巫女のクリスマス
「くりすます?」
水翡はきょとんとした顔で祐樹を見上げる。
「そう、クリスマスだ」
祐樹の顔でクリスマスと聞くと何故かおかしい。
「で、なにをするの?」
ここでのクリスマスは諦めていたので嬉しい。
「ダンスパーティのようなものだな」
「それだけ?」
「それだけだ」
「ねえねえ、クリスマスがあるんだって!」
スキップしながら陽花は直人に言った。
「知ってるよ。毎年出てるからね」
陽花の浮かれようにクスッと笑う。
「へえ!じゃあダンス出来る?」
勢いよく振り返って聞く。
「もちろん」
「教えて!」
直人は微笑み返した。
中庭でダンスをしている二人がいた。
陽花と直人。
「わっ、また足踏んじゃった~」
「僕は大丈夫」
直人はさりげなく、バランスが崩れそうな陽花を支える。
「うう~、ごめんねぇ~」
陽花の申し訳なさそうな顔とは対照的に、直人は笑っていた。
とても 優しい目で。
その様子を見ている者が二人。
珪は、危なっかしそうに見ている。
「あいつらは何してるんだ?」
「クリスマスの練習だそうですよ」
どれを聞いてピーンときた珪。
葉咲は彼の考えが分かった。
「生憎、私はダンスが得意です」
「げ」
気まずそうな、残念な顔になった。
「ふふ、当日誘ってくださいね」
「ああ、もちろん」
「珪君の巫女の後ですから」
「ダメ?」
おねだりするように言った。
自分が何歳か分かってますか?
「駄目です。大切にしてあげて欲しいんです」
「…分かったよ」
しかし、そっぽを向いたまま。
葉咲は付け加える。
「一番に誘おうとしてくれた事は嬉しいですよ?」
「キスで手をうつ」
振り返った彼はすでに笑っていて―
「ばか」
葉咲は照れくさそうに顔を反らした。
二人の前には冷めた紅茶があった。
「ちょっと、人の髪触らないでよ!」
水翡が祐樹の手にある髪をとる。
不快そうな顔をする祐樹。
「あんた髪フェチ?」
「クリスマス当日は髪を結い上げろ」
「もう、答えてよ」
答えなかった祐樹を軽く睨む。
それに怯みもせず、書類の整頓をする。
なおも睨む水翡。
仕方なく祐樹は口を開く。
「フェチというのは不特定多数に対してだ。
だから違うと答えておこう」
思いがけない言葉が嬉しくて
「―当日、期待してなさいよ」
クリスマスは、めいいっぱい おしゃれをしようと思った。
「ああ」
めずらしく祐樹が笑った。
「わ、きゃあ!」
陽花はつんのめってこけかける。
それを受け止めるのは直人で。
「あ、ありがとう」
「いいよ、役得だしね」
役得が分からない陽花は自分の状況を把握する。
まるで抱き合ってるみたいだ。
「近すぎるよ、離して?」
「そんなに可愛く言われちゃ離せない」
「いじわる」
下から睨みつけてくる彼女はとても愛らしく
「君限定」
つい、いじわるをしてしまう。
ふん ふふん ふーん♪
鼻歌が聞こえる。
葉咲の髪を結わえる水翡のものだ。
「上出来!」
葉咲の長い髪を緩い三つ編みに仕上げた。
ポイントは髪を束ねているのがポインセチアということ。
クリスマスらしい。
そして、品のある翡翠色のドレスは葉咲にこそ似合う。
両サイドにスリットが入っていて、
そこから青緑のドレスがのぞく。
水翡は満足そうに笑っている。
葉咲は準備の終わっている水翡に目をやる。
「髪を纏まとめ上げたんですね」
「ま、まあね」
水翡はすこし照れくさそうだ。
「あまり髪を結うのが好きじゃないのに、どうしたんです~?」
笑いながら聞く葉咲。
「もう、どーでもいいでしょ!」
黒のマーメイドドレスが背を向く。
「こういうのは聞いてみませんと」
「ねぇ~、ほんとにこれなの~?」
弱々しい声が聞こえる。
陽花が顔だけ出してこちらを見ていた。
「そうよ」
「サイズもぴったりでしょう?」
水翡と葉咲が口々に言う。
「そうだけど…」
しぶしぶ出てきた陽花は下を向いている。
白い肩を出したミニドレスを着ていた。
ミニドレスからのぞく足がうらやましいほど細い。
いつもぼさぼさの髪は整えられいて、白ユリが髪飾りに使われていた。
首もとには白い珠のついたネックレスが小さく揺れていた。
「うん、すっごく可愛い」
「ふふふ、選んで正解でした」
どうやら葉咲が選んだようだ。
「まったく、制服でパーティに出ると聞いた時は驚きましたよ」
「おしゃれは苦手なんだもん」
スカートをおさえ、そわそわしている。
「制服と同じ長さですよ」
葉咲が制服を取り出し、比べてみせる。
確かに同じ長さ。
「いつもその長さで跳んだり走ったりしてるじゃない。
おてんばにもほどがあるわよ?」
水翡が黒い珠の沢山ついたネックレスとイヤリングをつけ終わる。
「むぅ」
陽花はそれ以上口に出さなくなった。
「さあーて、行きますか!」
水翡が扉に向かった時
「行くぞ」
ちょうどよく祐樹が入ってくる。
「私達だけで行けるわよ」
嬉しさを隠して、ふんっと顔を背ける。
「巫女はナイトに連れられて会場に入るのがしきたりだ」
水翡の意見は却下された。
祐樹が会場に入った瞬間、ざわめいた。
あの祐樹が連れている巫女はどれほどの色、強さを持っているか。
どれほどの美しさなのか。
好奇の視線が集まる。
水翡はあからさまに顔をしかめた。
葉咲はただ微笑し、陽花はスカートを押さてうつむいた。
誰が先に挨拶に行くか図りかねていたところ、
一つの団体が動いた。
「祐樹、遅いじゃないか」
直人だ。
「こいつらが遅かったんだ」
眉をよせて答える。
「“女はしたくに時間がかかるもの”ってよく言うじゃないか。」
クスクスと笑いながら祐樹に目をやる。
「こんな日なのにサングラスをしているのかい?
たまにはサービスしたらどう?」
笑っている目には挑発の色が見える。
祐樹はただ首をふった。
「君はまだ…」
言おうとした言葉を取り去るように頭を振る。
「メリー・クリスマス。今日は楽しみなよ」
そう笑って、別のナイトのもとへ挨拶に行った。
直人の挨拶がきっかけとなったように、ナイト一行が挨拶にくる。
中にはティーナもいて、少し気まずかった。
笑う顔が健気だった。
ひっきりなしの挨拶が途絶えた。
「今から自由にしていい」
そう言い残して何処かへ向かう。
「ちょっ、待ちなさいよ!」
祐樹が気にかかった水翡が慌てて後を追う。
陽花はディナーが並んでいる所へ向かう。
残ったのは葉咲だった。
葉咲は壁ぎわに立っていた。
「踊っていただけますか、巫女様」
気が付くと、葉咲の前に珪が手を出していた。
じろっと葉咲は目で問う。
「ちゃんと俺の巫女とは踊ったって!」
拗ねたように珪は言った。
葉咲は笑って手を取る。
「踊れるからってリードするなよ」
「して差し上げましょうか?」
「冗談」
下を出して、苦笑した。
「言うだけあってダンスは上手いな」
「小さい頃から何故かダンスを教えられていたんです。
母はこの未来を見抜いていたのでしょうか」
少し下を向く葉咲。
「そのおかげで俺とダンスが出来ているんだ。
いいじゃねーか」
にっと不敵に笑う珪。
「お気楽」
「どうとでも言え」
葉咲をダンスで振り回す。
葉咲がむっとした顔をする。
「そうそう。今は俺のことしか考えるな」
はっとしたように珪を見つめる。
そして慌てて目をそらし、つぶやく。
「一本取られました」
陽花は七面鳥にかぶりついていた。 家のよりおいしい。
こう言ったら母さんのげんこつが来るんだろうな~。
黙っておこう。
そう考えながら食べていた。
「口がハムスターみたいだ」
クスクスと笑い声が聞こえた。
「あ、なぼとさん!」
「口の中食べてからでいいよ」
こくり、とうなづき消化する。
「どうしたの、直人さん?」
会いに来ただけなのだが、この少女は鈍いらしい。
首をかしげている。
「そうだ、外にすっごく綺麗な場所があるんだよ。
一緒に行かないかい?」
「行く!」
キラキラとした世界。
地面に色とりどり埋め込まれているライト。
その間を縫うようにして飛び出す、小さな噴水。
等間隔にその世界が広がっていた。
水しぶきに沢山の光が映って美しい。
すぐさま陽花は駆けだす。
楽しそうに踊っている。
「直人さんも踊ろー!」
遠くから手を振ってくる。
直人はそんな陽花を捕まえる。
きょとんとした陽花が愛らしい。
「僕は君と踊りたいんだけど」
耳元で囁く。
見る見る間に陽花の顔が髪と同じ色に染まっていく。
「返事は?」
ただこくりと頷いた。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
水翡が祐樹の腕を引く。
祐樹は水翡を見、また歩き出す。
着いた先は屋上だった。
何にもなく、寂しい印象がした。
それでも祐樹の顔が見えるのは
下にある大きなクリスマスツリーのライトのおかげ。
「へえ、綺麗じゃない」
上から見るのもいいかもしれない。
喜んでいたが、隣にいる祐樹は暗い顔のままだ。
「この景色を、毎年大切な人と見ていた。
彼女はいつもはしゃいでいた」
祐樹は虚空に目をやりつつ話した。
「それはあなたを本当に愛した人のこと?」
「たぶんな。
俺は毎年この季節が来るたびにサングラスが外せなくなる」
「今は彼女どうしてるの?」
「さぁな。幸せだといいと思っている」
こんな無関心な男にここまで思わせる彼女はどんな人なんだろう。
きっと私とは違って、素直で可愛いはずね。
自分に嫌気がさし、ため息をつく。
「あなたにそんなに想われている彼女は幸せね」
「そう思うか?」
「ええ」
これ以上ここにいたら私が惨めになるだけだ。
背を向け、ドアに向かう。
「その髪似合ってる」
思わずドアノブにかけた手を止めた。
駄目だ、涙腺がコントロール出来ない。
水翡は転がるように出ていった。
祐樹はドアノブに残る雫を不思議そうに眺めた。
クリスマスパーティが終わって葉咲の部屋に集まる。
「今日は珪くんに一本取られました」
くやしそうにする葉咲は耳元のイヤリングをのけていた。
「私はね、すっごく楽しかったよー!」
陽花がダンスが楽しかったと話し始める。
「私は―」
水翡は言葉に詰まった。
「「水翡ちゃん!?」」
二人は急いで駆け寄る。
肩を震わせて、声なく泣く水翡がいた。
その痛々しさに陽花は抱きしめる。
葉咲は頭を慰めるようになでる。
二人のぬくもりに水翡は声をあげて泣き出した。
来年は楽しいクリスマスがおくれるといい―
陽花と葉咲はそう願った。




