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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
二章:ナイトの権威
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それぞれの休日

「起きろ」

 これで起こされるのは何度目かしら。


 水翡はゆっくり目を開けた。

 習慣のように目覚まし時計に手をのばす。


 やば、もう遅刻だ


 水翡は着替えようと思ったが祐樹がいるため着替えられない。


「遅刻なのは分かったから早く外に出て!」

 イライラしている水翡をよそに、落ち着き払った祐樹。


「今日は日曜日だ」

「あっそ、日曜…日?休みとかあるの?」


 思いがけない言葉にきょとんとする。


「ある。お前より早く起きた二人には休みと伝えた。

 それでだ、お前はどこに行くんだ?

 場所の把握ぐらいしておきたい」


 そう言われてもねぇ…


「どこに何があるのか知らないから分かんないわ」


 実際私が知っているのは教室、プール、この部屋。

 我ながら限りなく狭い行動地域だ。


「じゃあ付き合え」

「どこに」


 質問には答えずにドアへ向かう。

 そして振り返った。


「ついてこい」





 水翡と祐樹はテニスコートに立っていた。


「どーしてテニスなの~?」


 ぱこーん、と球を打ち返す水翡。

 難なく球を返すのは祐樹である。


「ストレス解消だ」

「私、上手くないんだってばー!!」

 なんとか打ち返す。


「打ち返せればそれでいい」

「そう思うならスマッシュ打たないでよ!」


 文句を言いながらもスマッシュが返せるようになってくる。


「こういうのは陽花が得意なのよ」

「だだこねるな」

「むかつく!」


 水翡は渾身の力でスマッシュを打った。


「甘い」


 呼吸もせぬ間に返ってくる球。

 しっかりとコート内に入っている。


「くやしい!」


 この調子が続く。





 一方、早起きした葉咲は図書館にいた。


「休日も図書館だなんて暗ぇなー」

「珪けいくんもじゃないですか」


 思わず、むっとして返す。


「俺には休日なんてないようなもんだ。ナイトは年中平日」

 本をひらひらと振ってみせる。


「ちょっ、その本何ですか」

「史記、8と9」

「私が次に8を読むと知ってその本を借りるんですね?」


 珪はにっと笑って言い放つ。


「早いもんがち」


 頭に来た葉咲は推理小説を1冊取っていく。


「なっ!それはやめろ!」

 珪が慌てた顔になる。


「どうしてですか。私はこれを読むのを楽しみにしていたんです」

「謎が解けるんだぞ、その巻で!」

「ええ」


 分かっています、と淡々とした返事。


「前の巻は俺が先に借りてた」

「私はここに来る前に学校で読んでましたけど」

「ぐ…」


 見事葉咲、珪は何も言えなくなってしまった。


「クスクス、じゃあまた交換しませんか?」

「そうだな」


 前と同じような状況に二人は笑い合った。




 黙々と読書をしていると、歌声が聞こえてきた。

 葉咲はこの声に聞き覚えがあった。


「この歌は、あの森から?」


 図書館の向かいの森を見る。

 珪は不快そうに眉をしかめる。


「…あいつの声はあまり聞くなよ」

 小さく、つぶやく。


「なぜです?」

「あいつの声は魅了だ。

 担当の巫女ならともかく、他の巫女にはよくない」


 ―俺よりも先輩のナイトは他人の巫女も魅了するらしいけどな


 前にそう言っていたが、これがその先輩なのではないだろうか。


「名前は何と言うんです?」

「直人。一応先パイ。だが俺は尊敬しちゃいない。

 あいつの手口は汚いからな。巫女を戦わせ、力ある巫女の芽をつぶし、優秀な巫女をナイトから引き抜く。…虫唾が走る」


 珪くんは嫌悪しているらしい


「要注意人物ですか。みんなに伝えておきます」

「そうしろ」


「でもあなたは危険ではないのですか?」


 うかがう目。その中に男が迷う香りがあった。

 振り切るように珪は答える。


「ナイトは誰でも危険だ。それは担当のナイトにも言えることだ。

 いくら巫女を大切にしたって、それは建前だ。

 巫女を大切にすることによってナイトは地位を得、女をも得るんだからな」


「女…?ナイトと巫女は恋人関係にあると言うのですか?」

「気が付かなかったのか?ナイトと巫女の異常なつながりに」

 思い出させるように、ゆっくりと言う。



 そう、はじめは泣き喚わめくティーナ

 授業が終わったら迎えに来るナイト達

 常に口説くように俺の巫女と言い、異常なほど甘く優しく接する


 珪は葉咲の顔色が変わっていくのを隣で見ていた。


「な、気が付いただろ?

 そしてナイトが巫女を嫌うことは許されず、

 己の巫女の昇進をひたすら目指す。この典型が直人だ。

 俺の巫女は白、灰、黒、黒ってなわけで、可もなく不可もなくってレベルだな」


 大きくのびをして、葉咲に振り返る。


「さて、あんたは俺にどうして欲しい?」


 あまり身長差がないため、向かい合うと目がぴったりと合う。


「俺に女として扱ってほしいのか、そうじゃないのか。

 担当じゃないナイトには声をかけるべきじゃない」


 長めのすっきりとした指が、葉咲の顎あごを持ち上げる。

 普段年下のように明るくて可愛かったのは幻か。


「私は



 選びません」

 戸惑っていた瞳が強い光を灯す。


「大体私のこと好きでもないくせにそういうこと言うんですね。

 そうすれば落ちるとでも思っているから?

 それは世の中の女の子に対する冒涜ぼうとくです。

 私に言うなんて一億年早いです」


 目を離せぬくらい鋭くなった目は一層珪の目に近づく。


「待て、近す―


 葉咲の唇が触れた。


「こういうのは“ざまあみろ”って言うんですよね」


 葉咲の笑みに何というのだろう。

 心に刻み付けられて。



「クスクス、りんご色。

 それでは」


 去った後で今の状況にぴったりな言葉を見つける。


「やられた」





 クスクスクス


 葉咲は真っ赤になったいた珪を思い出し、また笑う。

 今笑みの形になっている唇が触れた場所は唇の横。

 珪はほっとしたような残念そうな顔のまま真っ赤になっていた。


「ざまあみろ」



 陽花は空を見ていた。

 いつもより近く見える空を。


「あれ、変な所であったね?」


 ころがってうとうとしていた目に直人が映る。


「ほんとだねー」


 空が近く見えるここは屋上にあたる。

 陽花はすばやく立ち上がり直人の隣に立つ。

 直人の頭二つ分の下に陽花の頭がある。


「アリアさん達と一緒じゃないの?」


 いつも一緒にいる巫女達がいないので尋ねてみる。


「誘われたけど、息抜きしたくて断ったんだ。

 誰も知らない場所に行く為にね」


 ゆったりと微笑む直人。

 僅かに疲れが見える。


「そうしたら私がいたんだ。ごめんね。

 でも私の方が先に来たんだからね!」

 びっ、と指で直人を指す。


「そうだね。じゃあここにいていいですか?」


 まるで近世ヨーロッパの騎士であるかのようにふるまう。

 目の光がいたずらっぽそうに光る。

 陽花はそれに応えるように、にっと笑った。


「うむ、よかろう」


 胸を反らせ、わざと偉そうに返す。

 そして二人して笑い出す。




 鳥が直人の肩に止まる。

 もう一羽が肩に止まる。

 またまた鳥が来る。

 鳥が直人のもとに集まっていく。

 陽花は不思議そうに凝視した。


「餌をくれると思ってるんだよ」

 クスクスと笑いながら陽花の疑問に答えた。

「餌をいつもあげてたの?」

 笑って頷く。

「そうなんだ。いつの間にか懐かれちゃって」


 目が緩やかに笑みの形になる。

 今までの中で一番優しい笑顔だ。


「一応持ってきてるんだけどね」

 小さい紙袋がポケットから出てくる。

「一緒に餌やる?」

「うん!」


 餌をやると、白い幕が広がった。


「うわぁ~、きれ~」


 青と白のコントラストが美しかった。


 目を輝かせて魅入っている陽花を悲しそうに微笑して見守る直人。


「君は何色が嫌い?」

 唐突に聞かれた。


「嫌い?んー、んーっとね。

 そうだ、黒色!」


 直人は目を1回瞬き、理由を尋ねる。


「どうして?」

「私に黒色って合わないんだ。

 服でも黒色は合わないから避けてるよ。

 本当は嫌いじゃないねどね、苦手なんだ」


「そっか、君らしいね」


「直人さんは?」

 気になったので聞いてみる。


「僕は白かな」

「えー、どうして?私白色好きなのに」

 白色が好きな陽花ならブーイングが出る。


「僕は白が苦手で、白を手に取るのが怖いんだ」


 直人の服はタートルネックのグレイだった。

 陽花は直人の痛みを感じ取って目を伏せる。

 そして柔らかな声で語りだす。


「白は浄化してくれる色だよ。それにどんな色にも染まるの。

 だから大丈夫だよ」


 どうか白を恐れないで

 君の手が血に染まれば拭ってあげよう

 君の手で染まる色なら許そう

 白は深き色


 優しい声が直人の心を気付かぬうちに軽くした。


「じゃあ君はどの色に染まるの?」


「私は白じゃないから、どの色にも染まらないよ」

「そう」


 直人の胸ポケットから携帯の着信音がする。


「ん?ああ、君か。……うん、なるほどね。じゃあ今から行くよ」

「どこ行くの?」

 キラキラと見つめてくる陽花。

「森の広場。君も来る?」

 すると陽花はすでにドアに向かっていた。

「早く行こー!」

「うん」





 森の広場には直人の巫女が全員集まっていた。

「せっかくの休日なのにいいのかい?」

「ふふ、直人様の歌は素敵ですもの。

 休みなんて関係ありませんわ」

 直人の第一の巫女、アリアが代表して言った。

「そう言ってくれると嬉しいな。今日は何が聞きたい?」


 リクエストをつのる。

 一番リクエストが多かったものを歌うことになった。


 陽花は聞いているうちに言いようのない浮遊感に見回れた。

 心もとないふわふわ感に酔っていると歌が終わっていた。

 パチパチと拍手をしていたので、慌てて陽花も拍手する。


「気分悪いから帰るね」

「またおいで」





「ふー、いい汗かいたわ」

 水翡がタオルで汗を拭いている。

 祐樹はすでに汗を拭き終わっていた。


「結局一点も取れなかったわ。――あら陽花」


「あ~、水翡ちゃんだ。エヘヘヘ」


 ふらふらしながら歩いている。

 見るからに変だ。


 祐樹が深いため息をつく。

「魅了段階1だ。水翡、陽花をつれて、ついてこい」

「いちいち命令口調はやめなさいよね。陽花、こっち来て」

「うん、分かった~」





 水翡らは祐樹の部屋に始めて入った。

 無機質で、少しばかり散らかっている。


「そこに座れ」


 祐樹は向かいの椅子を指した。

 水翡は陽花を座らせる。

 そして、祐樹がサングラスをはずした。


「魅了を破るには魅了だ。俺の目をじっと見ろ」


 陽花は幼い子どものように従い、じっと祐樹の目を見る。

 一瞬、陽花の頬が赤くなるが、次第に薄れていった。


「あ、あれ?私、どうしてここに?」

 きょとんとして辺りを見回していた。


「戻ったようだな。陽花、お前は魅了の耐性がないようだ。

 直人には会わないほうがいい」


 悲しそうに陽花は眉を下げた。

「友達なのに?」

「そうだ」


 陽花は頷きたくなくて、じっと押し黙る。

 睨む祐樹。


「分かった……」

「分かったなら部屋に戻れ」

 追い払うように陽花を部屋に帰す。


「ねぇ、陽花を魅了したヤツって誰よ!?許さないわ」

 祐樹のシャツを掴んで問いただす。


「ナイトは他の巫女にも魅了をかけていいという規約がある。問題ではない」

「でも!」


 やり切れない。陽花をあんなふうにしておきながら。

 許さない、その人物を。


「“声”には気を付けるんだな」

 部屋から追い出されてしまった。


「何よ、教えてくれたっていいじゃない」


 直人という人物を名前しか知らない水翡と葉咲。

 もどかしい。


 陽花は責めないだろう。

 直人という人物はそれさえ見抜いていたのか。



 顔は知っているというのに

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