初日
カーテンからうっすらと太陽の光が差し込む。部屋にはベッドのなかでまどろむ水翡がいた。しかし、それを遮る者が現れた。
「起きろ」
水翡が目を開けると、目の前にナイト(祐樹)がいた。
「ぎ」
叫ぼうとしたら、口を塞がれる。そしてサングラス越しに目で威圧された。
「朝から騒ぐな。うるさいだろうが」
正論だがいきなり驚かされた水翡からすれば大変むかつく。
祐樹は水翡な黙り込んだのを見て、手をのける。
「寝坊するお前が悪い。今日から授業だ。早くしろ」
ずいっと黒がメインのワンピース型制服が出される。
「ちょっと待ってよ! どうしてあんたが葉咲の部屋に入れるの?」
確か部屋の主が認めた者しか入れないはずだ。葉咲がこいつを認めたとは思えないし……。
「おれがお前らの担当だからだ」
「げっ」
もっともな理由だ。つまり、担当する巫女の部屋なら入れるということで、水翡の部屋も例外ではない。
「おれはお前に早くしろと言っているんだが。遅刻するぞ」
「あんたがいると着替えられないわ」
祐樹は無言で外に出て行く。その素直さが水翡にはなんだか少し笑えた。
案内されたのは1-A。神殿に来て一年の者がここに入る。そのなかでAクラスは最も優れたクラスだ。Eクラスが最低だそうだ。
水翡はクラスに幼い子ばかりで疑問に思う。横に立つナイトを横目で見て、ポツリとこぼす。
「クラス違うんじゃないの」
「俺が間違えると思うか? ここで合っている」
ずっと考え込んでいた葉咲が顔を上げる。
「分かりました。つまり、ここに連れてこられる巫女は小さい頃に発見されるんですね。そのため年少が多い、と」
葉咲の導き出した答えに、祐樹は頷いて肯定する。
「言っておくが、バカな真似はするな。巫女の地位が下がる。喧嘩も買うなよ。負けるからな。じゃあな」
廊下の先に小さくなっていく祐樹の背が見える。思わず水翡はイラっとして、口をへの字に下げる。
「なんかムカつく」
「まあまあ、陽花ちゃんもすでに教室に入っているようですし」
ちらっと陽花を見ると、すでに幼い巫女達と鬼ごっこをしている陽花がいた。思わず水翡の肩から力が抜ける。
「私、あの子みたいにやっていく自信無いわ」
「あそこまで仲良くしろとは言ってませんってば」
「はい、今日から新しいお友達が入ってきました。お名前と属性を言ってね」
先生ののんびりした口調に水翡は脱力しつつ、姿勢を保ってみせる。
「はいはーい! 私火田 陽花! 火属性だよ。みんな仲良くしてね!!」
すでに打ち解けていた陽花は大きな拍手で迎えられる。
「私は風本 葉咲と申します。風属性です。どうぞよろしく」
にっこりと笑った葉咲に魅了されたのか、こちらも大きな拍手だ。そして残った水翡に期待の目が集まる。
「青月 水翡です。水属性。よろしくお願いします」
申し分ない拍手が返される。
そして席を紹介され、そのまま社会の授業に入る。今日は日本史のようだ。水翡たちは習っていた範囲なので苦労はしない。葉咲の声が静まった教室に響く。
「才とは空気の清浄化を国内で始めた人です。彼のおかげで私達は外で息をすることが出来ます」
「よろしい。座りなさい」
着席した葉咲に尊敬のまなざしが集まる。それを友ながら誇りに思う。社会は葉咲の得意教科なんだから。
二時間目は国語。これは陽花の独断場。褒められて、照れてる様子が可愛かった。男だったら惚れてる。
これが学校だと男子に葉咲と私の牽制が入るのよね。そう思ってたら葉咲と目が合っておかしかった。
三時間目は算数。これまでの鬱憤を晴らすかのように水翡は答えていく。
「水翡さん、みんなの答える分も残して下さいね」
先生にこんなことを言われるほどだ。ぷっという音が聞こえたので見てみると、葉咲が笑いを堪こらえていた。
「ちょっと、葉咲!?」
「あはははは!!」
ついに陽花が笑い出す。つられたようにみんなが笑い出して、最後には水翡も笑った。先生も笑ってた。
その後体育があって、水翡と陽花が注目された。
しかし、その後の授業で水翡たちは壁にぶつかるのだった。それは巫女の授業だ。
「さて、自分の属性の所に行きましょうね~」
その言葉に従い陽花は火属性の所に向かう。しかし、何をするのかさっぱり分からない。さっそく聞いてみる。
「ねえねえ、何するの?」
いそいそと用意をしていた女の子に声をかける。
「あっ、陽花ちゃんだ!」
すでに“陽花ちゃん”呼びになっていることから、陽花のフレンドリーさが分かる。
「あのね、火の中でどれだけいられるかを特訓するの!」
「え?」
「お手本するよ!」
少女は迷いなく火に飛び込んでいく。
「危ない!!」
思わず手を伸ばすが、女の子は大丈夫と言わんばかりにピースをする。顔色も変えずに火の中にいる。熱くないのだろうか。しばらくして、火の中から出てきた。
「これが限界かな。時間が長ければ長いほどいいんだって! お姉ちゃんもしようよ」
いつもならここで、『へえ、そうなんだ。私やりたいな!』ぐらいは言っているだろう。それが今回は黙り込んでいる。女の子は陽花の腕を掴む。
「お姉ちゃんは火が嫌いなの? 火はお姉ちゃんのこと好きって言ってるよ?」
うるうると目を潤ませて見上げてくる。良心に負けた陽花は心を奮い立たせた。
「よし、頑張る!」
これを水翡と葉咲が見ていたら、上手い操作方法だと褒めていただろう。
「頑張って、お姉ちゃん!」
「とりゃーーーー!!」
陽花は火に飛び込む。
「あちっ、あちちち!!」
数秒もしないうちに火から飛び出た。
「お姉ちゃん、そんなことしたら死んじゃうよ!」
「ありがと~」
女の子が慌ててバケツの水を陽花にかける。幸い、火傷やけどはなかったようだ。
「酷い場合は火傷をしたり、燃えちゃうんだ。でも、お姉ちゃんは大丈夫だったね。火がお姉ちゃんのこと好きだからだよ!」
目を輝かせて言われるのは悪い気がしない。
「へへ、ありがと。どうやったら火のなかでいることが出来るの?」
「火と同調するんだよ。火をじっと見つめてたら自然とできるよ」
「うむむ……」
言われた通りにしてみるが、さっぱり分からない。じっと見つめているだけで授業が終わった。
葉咲の部屋に集まった三人は暗い顔をしていた。どうやら、水翡と葉咲も上手く出来なかったようだ。
「どうやって水の中で息するのよ……。訳分かんない」
水翡が疲れきった声で言う。
「私は大車輪を風の力を借りてする、というものでした。まったく出来ませんでした」
葉咲は肩を下げてみせる。オーバーリアクションだ。
「私もだよ。火の中でなんて、ずっといられないよ~」
何かを振り切るように、ごろごろころがる陽花。
「つまり、私達が一年から始められたのはこれが原因でしょうか」
「う……、確かに」
水翡は悔しそうにする。外で暮らしてきたため、巫女の力について知らなすぎたのだ。ミストについても、術者が鼻をつままれると効果が切れるなんて知らなかった。巫女であった母も他界しており、自己流で学ぶしかなかった。
「明日こそ頑張るもん!!」
握りこぶしを二つ作って意気込む陽花。その決意を胸に一足先に眠った。
「私も負けてられないなぁ」
「ふふ、そうですね」
陽花を見ながら、水翡は言う。笑って見守る葉咲がいた。