第1章 7話 好きってなんだろう
ここでの暮らしは確かに快適だと思う。温かいベットで目が覚めると隣に美少女がいるし、美味しいご飯を美少女に食べさせて貰ったし、生まれて初めて温かい安全な風呂に入れたし。って前半色々この家関係ないけど。
テレサは、なんていうか好きとは違うんだよな。まず歳の近い女の子と話すことがなかったから、好きってなに?って話なんだけど。
まあとりあえずここの生活は快適だ、それは認めよう。でもさ、でもさ····これはないんじゃない?
「あらやだ〜、アナタ意外と可愛い顔してるじゃな〜い。仕事しがいがある〜」
イアンは今、巨漢のヘアスタイリストに髪を切られている。問題はそのヘアスタイリストの言葉遣いが妙だと言うことだ。
「アナタ、リナちゃんを守るためにキュプロスと戦ったんでしょ?やるじゃな〜い。アタシだったら惚れるわよ。」
「いや····そのことはあまり覚えてなくて····」
なんだろ、背筋がゾワゾワする。なんかこの人、ヤバイ。
「アナタ少し自信もってもいいのよ、キュプロスを単独で倒せる人なんてパリじゃ十人しかいないのよ。それにアナタ、殆ど丸腰だったんでしょ?意外と隠れマッチョかしら、脱がしたいわ〜」
「あ、はい」
イアンは完全に怯えて縮こまっている。巨漢オネエは言動こそ少しあれだが腕は確かなようで忙しなく動いている。
「アナタも年頃の男の子なら好きな人くらいいるんじゃない?」
「俺はそういうのは特に」
「あら、本当かしら。アナタの連れのテレサちゃん、着飾れば他の男が黙ってないわよ。嫉妬しちゃう。」
この人、本当に男だよな。それにしてもテレサか、笑えば可愛いだろうな。普段笑わないぶん余計に、俺にだけに見せてくれる顔、みたいな?あークソ、何考えてるんだろ、俺。
「俺の場合女性と関わったことがないので、好きって気持ちがまだハッキリわからない、みたいな感じですから。」
「ウブね〜、でもアタシもまだわからないのよ、本当の好きって意味。」
この人の好きは俺にはとうてい理解出来ないだろう、多分。この人の恋愛対象はどっちなんだ?両方いけちゃう、とか?
「リナちゃんのカイルくんに対する好きは憧れから始まる好きよね。」
「えっと、赤髪の?」
「彼、ハンサムよね〜」
あの人、カイルって言うんだ。確か先輩だとか言ってたよな。憧れから始まる恋か····あの人凄いなって思って追いかけているうちに好きになるってことかな。
「好きって人によって色んな種類があるのよ。憧れから始まる好き、この子を守りたいっていう好き、この子といると安心するの好き、この子といると楽しいって言う好き、たまに一目見たときにビビってくる好きもあるわ。」
「もしもですけど、大切な人、好きな人が複数出来てしまった場合はどうすればいいんですか?」
「うーんそうね、それは難しい問題よ。答えなんて人それぞれなのよね。」
「·····そうですか」
俺は女の子と関わることがなかった。だからかも知れないけど、ここ数日の間にリナにドキッとすることが何回かあった。
でも今日はテレサにドキッとすることがある。今朝なんてテレサを思いっきり抱きしめたいとまで思ったりもした。
これは俺が目移りしやすいダメなやつだからか?それとも恋愛経験が足りないからか?それとも皆そんなもんなのか?
ダメだ、わからない。
「若いうちはどうにでもなるわよ。若いうちに沢山恋愛して沢山失恋して、そうして何度も何度もやっているうちに本当の好きって意味がわかるわ。」
「要は経験ってことですか?」
「何事もね。髪を切るにしても、服をコーディネートするにしても、悪魔と戦うにしても何事も経験が大切なのよ。」
この人はきっといい人なんだろうな。見た目と喋り方のギャップがちょっとキモいけど。何事も経験、か。
「ほら、終わったわよ。うーん男前、これで街の女も口説き放題ね。」
「いや、それはないと思いますけど·····」
巨漢のオネエは鏡を持ってきてくれる。驚いた、自分が自分じゃないみたいだ。まさか自分がこうやってオシャレする日が来るなんて思いもしなかった。
「ありがとうございます。あとこの服は何ですか?用意されてたから来ましたけど、なんかチクチクするし動きにくいんですけど。」
「あらそう?今パリの若者の間で流行のファッションよ。」
「あー、はい。そうですか。」
なんかしっくりこない。動きにくいし、何より丸腰ってのがどうも落ち着かない。これも慣れろってことかな。
「ほら、女の子を待たせちゃってるわ。もう行きなさい。」
「はい、ありがとうございます。えーと·····」
お礼をしようにもこの人の名前を知らない。まさか「ありがとうございます巨漢オネエさん」というわけにもいかないし。
「ここではリリーで通ってるわよ。また来てちょうだい。」
げっ、あの見た目でリリーってどうなんだよ。しかも最後の投げキッスはなんだ。思わず必死で避けてしまった。
その後、執事の一人に連れられて屋敷の玄関まで行くとすでにテレサが待っていた。テレサはイアンの姿を見ると走りよってくる。
「遅い」
「あぁ····悪い」
イアンはテレサを見た瞬間息を飲んだ。彼女は元々そうとうな美少女ではあったが今回は今までとは比較できない。服、髪型、メイク、全てが完璧だった。そしてテレサ自体がその全ての完璧の中心にいる。
「なに?」
テレサは呆然としているイアンに抑揚のない声で疑問を口にする。
「いや、見違えたっていうかさ。元から可愛かったけど、なんていうか更に可愛くなった、みたいな。」
「え·····」
テレサは目を丸くして驚いたような表情をすると俯いてしまう。感情は相変わらず読めない。
嘘、照れてるの?それにさっき少し笑ってた?くそ、可愛いなやっぱり。
「イアン様とテレサ様は旦那様のいる〈銀発掘会社コルテーゼ〉の本社に向かっていただきます。旦那様にはすでにお二人が伺うと連絡しております。残念ながら我々は勤務時間内にこの屋敷を出ることは許されていませんのでご同行は出来ません。地図を書いたメモをお渡しします。どうかお気を付けて。」
「短い間ですがお世話になりました。」
見送る執事に対してテレサが礼儀よくお辞儀する。二人で屋敷を後にし、手渡されたメモを見るとパリの街がどれだけ入り組んでいるのかを思い知らされる。あたふたしているとテレサがメモを奪い取り、手を引いてどんどん進んでいく。今朝からずっと妙にテレサを意識してしまう。
しばらく進むと広場のようなところに出る。そこは沢山の人で賑わっている。そして、あの塔も見える。
「見たかったんでしょ」
「え?」
「アナタがエッフェル塔を見たがってたって、リナが言ってた。」
「もしかしてこれを見せるために?」
「昨日、どこが一番良く見えるか探してた。」
俺のために、か。本当に何考えてるかわからないよな。一切読めないし表情変わらないし。でもなんか、嬉しいな。
「ねえ」
「ん?」
「ギュってして」
「は?」
「いいから」
テレサは何を考えてるかわからない。故に突然のお願いにかなり戸惑う。声は相変わらず冷たい。
わけもわからないままテレサを抱きしめる。
「痛い」
「あ、悪い」
「離さないで」
この状況でもテレサの感情は一切読めない。ここまで来ると妙だ。テレサは美人だし人目を引く、だから人沢山いる所を手を繋いで歩いたりしたらテレサに向けられた感情が俺にも感じ取れるはずだ。でもテレサといるとそれすらも感じ取れない。
「おかしい」
テレサが突然言う。
「こうしてると凄く胸が苦しくなって上手く息が出来ない。なのに離れたくない。おかしい。」
テレサの気持ちもわからなくない、俺も同じだから。これが好きって事なのか?いや、テレサとは出会ってから二日しか経ってない。それにまともに話したのは今日が初めてだ。じゃあ、この気持ちはなんだ?
どれくらいの時間こうしていただろうか。一分くらいな気もするし三十分くらいだった気もする。とにかく声をかけられるまでその人の接近に気が付かなかった。
「あのー、少しいいですか?」
突然横から声をかけられて二人は慌てて離れる。
普通このシーンで声かける人いる??
「あのですね、テレビ番組の企画で今日のカップルってのを取材来てるんだけどインタビューしても大丈夫ですか?」
聞いたことある、これは平和な時代に国民の娯楽の王道とも言えるテレビ番組とか言うやつだ。でもごめんね?俺達カップルじゃないんだ。まあ多少誤解を受けるような行為をしてたかもしれないんだけど。
「いいですよ」
え!いいの?この子そういうの意外とOKなの?
イアンにテレサの感情は読めない。人生に置いてほぼ全ての物事を感情による先読みで解決してきたイアンにとって、テレサという少女は予測不可能な生き物であった。
「カメラとか大丈夫かな?」
「問題ありません」
「カメラOK貰いました」
「え!嘘本当に?最近の若い子は全然OKしてくれないのに。」
なんか俺の知らないとこでどんどん話し進んでる。なんかマイク持った女の人出てきたし。テレサはなんか腕を揺らして機嫌良さそうだし。
「えっと、付き合い始めたのはいつ頃ですか?」
「二日前です」
あー、そういう設定なのね。
「付き合いたてですか。じゃあ毎日が楽しいって感じですね。」
「はい」
え、そうなの?
「彼のどんなところがいいですか?」
「一緒にいると安心できるところです」
「と彼女さんは言ってますが、ずばり、どうやっておとしたんですか?」
「えっと····屍鬼の群れから連れ出して?」
「ですよね!こんな美人な彼女さん、競争率高かったですよね。」
あれ?なんかいい感じに勘違いしてる。
「それでは最後に彼女さんから彼に一言お願いします。」
なんだろう、嫌な予感しかしないんだけど。
「さっきはギュってしてくれたので、次はキスして欲しいです。」
「以上、付き合い始めホヤホヤの熱々カップルでした。」