第1章 1話この世界は終わってる
世界の話をしよう
この世界は終わっている。化け物が我が物顔でこの世界を歩き回っている。
天国や地獄を信じるか?まあ別にどっちでもいいか。
この世界では死人は皆平等だ。生前にどんな大罪を犯そうがどんなに善行を行っていようが関係ない。この世界で死んだ者は例外なく化け物の仲間に加わり、かつて仲間だった者を殺し喰らう。脅威はそれだけじゃない。むこう側の世界から来る謎の化け物達、奴等もまた人を殺し喰らうことを目的としている。
今この世界にどれだけの人間が残っているかはわからない。思ったより多いのかも知れないし、俺しか残ってないのかもしれない。かつて栄華を誇り地球上を実効支配していた我々人間が何故絶滅の脅威にさらされているのか、そんな事は興味がないし分からないしどうでもいい。だって人間が地上を支配していたのはもう五十年以上も昔の話だから。
「·····雨は····今日は止みそうにないな」
高くそびえ立つ針葉樹の群れ、激しい雨がその葉にあたり世界が終わったとは思えない程の大合唱が聞こえてくる。今じゃ人間なんかよりもこの木の方が支配者っぽい。
下を向くと一人の男が覗き見てる。伸び放題の黒髪に右が赤、左が青のオッドアイ、どちらの目も虚ろで濁っている。水たまりに映った自分の顔。
俺の話をしよう
イアン=エイムズ、多分十五歳
これが俺の名前、母はある遊牧民の一族で父は村に一時期滞在した母に一目惚れして母を追いかけて村を出た。エイムズは父の性、俺が産まれた時にはすでに一族の人数は五人ほどしか残っていなかったらしい。そして俺が物心ついた頃には両親と俺だけとなり八年前にその両親も死んだ。簡単な話、俺は誇り高きサタナキア族最後の生き残りということだ。まあ何処が誇り高いのかはさっぱりだけど。
雨の音に紛れて遠くから明らかに自然が出す音ではない音が聞こえてくる。だが残念なことにこの音は自然の音である。まるでガラスがびび割れるようなそんな音、歪みが出来る時の音。
歪みとはこちらの世界と向こうの世界を繋ぐ入口、どこにいつどうして発生するのかはわからない。ただわかるのは五十年以上前に初めて歪みが発生した時からこの世界は終わっているということだけだ。
音の感じからして五キロ以上は離れている。いや、雨でかき消されてるからもう少し近いか。どちらにせよ少し離れよう、向こうから化け物が来ないうちに。
動く死人は動きも鈍いし知能も低い、あの人間離れした怪力にさえ気をつければたいした脅威ではない、あくまで単体の場合は。でも向こうから来る化け物は段違いだ。知能もあるし身体能力も人間とは比べ物にならない、あとデカいしキモい。奴らとは遭遇しないのが一番、万一遭遇したら逃げの一択、てか逃げきれたら奇跡、間違っても倒そうなんて事を考えてはいけない相手。唯一の弱点といったら日光にさらされると極端に動きが鈍くなることくらいだ。
「この森を抜けたら旧市街地、久しぶりに屋根のある所で寝れるか」
誰が聞いてるわけでもない、ただの独り言。はるか遠くとはいっても背後にはあの化け物共が歪みから出てきた頃だ。あれが相手だと手に持っているアサルトライフルも頼りない。
わりと今日は順調な一日だった、鹿も捕れたし死人とエンカウントもしてない。天気を除けばここ半年で最高の一日だったかもしれない。贅沢を言うと安全に水浴びの出来る水辺があるとなお良い、と言ってもこの雨じゃ無理か。
しかしながら世界は甘くない。いや、人間には優しくないと言った方がいいのだろうか。とにかくこんな平和に一日が終わるなんてありえない。
雨の音に紛れて聞こえる不協和音、今度の音は確実に自然的な音ではない。それも目的地の旧市街地の方から聞こえてくる。
「·····銃声?」
聞き間違いかと思った。
最後に人間にあったのは二ヶ月前、それも武装した盗賊まがいの連中だ。それでも自分以外の人間がいると多少の安堵感がある「ああ、俺以外にまだ生き残ってる人がいるんだな」とか思ったりもする。だからそんな思い故に幻聴が聞こえたんじゃないかと疑った。
なんせこの世界で銃を撃つということは死に直結する。音は奴等を集める、だから銃を撃つのは本当に撃つ必要がある時だけだ。つまりこの音を出している人間は生命の危機にいる、それも現在進行形で。
選択肢1
旧市街地は諦めて別の安全な寝床を探す
選択肢2
とりあえず旧市街地に行って状況を見てから考える
「2かな」
人生とは選択の連続だ、生き残るためには常に選択し行動し続けなければならない。厄介なのは大体の場合どれが正解なのか結果が出るまでわからないことにある。俺達に出来ることは後悔しないように精一杯その都度考えることだけ、選択しないなんて選択肢はない。
「····1、2·····16。うわ、十六体か。これはちょっとひくな。」
旧市街地につくと目視できるだけで十六体の死人が群がっている。雨で視界が悪い、死人相手に戦ってる人の顔も確認出来ない。不幸中の幸いはむこう側の化け物は一匹もいないことにある。俺の手持ちはアサルトライフル一丁、弾薬四十、サバイバルナイフ一本、武器になるのはこれくらいだ。
選択肢1
連中が一箇所に集中しているうちに何処かの家に入りバリケードを作り夜を明かす。
選択肢2
旧市街地は諦めてこの雨の中別の場所で野宿。
選択肢3
襲われてる人を助ける。
冷静に考えると一番安全なのは2だ、ただしノーリスクなだけリターンはゼロ、なんたってこの雨の中野宿はヤバい。
一番魅力的なのが1、2に比べて多少のリスクはあるもののローリスクでハイリターンを狙える。
そして一番ありえないのが3、リスクに対してリターンゼロ、最悪の場合助けた相手と資源の奪い合いになって殺し合うなんてこともありえる。
「でも3選んじゃうんだよな····損得以前に人として····」
自分がかなり馬鹿なことをしようとしてるのはわかってる。でも俺は人間だ、ただ食って寝てその日その日を生きているただ死んでないだけの肉の塊じゃない。多分ここで見捨てたら後悔する気がする。ここで死んでも後悔するだろうけど。
やることが決まれば行動に移るのは早い。死人を倒しながら活路を開いて目標を救出、適当な家を見つけてそこに立て篭りやり過ごす。
イアンの走る速度はかなり速い、死人の群れに突っ込むなり銃を乱射する。イアンは銃の撃ち方を誰に教わったわけでもない、ただ生きるために独学で身につけた技術、ちなみに腕はイマイチ。死人は脳幹を破壊すれば活動を停止するがそこを狙うのは素人にはかなり難しい。それでも近距離で撃てばそこそこ当たる。
かなりマズイ、弾薬が少ない、それに目視十六体とか言ってたけど実際はもっと多い、というよりさらに集まってきている。その数目視三十。イアンは銃撃からナイフに切り替える。
全部倒す必要は無い、あの人のところまで届けばいい。距離残り五m、その人は迷彩柄のヘルメットの様なものをつけている、相当必死なのか背後から近づく俺には気付かずハンドガンを撃ち続けている。
「いや····死にたくない····こんなところで···嫌だ」
泣いているのか、雨でよくわからない。だが突然その人は銃を撃つのをやめた。弾切れか、いや違う。その人は自分のこめかみに拳銃を突きつけた。生きたまま喰われるよりかはマシだと思ったのだろう。わからなくもない、怖いよな、死に方くらい選びたいよな。だが····間に合った。
「ついてこい!」
「え!!」
その人の手を乱暴に掴み元の道を全速力で走り抜ける。死人は足が遅い。群れとある程度の距離をひろげかどを二回ほど曲がり近くの家のドアノブに手当り次第手をかける。しかし、一軒目も二軒目もカギがかかっていて開かない。
「頼む、あいてくれ」
三軒目で奇跡的にドアが開く、急いで中に入り鍵を閉める。とりあえず安全なところについた、例え建物内に二体ぐらいいても俺一人で十分に対処できる。
「なあ、なんで銃なんか撃ったんだ。死人だけならナイフとかで対処するなり逃げるなりできたはずだろ。」
奴らは足も遅いし知能も低い、つまり単体だと弱い。普通死人の大群に遭遇したらいけそうなら銃を使わずに制圧、もしくは逃げる。基本的に銃を使うのは狭い通路で死人の大群に挟み撃ちされたときとか肉食動物に遭遇した時の威嚇射撃ぐらいだ。今回はそのどちらでもない。
「だって·····ひっぐ、私····あんなのに会ったの初めてだし····」
そいつは···いや、その女は泣きながら弁解する。
「え····女!!」
正直かなり驚いた。ヘルメットをとり金色の髪を腰までおろしたその女はどう見ても俺と同い年か少し下の少女だったからだ。しかし驚きはそれだけでは終わらない、その少女は綺麗すぎる。確かに顔立ちも可愛らしく澄んだ青い瞳も魅力的だがそういうことではない。髪も肌も着ている服も何もかもが綺麗すぎる。それに死人を初めて見たと言う言葉、この子は何処から来た?
「えっと····イルミナティパリ支部所属34期訓練生リナ=コルテーゼです。助けてくれてありがとうございます。」
涙を拭きそう言って笑った彼女はいままで見た何よりも輝いて見えた。