護りたい 潜入
『こちら追跡班。目的地に付いた模様。
場所の座標をお送りします』
「了解。そのまま追跡続行だ」
祐樹は送り込まれてきた座標を見、口角を上げた。
「戦場の遥か奥、地下か。
笑わせてくれるな、戦場の近くが本拠地だとは」
「陣形はどうする?相手の出方が分からないよ。
ただ激戦になることは間違いないから、全方面への守りを固めるしかなさそうだ」
直人が図に書き出していく。
「そうだな。
どの方面からも叩かれてもいいように配置しないといけない。
そしてやはり突入する前方に火力を集めるべきだな」
「うん。
それと知能型の危険種がいるから、2人1組もしくは3人1組での行動にしないと。
あと出来れば前方・中盤・後方に治癒能力者が必要だね。
この戦いはいかに生き残るかが必要だ」
巫女が死ねばその場で危険種にされる――。
『こんにちは』
無機質なスピーカーから媚びた甘い声が聞こえた。
「ナイトは殺したのか」
『ええ、だって場所を教えてあげたのよ。
ならもういらないじゃない?』
なんて黒いものを抱えた女だ。
祐樹は舌打ちしそうになる自分を抑えた。
『じゃあ待ってるわ。またね』
ぐしゃっ、小型通信機が壊れた音がする。
「まぁいい。場所が割れただけでも収穫だ」
「そうだね」
祐樹は戦いが長期化する場合も想定していく。
直人は巫女の組み合わせを考えている。
『こちら追跡班第2。このまま目的地にもぐりこもうと思います』
なぜかまた通信が来た。
「追跡が2班も?聞いてないぞ」
『総裁の指示ですよ。
僕らは2重の追跡によって任務を完璧に成し遂げているのです』
見事、総裁。
その言葉しか思い浮かばない。
「やってくれるね、あのじいさん」
直人は頼もしそうに笑った。
その晩各ナイトは巫女達に作戦を話した。
「お前らは前線の尚且つ先頭に位置する。
覚悟はしておけよ」
無事ではいられないぞ、と言われたような気がした。
それでも私は。
「なめんじゃないわよ。私は青月 藍翡の娘よ。
どうしても行かなくちゃならないの」
母さんを助けなきゃ。
強い瞳を持った水翡に安心する祐樹。
そして葉咲に視線を移す。
「お前は前線の治癒の要だ。
なんとしても生き残れ。怪我をするな。
そして多くの巫女を救ってくれ」
危険種にならないように。
その言葉を読み取った葉咲はこくりと頷く。
「陽花、お前を最前線に道を切り開く。力を貸せ」
「もちろん!みんなで生き残ろう!」
陽花は初めて“守るよ”と言わなくなった。
自分の身を犠牲にして守ることは止め、共に生きることにした。
神殿に来て一番の成長だった。
それが嬉しくて水翡と葉咲は笑った。
必ず生きよう。
その深夜。ひっそりと動く影があった。
ストレートの肩までの髪。
剣を装備している。
その影の前に立ちふさがるさらに二つの影。
「水翡ちゃん、何処行くんですか」
「そーだよ、仲間でしょ」
部屋に明かりはないが声が葉咲と陽花だった。
びくっと後ずさる水翡。
「私達はいつでも一緒でした」
やめて。
「巫女だからっていじめられたこともあったよね」
「特別扱いされたこともありました」
「そんなのいらなかった」
「ただ自分自身を見て欲しかったんです」
「巫女じゃない自分を」
「それを分かりあえたのは私達だけでした」
「「巫女だから」」
私達を縛る言葉。
“巫女”。
「でも私達はそれ以上に友達です」
壁が崩れた。
「ううん。そんな簡単な言葉で表したくないよ」
「大切な人ですから。だから一緒に行きたいんです」
「連れてって、水翡ちゃん」
「決して独りでなんて行かないで下さい」
「私達がいるから!!」
独りで行こうと思った。
これは自分の問題だから。
だから巻き込みたくなかった。
「行こう」「行きましょう」
私は涙をこらえながら頷いた。
神殿の門に立っている男がいた。
スーツを着こなす。それは祐樹しかいない。
「護らせろ。全身全霊でお前を護ってやる」
過去のトラウマを乗り越えた祐樹はまっすぐに水翡を見る。
いつもサングラスに隠されていた黒曜石のような瞳が水翡を貫く。
その色の深さに戸惑うことなく、水翡はつんっと顔を反らす。
「勝手にしたら?でも死んだりなんてしたら絶対許さない!」
彼女の過去の傷。
戦場にて帰らぬ人となった両親。
「ああ、必ず生きる」
そして過去に踏み間違えた道を、今度こそ正しく歩いてみせる。
「あ~あ、祐樹にいいとこ取られちゃった」
門の影からひよっこりと現れたのは直人。
つかつかと陽花の元に歩いてくる。
「陽花ちゃん、君は誰にでも優しいね。
だから簡単に身を犠牲にしてしまう。
護らせて、君が死なないように」
手をぎゅっと握った。
それに対し、陽花は何の反応もない。
不安に思った直人は陽花の目の先を見る。
何も映っていなかった。
映すのは虚空。
「私ね、死にたかったんだ。
人を殺してしまったから」
唐突に陽花が語りだす。
「私は汚れてるんだよ、誰よりも。
だから皆を守るのは当然だと思った。それで死ぬなら本望だと思った。
でも直人さんを好きになって怖くなった」
ぎゅっと自分の腕を掴む陽花。
陽花はやっと目の前にいる直人を目に映した。
「だって死んだら会えなくなる!
……そんなの悲しいよ。
会いたい。好きだって言ってもらいたい。
私は死ぬのが怖くなった。生きたいと思うようになった」
陽花の目が涙で潤んでいる。
「生きたい、死にたくない!!」
「生きよう。一緒に」
抱きしめる直人。
腕を背中に回す陽花。
一同は二人を見守っていた。
そして陽花が落ち着いた頃。ようやく一同は踏み出そうと――。
「待てよ!!」
珪が走りこんできた。額には汗が浮んでいる、
「俺も連れてけ」
「嫌です。珪君には巫女がいるでしょう」
つれなく切り捨てる葉咲。
「それ以上に護りてぇ女がいるんだ!
惚れた女を護りたい、それ以上の理由があるか!?」
気迫のこもった告白。
葉咲はぽろぽろと泣いていた。
「ありませんよ……」
やっと葉咲の片思いは終わったのだから。
「珪君が好きなんです。
だから巻き込みたくなかった」
涙ながらに語る葉咲に珪はあきれた顔をしている。
「馬鹿で不器用。
お前は馬鹿みたいに自分を追い詰めるよな。
それはいつも自分のためじゃない。そんなおまえだから心配で。
そのくせ頭が回る。俺よりも強いってのが一番手に負えねぇ。
でも好きな女ぐらい護らせてくれよ。
お前はそう簡単に護らせてくれないだろうけど」
その言葉にふわっと笑った葉咲。
だって、
「当たり前ですよ。私はあなたを守りたいから」
護りたい。その一心で集まった。
進もう、みんなで。
「次から次へとわらわら出てくるわね!」
水翡は父の形見の剣を振るいながら言った。
そんな水翡を馬鹿にしたように嗤う祐樹。
「俺達は今小隊で乗り込んでいるんだ。
次から次へと出てくるのも当たり前だ」
マシンガンで打ちながら祐樹は話す。
そのすぐそばで陽花が宙を舞いながら攻撃している。
陽花の後ろを危険種が取ったかと思えば触れる前に燃やされる。
詠唱の必要ない陽花だから出来る戦法だ。
そしてその間に本命の術が完成する。
<全てを破壊せよ、嵐となりて――!>
大きな竜巻が多くの危険種を飲み込んでいく。
風がはれた時には全てが一掃されていた。
「ほんと、護らせる気ないだろ」
不機嫌そうに言う珪。
先ほどまで詠唱中無防備になる葉咲を護衛していた。
「あら、守ってくれたじゃないですか」
「なんか違うと思うぞ」
そして影の薄かった直人は、陽花をサポートしていた。
陽花が一人で駆け出せば、後ろで囲まれることがないように敵を蹴散らす。
「何はともあれ、これで本拠地に入れそうだよ」
「やっとだね~。ちょっと疲れちゃった」
それはそうだろう。彼女達は本拠地前で数時間戦っていたのだから。
「じゃあ休憩にしましょう」
「ついでに腹ごしらえでもするか」
祐樹はそう言っておもむろに胸ポケットから簡易食を取り出した。
そして周囲の冷たい目線を感じ取った祐樹は、
「お前らもいるか?」
と別の簡易食を差し出す。
「いらないってば」
水翡の言葉に一同頷く。
そして各自が持参してきた弁当を広げる。
水翡、一人前の弁当。
一人で行く予定だったのだから当たり前だ。
陽花と葉咲、重箱。
どうやら二人で作ったらしい。
祐樹、省略。
直人、一人前の弁当。
珪、
「重箱~!?」
見事な重箱だった。
「どうして重箱を?」
「葉咲だって重箱だろ」
「私はいいんです。で、理由は?」
「理由も何もお前が原因だ」
珪は回想する。
あの日、葉咲のことだから行くと思ったんだよな。
で、神殿の出口に向かう通路を通ろうとした時、壁にぶち当たった。
透明の壁、結界が張ってあったんだ。
他の通路は通れても、出口に向かう通路は通れないんだ。
そんな時、通路の向こうから才葉さんが現れた。
彼女は俺を馬鹿にしたような目で見た後、壁に手をかざした。
するとパリーンって何かが割れるような音がして壁が消えたんだ。
そして才葉さんは俺に重箱を渡して、行ってきなさいと言った。
これが俺の遅れたわけでもある。
「どうりで。結界を張ったのに随分来るのが早いと思ったんです」
「おいおい」
「ということはこれは才葉さんの手作りですか」
「たしかに母さんの味付けだよ」
直人が認める。
「ちょっと待ちなさいよ!才葉って誰?」
「直人さんのお母さん?」
話の飲み込めていない水翡と陽花。
「才葉は私の母の従姉妹です」
「そして僕の母」
そして誰よりも和葉、葉咲の母を憎んでいた。
どうして助けるようなことをしたのだろう?
祐樹がひっそりと口を開く。
「才葉は誰よりも女だ。
彼女はずっと一人の男を愛し続けるだろう。
男からの愛は受けられないことを知りながら。
だからじゃないか?引き裂かれるかもしれないお前らを助けたのは」
「その男って……?」
陽花が直人を見る。
「僕の父だ。僕が生まれてから一度も本家に近づいてない。
僕が生まれる前もそうだったと聞いてる」
だから彼女は父にそっくりの直人を溺愛する。
そして自ら狂気の中にいる。
「弁当、食べないんですか」
才葉の真実を知り、一同微妙な空気になりながら食事をする。
空になった弁当、立ち上がる巫女とナイト。
「よし、行くわよ!」
「目指すは水翡ちゃんのお母さん、藍翡さん救出ですね」
「はりきっていこ~!」
先陣を切るのは水翡、葉咲、陽花。
「うへっ、食いすぎた」
「バカだね」
「おい、気を引き締めろ」
後ろは珪、直人、祐樹である。
祐樹がノートパソコンを取り出した。
映されるのは何処かの経路図。
「ちょっ、それってもしかしてここの経路図!?」
「そうだ。追跡第二班からたった今届いた。ナイト本部にも送っておこう」
パソコンを操作する祐樹。
それを聞いた葉咲が何か閃いたようだ。
「彼らと合流することを第一に考えましょう。
もし敵が数で攻めてきたらいくら私達でもひとたまりもありません」
「彼らは今任務終了のため帰っているはずだが。
声をかけてみるか」
ノートパソコンをカタカタと動かしている。
表情が明るいものへと変わっていく。
返事はOKのようだ。
「彼らは近くにいるようだ。
こちらも進んで合流するぞ」
彼らの案内で水翡たちは順調に進むことになる。
所変わってナイト本部。
「総裁、祐樹さんと直人さんがいません!!
あと、珪さん、祐樹さんの巫女たちもいないようです」
あたふたしている新人ナイト。
反対に総裁は落ち着ききっている。
「ふむ。では作戦決行と行こうかの。
おそらく祐樹たちは危険種の本拠地に向かったはずじゃ。
なら後方支援をするだけ。やつらを死なせるにはまだ早いからのう」
作戦開始時刻1300から0800に変更。
神殿の者達が急いで戦場に出ると危険種の亡骸が沢山転がっていた。
「さすがですね。こんなに片付いている」
「ええ、これなら大分楽に進めそうだわ」
多くの巫女とナイトには祐樹らは霍乱するために先陣を切って乗り込んだと伝えられている。
このため、偉大なる巫女とナイトが道を切り開いてくれているという先入観は戦場にいる者たちの士気を上げることに成功している。
真実を知るのは総裁と数人のナイトのみ。
現在の指揮は総裁が取っている。
「進むのじゃ、この作戦は早ければ早いほど成功する」
早ければ水翡たちが倒した後を進める。
そして上手く行けば水翡らとの合流。
遅い場合は新たな危険種と遭遇してしまうのだ。
「ジャン……」
ティーナは迷える瞳のまま進んでいた。
水翡たちは沢山の部屋を通った。
中には武器庫、食料庫があり、そこでいろいろ補充した。
そして危険種も各部屋に30体ほどいた。
案内人いわく、これでも少ないほうだそうだ。
そして最下層、最深部。最後の扉にたどり着く。
水翡は大きく息を吸ってから扉を開いた。
「ようこそ。過去の科学研究室へ。
ここは私が眠った場所でもあり、目覚めた場所でもあるわ。
巫女の技術と最新の科学技術の融合によって私はまだ美しい姿でいわれるの。ふふっ、うらやましい?」
不適な笑みを浮かべて希子は立っていた。
周りにはホルモン漬け、研究資料の山。
おそらく希子が眠っていたであろうカプセルもあった。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。
私は歳を取りたい。皆と同じ時を過ごし、皆と同じ物を共有したい」
「綺麗事ばっかり。本当は綺麗なままでいたいくせに。
虫唾が走る」
「どうしてあんたは眠ってまでこの時代に?」
「言われたのよ。”君こそが新世紀の巫女だ。目覚めた時には全てが君にひざまずくだろう。”
ほんとよね。だって未来の貴方たちとっても弱いんだもの。
私は全ての属性を使いこなすことが出来る。そしてそれを使いこなす力量がある。
逃げるなら今のうちよ」
ふふっ、と強気に微笑む希子。
「そんなの今更ね!私はあんたを倒して母さんを救い出すんだから!!」
強い決意を言葉にして放つ水翡を可笑しそうにふふふふと笑い続ける希子。
可笑しすぎて腹もよじれるといったぐらいか。
「馬鹿な子。危険種ってのはねぇ、死んだ巫女がなるものなの。
そして今藍翡は手足が危険種になりかけてる。そしてそれをかばう“始まりの巫女”も。
どういうことだか分かる?未来の低脳な巫女。
あなたのお母さんはとっくに死んでるのよ!!」
ひゅっ。
息が出来ない。
息が苦しい。
過呼吸の水翡を葉咲が後ろから支える。
だが、水翡は足を踏ん張った。
しっかりと立って希子を見据える。
「知ってるわよ!あの日に死んだことぐらい!!
それでもいいじゃない。あの中から助け出したいんだから!!」
怒りで顔を赤くした水翡を希子は楽しそうに見ている。
そして奥を指した。
いた。
黒い球体の中眠る母。
「勝負をしましょう。あなたが勝ったら球体からお母さんを出してあげる。
私が勝ったら私が世界を支配する。
だって私は優秀な巫女だもの。ふふふふ」
限りなくリスクの高い勝負。
それでも水翡は頷くしかなかった。
自分が勝つ可能性はゼロじゃないから。
その数%にかける!




