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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
五章:絡みゆく過去
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アイドル 頼みごと

 


 取材の待ち時間、葉咲と琢磨は風本家にある自室で待つことになった。

 琢磨が先に部屋のドアを開け、葉咲を通す。

 そして琢磨が音も立てずにドアを閉めたとき、パン!と乾いた音がした。


 琢磨が赤く腫れた左の頬を押さえずにじっと葉咲を見る。

 葉咲は右手を振り上げたまま息荒く肩を揺らしていた。

 頬は怒りに染まっていた。

 それでも琢磨は慌てずに見ている。


「知っていましたね」


 葉咲は疑問ではなく、確認として尋ねた。

 琢磨の黒い目は光を灯さずに葉咲を見る。いや、葉咲を見ているのかさえも怪しい。

 もう一度葉咲は問う。


「琢磨さん、あなたは知っていましたよね。同じ左方に珪くんがいることを。

 そして私の気持ちも」


「勿論知っていました。人間関係は巫女情報ファイルに書かれていますから。

 ですが葉咲様ならば切り抜けられると思いましたので言う必要はないと判断しました。

 結果として問題はありませんでした」


 ぎりっと歯を食いしばる葉咲。

 眉を寄せ、琢磨を睨む。


「わざと珪くんの前で“当主様”と呼びましたね」

「あなたは当主ですから」

「あの時初めて呼んだクセによく言えますね」

「お褒め頂き、光栄です」


 葉咲は足音をわざと大きく立て、ソファーにどすんと座った。

 そしてぎん、と琢磨を睨みつける。


「座ってくれますか」

「いえ。座ることは許されておりません」


 この人はいつもイライラさせる。


「では当主である私が許可します。視線が合わないことには話しになりませんから。

 あぁ、あなたの当主は風本 和葉ただ一人ですか?」


 これも疑問ではなく、確認だった。

 泳ぐ琢磨の目から確信を得る。


「あなたは母と似ている私に何を求めますか。

 私を当主と呼べないあなたは」


 風本 和葉ただ一人を当主として認めたため、どの者も当主として呼ばれない。

 あの人の代わりにはなり得ないと言われているようで腹が立つ。

 私は私だというのに。


「私はあなたの僕しもべです。どうぞお好きなように」


 頭こうべを垂れる琢磨。

 髪にすら光を映さない黒髪に腹が立った。






 水翡と陽花は戦闘後のため、ゆっくりと休息をとっていた。

 そこに唐突に祐樹が来て言ったのだ。


 取材がある、と。


「はいぃ?何の取材なのよ!」

「報道。ニュースだ」

「いや、だからどうして私達なのよ」

「新人にもスポットライトを当てようという話になった」

「どうしてニュースなの?」


 納得のいかない二人に祐樹はため息をついて説明する。







 まず巫女は人とは違う。

 自然の力を操る異能な能力をもつ。

 だから巫女たちは裏社会で生きてきた。

 今は違っているな?それは何故か。



 報道による洗脳だ。



 報道で巫女のことを大々的に取り上げた。


 巫女は凄い。

 国民を守ってくれている。

 そして美しい、とな。


 国民は巫女をアイドルであるかのように扱う。

 そうなるようにさせたんだ。


 巫女は当たり前のように表社会で生きていけるようになった。




「今回の取材は新しい巫女をTVに出し、巫女に飽きさせないようするための処置だ。

 そんなに時間は食わない。我慢しろ。もちろん、拒否権はないからな」


 釘をしっかり刺しておく祐樹。

 二人から不平の声が上がる。

 反論しようと水翡が口を開いたところ、コンコンとドアがノックされる。


「取材の準備が出来たようだ。行くぞ」


 逃げ場なし。

 行くしかないようだ。






 一人ずつ取材を受けるようだ。

 先に呼ばれたのは水翡。

 足取りは重く部屋に入っていった。


 部屋にはカメラ、照明があって、女性は椅子に座っていた。

 向かいの椅子が空いている。

 水翡はその椅子に腰掛けた。


「お名前は青月 水翡さんでいいですよね」

「はい」

「ではこの時間よろしくね」


 好感のもてる笑顔で女性は言った。






 いろいろとプロフィールや雑談を話していたとき、


「水翡ちゃんって普通の学校に行ってたんだね」


 と尋ねられた。

 正直、これが本題だったのではないかと思う。

 きりりと胃が痛む思いがする。


「水翡ちゃんの友達、びっくりしたんじゃないかな」


 まさか。巫女だと知られることのないように、距離をおいた付き合いをしていたというのに?

 いつも3人だった。巫女という秘密のために。

 友達を作るのは怖かった。ばれた時、どんな目で私達を見るのかと。

 私達は臆病で、逃げてばっかりだった。


 髪の色を隠して、ナイトに近づかないようにして。

 実際私達を捕らえようとした祐樹から逃げて。

 今の私達はどうなんだろう?

 逃げてるのかな。




「どうでしょうか。実際分かりません」


 応か否か。

 どちらも言えなかった。






 どうやら陽花もそう尋ねられたらしい。

 どう答えたのと聞くと、


 そうだと嬉しいなと返したそうだ。


 陽花らしい。






 葉咲と一緒に寝ていた私は、葉咲がいなくなって陽花と寝るようになった。

 まだ一人で寝るのは怖い。


 陽花が枕を抱き枕にして寝息を立てる。

 完全に寝入ったようだと確認し、水翡はベッドから降りる。

 夏の陽気で上着はいらないようだ。

 水翡はそのまま部屋を出た。


 たどり着いた先は


「わぁ。夜這いかな?」

「冗談もほどほどにしなさいよ」


 いつも笑顔の仮面を貼り付けた直人の部屋。それも陽花の影響で変わってきているが。

 水翡は廊下に人気がいないことを見渡して部屋に入った。

 ドアを閉め、ほっと一息つく水翡。


「今の酷いよね」

「はん、あんたとの関係を勘違いされると困るのよ」

「うわー、辛辣」


 へらへらと笑ったのち、顔から表情を消して水翡を見る。


「で、何の用かな」




 水翡と直人は向かい合う。

 夜の沈黙が重い。


「今日来た理由は陽花のことよ」

「それ以外で来るとしたら祐樹のことかな」

「それはないから安心しなさい」


 直人がおや?と言わんばかりに眉を上げた。

 そして楽しそうに水翡を見る。


「祐樹のこと好きじゃないの?」

「からかってるでしょ」

「当たり」


 自分のもつ水の力で軽くぶっ飛ばしたい気分になる。

 それを抑えて冷静に返す。


「私はもういいのよ。それで陽花のことなんだけど――」

「諦めないでやってくれないかな」

「もういいの!!だって祐樹はまだサングラスをしてるのよ!?無理よ……」

「それでも、諦めないでやってくれないかな」


 ゆっくりと水翡を見る。


「祐樹は外のナイトだ。ここでは起こらない苦しみも外ではあっただろう。

 祐樹の苦しみは藍翡だけじゃないんだよ」




 水翡の母、藍翡。

 祐樹と恋仲だったのは知っている。

 あの頃の祐樹は輝いていた。




「じゃあ、母さんがそれをえぐったというわけね」


 さらに落ち込む水翡。

 直人は内心、しまったと思いつつ咳払いをする。






「それで陽花ちゃんのことなんだよね」

「あ、そうよ。すっかり忘れてたじゃないの」


 非難がましく直人を睨む。

 それに対し苦笑する直人。


「今日の戦い、陽花危なっかしいと思わなかった?」


 アリアをかばった陽花を思い浮かべる。

 確かにそう思ったため、頷く。


「普通の人なら危ないと思ったら引くのよ。やっぱり自分が大事だから。

 でも、陽花は違うの」


 血をたくさん流した陽花。

 まるで捨て身のようにアリアを庇った。


「陽花の髪、綺麗な色してるでしょ」

「そうだね。とても深い深紅の色だ」


「陽花が小さい頃、それで苛められてたことがあるのよ。

 きっと羨ましかったんでしょうね。

 でも、幼かった陽花にとってつらかった。

 陽花は髪を切って、黒に染めたの。

 それ以来、陽花は懐に入れた人間を全力で守るようになった。

 見ていて痛々しいぐらいに。


 巫女ということを隠して生きるのは大変だった。

 危険種とも隠れて戦って、巫女ということがばれないように人との距離をおいた。


 危険種と戦うとき、私たちの分まで怪我する陽花がいて怖かった。

 いつかこのままでは陽花が死んでしまう気がしたから。

 私は体を大事にしなさいとしか言えなかった。

 そして陽花と同じくらい強くなろうと決心した。

 今もまったく変わらないわ」




 直人の中で髪の色を褒めたときの陽花がよぎった。

 そっけない返事にはこういうことが隠されていたんだ……。


「それで、あんたにお願いがあるのよ。

 本当は頼みたくなかったけど」


「あのねぇ、いい加減失礼だよ」


「わざとだから。

 で、頼みたいことっていうのは、今日みたいなことがないように陽花を止めてほしいの。

 このままだと、陽花本当に死んじゃうわ」


「どうして僕に?」




 水翡は真剣な眼差しで直人を見たのち、笑った。

 それはもう綺麗に。




「だってあんた陽花のこと好きでしょ。

 陽花の過去を知って、それでも大切にしてくれるあんただから言うのよ。

 陽花をよろしくってね」


「してやられたな」


 ふふっと苦笑する直人。


「で、頼まれてくれる?」

「答えなんて分かってるくせに」





「珪様?」


 白菊が伺うように珪を見る。

 珪は安心させるように笑った。


「どうかしたのか?」

「どうかしたのは珪様の方です。戦いが終わってからずっとため息ばかり」


 珪の顔を覗き込んで、どうかしましたか?と柔らかく笑う。

 いつもならここで白菊に甘えていただろう。

 けれど、今日は違った。


 葉咲ならここで早く言わないと、って脅してくるだろうなと思ったのだ。

 はぁ、俺相当疲れてるな。

 葉咲は当主とやらになって遠い人になったっていうのに。


「何でもない。白菊、戦闘で疲れてるだろ。休んでおけ」

「珪様!」


 白菊の声を背に部屋を出る。

 部屋に残ったのは涙する白菊。


「珪様、私は緑様のように裏切りませんから……どうか私を見てください」





 ナイト本部で、珪はわざと砂糖を入れずにコーヒーを飲む。

 思わぬ苦さに顔をしかめてしまったが、ぐいっと飲み干す。


 まったく、葉咲が当主になるなんて。

 ん?待てよ、一体葉咲は何の当主になったんだ?


 風本 葉咲――、そうだった。

 風本家の人間だったんだ。

 神殿に入ってきた外の巫女だし、当主になっていないようだったから違うと思っていたけど。

 風本家、当主になったんだ。

 俺の属す風本家の当主に。


 なら話は早い。

 俺から会いに行くまで!


「珪」

「琢磨先輩……」


 正直、今は会いたくない人物と会った。

 琢磨は相変わらず無表情だった。


「ついて来い」

「どうしてですか」

「いいからついて来い」





 有無を言わさずつれてこられたのは神殿の北側にある風本家の敷地。

 そしてその奥へと進んでいく。

 琢磨が久しく開けられていない扉に手をかける。


「そこは和葉さんの部屋っ――葉咲?」


 使われていないはずの和葉さんの部屋には葉咲がいた。


「では、私は失礼します」


 珪を取り残して琢磨は出て行った。


「は!?」


 無常にも閉められた扉を見、同じくぽかーんしている葉咲を見る。

 おいおい、これ、どうすればいいんだよ。


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