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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
二章:ナイトの権威
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主義と陰る太陽と戻らぬ夕日

 ムカツク。イライラする。

 水翡はじろっと祐樹を見た。

 祐樹は水翡がじっと見ているにもかかわらず無視をする。


 あれからずっとこうだ。

 目が合ったとしてもそれはコンマ一秒のことで。


 私が何したっていうのよ!?





 広い水面。

 そこに波が起こり、水翡が現れた。

 まるで人魚のようなすべらかな泳ぎである。





「前よりも息継ぎするまでの時間が長くなったな」


 一人で来たはずなのに、いつの間にか祐樹がいた。


 逆光によって顔色が分からない。

 仕方なくプールから上がって祐樹の前に立つ。

 相変わらず目線は合わない。

 不快感を覚え、じっと祐樹を見つめる。


「何だ」


 へぇ、こう言ってくれちゃうワケね?


「何が“何だ”よ。

 それって人の目を見ずに言うセリフじゃないわ」


 はっとしたように祐樹が水翡を見る。

 水翡はただまっすぐと見ていた。


「あんたはムカツクやつよ!

 でもね、最低限の礼儀は守るやつだと思ってたのに!!」


 怒りのあまり、零れる涙。


「最っっ低!!」


 静けさが空間を支配する。


 そうだ、こいつなんかに言ったって何にも変わらない。

 私何やってるんだろう。



 脱力感を覚え、立ち去ろうと背を向けた時


「すまない」


 初めて祐樹から謝罪の言葉が出た。





「お前はお前だということを忘れていた」

「どういうこと?」


「人には触れられたくない過去がある。

 お前はそれを容易く言えるか?」


 水翡は言葉もなく首を振った。


 じっと祐樹が見ているのを確認する。


「今度目をそらしたら私が無理やり直すんだから!」

「どうやって」

「こーやってよ!!」


 祐樹の両頬を掴んで、水翡に向かせる。


「なかなか大胆だな」

「あ」


 今気づいたと言わんばかりに顔を赤くする水翡。


 これじゃあ恋人達がキスするみたいじゃない。


 気まずそうに祐樹に目を向ける。

 逆に祐樹は観察するようにじっと見ていた。


 こんなことになるなら、するんじゃなかった。


 そして、サングラス越しの目と目が合う。

 目の魅力に引きこまれる。


 やばい。視界がクラクラする。

 歪んだ世界の中で唯一歪んでないのは祐樹だけだ。





「まったく、“眼光”に屈しないのはお前だけだ」


 祐樹の手が水翡の目を閉じさせる。

 手がひんやりして気持ちいい。


「よし、これで大丈夫だな。

 お前は無闇に俺の目を見るな」


 サングラスの奥の目に陰りが見えた。


「なによ!それじゃあ私の主義に反するわ!」


 睨みつけるは眉を寄せる祐樹。


「それで魅了にかかったら元も子もないだろうが。

 近距離で俺の目を見るなと言っている」


「それならいいわ」


 水翡は満足そうに笑った。




 陽花は一人で自分の部屋にこもっていた。

 いつものように葉咲の部屋に集まるのでもなく、ベッドを転がる。

 左にごろごろ。右にごろごろ。


「だめだ。こんな顔みんなに見せられない」


 陽花のいつもの笑顔は消え、くしゃりと歪んでいた。


 葉咲ちゃんはとっくに巫女の授業で成功しているし、

 水翡ちゃんだって出来るようになってる。

 私は全然駄目だよ…。


 陽花はひっそりと部屋を出た。






 巫女と話すのに疲れて、直人は森の広場を目指す。

 森の広場で呼吸をすれば心が穏やかになるからだ。

 その森の広場に対照的な色を見た。

 強烈な赤―陽花だ。


 陽花はいつもの明るく純真な笑顔を消していた。

 ただ、深刻な顔で一点を見つめる。

 そして背は、小さくて頼りないように見えた。


 直人は思わず声をかけていた。






 いつの間にか陽花は森の広場に来ていた。

 体育座りをしてぼんやり考える。


 どうしてなかなか出来ないのかな。


「陽花ちゃん?」


 聞き覚えのある声がした。


「どうしたの?こんなところで」


 話しかけられ、現実に戻る。


「あはは、直人さんだってこんなところにいるじゃん」


 顔が上手く作れなかった。

 それでも形だけは笑顔になっていた。

 直人は心配そうに見つめる。

 陽花は直人から目をそらしてつぶやく。


「私ね、巫女の授業で上手くいってないんだ。

 火の中でずっといることが出来なくて…」


「そうなんだ。でも君は力を完璧に、しかも火力の高い状態で力を振る舞えるよね?」


 直人は陽花の赤を見ながら言った。


 こんなに印象深い赤を持つ者が力を振るえないはずがない。


「うん、一応」


「なら大丈夫だよ。僕の巫女も悩んでたことがあったな。

 火は出せても、火の中には入れないって。

 そもそもこの課題は同調が目的で、っと長くなりそうだった。

 あのね、火と同調するのは火の力を振るうのと同じなんだ。

 だから火の力を使う準備をして火の中に飛び込んでごらん。

 彼女もそれで上手くいったから」


「彼女って、うーん…思い出せない。どんな子?」


「第六位の巫女だよ。赤色の髪でうつむきがちの。

 そうそう、森の広場で君が励ましてた子」


 一緒に歌うのを躊躇ためらっていた子が浮かんだ。


「あー!!あの子かぁ。

 あの、第六位って何?」


「ナイトの寵愛を受ける順位だよ。

 だから彼女は六番目ってこと」


「へぇ~、私にも順位あるのかなぁ?」


「君の順位は分からないけど、空色の髪の子が第一位じゃないかな?」


 暗に陽花が第一位ではないだろうと告げる。


「水翡ちゃん?確かにそうかも。

 喧嘩するほど仲が良いって言うし」


「君は悔しくないの?」


「別に悔しくないよ。

 わたしがここに来た理由は家族と友達を守る為だもん。

 それに水翡ちゃんと葉咲ちゃんと一緒にいるだけで幸せなんだ」


 小さな幸せにほくほくと微笑む陽花。


 この子にはプライドも独占欲もないらしい。

 まったく、とっつきにくい。


「じゃ、帰って早速やってみるね!」


「うん、成功することを祈ってるよ」


 陽花は心からにっこりと笑って、大きく手を振った。


 残った直人は左の口角だけを持ち上げた。


 ちょうどいいじゃないか。利用するにはもってこいだ。






 陽花は部屋に駆け込み、ろうそくを灯す。

 そして火を振る舞うように力を高め、

 ゆっくりと手をろうそくの上にもっていく。


 熱くない。


「やった、できた!!」


 陽花は飛び跳ねて喜んだ。


 明日、お礼に行かなくちゃ。






 巫女の力の授業。

 陽花は再び火の前に立っていた。


「お姉ちゃん大丈夫?」


「うん、今日は出来ると思うんだ」


 自信に溢れた眼差しに女の子は何かを感じ取る。


「お姉ちゃんは火に好かれてるから大丈夫だよ」


「ありがと!」


 笑って火に飛び込む。

 息が出来る。火が熱くない。

 ぬるま湯が私を守ってくれているみたいだ。

 そして限界を感じ、外に出る。

 ぶつかってくるものがあった。


「お姉ちゃんやったね!すごいよ!」


 なんと女の子の最高記録までも破っていたらしい。

 …本当、直人さんのおかげだ。


 陽花は授業が終わると、一足先に教室を出た。



 直人さんを探していたら、談話室にいた。

 9人もの巫女に囲まれている。


「直人さん!」

「ああ、陽花ちゃんか」

 直人が気付いて、陽花に笑ってみせる。


「嫌ですわ、黒の巫女が私の直人様に話しかけるだなんて」

 9人のうち、青のブレスレットをした女性が言った。

「そうですわ。直人様には私達白の巫女が似合います」


 白?黒?

 何のことかと思っていると、

 広場で話したことのある女性が現れた。


「貴方達巫女を色で判断するだなんて何事ですの?

 貴方達も黒だったのではなくて?」

「それはそうですがっ!」


「君達は少し部屋に戻っててくれないか」

 直人が止めに入った。


「は、はい!分かりましたわ」

 巫女一人を残し、皆部屋に戻る。



「すまないね。まだ色の差別が残っているんだ」

「大変馬鹿らしいことですわ。

 どんな巫女でも始めは黒ですのに。

 あの方、私が第一位の位を奪ったからひがんでいますの」

「そういうことなんだ。

 そうそう、彼女が僕の第一位の巫女、アリアだよ」


 アリアがハニーブロンドの髪を揺らして進み出た。


「初めまして、ではありませんわよね。どうぞ、よろしく。

 私、土属性ですのよ」

「私は陽花!火属性だよ」

「くすくす、見れば分かりますわ」


 陽花の髪はまばゆいまでの赤なのだから。


「それで何の用かな?」

 直人が思い出したように言う。

「あのアドバイスのおかげで上手く出来たんだ!

 ありがとう!」


 大きなひまわりの花が開いた。


「そうか、役に立てて良かったよ。これからも頑張って」

「うん!でも、質問していい?」

「どうぞ」

「“白”と“黒”って何?」


 しーんと静まる。


 何かまずいことを言ったのかななぁ。


 予想に反し、震える直人の肩。

 アリアはうつむいて笑っている。

 ついに直人は声を出して笑い出す。


「あ、あのぅ…」


「ああ、ごめんごめん。それすらも知らなかったんだ?

 どうりであの反応なわけだ」

「いいえ、直人様。

 この子なら知っててもほにゃほにゃしてそうですわ」

「それはそうだな。

 ああ、答えるよ。黒とは君の着ている巫女最下位の制服。

 白とは僕の巫女が着ている最高位の制服。

 学年が上がるごとに色も薄くなっていくからね」


 そういうことか、と深く頷く陽花。


「ほら、やっぱり怒りませんでしたわ」

 アリアが得意げに言う。


「そうだね。君の予想はぴったりだ」

「ふふ、何かご褒美もらえます?」

 直人に擦り寄る。

「後であげよう」

 頭を優しく撫でる直人。

 アリアが気持ちよさそうに目を伏せた。


 陽花はきょとんとした。

「じゃあまたねー!」

 陽花は手を振りながら、走って去っていった。



「直人様、本当に利用する気ですの?」

「今すぐはしないさ。情報が足りない」


 直人の顔は策略をめぐらす者の顔になっていた。


 アリアはため息をついて口から漏らす。

「悪いヒト」

「そんな僕も好きなクセに」


 自信に満ち溢れた笑み。


「何も言えませんわ」

「クスクス……、図星?」

「そんな直人様は嫌いですわ」





 陽花は葉咲の部屋に行った。


「あ、陽花じゃない。

 どこ行ってたのよ。心配したわ、迷子かと思って。

 ここったら無駄に広いのよ」


 不満そうに口を尖らせる様は愛らしい。


「子どもじゃないのに迷子になんてならないよ」

 そう笑って椅子に腰掛ける。


 突如として放送が流れる。

 ただ音だけの音楽。

 神秘的な何かを思わせる音楽にうっとりとする一同。


 余韻に浸る中、葉咲が口を開く。

「いい曲でした」

「ええ」

 水翡はそれだけしか言えなかった。

 言葉に表せられないのだ。

 頷いている陽花も同じである。


「また、聞きたいな」

 呟つぶやいた陽花。


 二人はにこやかに頷き、夕焼けを見つめた。


 神殿からはいつも同じ夕焼けが見える。

 外では顔が違っていた夕日も、ここでは同じ顔。

 いつまで同じ夕日を見つめるのか。


 外に出たい


 口に出してはならない想いが、のどから出そうになった。

 けれど辛うじて飲み込み、互いに苦笑してみせた。

 もう、巫女なのだから。

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