開放 歪み
夜の街、水翡は駆ける。
真実を知るために。
そして神殿の前に辿り着く。
走ってきたため、息切れがする。
立ち止まって呼吸を整えていると、いつもと様子が違っているのに気づく。
何て言うか、騒がしい。
「やぁ、常盤くん」
ひたりと背後でかけられた場違いに陽気な声は
「戒!?どうしてここに?」
戒は脱力したように肩の力を抜き、苦笑する。
「それって脱走した巫女が言うセリフじゃないよね~」
「そっ、それはっ……」
「まぁいいやー。巫女の青月 水翡発見っと。外探してて正解だったかな」
携帯で何人かと連絡をとる。
そして柔らかく笑い、水翡を見た。
「さぁ、自分の部屋にお帰り。
君を待つ人がいる」
その言葉はすんなりと心に染み込み、足が勝手に動き出した。
第二の家ともいえる神殿。そこにある私の部屋へ。
水翡の部屋の前になると、手首につけてあるブレスレットが反応してドアが開く。
電気も点いていない部屋の中央に立つのは、闇に溶け込むようなスーツを着た祐樹だった。
「祐樹?」
「水翡っ!!いい加減にしろ!何も後先考えずに飛び出すな!何処に行ったのかと、いや……帰ってこないと思っていた。帰ってきてくれて有難う。
お帰り」
何故かほっとした。
水翡の部屋にあるソファーで向かい合う。
沈黙が部屋を支配している。
「あのっ、聞きたい事が」
「俺と藍翡あいひとの関係だろう?
写真立てが立っていたから気づいた」
気まずさで、言葉が詰まる。
そして母を藍翡と呼び捨てする祐樹に、胸がチリッと焦げついた。
「藍翡は外から来た巫女だった。姉と共に神殿に入っていた。
その時俺は既にナイト上級とみなされていたのだろう、藍翡のナイトになった。
そして出会った」
「こんにちは、私のナイトさん」
「ああ。よろしく」
藍翡は外でも大切に育てられたようだ。
お嬢様のようで、何も知らなかった。
だから心配はないと思ったが、俺は彼女に魅了をかけた。
外の巫女は外に帰りたがるからな。
そして俺は外になど帰りたくなくなるよう、魅了の度合いを強めていった。
藍翡は戦闘能力が高い巫女だったから、神殿としても逃したくなかったんだ。
だが、それが後に後悔を呼ぶ。
力なく笑った祐樹にどうして?と問う。
祐樹がゆっくりと水翡を見た。
違った、あの笑いは――自分への嘲笑。
「お前は考えた事がないか?魅了とは本当なのか、と」
「じゃあ偽物なの?」
「違う、魅了によってもたらされた感情だ。
本当にその人のものなのか?
俺も、彼女も答えを持たなかった」
「ウソツキ」
「違う!俺は本当にお前の事がー!!」
「魅了をかけたのに?
私は本当に貴方の事が好きなのかしら。
分からないのよ」
彼女は本当に好きならば魅了はかけないだろうと考えていた。
そして俺は魅了によってもたらされた感情は本物か疑った。
そして答えが出た。
偽物だったんだ。
次の日、彼女は俺の元から消えた。
「あの時、彼女の事を想うなら、魅了などするべきではなかったんだ」
痛々しく、傷ついた瞳。
でもそれは本当の気持ちだったから。
この人は、母を愛していた。
すとんと降りてきた言葉に納得する。
その反面心がズキズキと痛むけれど、気が付かないふりをした。
「サングラスはその時からつけているの?」
「そうだな。これをつけていないと不安になる。
俺は“眼光の魅了”をある程度制御出来るが、近距離に入って来られると大抵の人間は魅了にかかってしまうんだ」
「そして、それにかからなかった私」
何故か魅了への耐性が強いらしい。
「もしかすると常盤が耐性をつけたのかもしれないな」
「どうして父の名前を?」
「俺の後輩だ。
真面目で妙に馬鹿で、剣術の使い手だった。
お前に耐性をつけたのはあいつの親心だろうさ」
心がじんと熱くなる。
今まで感じられなかった父を身近に感じたからであろう。
早くに亡くなった父。
感じ入って手をきつく握ったとき、手紙の存在に気付く。
「あの、この手紙母からなの」
家で見つけた手紙。この人が持っているべきだろう。
祐樹は恐る恐る開いた。
待っている間の時間に耐えられなくて、口を開く。
「ずっと前にお母さんが言っていたことがあるのよ。
『恐れないで。
知らないのに恐れるのはやめなさい。
知ってから恐れなさい。
その人と向き合うことが必ず必要になるから』ってやつ。
その時私は陽花の事を言ってるのかと思ってたけど、違ったのね。
祐樹の事を言ってたのよ。後悔してる顔だったから」
それは今じゃないと気付けなかったこと。
祐樹が手紙を読みながらもこちらを見た。
何とも言えなさそうな、微妙な顔で。
そしてまた読み続ける。
しばらくして読み終わった後、両目を手で覆って上を向く。
そして深いため息。
「水翡、来てくれないか」
いつになく愁傷に頼む祐樹に従った。
祐樹の前に立つ。
「ありがとう」
そう言って抱きしめられた。
一瞬だけ見えた顔は泣きそうに歪んでいて、何故か私も泣きそうになった。
君に優しさをもらった。
君に愛しさをもらった。
そんな君の為なら 僕は 何にでもなろう。
「戒、今日は君が僕の巫女をみていてくれないか?」
ナイト本部。
直人は暇そうに雑誌を読む戒に頼み事をする。
肩につく銀髪が直人を見上げたため流れる。
「えーと、秀司には頼みましたか?」
「この時ほど頼まれたかった事はないよ」
若緑の髪が秀司が風属性のナイトだと示す。
同じ風属性の直人よりも濃い血。
直人は同感だと苦笑する。
「今日は風に属するものが集まる会があるんだ。ナイトも例外ではない」
「うわぁー、ご臨終です」
「ということは僕の巫女達をみてくれるんだね?」
「正直嫌ですよ?直人先輩の巫女ってキャラが濃いじゃないですか。でも、直人先輩の話をずっとしてたら大丈夫でしょう」
外見とは裏腹にニタッと笑う戒。
だが、非常に嫌な予感が。
「まった、君巫女に何話す気なんだい」
「あることないこと~ではだめですか?」
「だ・め・だ!名誉毀損きそんで訴えるぞ!!」
このじゃれあいとこの先に待ちうける会。
明暗がはっきりと分かれる。
「直人センパイ、そろそろ行かないと煩うるさく言われるけどいいのかい?」
「君は先輩に敬語を使え!」
会には風に属するものが集まりつつあった。
「こんにちは、直人センパイ」
視線を彼方にやったまま珪が言った。
それならまだ言われないほうがマシなんだけど、僕の血筋からして無理なんだろうな。
「こんにちは、珪くん」
彼は“珪くん”と呼んだ僕を複雑そうに見ていた。
“珪くん”いう響きは――
「彼女、葉咲ちゃんはどこに行ったんだろうね」
ぴくりと肩が揺れる。
まったく、馬鹿正直な。
「直人!」
長い薄緑の髪を後ろで緩く束ねた女性が抱きついてくる。
「……母上」
「嫌だわ~、才葉さいはって呼んで頂戴っていつも言ってるじゃない~」
「では才葉さん。離れてくれませんか。僕が息子と言えどもこの密着は異常です」
母の腕をゆっくりと一つずつ離す。
才葉はおかしそうに笑った。
「クスクスクス、直人ったらまた・・大切な人が出来たのね。
今度の恋は実るかしら?でも残念ね、直人は私のものよ」
狂った母。
この人が母だったから自分達の異常さにも気が付かなかった。
抱きついてくる彼女を抱き返していた。
僕は誰よりも才葉さんのナイトだったんだ。
また、抱きついてくる母。
「だから離れてくだ「今日の会の主催者、誰だと思う?」
抱きついたまま耳元で囁く。
「そんなのあなたに決まっている!
あなたは風本 才葉で、風を統べる人だから」
「そう、直人はいい子ね。でも違うのよ。あの女の娘が帰ってきたの」
母があの女と言うのはただ一人。
僕が過去に大切だと思っていた人。
風本 和葉。
母の従妹にあたる人。
そして風本 葉咲の母。
「何処にいるんですか!?」
探さなければ。みんな心配している。
何より彼女――陽花ちゃんに頼られたから。
しかし引き止める手があった。
女性特有の小さな手。
「ねぇ、直人の大切な人ってあの女の娘じゃないわよねぇ?」
力は簡単にねじ伏せることが出来ただろう。
しかしキリキリと食い込む母の爪に眉をしかめる。
限りない母の憎悪。
「僕は風本 葉咲のことを何とも思っていない。むしろ嫌いなタイプです」
嫌なほど自分に似ているから。
彼女は自分と同じように大切な人達を守るのだろう。
自分の手を汚して。仲間の手を取らずに。
腕の痛みが遠のいた。
母が手を離し、ころころと笑っている。
「直人は本当にいい子ね。主催者に会わせてあげる」
「ちょっと待ってください。珪くんも――」
「あの子もお母様と一緒よ?」
見てみると、珪が冷たく母の手を振り払うところだった。
それでいいんだ。
母達は息子にナイトを求める。
けれど僕らではナイトになりきれないんだ。
「クスクスクス、アハハハハ!」
狂ったように、楽しそうに高笑いする珪の母。
「だから珪ちゃんって好きよ。
ナイトってどの人もへりくだるの。私つまらなくて。
その点珪ちゃんはおもしろいから大好き」
「あら、桃子とうこさん楽しそうね。
邪魔しちゃ悪いわ、行きましょう」
重要人物の集まる奥に、覚えのある緑はあった。
「葉咲ちゃん!」
何故君はここに?
言外に含めた意味を彼女は読み取れただろうか。
いや、彼女なら分かるはずだ。
「直人さん……、あなたは風属性のナイトでしたか。
それも本家に強い影響力を持つ人の子……。
見つけないで欲しかった。
私は風本家当主。神殿を守護する古き風を受け継ぎました。
つまり新しく風を統べる者」




