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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
五章:絡みゆく過去
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覚悟を決めた横顔 異なる藍

 


 久しぶりに水翡ちゃんと葉咲ちゃんでお茶を飲む。

 その時、コンコンとノックの音がしたんだ。

 電磁ドアの向こうに視線が集まる。


「私が見てきますね」


 葉咲ちゃんが重い顔で言った。

 なんだか、嫌な予感がする。

 その予感を裏切らずに、ドアの外で葉咲ちゃんが声を荒げている。

 水翡ちゃんと不安そうに目を交わす。


 しばらくして、葉咲ちゃんが顔を覗かす。


「少し用がありますので行って来ますね。

 心配しないで下さい、すぐ帰りますから」


 にっこりと笑っているが信じられない。

 なおさら不安を煽る。


「なら私達も行くよ。ね、水翡ちゃん」

「ええ、私達はどんな時も一緒でしょう?」


 葉咲は考えるようにあごに手を置き、そして笑う。

 冷たい笑み。


「どんな時も一緒?うっとおしいですね。

 飽き飽きします。さぁ、行きましょう」


 ドアの向こうにいた巫女を引き連れていく。

 その巫女は明らかにこちらを見下し、嘲っていた。

 正直むっときたが、それよりも……。


「葉咲、どうしたのかしら?

 あんなこと言う子じゃなかったのに」

「そうだよね。何があったんだろう」


 その日から葉咲ちゃんは帰ってこなかった。





 私達はいつも三人だった。

 けれど、葉咲ちゃんがいなくなって欠けてしまった。

 どこにいるの?


 いつもなら来ないような場所も探す。

 いない、何処にもいない!




「――どうしたのかな、姫君」


 後ろから、ここにいないはずの声がした。

 同時に腕が震える。身を硬くする。


「あの時は悪かったよ。

 けれどお前を追ってナイトになった。

 それ位、俺は本気だぜ?」


 秀司が一歩一歩とこちらへ詰めてきている。

 怖い、でも足が動かない!!



「秀司、先輩をおいていくなんて何事かな?

 っ、陽花ちゃん!!」


 秀司のむこうから現れた直人は陽花の前に塞がる。

 無意識にほっと息をつく。

 それを見た秀司は眉を寄せる。


「人がせっかく新人に教えてあげているのに、何をしているのかな?

 それと彼女には近づくなと言ったはずだよ」


「ここはナイト本部。そこに来る彼女が悪いのでは?」


 睨み続ける直人に秀司は嫌そうにため息をつく。


「はいはい分かりましたよ。

 でもこれだけは言わせてもらう。

 俺は陽花が好きだ。宣戦布告だからな、直人センパイ」


 先輩を先輩とも思っていないような響きだった。

 去っていく秀司を直人は憎々しく睨み、陽花を心配そうに見る。

 眉が下がりきって情けない。

 おかしくて笑うと、笑われている理由も分からないのに直人さんは肩の力を抜く。


「笑えるなら大丈夫かな。

 でもどうしてここに?ここはあいつも言っていた通りナイトの本部だ。

 巫女が一人で来ていい場所じゃない」


 とがめるように言う。

 けれどここまで来たのは葉咲ちゃんを探すため。


「葉咲ちゃんがいないんだっ、この三日間何処を探しても見つからない!!」


「風邪かと思っていたけど違ったんだ?

 毎朝会うのに教えてくれないなんて、祐樹も人が悪いな」


 陽花を安心させるように笑いかける。


「僕も手伝うよ。

 見かけたら必ず教えるから」

「うん……、お願い」


 それは初めて陽花が直人に頼った瞬間だった。


 そこまで参っている陽花に胸が痛くなる。

 同時に嬉しくもあった。

 頼られたから。


 全力で君の力になる。




 覚悟を決めた横顔を陽花はじっと見つめていた。

 まるで魅せられたかのように。





 一人欠けてしまった。

 それでも日々は変わらない。

 葉咲……。





 朝から陽花が唸っている。

 つまりアレの日だ。


「女って面倒だよぉーー」


 同意。

 でもそう大きな声で言うことないと思うのよ。

 人が沢山いるんだし。

 通りすがったナイトが複雑な目で陽花のこと見てたわよ?


「女の人だけなんて絶対不公平だ。

 もうこれは産業革命、いや百姓一揆しか……」

「何が?」


 陽花の正面でにっこりとしている直人。

 どうして直人さんがここにって顔してるわねー。

 陽花が自分の世界に入っている間、祐樹と直人が正面から歩いてきてたのよ。

 祐樹は目線でまたか、なんて聞いてくるし。

 私はそれに頷いて返した。


 それで陽花はどう返すのかしら。

 いつものように月のアレ~なんて言いそうね。

 そろそろ注意しておかないと。


「な、なんでもないよ!」

「そうかな。いつもより元気がないようだけど」

「気のせいだよ!」


 あれ?陽花が、変わった?

 祐樹は渋った顔をしている。気のせいじゃない。

 まさか直人のこと――。





 祐樹に私だけ呼び出された。

 相変わらず祐樹の部屋は黒で統一されている。

 観葉植物とティーセットがあるのは、危険種が神殿を攻めてきた後日に運んだものだ。

 今は三人揃っていない。


「葉咲の件だが――」

「変化なしって訳ね」

「そうだ」


 無言の静けさ。

 これは本題が他にある事を意味する。


「本題は、陽花のことかしら?」

「そうだな。陽花はおそらく直人を好きになっている。

 これは駄目だ」


 今日感づいたことだった。

 でもそれは陽花にとっていいことだと思う。

 もしかしたら陽花の傷が癒えるかもしれないから。

 でも、駄目なの?どうして?


「担当のナイト以外の恋は危険だ。

 消えてしまう……」


 遠い目、何か見ている。

 何を思い出しているんだろう。

 ドアからノックの音がする。

 ドアの外で少し話していたが、重要な用らしい。

 少し席を離すと言って祐樹は部屋を出た。


 その時、いつもなら気が付かなかったであろう黒い写真立てが目に付いた。

 何故か伏せてある写真立て。

 祐樹がいないことに便乗してそっと立てらせる。


「え?」


 呼吸が止まる。

 息が出来ない。苦しい。

 だってそこにいるのは幸せそうに笑い合う――




 祐樹と母だったから。




 何が何なの!?

 分からないっ、誰か教えて!!


 水翡は部屋を飛び出した。

 ただ走った。





 幸せそうに笑う二人は恋人なのだと分かった。

 祐樹は見たこともない安らいだ顔をしていて。

 私では到底させることの出来ない笑顔。

 母に対する裏切りと祐樹に対する寂しさを感じた。


 夢中で走っていたら家の前にいた。

 思わず苦笑する。

 どんなときでもここは私の家なんだ……。


<瞳孔検証。指紋検証>


 何となく入ろうと思った。

 セキュリティシステムが作動する。


<青月 水翡と認証>


 ドアが開いた。

 迎えてくれるのは物言わぬ父と母。そして幼い私。

 何も知らない私。

 前回家を訪れた時に写真立てから紙がはみ出ていたのを思い出す。

 何か分かるかもしれない。





 取り出した封筒の中の便箋の出だしはこうだった。




 ここに来たナイトの方へ


 どうか、あなたが“祐樹”という名のナイトを知るなら、この手紙を渡してくださいませんか。

 知らないのならいいのです。

 その時はこの手紙を焼き捨て下さい。

 そして我が娘、水翡のことをよろしくお願いします。


 青月 藍翡あいひ




 母はあの日、死ぬつもりだったのだろうか。

 こんな手紙を残しておいて。

 祐樹に託されるはずだった手紙を恐る恐る開ける。

 これが祐樹と母への手がかりになると思ったから。





 私のナイトであった祐樹へ。


 貴方がこれを読んでいる時、私は死んでいるのかしら?

 でも不満なんてないの。

 私達の宝を守るためだから。


 私は愛するということに疑いをもってしまった。

 貴方を信じられなくなったの。

 でもそれが今のあの人に逢うきっかけになったのよ。

 皮肉なものね。


 ごめんなさい、貴方を信じれなくて。

 信じていたなら……、いいえ私は今の生活に満足しているの。


 貴方を愛していました。

 ただひたすら。

 でもあまりに私は幼くて、貴方を傷つけてしまった。


 貴方の持つ力は私にとって裏切りのようだったから。

 貴方が私のことで苦しんでいるなら、開放されてください。

 想い出にしてくれるのならいいのだけど、無理なら忘れて?

 苦しませるために出会ったわけじゃないから。


 本当に大好きでした。

 今も好きです。家族のように。

 大切な人。


 追伸

 娘、水翡を巫女とはせず育ててくれませんか?

 あの子はどうしょうもなく寂しがり屋だから。

 今度は貴方が心から愛する人と一緒になれますように。


 青月 藍翡





 水翡は再び家を出た。

 今度は逃げるためじゃない。

 進むため。

 手紙を手にして水翡は進んだ。

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