤
武装集団が人質を取ってから、約二時間が経った。その間にも人質は増え続け、この会場の三分の二が人質で埋まっている。
そして俺はできる限り情報収集に努めた。
得られた情報を整理すると、どうやら人質が集められたのはこの会場だけではない。ホテルの従業員と思わしき制服を着た人たちからこっそり聞いた話だと、ここ以外に二つ大きなイベントホールがあり、そこに人質が集められたらしい。
確証はないが、ホテルの従業員や利用客の人数を考えても、この会場にいる人質だけではないことは分かる。恐らく正しい。
そして、この情報から分かることは、武装集団はそれが可能なほどの勢力であること。ここにいるだけでも五十人はいるし、他の会場やホテル内外の巡回が必要だ。少なく見積もったとしても数百人はいるだろう。
さらに、山岸がどこかに潜んでいる可能性よりも、別の会場に人質として居る可能性も出てきた。
結構ヤバイ状況ではあるが、良い情報もある。
一つは、異能が使える点。二つ目は式神達の配置が完了した点。
式神達に配置してもらった理由と人選は、とある術式の為に必要だからだ。
その術式が、結界術《四神結界》。四種の呪力属性(その内二つは陰と陽)を用いて展開する儀式結界。
呪力属性によって発揮される効果が異なる特徴を持ち、今回は木の《生命維持》と土の《建築保護》。結界内での死者が発生しない効果と、建築物が壊れない効果が発揮される。
ただ、四人の異能者が必要なのと、その異能者のレベルが近くないと発動せず、またレベルが低い同士
だと効果が下がってしまう高難易度の結界。
今回は光明、黒鋼、翡翠、陸斗が人柱になるため、効果は保証されたも同然だ。
そして何より驚いたのが──奴らが《アルカナ》を名乗っていたこと。
真偽は不明だが、ここに集められた人質の話によると俺がこっちに来る前に名乗ったそうだ。
人質に緊張感がなく、恐怖も見られない。そして情報収集が意外と簡単にできたのはこれが理由か。
向こうさんも拘束が緩く携帯すら取り上げていないのも《アルカナ》が《理不尽の打倒》を掲げているからだろう。
人質側からすれば、こんな状態は理不尽以外の何物でもないから拘束を最低限に留めているんだろう。
というか、隠れて撮影している人もいたぐらいだし、世間的にはやっぱりダークヒーロー的な扱いを受けているのか。下手に動くとこっちが人質から敵認定されかねない。
だが、《アルカナ》と分かった以上、こっちの仕事だ。やるしかないな。世間を味方につけてるテロリストとか、やりにくいにも程がある。
……今の良い情報はこれぐらいだろうか。
ともかく、こちらの準備は整った。動き出すとしたら──
「先輩」
──来た。
「……どうだった」
犯人たちに気づかれないよう、互いに小声で話す。
「とりあえず、ホテル内にいたお客さんと従業員は全員人質になってます。ここと合わせて三つのイベント会場に集められていますね」
こっちの集めた情報と一致するな。
「それと、少し気になったことがありまして……どうやら敵の数は十六人です」
「……それは少なくないか?」
「私も思いましたが、敵の数は何度探査しても変わらず……」
山岸の探査はトップクラスのもの、情報系統能力者と比較しても遜色ない精度だ。その山岸が言うのだから、間違いはないと思うが……。
「それと、敷地内に呪力反応が多くて……もしかしたら、それが原因で探査が上手くできてない可能性があります」
「んー、ならそれ式神か何かじゃないか?」
「……あ、そっか。それなら説明つきますね」
「だろ?」
探査して人数が分かったが、現状と一致しないのなら、そもそも人間じゃないんだ。
探査は感知と違い、複数条件で判断する。呪力反応だけでは人間だと特定できないから、見過ごしたんだな。
「すみません、そんなことにも思いつかなくて……」
「気にするな。今はこの状況をどうにかするぞ」
「はい」
普段魔物相手の仕事ばかりしているから、式神のことが思いつかなくてもおかしなことじゃない。魔物退治に式神を使うのは対魔部隊じゃやらないからな。
「とりあえず、人質の位置は全て把握済みなんだよな?」
「はい、いつでも救出可能です」
山岸の《空間存在》を使えば、人質を無事に助け出すことは容易い。
しかし、問題はそこではなく。
「どこに転移させるかもう決まってるか?」
そう、人質をどこに転移させるかが問題だ。
人質の数は多分百単位ほど。それだけの人質が一度に転移させられる場所となると限られてくる。
条件は広さ、そして遮蔽物が無い場所だ。
前者は割と思いつくところがあるのでいいとして、重要なのは遮蔽物。
転移の際、遮蔽物があると埋め込まれてしまう危険があり、最悪の場合窒息死か圧死になる。
人質を助けるために転移させたのに、死なせてしまったら意味がない。
「平地訓練場を考えてます」
「ああ、そこならいけるな」
音無君をテストしたあの場所なら、広さは十分で遮蔽物もない。
「じゃあそこで。あと二つ良いか?」
「何です?」
「まず、俺は転移させなくてもいい。こいつらを確保しなきゃいけない」
犯人側の要求が何なのかは知らないが、犯罪行為には変わりない。捕まえないと。
「それと、人質の中に犯人達の仲間がいるかもしれないから、十分目を光らせて」
これほどの計画を立てるのに、ホテルの情報を知らないはずはなく、調べた方法も潜入の可能性が高
い。
「分かりました。いつもの悲観想定ですね」
悲観想定とは、俺がよくやる鳴神流考術の一つで、最悪の状況を想定して動くことだ。あんまりやりすぎると精神疾患に罹るので、多用は厳禁と言われている技術。
だけど俺との相性が良すぎて馴染みすぎている。教えてくれた義父さんも、まさかそうなるとは思ってもなかっただろうな。
(光明、聞こえるか?)
(聞こえてるよ)
若干不機嫌だな……。
(《四神結界》展開。五秒後だ)
(了解)
こっちはこれでいいな。
「じゃあ行くぞ」
顔バレ防止のために《異能工房》で視界確保の穴が開いている仮面を作り装着。あっさり作ったからか山岸がギョッとしたが……《異能工房》は呪具じゃなくて単純な物なら時間かけずに作れるんだよ。
「……はい」
合図の瞬間、周りにいた人質が消えた。
「……! ──」
声は聞こえないが、犯人側も戸惑っているのは動きでよく分かる。
そして──
バババババッ!!
俺に気づいた数人が発砲してきた。
だがそれぐらい予想しないと思ったか。
《障壁》を展開して銃弾を防ぐと、無駄だと考えたのか、それとも弾倉が空になったのか撃つのをやめた。
「えー、聞こえてますね? 無駄な抵抗は止めて、大人しく投降するならこちらも手荒な真似は致しません」
でも身バレは怖いので《変声》で声変えるけど。
さて、穏便に済ませられるならそうしたいが……。
バババババッ!
まあ、そんな上手くはいかないよな。
とりあえず《障壁》で防御してと。
バババババッ!
……まだ撃ってくるな。しかも向こうさん人数増えて色んな方向から撃ってくるし。
さて、山岸が通報しているはずだし、俺としてはこのままで──
──手榴……《土城壁》っ!
ズドオオオオッ!
辺り一帯が白煙に包まれる。銃声が止んだのは、こちらの安否確認をするためか。
全く、手榴弾なんて持ってくるとか……本当に警察と闘う気だったってことか。《土城壁》に切り替えなかったら危なかったな。《障壁》じゃ爆風までは防ぎきれないし。
しかし、どうするか。まあ取り押さえるのは《絶対王制》使えば簡単なんだけど。こうも攻撃されては使う隙がない。撃たれても身体は問題ないが、面の方は壊れるだろうから突撃はできないし。
──ピタっ。
銃声が止まった。
「全く、君たちは何をやっているんだ」
何処かで聞いたことがあるような声。どうやら話を聞いて止めた訳じゃないようだ。
「こんなことをするために、僕の力を貸したわけじゃないよ」
……思いだした。この声、神遊祭で──
「言ったはずだよね。人質には決して手を出さないと」
「櫛名様! これには訳が……」
誰かヘルメット取ったな。声は男。それで聞こえが良くなったか。
しかし……櫛名か。
間違いなく《アルカナ》の構成員の一人。神遊祭で判明した正真正銘の敵だ。
「言い訳は結構。契約に基づき、君達を処理する」
「……くそっ、全員奴を殺れ!」
男の号令で、再び銃声が鳴り響く。
「《鉄鋼壁》」
っ。今《鉄鋼壁》と言ったか?
《鉄鋼壁》は《土城壁》の派生で、銃弾を防ぐのに特化した術式だ。
術式は誰でも使えるから別におかしなところはないが、確かあいつ異能者だったような……よく術式に手を出したな。あまり歴史のない所の出身なのか?
まあどうでもいいか。今は奴らが仲間割れしたことの方が重要だ。巻き添えにならないよう、俺は隠れていよう。
「君達、僕を舐めすぎだ」
「まだだ、俺達にはこれがある!」
これ?
「……君達、それほどまでに馬鹿だったか!」
「そりゃ異能者を敵に回すんだ。これぐらいの準備は当然だろ!」
確認のために《俯瞰》を……あ、おい、あいつらロケットランチャーなんてもんあるのかよ!
先程の発言といい、思いっきり裏切る気満々じゃねえか。
ん? ってことは、犯人側は《アルカナ》じゃあないのか。
いや、今はそれどころじゃないな。こんなところで発射したら全員被害食らうぞ。俺は治るが。
……仕方ない。発射される前に……!
「食らいやがれ!」
バジュウウウウウッ!
──《三千世界》、開門!
ロケットランチャーの軌道上に《三千世界》を開門した状態で展開。弾頭が《三千世界》の異空間に入ったのを確認して《三千世界》を戻す。
何とか間に合ったな。危ない危ない。
「お前ら、命の使い方を間違ってるぞ」
今まで蚊帳の外だったが、流石に乱入せざるを得ない。《土城壁》を解除し姿を見せる。
顔を出している男がいるな。あいつがリーダー格か?
それであれが……櫛名か。神遊祭で見たときと同じ姿だな。
「やりたいことがあって、こんなことをしたんだろ」
相手はアルカナだと思ってたので味方をするつもりはなかったが、違うなら話は別。
「やり方は間違ってるとは思うが、それでも叶えたいことがあったんだろ。なのに自分から命を捨てるな」
「何でお前にそんなこと言われなきゃいけねえんだよ!」
「俺も黙ってるつもりだったよ。だけど命を投げ捨てようとしてたら流石に止めるっての」
まあ、これはただの時間稼ぎなんだけども。
俺の狙いは最初から変わっておらず、犯人の確保。櫛名という大物が出てきたが、最優先はあくまでも犯人側。
時間を稼いだ理由は、《絶対王制》をこの会場中に張り巡らせるため。《絶対王制》は対象と同化して封印を行えるので、今回はそれを応用した。
けれども同化させるには対象に《絶対王制》を差し込まなければできないので、今もバレないよう足首から《絶対王制》を出している。
「だからまあ、真っ当なやり方でやればいいんじゃない? 色々あるだろ、ほら、えっと……」
ただ問題なのは、俺が口下手なことだ。目立たず生きるために人との会話をあまりしないのが裏目に出た。交渉って難しいな。何言えばいいのか全く分からん。
これが依頼ならこっちの意図がはっきりしてる分やりやすいのだが、生憎と言いたいことはもう全部言ってしまった。
「うるせぇ、引っ込んでろ!」
犯人側が銃を撃ってきた。《障壁》を張りたいところではあるのだが、《絶対王制》起動中は他の異能や呪具が使えないので……避けずに撃たれる。
「ぐっ……」
滅茶苦茶痛いが、歯を食いしばり何とか耐える。幸いにも面には当たってないし、急所は外れていたので、意識は保ててるな。
「お前、何で避けない!?」
「君、大丈夫か!? お前ら、なんてことを……!」
犯人側も櫛名も動揺している。まさか何もせずに撃たれることは想定してなかったんだろう。さっきは《土城壁》で防いでいたしな。
「……まあ待って。俺は大丈夫だから」
「大丈夫なわけないだろう!」
「いや大丈夫だって。……それよりも、こんなことは止めて自首してくれねーか」
犯人側を見て言う。
「別に俺は敵対しようとしてるわけじゃない。ただ、こんなことは間違ってるって言いたいだけだ。いやできれば止めてほしいけど……そっちは命を懸けても成し遂げたいものがあるんだろ」
「い、いや、俺たちは……」
「ならこっちも命を懸けるのは当然だ。だから、何が何でも止めさせてもらう」
「っ……!」
さて、銃弾をわざと受けてこっちの真意を伝えることができた。《物質置換》がなきゃ絶対にやってないなこの方法。
言葉で通じないなら態度で示すしかないからな。
まあその間に《絶対王制》の包囲も完了したし、あとは向こうの出方次第。
──バババババババッ!
ヘルメットを被った大柄な奴が撃ってきた。
狙いは間違いなく俺。凶弾が襲い掛かる──と思ったが。
俺の目の前に《鉄鋼壁》が出現する。
「君、無茶をするね」
いつの間にか櫛名がこちらに来ていた。この《鉄鋼壁》を作ったのも櫛名だろう。
「いやいや、そっちも大概でしょ」
「確かに」
一応敵なのだが、のほほんと会話してしまった。まあ仕事で敵対してるだけで、個人的な恨みとかは全然ないから仕方ないけども。
「お前、何を……」
「うるせぇ!」
そんな間でも銃撃音は止まない。犯人側同士で仲間割れか?
「壁ありがとう。少し上に行くね。……鎖には触らないこと」
「あ、ちょっと!」
櫛名の静止を振り切り、《鉄鋼壁》に飛び上る。《絶対王制》がバレてしまうが仕方ない。
確認できた。どうやら大柄な奴が銃を乱射したようだ。撃たれ血を流している人もいるが、致命傷にはなっていない。《四神結界》展開しておいてよかった。
しかしこれは中々にひどい状況だ。
「……面倒だなぁ」
会場中に張り巡らせた《絶対王制》を射出。まず、大柄の男を縛り上げる。
「くそっ、何だこれは!?」
完了。次に負傷者には《絶対王制》の封印で止血、その上で全員拘束。
「……何であんなことするかな。味方だろ?」
大柄な男の前に立ち、問い質す。
「くそ、こいつはテメェの仕業か! 離せ!」
「無駄だよ。その程度の抵抗でどうにかなるもんじゃない」
話通じなさそうだな。でも一応聞いておくか。
「どうして撃った?」
そう聞くと、抜け出せないことが分かったのか少し大人しくなった。
「はっ、俺は暴れられるっていうから乗っかっただけだ」
「ふーん」
つまりこいつはただの暴れん坊か。犯人側の思想とは全く関係がない。
「だがどうも暴れられる気がしなかったんでな、勝手にやらせてもらったぜ」
「そうか。なら要求を教えてくれたら解放しよう。あ、お前の要求じゃなくてこの組織の要求な?」
ここまで関わったら何が目的なのか知りたくなってきた。
「それなら僕が話そう」
櫛名が名乗りを上げた。
「彼らの目的は海外での反政府デモで捕まった仲間の救出。それを政府に取り持って欲しかっただけさ」
「……そんなことが可能なのか?」
「政府開発援助(ODA)を打ち切ると脅しをかければもしかしたらだけど。日本が一番援助割合高い国だからね」
「なるほどねえ」
なんかニュースでやってたな。政府声明出すだけで終わったけど。
外交上の問題とか色々あるんだろうな。多分こっちが打ち切ると言ったらその国との関係が終わりかねず、もしそうなったら被害が大きいとか、そういう類の。政府開発援助ってことは、相手は途上国。割と途上国から輸入してる物多いからその辺の問題だろうか。
「まあ事情は分かった」
約束通り、大柄の男の拘束を解く。喋ったの櫛名だけど。
「え、解くのかい?」
「いやこいつの要求叶えなきゃいけないし」
人の願いはできるだけ叶える。それが俺の現人神としての在り方。
「さて、好きなだけ暴れさせてやる。相手は俺だ」
大柄な男は、訳の分からないような顔をしている。自分にとって都合が良すぎる展開だからだろうか。
そして、こちらの理由は現人神だから願いを叶える、だけじゃない。
こいつの目的は暴れること。放置すれば他のところで被害が出るかもしれない。
だからこの場で満足し──
もうそんな気を起こさないよう、徹底的にやればいい。相手が格闘戦が得意そうなので、こちらはその土俵に乗り、鳴神流現人神戦闘術だけで相手をしてやる。
つまり一石二鳥を狙うわけだ。《四神結界》があるから死なないしな。……それ以上があるかもしれないが。
「君、正気なのかい?」
櫛名に可哀そうな目で見られている。向こうさん二メートルぐらいで体格差あるし、そう思われるの
も仕方ないかもしれないが。
「ああ? 舐めてんのかテメェ。お前みたいなヒョロヒョロ潰したって面白くも何ともねえ」
「そう心配しなさんなって。……ほら」
その瞬間に《発掌》を繰り出す。……寸止めで。
「!?」
お、反応した。防御はできてなかったけど。
櫛名の方は反応してなかった。異能はともかく、肉弾戦には弱いらしい。
「どう?」
「……お前何モンだ?」
「そうだなあ……通りすがりの一般人、ってのはどう?」
正直に答えるわけにはいかないので、少しおちゃらける。
「……まあいい、前言撤回だ。楽しめそうだぜ……!」
ようやくやる気になったようだ。男の全身から闘気が溢れ出てる……気がする。
でも今は犯人側の身の安全をどうにかするか。巻き込んじゃ危ないし。
《三千世界》を身の下に設置し、平地訓練場に繋げ門を開く。
何か叫び声がしたが大丈夫。出口は縦に設定したから落ちる感覚があってすぐに地面に着く。投げ出されるような感じだろうけど、大したもんじゃないから我慢してくれ。
「先手は譲る。さっき手を出したし」
喋ってこちらに意識を向けさせる。
「……一撃で沈むなよッ!」
鋭い正拳突き。狙いは顔か。遠慮も何もないが、それでいい。
向こうが本気でくれば、負けた時の喪失感も大きくなるだろう。
「ふっ」
攻撃を紙一重で躱し距離を取る。
まずは相手の動きを知ってから。今は回避と防御に専念する。反撃はその後でいい。
「オラッ!」
再び突き。これも紙一重で躱す。
「おうどうした、さっきのはマグレかぁ!?」
避け続ける俺に、男は何度も殴りかかろうとする。
「ちぃっ、ちょこまかと!」
「どうした、その程度?」
「ほざけ!」
こちらの狙いを悟らせないよう、煽りを入れて攻撃を継続させる。
……しかしこいつ、正拳突きしかして来ないな。見た感じ強化系統っぽいし、それなりの場数は踏んでると思って蹴りやら頭突きが来ることを期待していたんだがな。
バテる様子もないし……こっちから仕掛けてみるか?
攻撃が当たる直前で《残身》で残像を作り──
「っ!?」
拳がすり抜けたことで怯ませてるのと同時に背後へと回り込んで……。
──発掌。
「グガッ!?」
背骨を折った感触と共に、男の身体が吹き飛んでいく。一
櫛名が唖然としているがそれはさておき、あまり感触は良くなかった。本当なら内臓破裂ぐらいはあっていい威力を出したんだが、何かでガードされた。
これではっきりしたな。それが奴の異能。系統は読み通り五大系統の一つ、強化系統。
咄嗟とは言え、よく反応したものだ。こんなことをしてないでちゃんと鍛錬すれば、一流になれただろうに。
「……立てるか?」
男は動かない。そりゃ背骨折れたんだから激痛で動かせないだろう。声を出すだけでも相当な痛みを伴うはずだ。
「……やるじゃねえか」
しかし男は声を出した。しかも立ち上がった。ただのやせ我慢と思ったが、別の可能性を思いついた。
こいつが強化系統であることは間違いない。それならその派生系統が使えても不思議ではない。
そしてこの状況から察するに、奴は治癒系統の異能が使える。《四神結界》では怪我の治療は出来ないから、多分合ってる。
「いやそっちも大概だと思うけど」
「まだまだこんなもんじゃねえだろ。もっと来いよ!」
……もしかしてドMなのかこの人?
「……じゃあお言葉に甘えて」
《縮地》で一気に距離を詰め、懐に入り込む。
「よっと」
顎に掌底を叩き込む。男は後ろに仰け反り、その足取りはふらついている。狙い通り脳震盪を起こし
たようだ。
もう一度《発掌》……ばかりだと見切られるので別の技にしよう。
……よし、《手槍》だ。あれならもうこんなことを起こす気にならなくなるだろう。
右手を抜きの形にして、お腹に突き刺す!
「ガハッ!?」
グニュグニュして気持ち悪いが、我慢して内臓を掴み……引き抜く!
ズボボボボッ!
手槍とは、相手の腹に手を突っ込み臓器を引き抜く殺人技。絵面がヤバすぎるのでこういう心を折るのにはうってつけ。
内臓は引き抜いただけで千切れてはいないので、正しい位置を知っていれば戻せる。
「え、えは、な、なんかでた?」
あ、ヤバイ。壊れた。
これはやりすぎましたね……。
「安心しろ。死にはしないから」
《四神結界》の効果で死にはしない。ただ死なないだけで重症が治るだけではない。
「あはははははははっ」
それどころではないようだ。治療するか。
とりあえず《遠当》で気絶させて、急いで内臓を戻しながら《外傷治癒》で傷を塞ぐ。
《遠当》で気絶させられるのは三秒が限界。その前に戻しておかないといけなかった。暴れられても困るしな。
「……はっ!」
「起きたか」
右手を隠し、男に話かける。
「お、まえ、は」
男の身体が震え出した。顔はヘルメットで見えないが、声とかから察するに怯えている。
「どうした? まだまだこれからだぞ?」
「す、すみませんでしたぁーっ!」
男が土下座をした。こんな大柄な男が土下座をする場面は中々ないな。新鮮だ。
「何がだ? それよりも早く立て。戦いはまだ終わってないぞ?」
「もういいです! 勘弁して下さい!」
「そうか? だがお前の願いはまだ叶っていないだろう?」
「もう叶いました! 十分です! もう満足しました!」
「つまり、もうこんなことをする必要はないと?」
「はい、そうです! 金輪際このようなことは致しません!」
うん、その言葉が聞きたかった。
「分かった。ならばここで終わろう」
「ありがとうございます!」
良し。目的達成。
でもそれはそれとして、きちんと罪は償ってもらうため《三千世界》で山岸の所へ転移する。
「さて、君はどうする?」
会場に残ったのは俺と櫛名。
こちらとしては仕事のことがあるので、闘ってもいいのだが……心情としては、早く手を洗いたい。
他人の血がたっぷりついているのは衛生的に良くない。
「……貴方は何者だ?」
「俺か? そうだな……不運にも事件に巻き込まれた被害者だな」
それ以上の被害を与えてる気がするけど。
「……そうか。そういう見方もあるな」
納得してくれたぞ。適当に言ったんだけど。
「僕は帰ることにするよ。目的は達成したし」
「そうか。じゃあまたどこかで会うかもな」
早く手を洗いたいし、いずれ警察も来るから今回は見逃してやる。
「……もしかして、同業者だったりするのかな?」
しかしこっちの事情を知らない櫛名は結構面白い解釈をしてきた。
「さあ? 俺は色んな業種の人達と面識があるからな」
異能者事業で依頼を受けてたりするからな。正直業種なんて一つに絞れない。
「……そういうことにしておこう」
どういうことかは分からないが。
「それでは、また。名も知らぬ仮面よ」
何か格好いいセリフを言って、姿を消した。
……中二病かな?
それはさておき、早く手を洗って退散するか。
あ、山岸に事情説明と、式神達に撤退連絡……内閣府にも連絡入れなきゃいけないな。
まだまだやることが多そうだ。休日なんだから、休ませてくれよ。