私の巣 巫女の決断
駄目だ、全然相手にされてない。
水翡は焦りからか無茶な攻撃をするようになった。
己の身も試みない捨て身の攻撃。
よって、水翡が傷つくのは当然のことだった。
深く切りつけられた利き腕。
水翡は剣を落とした。
「馬鹿ね。弱いくせに」
「うるさい!!」
水翡は氷の刃を希子に投げつけた。
希子はいとも簡単にかわす。
水翡の後方で詠唱する葉咲と炎をちらつかせる陽花の姿があった。
それを空気で感じ取った水翡は、
「この戦いは私がやらなきゃ意味がないのよ。
分かって」
そう言った。
止む詠唱と消え去る炎。
けれどいくら二人が水翡の願いに従っても傷は増えるばかりだった。
希子には戦闘のセンスと全ての属性を操る先天的な才能がある。
ほとんど無敵。
だから未だに微笑みは消えない。
「みんなでかかってきてくれてもいいのよ?
そうじゃないと私退屈で退屈で」
鋭い氷が、続いて火柱が希子を狙う。
葉咲は駆けだし水翡の腕を治療する。
完璧に治療され、表情が明るくなる水翡。
「本当は自分でなんとかしたいんだけど、協力してくれる?」
うかがうように陽花と葉咲を見る。
さっき断った分気まずさがあった。
「うん、もちろん」
嬉しそうに陽花は頷いた。
「待ってたんですよ」
葉咲もにこりと笑う。
そして銃を構える祐樹、剣を構える直人。
前に立つ陽花に並ぶ珪。
みんな待っていた。
水翡の言葉を!!
「ありがと、じゃみんなで頑張ろっ!」
意地を張って何でも自分でやろうとしてたあの頃の私。
その残影を断ち切るように剣を振り、水翡は希子に向かった――。
葉咲は術を放つため後ろで立っている。
だから誰よりも状況を掴んでいた。
前衛に陽花、水翡、珪。
中間に直人、祐樹。
後衛は葉咲だけ。
この数の利に希子は圧されつつあった。
希子に術を唱える暇を与えないからだ。
そして前衛三人がかりのとどめは効いたはずだった。
けれど実際は双剣が防いでいた。
「まったく、対等じゃない」
赤毛の髪、ジャンだった。
彼は背に護る人へ問いかける。
「俺も参加していいですよね。
今の戦いは平等とは言えない」
今までの暮らしが彼に平等さを重んじさせた。
孤児院での不公平な日々を彼は呪っているのだろう。
彼は孤児院で疎外されたティーナを大切に想っていたから。
呪うは人、そして巫女。
「そうね、一緒に戦いましょう」
希子は頷いた。
そして優勢だった戦いは互角へと持ち直される。
ジャンは三人全ての攻撃を無傷で防いだほどの力の持ち主だからだ。
こうなると攻撃が全てジャンで塞がれ、希子へと届かない。
即座に陣営を変える。
前衛、水翡と直人。
中間、陽花、珪、祐樹。
後衛、葉咲。
術中心の陣営へと変わった。
ジャンは人だからである。
だがしかし、術となると希子がいる。
中間と後衛は希子が対応出来なくなるまで術を打ち込まなければならなかった。
不利。
けれども水翡らは戦い続ける。
水翡は焦りを覚えていた。
双剣は攻撃速度が速いからだ。
お陰で防御に時間を取られて攻撃する暇がない。
希子の術も避けないといけない。
だから同時に攻撃された時、どうなるか。
空気が凍りつく。
双剣を構え、希子の巨大な風の渦を背に水翡と直人を切りつける。
そして二人が倒れた後は希子の風が残り全員をなぎ倒す。
立ち上がろうとする水翡に剣を突きつけるジャン。
「あなたの負けです」
大きく振りかぶった剣は水翡の首を落とす前に止まった。
剣は突然隆起した土に阻まれていたのだ。
水翡は期待の眼差しで、ジャンは絶望したように扉を見る。
いた、息を切らしたまま立っているティーナが。
「そんなに私が憎いなら殺せばいいわ。
ジャンになら殺されてあげる。
巫女じゃなくて、あなたを連れて行かなかった私が憎いんでしょ?」
ふらりふらりと近づいてくるティーナにジャンは後ずさる。
「違う、俺はティーナのことがっ」
言いかけた言葉を飲み込むジャン。
そして開き直ったかのように顔を上げた。
「どうして巫女スカウトの時俺を連れていってくれなかった。
どうして俺に内緒で発った。
どうして、手紙をくれなかった!?
俺はずっと待っていたのに!!」
「巻き込みたくなかった。br> 決意が揺らぎそうで言えるはずなかった。
手紙は今でも送ってるわ」
「届いたことなんて一度もないが?」
祐樹やナイト達を睨む。
ティーナ担当だった祐樹が答える。
「神殿は外部との接触を好まない。
だが、俺とティーナの契約にはジャン、お前との連絡が含まれていた。
だからちゃんと届いているはずだ」
しかしジャンは信じようとしなかった。
何度も嘘だと繰り返しつぶやいている。
「私がジャンが怒ってると思ってた」
「手紙を渡さなかったのは孤児院じゃないか?」
「何処までも腐った奴らだ!!」
そう大きな声で罵った後、無表情になる。
冷静さを装っているのだ。
「手紙を待ち続けた俺は痺れを切らして日本に行くことにした。
神殿を目指した。そして母さんを見つけた。
巫女を滅ぼしたら奴らも殺してやる」
「私も殺すのね?」
ジャンはあえて返事をしなかった。
構えた剣は決別を示していた。
葉咲はティーナを計算に入れて、作戦を立て直す。
「ティーナさん、貴方には一人であの男の人の相手をしてもらいます。
できますね?」
ティーナはジャンがもう青年と呼べる歳になっていることに時の流れを感じた。
そして巫女である彼女は別れてからまったく歳を取っていない。
「出来なくてもやるわ」
本来術師系のティーナは後方支援に向いている。
けれども葉咲はあえてジャンと一対一にした。
二人の間の何かを感じ取って。
そして残ったメンバーで希子を倒す!
こうでもしないと倒せない。
幸運なことに希子は接近戦が苦手のようだ。
普通の巫女ならば支障はない。
ナイトが護るから。
そしてナイトが迎えに来ると信じていた希子は、当然肉弾戦が出来ない。
必要ない、はずだったから。
「これから3、2、1で作戦開始します」
頼もしい司令塔に皆こくりと頷く。
そして身を潜め、カウントダウンは始まった。
「3、2、1!!」
いつも戦場を揺るがす地震。
それはこの基地までも切り裂く。
同時に迷いなく走り出す水翡たち。
地震が収まった時にはすでにステージが出来上がっていた。
「分断とは、やりますね」
ジャンは苦々しく葉咲を見る。
希子とジャンを切り裂くように地面は割れていた。
そして希子のいる方には水翡たちが。
ジャンの前にはティーナがいた。
葉咲は不適に笑う。
「あなた達は引き離せばどうってことありません。
そこで昔話にでも花を咲かせてください」
ジャンには侮辱とも取れる言葉。
「昔は捨てましたよ。
その証明として巫女を滅ぼす。
だから、」
わざとらしく区切って視線を移す。
変わった視線の先にはティーナ。
ティーナは冷たい眼差しにびくっと震える。
「話すことはない」
震えるな足。
手の震えよ、止まれ。
歯がカタカタ鳴りそう。
でも いつもどおりに 振舞わなきゃ。
それは葉咲の作戦だった。
「貴方の言葉は誰よりもあの男性に届きます。
表情を隠すのが上手ですが、目の揺らぎは消せていません。
ですから、ティーナさん。あなたが彼の目をまっすぐ見て、今思うことをそのまま伝えて下さい。
そうすれば彼の頑固な柱は崩れる」
心にまで踏み込む作戦にティーナは身震いした。
けれどもそれが効くのならば、……違う。
私は伝えたいから言葉を紡ごう。
葉咲の「昔話にでも花を」というのは冗談ではなかったのだ。
「どうして、そんなことするの?」
今更だろうけど問いかけずにはいられなかった。
ジャンの顔は相変わらず冷たい。
「帰ってきて!」
ぴくりと動く眉。
「ジャンがいないと寂しいの、大切なの、傍にいて欲しいの!!」
もう理屈なんてどうでもいい。
私の心、そのものを伝えなきゃ。
「――弟だからって?
そんなのとうの昔に聞き飽きたよ」
動揺は消え去って、かなり冷静になっている。
「年下だから、同じ所で育ったから。
だからってもう、弟扱いはたくさんだ!!」
ずっと溜め込んでいたものが爆発する。
「俺はティーナを姉なんて思ってない!」
意外とその言葉にショックは受けなかった。
「ジャン……」
「好きなんだ、護りたかった、誰よりも!
だから剣を取った。日本に来た。
会いたかった」
皮肉にもティーナを護るはずだった剣が向けられる。
ジャンは苦しそうな顔をしている。
ティーナはいつしか追い越されたジャンの大きな背に手を回す。
「どうして、剣をもっているのに。
変な同情ならやめてくれ。みじめだ。
どうせ俺は弟でしかない」
ティーナはジャンを抱きしめつつも、首を横に振る。
「好きよ、愛してる」
「嘘だ」
即座に否定される。
どれだけ自分がジャンを傷つけたのかが分かる。
「今までずっと自分の巣を探してた。
けどどこも落ち着かなくて。私は諦めたわ。
でも違ったのね。ここが私の巣だった」
巣を探して、醜くなったこともあった。嫉妬もした。苦しかった。
けれど今は――。
巣に帰った鳥は安心しきった笑みを見せる。
そして愛しい男に笑いかけた。
ジャンは身動きしなかった。
否定もしない、受け止めもしない。
ティーナは彼の出す答えに怯えながらも待った。
その時、どぉおおんと大きな地響きがした。
砂煙の向こうで異変が起こる。
体術、剣術の苦手な希子は水翡と直人の剣に追い詰められていた。
そして残り多数の術が止めをさす。
その繰り返しであっけなく自ら最強を謳う巫女は倒れた。
「母さん!!」
ジャンが駆けだしたそうにしていた。
けれどティーナの腕が阻む。
ジャンはやっと真正面からティーナと目を合わせた。
「俺はティーナが好きだ。
こんな場でも逢えてよかったと思う。
出会えてよかった。一緒に生きたい。けれどあの人には誰もいない」
ティーナの目が見開かれた。
嫌な予感に何度も首を横に振る。
ジャンは目を細めて口角をゆるりと上げた。
そして数秒触れ合った唇。
「好きだよ、さよなら」
「ジャーーーン!!」
大切なものを失ったための悲鳴。
ぽろりぽろりと涙を流す。
「私だって強くない。
あなたがいないと嫌っ……ジャン」
涙ながらにティーナはジャンの行く末を見た。
愛した人だから見なきゃいけなかった。
「いやよ、私永遠に生きるの」
水翡に貫かれた場所には心臓とも言える核があった。
人工的な心臓。メンテナンスさえすれば後何年も動いただろう。
だがその心臓はもう機能しない。
「いやっ!私は、私は――」
口から血を吐きながら何かすがるものがないかとあたりを見渡す。
そして彼女は見つけてしまった。
「道連れにしてやるわ。みんな滅んでしまえばいいのよ」
ふらふらと歩いていく。
恐ろしいほどの気迫に水翡たちは止めれなかった。
向かった先は危険種の黒球。
彼女の手を引く者があった。
ジャン。
彼は引き裂かれた大地を飛び越え、かけつけたのだ。
独りで逝かせないために。
そして二人は球体に飲み込まれた。
誰がこの結末を想像出来ただろう。
希子の人工心臓が球体の中で火花を散らす。
このままでは爆発する。
が、その時球体の中で変化が起こる。
渦巻く黒。黒が次第に結集している。
希子が危険種を取り込んでいた――。
水翡はその時自分が何をすべきか呆然と悟った。
ただ、すたすたと球体へ向かう。
そして手をかざし、自ら呑み込まれた。
「水翡ちゃん!!」
慌てて後を追った陽花と葉咲。
しかし球体に弾き飛ばされる。
受け止める直人と珪。
全員が球体を見ていた。
突然球体は白い光を放つ。
水翡は悟っていた。
危険種は巫女の悲しみ、恨みによって生まれる。
つまりいくら巫女が危険種を倒そうが、危険種は消えないのだ。
巫女のいる限り。
――ならば絶てばいい。
巫女はナイトという存在がいながら、やはり独りだった。孤独だった。
戦場に独りで立ち、独りで死ぬ。
そして危険種になる。
だから巫女が共に滅べばいい。
危険種でない巫女が自ら滅ぶのだ。
代償は全ての巫女の力。
何、本来この世には巫女の力など必要ではない。
そもそも巫女がいるから危険種が生まれるのだ。
水翡は願いを叶えるため集中する。
『水翡ちゃん、水翡ちゃん……』
水翡に呼びかける声。
どこからか突き止めているうちに、ある一点で止まる。
「母、さん」
母は写真と変わらぬ姿でそこにいた。
そして母を守るのは始まりの巫女。母の姉。
『大きくなったね。強くなったね』
暖かい言葉に涙が出そうになる。
こんな暖かい温もりが私を包んでいた。
『死に底ないの私達にも手伝わせて欲しいの。
水翡ちゃんがしようとしていること』
私達という言葉に不思議に思っていると新しい声がした。
『こんにちは、水翡さん。どうか私にも手伝わせてね。
私達にはもう後がないのだから』
声の先には始まりの巫女がいた。
水翡はこくりと頷いて母の手と始まりの巫女の手を取る。
「全ての精霊に乞う。
我らが願い聞き届けよ。
大地よ、空よ、万物よ、全てをもって廻れ。
正しき流れへと導かん――」
白い光が球体に満ちる。
目が開けていられない。
この大きな術の代償は巫女の力そのものと……術者の命。
球体から光がこぼれ、外の者達は目を瞑る。
光は空へ上り拡散した。
光のカケラは風に乗る。
海に溶ける。大地に染み込む。
全世界に、廻る。
陽花が再び目を開けた時、何も残っていなかった。
基地の壁もなにもかも。
平地となっていた。
「嘘、嘘だ!水翡ちゃん!!」
水翡のいたはずの場所。駆け寄ってみたが塵一つない。
葉咲は珪の胸を借りて泣いていた。
直人は動けなかった。
ティーナが泣いている。何度もジャンとつぶやいている。
祐樹はただ無表情だった。
「護ると決めたのに、その結果がこれか!
クソッ!!」
怒りのあまり無表情で、やるせなさに地面を殴りつけた。
そして叫んだ。
「水翡ーーーー!!」
返事も期待せず、喪失を嘆く声。
彼は護ると決めた人を二度失った。
「煩いわね」
その時上空から声がした。
ふわりとたなびく蒼。
振ってくる愛しい人へ祐樹は手を伸ばす。
どさっとくる重みと温もりを祐樹はかみ締める。
帰ってきた! 帰ってきてくれた!!
ぎゅっと抱き締める。
「ちょっと、そんなに強くしないでよ。赤ちゃんが潰れちゃう」
驚いた祐樹は水翡を離す。
確かに赤ん坊がいた。
「私とジャンはまだ未来があるって追い出されたの。
生きて欲しいって。そのときこの子も渡されたわ」
ティーナは泣き崩れた。
祐樹がやっとピンときたような顔をする。
「まさかそれは……」
「ええ、始まりの巫女の子ども。ずっと護ってたんだって」
水翡は笑って赤ん坊をあやす。
赤ん坊はきやっきゃっと笑う。
「始まりの巫女は新しい命、人間を護っていたのよ」
水翡は歩き出す。
祐樹も並ぶ。
そして後を追うみな。
陽花が抱きつき、葉咲が抱きしめた。
水翡は微笑む。
帰ってきた。
あれから赤ん坊は総裁に預けた。
総裁は自分の子を抱いて泣いていた。
本来会えることもなかったのだから感動も一際大きいだろう。
彼はこれから大事に育てるのだろう。
そして神殿だが、崩壊した。
なぜなら巫女はもういないからだ。
巫女の力は消えた。そのため神殿に集まる必要もなくなったのだ。
今神殿は、形を残したまま行き場のない者達の住み家となっている。
その後陽花は家に帰った。
ついていった直人のせいで家で一波乱あったようだが、なんとか落ち着いたらしい。
二人の交際も順調と聞く。
葉咲も家に帰った。
男を連れ帰った娘を母は大分からかって遊んだそうだ。
珪も毎日遊ばれていると聞く。
恋人の母と恋人に。
ティーナはアイドルとなった。
彼女の活躍をテレビで見ていた国民は、彼女が巫女でなくなった今もテレビで見たいと訴えた。
彼女はジャンとともに忙しい毎日を送っている。
私は
「はい?」
思いもしなかったことを言われて目が点になっていた。
「だから、好きだと言ったんだ」
祐樹がごほっと照れくさそうに咳をしながら言った。
「いやでも祐樹は母さんのことが好きなのよね?」
自分に好意が向くはずがないと信じきっている水翡。
そんな水翡に祐樹はげんこつを落とした。
「いたっ! 何するのよ!!」
頭を押さえて睨み付ける水翡。
祐樹は深いため息をついた。
「人の告白をないがしろにされたら誰でも腹が立つと思うが?」
「はいはい、告白ね……って告白!? 誰に!?」
祐樹はとうとう頭をかかえた。
「何よ失礼ね!」
「はぁ、いいからその致命的に鈍い頭をフル活動させて聞け」
祐樹は水翡の前に膝をつく。
そして水翡の手を恭しく取った。
「俺、祐樹は生涯貴方の盾となり、影となり貴方を護ることを誓います。
貴方を護るナイトであります」
そう言って水翡の手に口付けた。
ぼんっと赤くなる水翡。
「ななななっ、私はもう巫女じゃないのよ!?」
「知ってる。でも俺の巫女はお前だから。
俺はお前という人間のナイトでありたい。
お前を護りたいんだ」
だから祐樹はあえて神殿風の告白を選んだ。
「さすがに冗談にするなよ」
「わ、分かってるわよ!」
「じゃあ返事は?」
自分の言葉に自爆する水翡。
うっと言葉に詰まる。
今まで避けてきたそれを言葉に表さなければいけない。
水翡は今まで厳重にかけていた鍵を開けた。
祐樹に抱きつく。
「私も祐樹が好き」
つたない言葉だけど、何より祐樹の胸をうった。
祐樹は強く水翡を抱きしめた。
それから水翡は祐樹と一緒に水翡の家で暮らす。
巫女の都市は滅んだ。
けれど続く。
人が続ける。
完




