あの人の風 憤り
美しい調べが神殿に響き渡る。
しかしそれは危険種が現れたのを知らせる音。
部屋にいた水翡と陽花は互いに目を合わせた。
そして間をおかずに水翡の部屋に祐樹が入ってくる。
「行くぞ」
「ええ」「了ー解!」
今日は右方と左方から挟み撃ちする作戦のようだ。
「中央はティーナを中心に構成する」
「土の精ティーナをエサにするのね。随分大胆じゃない」
「危険種は強い者を優先して倒す傾向がある。奴らにとってこの上ないエサだろう。そして弱くなった側面を討つ。俺たちは右方担当だ」
「任せて!今日も頑張っちゃうから!!」
陽花の戦場でも変わらない明るさにほっとする。
水翡も気合を入れた。
目の光は戦場を射抜く。
「背中、預けちゃうよ!」
「任せなさいって!」
背中合わせに立つ水翡と陽花。
祐樹は少し拗ねたように剣を構えた。
「俺もいるんだが」
「残念ね。背中を預けるにはまだ足りないの。陽花だから出来るのよ」
「水翡ちゃんだからおもいっきり戦えるんだ」
おもいっきりという言葉通りに大きな火柱が立つ。
焼ける危険種。
対照に凍る危険種。
共に多くを乗り越えてきたからこそ、ある深い信頼。
互いが互いの呼吸を読んだかのように交互に繰り返される攻撃。
危険種の数は確実に減っていった。
巫女達が押し始める。
ずごごごご…と音が響く。
ティーナの地割れだ。
水翡は慌てて寸前でかわす。
「ちょっとティーナ、やりすぎじゃないの!?私危なかったんだけど!!」
きっ、と振り返った先にはティーナがすまし顔でいた。
「水翡なら大丈夫と思ってたし、今日は特別よ」
「どうしてよ!?」
「知らないの?まぁ、知らないほうがいいかもしれないわね。ねぇ、祐樹?」
「暗に俺を責めているのか」
「暗にじゃなくて、明らかに、よ!」
何のことだかさっぱりだ。
その時、少し後ろから悲鳴が聞こえた。
「陽花ちゃん!!」
直人の取り乱した声。まさか――!!
直人さんがとても近くにいる。
泣きそうな顔で私を見ている。
ねぇ、泣かないで?守りたかったの。あなたの巫女を。
「どうして、私をかばったの?かばわなければ貴方は怪我をしなかったのに!!」
直人の第一位の寵愛を受ける巫女、アリアは陽花を支えていた。
アリアをかばったがために深い傷を負い、倒れた陽花を後ろから。
「だってアリアさんは直人さんの大切なヒトだから。直人さんが悲しむと思ったから」
違う!!
アリアは心の中で何度も言った。
じゃあどうして今直人様が泣きそうなのか。そんなの決まっているのに、この子は分かってない!
でもそれを口に出して言えないのはこの子のせいだ。
まっすぐな目が信じきっているのだ。
直人さんにとって小さな存在であると。
大きな存在感を持っているのに、直人様を救ったのに、直人様を癒したのに。
どれも私では成し得なかった。
直人様の巫女達がずっと願っていることを、やり遂げたのに。
アリアはやり切れない気持ちを抱えた。
「陽花!!」
「あ、水翡ちゃん」
へらっと笑う陽花。
「“あ、水翡ちゃん”じゃないわよ……。いつも体大事にしなさいって言ってるじゃない」
わき腹から大量の血を流す陽花をぎゅっと抱きしめる。
冷たい……。
水翡は泣きそうになったが、こらえて目をきつく閉じた。
「水翡、何してるの」
ティーナのその場に合わないあっけらかんとした声に水翡は呆然とする。
「何してるのも何も、今陽花が大変なのに……」
「そうね。なら陽花を離しなさい。このままじゃ出血によって死ぬわ」
「助かるんだね!?」
「直人さん、少し落ち着いたらどうかしら。いつもの貴方なら分かったでしょうに」
恥じるように直人はティーナから距離をおいた。
逆に水翡が詰め寄る。
「あんた治療出来るの!?」
「大地は確かに荒々しさをもつわよ。でも、作物は実る。癒しと再生の力も兼ね備えているってこと。あんたも手伝いなさい!まずはこの出血を止めるわよ!!」
「ええ!!」
その後ろで直人は心配そうに陽花を見ていた。
隣に立つ祐樹がため息をつく。
「安心しろ。ティーナの腕は確かだ」
「どうして君がそう言える!?高度な治療を施せる巫女なんて数人しかいないんだぞ!?」
「直人。俺はティーナのナイトだった。だから根拠は確かだ。ティーナの本領は癒しにこそある。戦いを好まない性格がそうさせたのだろう」
「そうだったね……、君はティーナのナイトだった。その君が言うのなら確かだろうね。少し、落ちつかないと……」
それでも陽花からは目を離さず、神経質に足をトントンさせていた。
<大地よ、その大きな腕で癒したまえ!!>
<癒しの雫を!!>
何回も繰り返しているとようやく陽花の傷が塞がった。
ただ、陽花の奪われた血までは治せない。
「これで大丈夫のはずよ」
「よかった……」
少し不安そうにティーナは言った。
直人はほっと息をつく。今ようやく息が出来たというように。
「人を守って怪我するなんて馬鹿なんだから……」
水翡がうれしそうに陽花を抱きしめる。
突如として風が吹く。
肌がその風を知っていた。
爽やかさと厳しさをもつ風が、ただ優しさを前面に出して陽花を包み込む。
陽花の頬に紅がさす。
「葉咲ちゃんだ」
「葉咲!!」
急いで、風の吹いた方向を見たが何もなかった。
危険種すらも。ただ地面のみ。
「危険種は?」
「先ほど左方から連絡があった。任務完了、とな」
もう一度広大な大地を見る。
この地面が見えなくなるぐらい、危険種で埋め尽くされていたのに?
水翡は左方の巫女の圧倒的ともいえる力に、謎に思い、不安も感じた。
珪は複雑な気持ちを抱えていた。
それを珪の巫女が心配そうに見ている。
珪は笑みを顔に貼り付けた。
何でもないと言うように。
珪は風本家と少なからず繋がりがある。
そのためいろいろと強いられることが多い。
今回の左方に加わったのだってそうだ。
中央に引き付けられ、注目しているうちに危険種を右と左から挟み撃つ。
それが今回の作戦だ。
左右からの攻撃は上手くすれば、敵を分断することが出来る。
失敗は許されない。
この作戦に必要なのは機。
機を逃せば失敗に終わる。
それを上手く読み取らねばならない。
機だ。機が来た。
左方のリーダーが本当の開戦とばかりに大きなかまいたちを放つ。
今回のリーダーは状況を読むのに長けるようだ。
「白菊、いくぞ」
「仰せのままに」
珪の巫女は細身で頼りなく感じるが、しっかりと珪について来ていた。
繊細で白の巫女たちの摩擦で痩せていった彼女。
それでも耐えているのは珪のため。
けれど、答えられるはずもない。
きっと中央で直人と一緒に緑は戦っているのだろう。
馬鹿のようにずっと想っている人。
もう彼女が俺に振り返らないと分かっていて、諦められなくて。
やりきれなくて、ぐしゃぐしゃになった醜い感情を抱きしめてもらったともある。
けれどそれは甘えで。
白菊を傷つけるものだった。
彼女は泣く。
俺の腕の中で幸せだと。そして悲しいのだと。
ごめん、と謝ると彼女はさらに泣いた。
受け止められない気持ちは断るべきだったんだ。
正直、葉咲は怖い。
話していて楽しいし、物事をよく見てる。
でも葉咲は麻薬だ――。
葉咲の気持ちが分かった時、距離を置こうとしてた。
けど、神殿での生活に疲れていた俺には、葉咲と過ごしてた時間が余りに楽しくて。
望んでしまった。
最低なんだ。
緑への想いを断ち切れない俺も。
白菊の気持ちを知っておきながら巫女とナイトの関係に甘えている俺も。
葉咲を振っておきながら、いつも通りを強要する俺も。
みんな最低だ。
どうして俺を好きになる?
嫌いになってくれよ。あぁ、でもやっぱり……。
少し前、直人センパイは俺に話しかけてきた。
珍しい。
直人センパイは俺が毛嫌いしているのを知っているから滅多に話しかけてこないのだ。
その滅多にが今だろう。
「何だよ、直人センパイ」
「歓迎されていないのは分かっているよ。でも君にも聞いておきたくて」
「葉咲ちゃん、知らないかい?」
ひゅっと喉が鳴った。
葉咲を知らないか?それを聞いてくるということはまるで、
「葉咲ちゃん行方不明でね。今みんなで探してるんだ」
「な、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ!!」
「君は僕が嫌いだろう?だからさ」
本人から嫌いと言い切られてもやもやとした気持ちになる。
嫌いとは言い切れないような感情。
「知らないようならいいさ。時間取ってすまないね」
「お、俺もっ」
去り行く直人に思わず声をかける。
ん?と俺を見る。
そうだ、忘れていた。この人の俺を見る目は優しかったんだ。
戻ってきたんだ。俺達が目指したナイト、直人が。
「俺も出来る限り探すから」
「ありがとう」
やっぱりあの人は俺の上で追い越せないと悟った。
なぜか悔しさなんてなくて、妙にさっぱりしたのを覚えている。
その葉咲がどうしてここにいる?
「琢磨さん、負傷者は」
「あなたのお陰で皆無です」
「ではこのまま力で押しつぶしますよ」
「はっ」
了解したとばかりに機関銃を構える男。
大きなかまいたちで切り裂いていく葉咲。
ゆっくりと認識した。
左方のリーダーだと。
葉咲は惜しみなく力を振るった。
そして時折疲れたのだろう。
ふらつく足にナイトが支える。
交わす視線に長年連れ添ってきた恋人のものを感じた。
どうしてだよ!?俺のことが好きなんじゃないのか!?
心変わりなんて当たり前にあるのに、憤った。
葉咲の気持ちが俺に向いてないと嫌だっていうのは随分なわがままだ。
けどムカツクんだよ。
葉咲の指揮が良かったのか、巫女たちが強かったのか、早く片付いた。
もう用はないとばかりに帰る葉咲の腕を掴む。
やっと俺を見た葉咲。
俺がここにいると思っていなかったのだろう。
驚愕に開かれた目で俺を見ていた。
「久しぶり、葉咲」
俺はわざと彼女の名を呼ぶ。
これで心乱れればいいと思って。
けど、葉咲はにっこりと笑って返した。
驚愕の瞳はすぐ隠れてしまったのだ。
俺のこと、どう想ってる?
「お久しぶりです珪くん。変わらず元気なようで安心しました」
それは社交辞令?本当に思っているのか?
「当主様、取材が」
「琢磨!」
「申し訳ありません、葉咲様」
葉咲は満足そうに笑って琢磨と腕を組む。
「当主って何だよ……」
その声に葉咲が俺を見て、悲しそうに目を細めた。
「さようなら」




