悪夢 傍らの恋
今日も巫女は戦いに駆り出される。
そしてナイトも同じく。
嫌なんて言う暇さえない。
珪も戦うのが嫌になった時期があった。
戦うばかりの日々。
それでも嫌という感情さえ忘れてしまうほどいろいろあった。
全ては今を生きるために。
珪は自分の巫女と緑だけ見ていた。
それで十分だったから。
ナイトとしての教えでもそうだった。
1に自分の巫女である、と。
そのぬるま湯のような世界で異端があった。
出会いはありふれたような、それでも俺たちらしい出会いで。
その出会いは俺をみるみる侵食していった。
元の位置で笑う葉咲を見て安心するくらいに。
葉咲は3人で立つ戦場にほっと肩の力を抜いていた。
ここがやっぱり私の場所。
そんな時視線を感じた。
珪くんだ。
珪くんは私をじっと見た後、軽やかに笑った。
よかったな、とでもいうように。
私はお礼の意味をこめて笑い返した。
珪くんの後ろの悲しい視線に気がつきながら。
きっと彼女は珪くんの巫女なのだろう。
でもその姿は私に重なる。
緑さんを見ている珪くんへの叶わぬ恋心。
私は彼女を視界から入れないようにした。
「よし、行くか白菊」
「ええ」
白菊の悲しい視線は珪が後ろを振り返った瞬間に消えた。
好きな人に少しでも見てもらえて嬉しいと、微笑んだ。
その日、珪は注意力散漫だった。
葉咲たち3人ばかり気にしている。
後方魔術師形の葉咲は隙を狙われることが多い。
彼女をつぶせば3人の連携がもっとも崩れやすいからだ。
つまり防御力がない。
葉咲が狙われるたびに、珪は動こうとする。
だが、次の瞬間背中に目でもついているかのように陽花が引き付け、水翡がとどめを刺すのだ。
そして珪は思う。
俺は何をしているんだと。
俺には巫女がいる。護るべき巫女が。
その思いも数秒後に破られるのだが。
葉咲が狙われ、そのたびに上手く持ち直す。
今回もそれを見て安心していた。
のが、まずかったんだ。
「珪様!!」
前方の注意が疎かだった俺の前にかばうようにして立った白菊が、危険種に貫かれた。
どさっと倒れる白菊。
白菊……?
俺は彼女を護るナイトでありながら、彼女を殺したのか!?
「彼女から離れろ!!」
直人先輩の鋭い声が俺に命令した。
「でも、白菊が死んでしまった!!」
「そうだ、だから離れろ!」
直人先輩は何を言っているんだ?
俺は亡骸となった白菊に手を伸ばそうとした。
すると白菊は急速に何か黒いものに包まれ……
俺のよく知るものになった。
嘘だろう?
嘘だと言ってくれ!!
あれが白菊だなんて、あんまりだ……。
――戦場に新たな危険種が現れた。
珪くんの巫女が危険種になった。
嘘だと思いたい。巫女は危険種?
けれど、今目に映っているのは現実――。
「どうすればいいのかな……」
陽花ちゃんが途方に暮れたように言った。
その原因は突如として現れた危険種。
珪くんの巫女だったもの。
「とりあえず、倒す倒さないにしても珪からアレを引き離さないと。
一番近くにいる珪が危ないわ」
水翡ちゃんが考えるように目を伏せた後、目を見開いた。
剣をかまえ、行こうとする水翡ちゃんを手で遮る。
「私がやります」
「でも葉咲、それじゃ葉咲が恨まれちゃうのよ?」
「それでも珪くんのためだから私がやりたいんです。たとえ恨まれたとしても」
あなたを護りたい。
<神殿に住まう古き風よ、今こそ力を示せ……>
葉咲の指先に風が集まり、すうっと消えた。
だめだ、集中できない。力が集まらない!!
だって彼女は私と同じだ。
珪くんに片思いして、でも見てもらえなくて……。
「白菊?どうしたんだよ、白菊!!
どうしてそんなモノになっちまうんだよ!!」
違った。
彼女は彼の巫女だった。
葉咲は自嘲ぎみに笑って再び詠唱する。
<神殿に住まう古き風よ、今こそ力を示せ。
自然の大いなる脅威たる力、刃となりてかの敵を切り裂かん!>
かまいたちが危険種たるものを切り裂いた。
今度こそ崩れ去った白菊を見て、珪は悲しみに暮れる。
そして葉咲をにらむ。
「おまえが白菊を殺した!!」
葉咲は知らず知らずのうちに呼吸がひゅっとなるのを聞いた。
わたし まちがってた?
そうですよね。
眉を歪ませて、涙で目が潤みながら葉咲は微笑んだ。
それはもう悲しそうに。
「いい加減にしなよ」
戦場でぴしゃりとした声がした。
後ろに巫女たちを大勢従えた直人だった。
「あんたになにが分かる!?あんたは巫女を失ったことがないんだろう!?」
「餓鬼。ここは仕事で来ているんだ。私情で巫女を失った餓鬼に言われたくないね」
「何が私情だよ!!」
「君は自分の巫女に集中していなかったから巫女を失ったんだ。これを私情と呼ばなくてなんと呼ぶ?」
珪はきりっと歯をくいしばった。
そんな珪を哀れげに見下ろして、神殿へと進んで行く。
続く巫女たち。
「僕だって巫女を失ったことがある。様々な失い方で。
自分だけと思わないことだね」
「ちくしょぉーーーー!!」
珪の叫びが戦場に響き渡る。
それでも、この叫びにも含みきれなかった感情が珪のなかに残っているのだろう。
俺は愚かだ。
大切なもの何一つ護れなくて、むしろ傷つけてしまった。
悪いのは俺。
でも今は割り切れないんだ。
ごめんな……。
珪は深く目を閉じ、ため息をついた。
「どうして巫女が危険種になるのよ!?」
戦いが終わってすぐ、祐樹に問い詰めた。
水翡の後ろには暗い表情をした陽花がいて、その後ろには虚空に目を向けた葉咲がいた。
その痛々しい姿に水翡は眉を寄せた。
そして再び祐樹を見る。答えを促すように。
「巫女と危険種は同一だ。
巫女が死ぬ間際に強い憎しみ、悲しみ、後悔、未練のどれかを抱いた時危険種になる。
もちろん地球温暖化の歪みによって危険種も作られる。
そして巫女たちは頻繁に危険種を倒す。
だが、危険種はなかなか減らない。
なぜか。それは危険種を倒している一方、巫女が危険種となるからだ」
「私も危険種になるの?」
不安で、声が震えなかっただろうか。
水翡の心配とは裏腹に祐樹はさらりと答える。
「その確立は5分5分だな。
もし、お前が死ぬ間際に強い負の感情を抱いたのなら危険種となるだろう。
違ったのならば安らかに眠れる。
……お前はなぜ危険種が巫女を狙うか知っているか?」
いつの間にか狙われていた水翡には理由など分からない。
ただ、こういうものなんだと覚えていた。
しかし祐樹の様子からそれ以外の答えがあるようだ。
「今の段階では、危険種はかって仲間だった巫女に救いを求めて狙う、とされている。
殺してほしいのだろうな」
ただ、現れる危険種をうっとおしいと思ってた。
何にもしてないのに攻撃されるし……。
でもそれは殺してほしいからだとすれば、なんて悲しいことなのだろう。
「神殿にいる巫女に老婆が少ないのを知っているか?」
「そもそも、いたの?」
「ああ、4人いる。しかし彼女らが生き残ったのは弱さ故だ。
強ければ戦場に駆り出される。
皮肉なことに強いものこそ死ぬ。だから――」
わざと話を切って水翡を見る。
水翡の体が固まった。
祐樹はもちろん魅了を使っていない。
でも、何故か動けなかった。
「藍翡たちは幸運だ。
彼女らは強かった。けれど幸いにも脱走したことで生き延びれた」
「母さんは、死んだじゃないっ!!」
祐樹は眉を寄せ、かすかに笑った。
目の色はサングラスで見えない。
けれどきっと悲しい色。
「どのみち藍翡には時間がなかった。
彼女はあの人の妹だから」
「あの人?」
何度聞いても祐樹は教えてくれなかった。
母さんに姉がいたの?
話が終わった水翡らは部屋に戻るべく、廊下を歩いている。
しかし会話がない。
空気が重い!
空気の重さにめげそうになる水翡。
「私、きっと危険種にならないよ」
ぽつりと陽花が話した。
「だって私には後悔なんてないから。
もし、私がみんなを護って死ねるなら、本望だと思う」
この子は自分の身を大事にしない。
本当にいつか取り返しのつかないことが起こりそうで不安になる。
「みんなを護りたいな」
そう言って笑った陽花がとても儚く見えた――。
水翡は自分の無力さに拳を強く握る。
と、通路の向かいからにぎやかな声がした。
巫女を多く引き連れた直人だ。
巫女が危険種に変わった件は響いてないようだ。
もしかして、直人にとって今回のことは初めてじゃないのかもしれない。
祐樹もそうだったように。
「ねぇ、直人様。歌、歌って下さらない?」
「今日はちょっと……」
「えっと、じゃあ遊びましょう?」
「うーん……」
アリアに抱きつかれて困ったような顔をする直人。
しかし一向にアリアを引き剥がさない。
それを見ていた水翡はムカっときた。
「なにあれ、でれでれしちゃってさ。
陽花、やっぱり直人ってロクでもないやつよ」
ちらっと陽花を見る。
陽花は下を向いて震えていた。
あぁ、そんなにショックだったんだ。
しかしすぐさま上げられた目が否定した。
陽花の上げられた目は緑――嫉妬の色、に見えたからだ。
いやまさか、陽花に限って。
けれどまた大きく予想を外れ、陽花は直人の前に立つ。
それでやっと直人たちは陽花に気づく。
だが、陽花の不満そうな顔は消えない。
陽花はそのままの顔でアリアを押しのけ直人にぎゅっと抱きついた。
「直人さんに触らないで!!」
それは初めて陽花から直人に触れた瞬間。
「あ、あの、陽花ちゃん?」
戸惑いがちな直人の声で陽花は正気に戻ったようにあわあわし出す。
顔は髪よりも明るい赤色に。
手は直人から離れてあわあわと動かして、視点はいろんな所をさまよい、言ってることはシドロモドロ。
「陽花ちゃん、落ち着いて」
腰を折って陽花と目線を合わせる。
ぴたり、と止まる陽花。
しかしまた目がうるっ、と潤みだして。
直人さんごめんなさーい!!を捨て台詞に走っていった。
「ちょっと!?陽花ーー!?」
突然のことに戸惑うというかついていけなかった水翡と、再起不能の葉咲を残して。
ふぅ、直人のそばからため息が聞こえた。
アリアが直人の背をとん、と押す。
「アリア?」
「陽花さんのもとへ行って下さいませ」
にこりと言った。
直人は伺うようにじっとアリアを見る。
「さぁ、早く」
「――ごめん、いやこの場合はありがとうかな」
直人は鳥かごから飛び立った。
早く、強く羽ばたいた。
アリアはぽつりと喋った。
「あの子私に笑顔しか見せたことないのよ。
わたしが無理矢理中央ドームに連れていった後でも」
陽花のことだろう。
「けれどさっきは違ったわ。一人前に女の目してた。
どんな時も笑顔だったあの子が。
私ダメね。誰よりも直人様の幸せを願ってたはずなのに、私が一番あの人の枷かせになってた。
ほんとは行かないでって言いたかった。直人様があと数分遅かったら言ってたかもしれない。
でも好きだから、っ!?」
アリアを抱きしめる腕があった。
あまりにも悲しい心の内に見ていられなくて抱きしめた水翡と、静かに一筋の涙を流した葉咲の腕。
「何よ、私あなた達のこと知らないわよ。同情はやめて」
「「同情なんて出来るはずがない(ありません)」」
叶いそうな恋の傍ら、叶いそうにもない恋。
いくら寄せ集まっても心のぽっかりと空いた空間は誤魔化せず、体温は暖かいのに、寒く感じた。




