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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
五章:絡みゆく過去
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葛藤 壁崩れるとき

 


 陽花を運ぶ間、誰も話さなかった。

 いや、話せなかった。

 陽花の乱れた着衣、涙の跡。全てが痛ましくて。

 ……憎くて。


 水翡が陽花の部屋の前で振り返る。


「陽花、貸してくれる?

 葉咲と二人で運ぶから」


 こくりと頷く葉咲。

 それでも直人は陽花を放したくなかった。


「ここまで来たんだ。僕が運ぶよ」


 陽花を抱き上げる手に力を込める。

 それを見て水翡は眉を下げて、苦笑する。


「あんたでも動揺するのね。

 ねぇ、初めてここに来た日のこと覚えてる?

 “このブレスレットは部屋の主が認めた者のみ入れる。”

 だから預かるって言ってるのに」


 自分の水色の石がついたブレスレットを直人に見えるようにかざす。

 直人は視線を床に向ける。

 ちょうど陽花のブレスレットが見えた。

 自虐的な笑みを浮かべる。


「そう、だね。お願いするよ」





 陽花を寝かせた後、葉咲の部屋で過去を話すことになった。

 水翡と葉咲は、陽花を真剣に心配する直人を認めたのだった。


「陽花はね、同級生のある男の子と仲が良かったの」

「陽花ちゃんの友好さからくるものだと思っていました」

「けれど恋が絡んだ」


 男女間の友情は成立しなかったのだ。

 ある日陽花は告白される。

 でも恋を知らぬ陽花の答えは


「陽花ちゃんは“分からない”と言いました。

 男の子はてっきり陽花ちゃんも自分の事を好きと思っていたので逆上し――、陽花ちゃんは笑わなくなりました」


 いつも笑顔の彼女が脳裏に浮かぶ。


「そんな、彼女はいつも笑っているじゃないか」


「ええ、仮面の笑みで。私達を心配させないように。

 そして陽花の防衛策でもある。

 笑って壁を作ってれば傷つかないもの」


 水翡は下を向いたまま話す。

 それが高一の頃だそうだ。


「痛ましかった。でも何も出来ませんでした。

 何が友達でしょうか。無力で、何も出来ないのに」


 葉咲は強く拳を握る。

 悔やむように下を向いた後、直人に向き直る。


「ここに来て、陽花ちゃんは変わってきました。

 心から楽しみ、笑うようになりました。

 直人さん、男性として陽花ちゃんを支えてください。

 傷つけないように、男性という良さを教えるために」





 重い過去に、言葉が出なかった。

 僕は陽花ちゃんを神聖化していんだ。癒されたから。

 でも、陽花ちゃんも一人の人だった。


 陽花の部屋の外から陽花を眺める。

 すやすやと安らかに眠っている。

 あの時のような、悲しみや恐怖はない。


 この部屋には入れない。





「陽花はね、男の人と一緒の部屋にはいたがらないのよ。

 いるとしたらドアのそばか窓のそば。

 すぐ逃げられるように」


 いつも屋上ではフェンスのそば、部屋では窓のそばにいた。

 どうして気が付かなかったのだろう。





 直人は歌う。優しい、そよ風のような歌。

 いつも歌う時には魅了を使うが、今回だけは魅了を使わない。

 陽花のために慰めの歌を歌う。


 いつの間にか風が直人に寄りそう。

 その風は優しく陽花を撫でる。

 陽花のまつげが軽く動いた。


「……直人さん?」


 待ち望んだ目覚め。

 直人は抱きしめるでもなく、ただ笑って見守っていた。


「よかった」





 直人はそれから毎日陽花のもとへ通うようになった。

 自分の管轄でもない巫女のもとへ。


 祐樹の部屋は相変わらず黒が基調である。

 質素を通り越して無機質だ。

 テーブルで祐樹と直人が向かい合っていた。


「そんなことがあったのか。

 あんなに明るく笑っているのにな」


 直人は力なく笑う。


「そうだよね。僕は知らなかったよ。

 あまりにも自然に笑うものだから。

 最初はその笑みが憎らしかった……」


 祐樹から出されたコーヒーを砂糖を入れずに飲む。

 いつも入れるはずの砂糖は入れない。

 半分まで飲んだ後、両手でカップを持つ。

 黒い水面に視点を合わせたまま。


「彼女に癒されて、すっかり甘えてたんだ。

 彼女の傍は居心地がいいから。

 彼女の心の傷は癒えていないのに」


 祐樹から見て、直人の顔は見えない。

 おそらく自嘲しているような顔だろう。

 強くコップを握る。


「それなのに、怒りが込み上げてくる。

 あのナイトへの殺意が。

 陽花ちゃんを心配して、慰めるべきなのに!!」


 ぴしっとカップにひびが入る。


「僕は駄目だね……」


 祐樹は首を横に振る。


「今日はここに泊まっていけ」


 葛藤がある。

 陽花ちゃんについているべきだと思う反面、あのナイトの所に行きぼこぼこにしてやりたいという気持ちが。


 あの男が憎い。陽花ちゃんと同じくらい苦しめたい……!

 違う!!今はそれよりも陽花ちゃんだ。


 頭を振り、髪をくしゃくしゃにして考え込む直人を祐樹は眉を寄せて見ていた。


「見てられないな……」


 小声の呟きは直人には届かなかった。




 直人さんは毎日私の部屋に来る。

 いつもドアを跨またがずに話すんだ。

 この距離が寂しい。


「どうして直人さんは部屋に入らないの?」


 直人さんは苦々しく笑った。

 彼の人差し指が指したのは、陽花の手首にある紅い石のついたブレスレット。


「そのブレスレットの効果を覚えてるかな?」


 陽花の脳裏に交わした会話が蘇る。

 “部屋の主が認めた者のみ入れる。”

 だが、陽花には自信があった。


「でも直人さんなら入れるよ!ね、ほら」


 手を掴んで部屋に引き入れる。

 直人は拒まれることなく部屋に入れた。

 陽花の小さな手に視線を落とす。


 この小さな手が、どれだけの苦痛に耐えたのか。




「でも、いいよ。僕も男だから」


 はっとしたように見る陽花。

 直人は距離を置くように数歩下がる。

 同時に手から離れていく。

 直人の目は悲しみの色を滲にじませていた。


「違う、違うよ。直人さんは違う!」

「違わないよ。僕も男だ」

「違う!直人さんはあんなことしない!」


 無性に腹が立った。


「――どうしてそう言える?」


 陽花の手を掴んで長袖をめくる。

 赤い痣。そして消えかかったキスマーク。

 直人の細く整った眉が歪められる。


 直人は唐突に、掴んだ手を、肌をなぞりながら持ち上がる。

 ぞくりと震える体。くすぐられた時とは違った感覚だった。

 直人のこげ茶の瞳は魅惑させるようなものが宿っていたため、陽花の時は止まる。

 腕に残るキスマークの上に直人は口付ける。ゆっくりと、丁寧に。

 それは神聖なものに見え、その反面艶やかで……。

 唇が肌に触れたとき、甘い香りがたちのぼったような気がした。

 戸惑った陽花は手を引く。熱を持つ頬。


 とくん


 手をかばうように胸元へ。


 とくん


 止まない心音。



「ねぇ、陽花ちゃん。僕は男だよ」


 とくん


「君を女性として愛する男だ」


 真摯な目。

 いつもと違って何かが動き出した。





 あれから何かが変わった。

 いつもみたいに直人さんに触れられなくて、ためらって。

 それを直人さんは悲しそうに見る。

 嫌いじゃないよ!?でも、どうしたら伝わるの?

 言えない、言葉にならない。

 自分でも持て余す、もやもやとした気持ち。





「部屋に入らないの?」


 昨日も、その前も、同じ質問をした。

 答えは変わる事はなかった。

 今日も同じだろう。


「ここでも十分話出来るよ。それに、ここがいいんだ」


 ここでいいんだ。

 君を男という存在で傷つけないように。


 陽花は何も言えなくなる。

 視界に映る直人さんが歪む。


 ――どうしてそんなに優しいの?――


 優しさで胸が痛くなったことなんてあっただろうか?

 ねぇ、直人さん。私に何が出来るのかな。優しさばっかりもらってるよ。


 陽花の壁、笑顔が崩れる。


「僕の前では無理して笑わないで。

 ありのままの君でいて」


 うけとめるから。



 なみだが   ぽろ ぽろ 流れる。

 止まらないよ。久しぶりに泣いたからかな?


 違う。優しさが嬉しくて、苦しくて、悲しくて、胸が痛むんだ。

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