透と初音の甘々デート④
会場はホテルのイベントホール。十二階にある会場に行くためエレベーターに乗っているのだが……。
(女性多っ!)
エレベーターの中は行き先が同じと思われる女性たちで一杯でした。
(くっそ、居心地悪すぎだろ……!)
幸いにも奥の隅でドアに背中を向けて、両手も前に持ってくることで痴漢冤罪対策は取れたが……気
が気でない。不安しかないぞ。
最悪の事態になっても人間の法で裁かれないが、社会的信用はガタ落ち。有罪にならなくても、逮捕ってだけで疎まれる現代社会だ。もしそうなったら生きていく自信がない。
(早く、早く着いてくれ……っ!)
冷や汗が出てくるのを自覚し祈る。勿論周りに不審がられないよう、見た目だけは平常心に見せかけながら。
『十二階です』
到着すると、女性たちが一斉にエレベーターが降りていく。
た、助かった……。
精神疲労しながらも、エレベーターを降りることができた。
「……もう帰りたい」
「? どうしました先輩」
「いや、何でもない。行こう」
弱音を吐いても、約束は守らないと。
「はいっ!」
楽しみが溢れ出てる山岸を前にして、そんなことは些事だ。
そうして、俺達は会場前の大行列の一部となる。
とは言え、すぐに開場したのでそんなに時間はかからないだろう。流れを見る限り、実にスムーズにお客さんを捌いている。
そして、俺達の番。
「お待たせいたしました。女性お二人ですね」
受付の女性が人数を確認する。
ってちょっと待て。
「いや、俺は男なんですが……」
「! 失礼致しました」
身分証を見せると、一瞬だけ驚いた表情になったが、すぐに営業スマイルに戻った。これがプロの技か。
「ではお二人は恋人同士、ということですね」
えっ。
「はい、そうです!」
えっ。
「それではお二人が恋人であることの証明はできますでしょうか?」
えっ。
「はいっ」
と言って山岸が俺の右腕をぎゅっと抱きしめた。
「はい、確認致しました。料金の方ですが、お二人で一万円になります」
「あっはい」
俺は財布から一万円を取り出す。
「丁度頂きます。それではこの札と同じ番号の席へどうぞ」
「ありがとうございます」
山岸は札を受け取り、俺の右腕を抱きしめたまま席へ移動する。
そして、二人で席に腰掛けた。
「山岸、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか先輩。私早くケーキ取りに行きたいんですけど」
「なら取りに行ってからでいいから、話を聞いてくれ」
「分かりました。じゃあ行ってきます!」
元気よく走り出す山岸を眺める。
やることがないので周りを見渡すと、本当に女性しかいない。年齢はバラバラだが、比較的若い世代が多い印象だ。
正直、場違い感が半端ない。
いや、ケーキバイキングと聞いてある程度は覚悟してた。けどもまさか女子率百パーセントとは思わ
ないじゃん。
あ、俺がいるから百パーセントではないのか?
ってか、そんなことはどうでもいい。問題はこの状況だ。
幸いにも、いや不本意ではあるのだけど、俺が男であることはバレていない様子だ。変な視線を感じ
ることもない。
だがそれも時間の問題だ。見た目は女でもそれ以外は男だ。声とか仕草でバレる可能性もある。
女体化しようにも時間が足りない。声帯を変えるには最低でも十時間はかかる。
ならば、動きは最低限。声も出さないようにしないと。
「先輩、何難しい顔してるんですか?」
山岸が戻ってきて椅子に座る。
と同時にトレイに山盛りに積まれたスイーツ達が目に入る。やめてよ超目立つじゃん。
「……お前それ、どうやって食べんの?」
「そりゃ上からですよ」
「味混ざるだろ……」
クリーム系とか特に。
「大丈夫です、一つ一つ異能でコーティングしてますから」
異能……結界か。さらっと高度なテクニックを……。
「先輩も取ってきていいですよ」
「……その前に話がある」
「何ですか?」
「ここもしかして、男性は入れないんじゃないのか?」
「そうですよ」
「だけど恋人同士なら入場できる」
「ふぁい」
「口に食べ物入れて喋んな」
……聞きたくなかった。
どうやらこのケーキバイキング、今流行りの女性限定のようだ。
俺がこの仮説……事実になってしまったが、これに辿り着いたのは異様なまでの男性の少なさ。
先程男性が女性と入って来たっきり、男性がやってこない。メンタル強いなあの人。
それはさておき、こんなフロア一つ貸切っての大規模イベント、女性だけでなく最近増えているというスイーツ男子が参加しないとは思えない。
しかしここにいる男性は俺を合わせても片手で数えられる程しかいない。しかも近くには女性が同
伴。
そこから考えられる結論の一つが、カップル制度。
最近、女性をターゲットにした企画が多いとニュースで見た。それ自体、俺は何とも思わなかったが、
「もしかして嫌でした?」
「全然。変な感じになって悪いな」
約束したのは変わりないし、原因はこちらのリサーチ不足。一日あれば見た目だけでも女性体になれ
たわけだし。山岸に非はない。こっちが勝手に問題視しているだけだ。
こんなに楽しそうな山岸の顔を曇らせる訳にはいかない。
「それじゃ、俺も何か取ってくる」
「はい! どこも超有名店ばっかりですから、期待していいですよ!」
「それは楽しみだ」
席を離れ女子達の集団の最後尾に並び、番が回ってくるのを待つ。
結構かかるかな……と思っていたが、回転率が速い。
気になってスマホで調べると、このイベント、午前の部と午後の部に分かれており、今開催されている午前の部は十二時までだそうだ。九時半から始まっているから、二時間ちょっとしかケーキを楽しめないということか。
列に並んでいるお客さんの話が聞こえてきたが、どうやら予め、どれを食べるか計画してきているよ
うだ。
それならこの回転率の速さにも納得がいくし、合理的な戦略だ。
裏を返せば、それだけケーキに集中しているから、こちらの存在に気が付きにくいとも言える。過信はできないが、こちらが注意深く行動すれば目立たない環境だな。少し希望が見えてきたか。
そしていざ自分の番が来ると、困ったことに何が良くて何が悪いのか全く分からない。いや、悪いっ
てことは無いんだろうが、どれを選ぶのか全く決めてなかった。
しかしここで悩んではスムーズな流れを断ち切ることになり、とても目立つ。
仕方なく適当にトレイにケーキを乗せて行く。
俺は特にスイーツの好き嫌いはないので余程の物でない限り食べれるが、ここに出店しているのは有名店ばかりという山岸の弁を信じれば、食べ物を粗末にする心配もない。
上手く流れに乗り、無事帰還。
「お帰りなさい」
「ただいま──」
おい、もうトレイにケーキが無いんですが。
「お前、もう食べたのか?」
「そうですけど……それがどうかしましたか」
どうかしましたか、じゃないだろ。
「お前の身体どうなってんだよ……」
「ちょ、それセクハラですよ。……まあ先輩なら良いですけど」
なんか許された。
「というか、先輩も早く食べたらどうですか? めっちゃ美味しいですよ!」
「そうだな」
ということでケーキをフォークで切り分け、一口パクリ。
「へえ、結構いいじゃん」
女子向けイベントというだけあって、味も女子向けかと思いきや、男の俺でも結構いける味だ。具体的にはすっきりとした甘さ。これミント使ってるな。
「ですよね! そのケーキはフランスで修業したパティシエさんが作ったもので──」
興奮しながらケーキの解説をする山岸を見ながら、うんうんと返事をしながらケーキを食べる俺。
そして解説の合間にケーキを食べる山岸。
ケーキがなくなったらまたケーキを取りに行って、食べて、解説聞いて。たまに異世界旅行の話を聞いて。
そんなことを繰り返しているだけだが、山岸が楽しそうなので良しとしよう。
……いやあれ楽しそうというよりは暴走してない? ずっと熱量が変わらないんだけど。ちょっと怖くなってきたな。別の話をしてクールダウンしてもらうか。
「なあ山岸」
「何ですか? あ、このケーキを出してるお店の場所ですか? それなら──」
「違う。試験の事で聞きたいことがあるんだが」
「……今仕事の話します?」
山岸の言う通り、プライベートなのに仕事のことを聞くのはどうかと思う。
だが、尋ねるには絶好の機会であることは間違いない。
「頼む」
「まあ別にいいですけどね。けど条件があります」
「……それは?」
「また、時間があったらこうして美味しい物でも食べに行きましょう」
「それだけか?」
「はい」
「……もうちょっと欲張っても良いんだぞ」
条件というには簡単過ぎじゃないか? 釣り合ってないように思えるのだが。
「いえいえ、多忙な先輩の貴重な時間を費やしてもらえるだけで十分ですよ。それに色々と融通してもらってますし」
「また使えそうな呪具あったら持ってくわ」
山岸には《三日月の共鳴》で廃棄処分になった呪具を引き取ってもらっている。
その呪具は《対魔部隊》で使われる……と思っていたのだが、山岸が異世界旅行での財政源にしていたのが最近分かった。時空神の権能を使ったダイナミックな旅行だ。
俺も興味があって一緒に付いて行きたかったが山岸の権能では一人と所持品までしか転移できないのだとか。
俺も帯の座(五次元)行きたかったなー。すっ飛ばして一瞬全知の座(十次元)なら行ったことあるけど、あれ以来どうやってもできねーし。
そこで俺が呪具を渡す代わりに、山岸には異世界旅行の土産話を聞いてインスピレーションを貰っているのだ。
「交渉成立、ということで。じゃあ何が訊きたいんですか? 職務上話せないことがあるので、そこは答えられませんけど」
「分かった。それじゃ訊くけど、今回は試験官を決める試験、ってことで良いんだよな?」
前提を訪ねると、山岸は不思議そうな顔をした。
「え、そっちですか? 認定試験の方ではなく?」
「あれ、俺が試験官のテスト受けるって情報来てないのか?」
「来てませんね」
「一般枠で出ることになってたからか……」
今回の試験は、一般枠と推薦枠がある。一般枠は言葉通り依頼の形で試験を受ける人達を指し、推薦枠は異能庁から直々に指名された人達だ。
推薦枠は目立つので、俺は七瀬さんに一般枠で出ると会議の時に伝えてある。
「推薦枠ならともかく、流石に一般枠の事まで知りませんよ。部署が違いますから」
「それもそうか。……もしかして山岸は試験官だったりするのか?」
「いや私は今回出ませんよ。そんなに暇じゃないですから」
「そうか」
取り敢えず、山岸が試験官じゃないことは確定か。
「あ、誰が試験官かは流石に言えませんよ?」
「それは分かってるよ」
そこまで言ったら情報漏洩だしな。
「でも、対魔部隊からは何人か出ますよ。誰とは言いませんが」
「それだけで十分だよ。あ、もう一つ良い?」
「何です?」
「合格者は何人までなんだ?」
「そうですね……倍率十倍くらいとだけ言っておきましょうか」
「それは厳しいな……」
良し! それなら落ちても不自然じゃないな! 合格して目立つとか真っ平御免だ!
「でも先輩なら意外と合格するんじゃないですか?」
「いやどうだろうなー。実力全部出せる訳じゃないしな」
「けど試験官によって内容は違いますし」
「かもしれないけどね」
例えどんな内容だったとしても、俺は不合格になる予定だぞ。
一応、俺は保障局からの推薦という形式上で試験を受けるが、それを知っているのは異能省でもほんの一握り。そして俺が職人であると知っているのは、異能省トップの津田長官だけだ。
推薦を受けた受験者が落ちた、という保障局にとって不名誉な事実が明るみに出ることはない。そのためにわざわざ一般枠で受けてるんだ。
恐らく、七瀬さんはそれを承知で俺を送り出している。そして本命は推薦枠で出すはずだ。『閻魔』、『礎』、『人機姫』……誰が本命なのか知らないが。
だけど俺を出そうと思った理由についてはちょっと分からん。七瀬さんしか分からない何かがあるんだろうか。もしそうなら、理由は試験を合格することじゃないな。他にある。
まあそれが全く分からないんだけど。
「聞きたかったのはそれだけ。ありがとう」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
山岸は再びスイーツを食べ始めた。
それじゃあ俺も本格的に食べるか。式神達や秋奈の好きそうなのがあったらちゃんとメモっとかないと。
と、その前に。
「トイレ行ってくる」
「いってらっしゃいませー」
席を立ち、トイレを探してキョロキョロすると、看板を発見。
えーと、『トイレは会場外にあります。退場の際は入場時に発行されたチケットをお持ちください』か。
チケット? そんなん貰ったか?
一旦席に戻って確認するが、やはりない。
「あれ、早かったですね?」
そう言う山岸のトレイは、もう既に半分ほど無くなっていた。いや早いのはお前だよ。
「違う」
確か貰ったのは札のはず。それを手に取ると……あ、札が折り畳み式になってる。
開いてみたら、チケットが二枚入っていた。
「何ですそれ」
「入退場する時に必要なチケット」
「ああ、映画の半券みたいのですか」
「まあ、そういうもんかな。今度こそトイレ行ってくる」
「はーい」
そうして、会場を出た俺はトイレに向かって歩く。ご丁寧に壁に見取り図があったから分かりやすい。
辿り着くと、女性の列があった。間違いなくトイレの列だ。
この状況で男子トイレ行くと目立つよなあ……。
よし、《隠者》使おう。
気配を隠してトイレに入る。人はいないな。
《隠者》を解いて。用を足す。
──。──っ!
何か騒がし──
「キャアアアアアアアアアアアッ!」
女性の悲鳴。何事か。
確認したいが、まだ出ているのを止められない。
「動くな!」
突然トイレに武装した男が入ってきた。顔はフルフェイスヘルメットで見えない。
手に持つ銃器は……拳銃か。名前は知らないが、モデルガンでないことは分かるぞ。
まあ撃たれたところで死にはしないが、怯えたふりでもしないと違和感があるな。とりあえず恐怖に慄く表情しとこう。ついでに出し切って、と。
その男の後ろから一人、拳銃を持った男が個室の中を確認していく。そしてハンドサインをしてトイ
レから出て行った。
「両手を前に出して握れ」
「わ、分かりました!」
怯えてぎこちない動きで握った両手を差し出す。
「そのまま動くな」
「は、はいぃっ!」
男が取り出したのは結束バンド。これで両手を拘束する気か。
「……先に手を洗え」
「え?」
「手を洗え。変な動きをしたら……分かってるな?」
「は、はい」
まあ用を足した後の手なんて触りたくないか。潔癖症かなこの人。
とりあえず指示通りに手を洗う。
「そのまま手を後ろに組め」
そうしたら、後ろに回って紐か何かで手首を巻き拘束された。
「会場に行け」
背中に銃を突き付けられたまま、歩いて会場に戻る。
会場にはバイキングのお客さんやスタッフだけでなく、ホテルの客も集められていた。そしてこの男
の仲間と思われる武装した人たちが十人以上いた。どうやらホテル内にいる人質は全員ここに集める算段のようだ。
確かに、人質は一纏めにしたほうが管理しやすいが、休日のホテルに一体どれだけの人がいるか、こ
いつらは想定しているのだろうか?
いや、想定しないとこんなことはしない。
つまり、こいつらにはそれだけの情報網と、それを実現する資金力があるということ。
これは相当にヤバイ状況なんじゃないか?
「こっちに座れ」
言われるがまま座り、続々と集められた人質の中に埋もれていく。
とにかく、この状況を打開するには情報が必要だ。俺一人なら簡単に逃げられるが、ここに集められるであろう人質全員を無事に家へ帰すには、そんな簡単にはいかない。
まずは、周囲の観察をすること。幸いにも人に埋もれているので、余程動きが大きくなければ不自然には見えない。
「──。……。」
そして分かったことだが、どうやら武装集団の連絡手段はヘルメットの中にある小型通信機。内容まではヘルメットに邪魔され聞き取れないが、《地獄耳》を使えば音ぐらいは拾える。
さらに、異能が使える。何らかの妨害があるかもと思ったが、《地獄耳》を使って不調が何もない。これが一番大きな収穫かもしれないな。
さて、ここから分かるのはそれぐらいか。
ならば、山岸と接触しなければ。
《俯瞰》を使い周辺を見渡す。が、範囲内には山岸の姿は見当たらない。
それなら《遠見》でと思い探してみるが……全然居ない。
もしかして、どっかに転移して機を窺っているのか? 一人で逃げる可能性よりは高い。
もしそうなら、向こうからのアプローチを待つ他ない。山岸が本気を出したなら、俺に見つけられない。
だが何もしないというのも職務放棄な気がする。多すぎてどの職務か分からないが。
山岸からの連絡が来るまで、こちらでできることはやっておこう。
(光明、今大丈夫か?)
光明に念話を繋げる。
(ん? 大丈夫だけど……何かあった?)
(ちょっと緊急事態)
(よく分かんないからパーセンテージで言って)
(そうだな……八十ぐらい?)
(どこがちょっとなの!?)
(まあそう慌てるなって。状況的にって意味だ)
(つまり、周りが?)
声色が変わった。こっちの状況を把握してくれたみたいだな。こういう時、光明は頼りになる。
(呪力温存したいから手短に。ホテル郁番にて人質立てこもり発生。中はこっちで何とかするから、事態に備えてもう三人連れてホテル前で待機)
(了解。四神結界だね。翡翠・陸斗・黒鋼でいい?)
(勿論)
(じゃあそういうことで。……無理はしないでね)
(それは保証しかねるなあ)
(あっそ。じゃあいつでも呼んで)
向こうから念話切られた。……ちょっと怒ってたな。こっちの態度悪かったし仕方ない。でも約束できないことはできないし。今度埋め合わせするか。
さて、犯人側もまだまだ人質集めきれていないし、山岸からの接触もなし。
……現状やることがないな。
犯人側としても、人質を全員確保するまで何もしないだろう。
でないと自分たちの安全が確保できない。隠れた客が異能者だった場合、対処に困るし。これだけの装備を整え、人質を取るという判断ができるのは、前もって決めた計画があるから。突発的な判断ではこんなことできない。
そして、計画があるということは目標があるはず。そしてその目標を達成できる計画を、犯人側は練ったはず。
であれば、できるだけ不確定要素は排除したいと思うことは必然。客を人質にしたのは目標達成に必要なのと、不確定要素を消すため。
つまり、犯人側としては、ホテル内にいる人間すべてを人質にしたい。それが計画の第一段階。
なら、それが終わるまでは何もしないはずだ。今は人質の中に紛れて、その時を窺おう。