一緒に歌おうか
「おっはよ~!!」
葉咲の部屋に騒々しく入ってきた陽花は、元気良くベッドに向かってダイブする。ぼふっという音と共に聞こえたのは水翡の苦しそうな声だった。
「きゃっ! ……何すんのよー!」
「だってナイトさんが待ってるよ? 怖いほうの」
はっとして隣を見るが、一緒に寝ていたはずの葉咲はすでにいなかった。間違いなくおいていかれた。
「あんの、薄情者~~~!!」
急いで移動した先には葉咲がしれっと立っていた。そんな彼女にどうして起こしてくれなかったのと怒っても笑顔でスルーされるので、水翡は諦めた。一沈黙あった後、祐樹が今日の予定を話す。
「まず学力をはかる。ついてこい」
「が、学力ぅ!? 嫌だーーっっ!」
学力と聞き顔色を変えて逃げ出す陽花。しかしファインプレーというべきか、水翡がちゃっかりと陽花の首根っこをつかんでいる。
「ふふ。逃げようったって、そうはいかないわよ」
「はーなーしーてーっっ!!」
脱出しようとするが、かなしいかな身長差が大きいため捕まる。それを微笑ましそうに見ているだけの葉咲。祐樹はきりのないじゃれあい(本人は必死だが)に小さくため息をつく。
「うるさい。この教室だ。とっとと入れ」
三人は祐樹に押し込まれ、ピシャッとドアが閉まった。まったく雑な扱いである。嫌々ながらテストを受け、結果がすぐに知らされた。陽花は国語が非常によく、他の教科は全滅。葉咲は社会がすばらしく、数学が苦手。水翡は数学が素晴らしく、国語が弱い。
続いて体力測定だ。何処にあったのやら、運動場に移動した。あまりに広いため、自分達がちっぽけに思える。
体力が巫女の力を思う存分使うには必要不可欠だ。そのため体力測定が行われる。無理やり転移して、ばてたことのある葉咲に必要なものだ。
結果として葉咲には体力がないことが分かった。基礎体力が足りていないようだ。水翡は普通だった。伸び代があるということだろう。陽花は一番体力があった。ただ、長距離走のペース配分を苦手にしているようだ。
三人がジャージから着替えて祐樹の元に行くと変な顔をされた。
「お前らはいつまでその色でいるんだ? その色だと本気を出せないだろうが。ちゃんと風呂に入って色を落としてこい」
「ばれてたの?」
水翡はばつが悪そうにしている。
「あまりにも色と不釣合いな力だからな」
どうやらお見通しのようだ。
そして、彼女らが入浴したことで本当の色が現れる。まず現れた陽花は深い紅色の髪と目をもっていた。激しい色立ちで、こちらまで燃えてしまいそうだ。
「この色久しぶりだよ~」
自分のくせのあるショートカットの髪をつまんで見ている。
次に現れるのは葉咲だ。新緑の髪が葉咲の髪になじんでいる。これこそが真の姿というように。変わらぬのは深緑の瞳だった。知的な光がともっている。
「いつも黒染めしてましたからね」
最後に空の色を纏って現れたのは水翡だ。まっすぐと前を見つめる瞳は深海の色をしている。
「いつも黒だったから変な感じ~」
「私もですよ」
「う~、慣れないよ~」
本人達は違和感があるようだが、その色は美しい。色の美しさこそ、巫女の力の強さを見分けるポイントだ。あのティーナもまず先に髪と目の色の美しさに心奪われるのだ。
巫女の力の測定だが、カプセルに入れられただけだった。全てが終わった時には、すでに太陽が隠れようとしていた。
「あーあ、神殿を見て回りたかったのに……」
水翡はがっくりと椅子にもたれる。水翡の背には、本当の色である春の空の色が流れていた。
「探検したら楽しそうだよね」
ベッドを転がりながら陽花が答える。目がらんらんと輝いて、深紅の髪がより澄んだように見える。
「あら、徘徊はするなって言われてましたよ?」
葉咲はカーテンを引き、窓を開ける。夕暮れ時のさらっとした空気が部屋に入った。葉咲の新緑の髪が心地よさそうに揺れた。
住んでいた所よりも空気がおいしい。巫女の神殿は田舎に建てられているからだ。
三人がくつろいでいる所は葉咲の部屋だった。窓を開けた事により、風に乗って男の人の歌声が聞こえた。音は部屋に入り、広がり、聞き入らせる。
「誰かな」
思わず陽花はわくわくしてベッドから起き上がる。
「綺麗な音色ですね」
「聞いて気分のいいものだとは思うわ」
葉咲は目を閉じ、聞き入っている。あまり歌に興味のない水翡までもが褒めた。そして見えぬ声の主にうずうずした陽花は立ち上がる。
「う~ん、誰だか気になるから行ってくる!」
唐突に陽花は窓のふちにのっかかり、上のふちを掴んで臆することなく飛び降りた。
「危ないってば、ここ二階なのに!」
水翡が慌てて窓から下を覗く。見た時にはすでに着地した陽花が手を振っていた。それに力が抜けた水翡は肩を落として手を振り返した。
「ふふ、言っても聞きませんからね」
それさえも愛おしいように葉咲は笑った。水翡も笑った。
難なく二階から着地した陽花は歌に耳を傾ける。歌を追っているうちに、いつの間にか小走りになっていた。
たどり着いたのは森の広場と呼ぶにふさわしい場所。そこは芝生が生え揃っているため、女性は地面に座っていた。そして女性の注目を集めているのが、今歌っている男性のようだ。皆うっとりと見つめている。
どんな男性かと思ったので、よく見るとその男性は昨日来ていたナイトだった。
陽花は歌が終わったところで声をかける。
「こんにちは! 昨日会ったナイトさん」
ナイトは陽花を見て、ぱちぱちと瞬きをする。見覚えの無い、鮮やかな深紅に戸惑ったのだ。
「えっと、僕は記憶力がいいはずなんだけど……。誰かな?」
そう言われ、昨日とは違う点を思い出す。
「あ、髪の色落としたっけ。目もカラーコンタクト入れてないし……」
これじゃあ分かんないかぁ、と嘆息する。その言葉で彼はピンときたようだ。
「あ、ああ! あの子か。綺麗な色をしていたんだね。気が付かなかったよ」
あの少女が黒という色持ちではなかったと知ったからか、綺麗な色をしているからか、ナイトの態度がガラリとかわった。この神殿では色こそ力なのだ。
「……どうも」
陽花の態度もそっけないものに変わる。彼は陽花の異変に気づく。
「色のこと言われるの嫌いだったんだ?」
「どんな色をしていても、私は私だから。外見じゃなくて中身が大切だもん」
彼ははっきりと自分の意見を言う陽花を眩しそうに見る。
「君は綺麗だね。君の名前は? 僕は直人」
「私は陽花だよっ」
陽花はにっこりと穢けがれなき笑顔を見せる。彼女の無垢な笑顔を見て、直人は唐突に穢したくなった。その衝動を抑えたのは彼の腰に回ってきた、彼の巫女の手だった。
「もう、私のナイト様を取らないでくださいまし」
彼女は拗ねたようにじろりと陽花を睨む。
「あ、直人さんの巫女だったんだ。ごめんね」
素直に謝る陽花に、彼女は軽くため息をつく。
「あなた、誰の巫女なのかしら。世間知らずねぇ。規約として、巫女は自分の担当のナイトしか誘惑してはいけないのよ」
「えっ、そんなつもりじゃなかったんだ! ごめんなさい」
直人は陽花から見えないように巫女をたしなめる。彼の意向をくんで、彼女はこくりと頷いた。
この子までも利用するというのですか、直人様。
「いいわよ。あなた、祐樹様の巫女でしょうから」
頭をかしげる陽花に、彼女は不思議そうにしている。
「あら、祐樹様があなたのナイトじゃないの?」
そしてようやく納得したように陽花は手を打つ。
「ああ、あのナイトさん祐樹って言うんだ!」
祐樹が自己紹介をろくにしなかったのがここで分かった。ナイトは常に巫女を大切にするものだ。そのナイトが名前を教えないなんて、普通ではあり得ない。
「あ、ねえねえ! 素敵な歌だったからもう一度聞きたいんだけど、いいかな?」
「私ももう一度聞きたいですわ」
芝生に座っている他の巫女が言う。彼女らも直人のナイトのようだ。
「お願い出来ますかしら? 私のナイト様」
直人の腰から手を離し、ゆったりと微笑む彼の巫女。
「そう言われたら歌うしかないな。そうだ、みんなで一緒に歌おうか」
彼の巫女たちが楽しそうにざわめく。そのざわめきの中、一人がためらう。
「でも、わたくし……」
「みんなで歌ったら怖くないよ!」
陽花はその少女に笑いかける。彼女の笑みに安心したのか、その少女も笑い返した。それを見た直人は満足そうに笑う。そして、美しいハーモニーが始まる。
※※※※
「あらら、陽花も一緒に歌ってる」
聞こえてきた歌声に水翡はがくっと肩を落とす。そんな彼女にしてやったりと笑いながら葉咲は言う。
「でも、聞いていて気分のいいものだとは思うんですよね?」
「私のセリフとったなー!」
クッションが葉咲にぶつかる。
「きゃっ! やりましたねっ!!」
その後クッションの投げあいというじゃれあいが続く。
のびやかな音色は直人。はねるくらい元気な音色は陽花。そこにしっとりした音色、華やかな音色、素直な音色などが重なる。
その日歌声を聴いたものは、健やかに眠れたという。