二、 二
洞穴に向かい始めてから、すでに10日は経過したはずだ。ここに来た時から含めると、もう二週間が経とうとしている。自分の時間感覚には自信があるし、そう間違ってもいないはずだ。だがこのあまりに何もない空間のせいで、そろそろ時間感覚も覚束なくなってきていた。
目覚めてからの数日間こそ様子を見つつじっとしていたものの、なぜか自分の身には何の変化も起こる気配がない。いい加減焦れてきたケイキは、少し前から目を付けていた、空間の端に洞穴のようにあいていた穴へと向かい歩いていたのだ。
実はケイキは、ここに来た初日にこの穴を見つけていた。すぐに向かわなかったのに特別な理由があるわけではない。自分も他人同様、すぐに消えていくのものと思っていたからだ。
ところが、待てど暮せどまるでそのような気配がない。それで仕方なく、偶然見つけた穴へと向かい歩いていたというわけだ。
─しかし─
いつまで経っても、両者の距離が縮まる気配はいっこうになかった。
けっして目的地が遠ざかっている訳ではない。単に遠すぎるのだ。
この余りに広大で白く何もない空間のせいで、ケイキでさえその距離を測りかねていたのだが、もう10日間、おそらく1000キロ以上は歩いているはずだ。
─この空間にいるせいなのか、それとも自分がすでに死んでしまっているせいなのか、疲労感を感じるということは全くなかった。だから、ずっと歩き続けていたのだ─
なのに、目指す目的地は依然として遥か遠く、相も変わらず極小の黒点として見えるのみであった。
それにしても、なぜ彼が千数百キロも離れた地点が見えるのか。
実はケイキも、今になるまで自分がこんな遠くまで見えることなど知らなかった。
地球においてならば、そもそもどんなに目が良くとも、そんな遠くが見えることなどない。
地球が球体であるからだ。彼の視力の限界がくる前に、地平線が現れてしまう。それに地球から宇宙を見るにしても、宇宙から地球を見るにしても、大気や雲などの影響であまり良く見えなかったのだ。
宇宙から星々に目を向ければどの程度見えるか判ったかもしれないが、生前の彼には、そんなことに興味などなかった。
だが今は、それを見ることが出来ている。つまり、今ケイキが歩く地面は、完全な平面であったのだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
結局、そのあとさらに数日間歩くことになった。距離にしておよそ2000キロ。
「つまり、2000キロ先は見えるということか」
そう言って、ケイキは今しがた歩いて来た方角へと視線を向けた。反対側の壁が見えるかどうか試したかったのだが、壁も床も天井も白一色なせいで潰れて見えなかった。しかし最終的に、“条件さえ揃えば少なくとも2000キロ先は見える”という結論を出すと、彼は満足したように頷いた。
ちなみに、ケイキが確認した範囲で推測したところでは、この空間は、おそらく球体状の外殻に包まれた内部だ。最初に居た地点を球のほぼ中心とすると、地面が直径約4000キロの円、そこから上空の頂点へは2000キロほどだ。確認は出来ないが、地下にも2000キロほどあるのかもしれない。
「なんにせよ」
彼はついにたどり着いた洞穴に向き直った。洞穴内部は薄暗くなっていて、その先はほとんど見通せない。まぁそのおかげで発見できたわけでもあるのだが。
「こんなに苦労させられたんだ、きちんと報いてもらわないとな」
いくら疲労が溜まらないからといって、もう何十日間も何もない空間を歩き続けていたのだ。暇などという言葉では生ぬるい。道中発狂しそうになったのを何度抑え込んだことか。人生(すでに死んでいるが)最大で退屈な時間だった。
…走れば良かったのかも知れないが、なんか負けた気がして嫌だったのだ……だが。
意地張った自分が馬鹿だった…
ケイキは本気で後悔していた。
思わず沈んだ気持ちになってしまったケイキであったが、気を取り直し、今度こそしっかりと洞穴の方を見やる。
内部は暗いが問題はない。
彼はたとえ光のほとんど届かぬ深海であったとしても支障なく行動できるのだ。
問題になるはずもなかった。
─そして一呼吸おく仕草をすると、
…彼は静かに奥へと進み始めた。