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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
五章:絡みゆく過去
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風本家の血 傷跡

 



「私は風本家当主。神殿を守護する古き風を受け継ぎました。

 つまり新しく風を統べる者」




「なんだって!?当主は母上が継いだだろう」


 華やかなる才。

 彼女はそれをもっていた。

 そして彼女が当主であることは空気のように当たり前だったのだ。


「私は当主を継いだわ。でもね、あの女に欺あざむかれてた。

 あの女、当主を決める戦いでこれっぽっちも実力を出していなかった。

 危険種との戦いでみせた力で私は確信したの。

 私は悔しかったわ。どうして私が手加減されなきゃいけないの!?

 憤いきどおった私は正式に勝負を申し込み、負けた。

 あの女の天下が始まったのよ」




 いつもの優雅でなおかつ不敵な笑みは憎しみに染まっていた。


「でも、僕は知らない。和葉の当主だった時代を」


「そうでしょうね。だってあの女は面倒くさいからという理由で風の会を開こうとしなかった。誰もが当主を知らなかったのよ!そして私に聞くの!!『次の風の会はいつですか?』ってね!!これ程無様なことがある?ないわよ!!」


「ま、待ってください。さっき直人さんは才葉さんのことを母上と呼びましたよね?」




 怒気に包まれた空気の中でも自分の疑問を追求しようとする葉咲。

 そういえば和葉、あの人もそうだった。


「僕の母は風本 才葉だよ」


 さっと青ざめる葉咲。

 震える唇をはっきりと開けてもう一度尋ねる。


「そして才葉さんの従妹である私の母、和葉と付き合っていた――正しいですか?」

「そうだね」


 陽花に出会わなかったらその過去さえも否定しただろう。

 けれど直人はその過去を受け止めた。




「血が濃くなると思いませんでしたか!?」


「実際成り立たなかったからいいじゃない。血が濃いといえば私の一人目の子、人じゃなかったわ。だから直人は土のナイトとの子どもなの。

 ところであなたが道徳を重んじるのは何故?あなたは功利主義よね。どうして自分の得にもならないことを大切にするのかしら?」


 痛い所を突かれたのか、じっと押し黙る葉咲。


「やっだぁ、本当にそうだったの!?あなたの命があと数年しかないって!!」


 直人は今の言葉を理解できずに、もう一度反復する。




 ――あなたの命があと数年しかない――




「なんだって!?どうしてあと数年しか?」


「だってねぇ、あの女は禁を破ったのよ。どうして巫女がナイトとしか子を産まないか。そこに禁忌があるからよ。人とは交わらないものだから、強い力をもつ代償として20歳までしか生きられないの。かわいそうに」


 みじんも可哀想と思っていない口調で才葉は真実を告げる。

 人を父にもつ葉咲は内にある巫女の血と交わることなく、むしろ体内で反発し合っていた。

 体力がないのもそのせいだろうか。


「馬鹿な女。人との間に子を産むなんて」

「!」


 敵意のこもった眼差しで才葉を睨む。


「そうそうその目。敵意たっぷりって感じでいいわよね。

 あの女はそもそもそんな目しなかったけど。いつも悠々としててムカつくったらありゃあしない」


 敵意と憎しみがこもった眼差しが葉咲に返される。

 それでも怯ひるまないのは葉咲の気丈さであろう。




「そんなあなたに未来はない。血を残そうとするのなら相手を選ばないとね?もちろん直人はだーめ。私のお気に入りだし、あなたから言えば道徳に反するのよねぇ?それに人を産みたいならしっかり選ばないと!クスクスクス。だって風本家は血が余りに濃すぎてもう後がないんだもの!自分の家意外の血を認めない風習がね!!」




 血が余りに濃すぎてもう後がない

 自分の家意外の血を認めない




「それは、つまり……」

「そう、近親相姦」


 言うのを戸惑った言葉を才葉はあっさりと口にした。


「な、あなた達は狂っている!!」

「それが私達のルールだったもの。でも、私の代で変わらざるを得なくなった。当主の子が人としてうまれなかったから」


「どうして人、人じゃないと言うんですか!?自分の子どもでしょう!?」

「だって失敗作だもの。認めたくないのは当たり前でしょう?」

「当たり前とか、そういう問題じゃない!もう、何から言えばいいのか……」


「あなたみたいな小娘に出る幕はないわ」


 鋭い、漆黒の霧が葉咲の体を、まるで金縛りにでもかかったかのように縛る。


「あなたはそこにあればいい。力が強い、その器だけで十分。

 あとはこの私に任せて?歳はとってるだけあって経験は十分にあるから」


 摂関政治発言に葉咲は息が詰まる。

 それでも私はここを選ばなければならなかった。




 あの日、風本家の巫女が尋ねてきた。

 いつも通り、風を継げというもの。

 前々から声のかかっていた風纏いの儀式は成人として相応しいと認められたときのもので、それはもう今更だろうということになったようだ。

 そして変わらずにいつも通り断った。当主になんてなりたくもない。

 変わったのは使者。交換条件を出してきた。




 青月 水翡、火田 陽花、あなたの家族、殺されたくなければこちらにきなさい?




 疑問系で尋ねてきているがもはや命令だ。

 従わざるを得ない。

 風本家はやるといったらやる。そして暗殺の方にも手を伸ばしているのだから。

 私がのうのうと暮らしている間に風本家はチェックメイトをかけていたのだ。

 逃げ場のない私は二人の元を離れた。




 水翡は神殿の中庭を歩いていた。

 サンサンと射す太陽。

 しかし日光は焼けるような暑さではなく、優しいものだった。


「うぅ……」


 その優しい空間で、悪夢に苛まれるような声がする。

 なんとなく気になり、木陰の下を覗いてみると……。


 波打つ金の髪が芝生に広がっている。

 そして日光が反射し、よりいっそう金を輝かせていた。

 ティーナが眠っていたのだ。


 細い眉は歪められ、苦しそうに唸っている。

 悪夢でも見ているのだろうか。

 良心が起こした方がいいと告げる。






「ティーナ」


 ゆっくりと開けられた目は水翡を映さず通り抜ける。

 そして誰もいないことが分かると取り乱す。


「みんな、みんな消えてしまった!あの闇に呑まれてしまったのよ!!」


 水翡はティーナの視界に入る位置に移動する。

 やっとティーナが水翡を映した。


「ねぇ、祐樹は?忍は?ジャンはどこなの!?」


 肩をつかみ、強く揺さぶってくる。


「祐樹ならさっきないと本部に向かってたわ。

 忍とジャンは知らないけど……」


 その時初めて景色が見えたかのように周囲を見る。

 そしてぽかーんと口を開けたまま水翡を見た。


「あれは夢だったのね……。

 みんな死んでいった。私の大切なもの全部」


 寒そうに腕を擦っている。

 温度は丁度よかったが、心が寒いのだろう。




「あの、忍とジャンって?」

「忍は私の新しいナイトよ」


 “新しい”と聞き、視線を落とす。

 私たちが来るまでは祐樹はこの人のナイトだった……。


「いいのよ、もう」


 よく分からずにティーナを見る。

 するとティーナが付け足すように話した。


「祐樹のこと、もう諦めようと思うの。苦しいから。

 あなたはどう思う?好きな人には自分の思った分だけ返してほしいと思わない?」


「私は、分からない」




 祐樹と母の関係を知ったとき、私は自分の心に鍵をした。

 適うはずなんてない。

 だって祐樹は今もサングラスをしているんだから。

 それ程祐樹の心の傷は大きいのよ、きっと。




「分からないってあなた……」


 視線が分かりきっていることを、と訴えかけてくる。

 それでも鍵は開けなかった。


「そうだわ。あなたどうしてここにいるの?いつもならこの時間はプールよね?」

「それは、葉咲を探していて……」

「そうだったわね。私、あの子に言われたことがあったわ。あなたに嘘ついてたこと謝らなくちゃ」

「何のこと?」

「あなたの髪の色が祐樹は嫌いだって嘘ついたこと。でも、祐樹は水色という色に何か思い入れでもあるみたいね。これは本当」


 祐樹が私の髪を手に取った時の眼差しを思い出す。

 同時に恥ずかしさからわざと明るい声を出す。




「それはもういいわよ!で、ジャンは誰なの?」


 それを聞いた瞬間、ティーナの顔がふわっと柔らかいものになる。

 優しい笑み。


「ジャンは私の家族。弟よ」

「へぇー、いいなぁ。私には兄弟いないから。陽花にはたくさんいるのよ」

「あら。あなた知らないのね」

「何を?」

「巫女を母体で産むには一度きり。

 二人目を産むには母親の体力が追いつかないらしいの。

 二人目を産む人は大抵体力があって体が強い人。もしくはあの部屋で生まれた場合かしら」


 あの部屋、漆黒の始まりの部屋。


「風の一族の中で有名な風本 才葉は、二人目だけは母体で産んだそうね」

「そうなの。じゃあ、ティーナのお母さんは大分強いのね」


 ティーナは静かに首を振った。


「私は母親を早くに亡くしてるわ。父は知らない。

 ジャンと会ったのは孤児園よ」


 初めて会った日を思い出しているのか、笑顔で語った。




「私なりに幸せだったの。あの日、危険種さえ来なければ。

 危険種がジャンに襲い掛かった。守りたいと強く願った時、地面が割れて危険種を呑み込んだ。

 それからね。みんなが私を化け物でも見るかのようになったのは。

 一人だけ違った。ジャンだけは変わらなかった。年下なのに守ろうとしてくれたわ。嬉しかった。

 何日かして、祐樹が来た。日本へ来ないかって。

 私の力を役立たせることが出来るのならって思って日本へ渡った。ジャンを置いて。

 私は逃げたのかも知れない」




 神殿に途中から入った巫女はいろいろと過去があるのだろう。

 私たちにもあった。




「ふふ、ジャン元気にしてるかしら?国を出るときは背が同じくらいだったけど、きっともう背を抜かれてるわよね。会いたいな。

 でもね、最近メールも手紙も来ないの。国を出たこと、やっぱり怒ってるのかしら……」




 どうしてだろう。さっきから妙に腑に落ちないことがある。

 ティーナの顔だ。

 ティーナの祐樹を見る顔はいつも縋るような眼差しだった。

 そして今、ジャンを語る顔は……、これこそ恋に悩む乙女のようで。




「今、好きな人いるの?」

「そうね、忍を好きになりたい。

 あの人は私を見てくれる人だから。大切にしてくれるしね」


 じっと見つめる水翡にティーナは苦笑する。


「大人になるってこういうことじゃないかしら?

 もう、気軽に恋なんて出来ないのよ。

 選ばなきゃ」




 祐樹がティーナにつけた傷を、じっと水翡は見つめていた。





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