一、 ケイキ その消滅
─地球の人口がその5分の1を失った頃であった─
今にして思えば、彼は宇宙において最も強かったにもかかわらず、なぜ地球のためにそれほどの時間をかけていたのか…
だが、ケイキの生成からもう3年も経過していたのだ。人類の死滅が目的ではなかったということだろう
しかし、そんなに時間が経過してから、地球の生命体は、再び、その数を急激に減らしていくこととなる
それはまるで、焦っているかのようだった。何か取り憑かれたかのように、殺し、殺し、絶え間なく殺していった
ケイキは、生きているうちにはついぞ認めることはなかったのだが、おそらく彼は恐れていた。なまじ彼は最強であったがために、理解し得ていたのだ
彼が生まれた時には天文学的であったその確率が、急速に大きくなり始めていることを
それは、人類の死に物狂いの抵抗に対しても、その姿をなんとか捉えた者による決死の核の飽和攻撃に対しても、まるで、なんでもないことのように耐えてみせた彼をして(実はそれなりにヤバかった)、恐怖させ得るものだった
世の理から外れたように見える彼でさえ、死の恐怖というものが存在していたのだ。いやもちろん、彼はどうしても認めようとはしなかったのだが
彼は悠長に殺しを重ねていた3年を悔いたが、遅かった
実は彼にも得意でないことがある。彼は一度にあまり多くの人を殺せなかったのだ。同時に近い速度で数千人を葬ることができるものの、以前のような数万人の虐殺には、少々の策を講じねばならなかったし、あれはただの遊び心であった。それで殺された方はたまったものではないが
なんにせよ、今から地球上の主だった生命体を絶滅させていくには、かなりの時間を要する
だが、予定していた虐殺は、ケイキが思っていたよりも、いくぶん早く終えられることとなった
現れたのだ
潜在的にケイキが恐れていたことが、ついに、現実のものとなってしまった
その圧倒的な存在量のために、ケイキは瞬時に知覚することとなる。そして、理解した
─全てにおいて、ソレは、ケイキを上回る─
ケイキを超えた者は、人類にとって正義と呼びうるものだった。
つまり、ケイキは殺されるのだ。そしてそれは、ケイキにとって絶対に避けなければならないことだった
だが、もうどうにもならない
意味もなく逃げ回り、隠れ、怯えていた。が、そうやって引き伸ばしたところで、死ぬのが、今日か明日か程度の違いにしかならない、だが。逃げずにはいられなかった…
それは恐怖だった
その時は何故かすぐにやって来る事はなかった。だがその時間さえ、ケイキは日々募る恐怖に怯えるばかりであったし、ケイキは自分の姿を見て嗤われている様に思えて、癇癪を起こし、しかしまたすぐに顔を青くさせ、怯えているのだった
数ヶ月の後にやって来たソレは、その数ヶ月で築き上げられた、地球表面積の実に0.2%にも及ぶ巨大要塞を上から圧してならすと、ケイキをツマミ出して、殺害した
その時─その者は嗤った。そう、嗤ったのだ
ケイキがそれを知覚したのは死の間際の一瞬ではあったが、彼はその嗤いに対して、言いようのない嫌悪感を抱いた……
─然るべくして、世界は英雄を熱狂のうちに迎え入れた
その希望を具現化したかのような存在は、
しかし、
一瞬にして、世界を絶望で塗りつぶした
ケイキの“死”
それによってもたらされたのは、平和と安寧ではなかった。絶望が、新たな姿をまとったにすぎなかったのだ
世界が、悪夢から覚めることは、なかった